第四十九話:鎖の光と、二人だけの秘密
レムの港を囲む魔導鎖から、天に向かって何条もの光の柱が放たれ、夜空を彩った。
「おおおぉぉぉぉぉっっっ!!」
「オルティジア独立万歳!」
「ライン国父陛下万歳ーーーっ!」.
特設ステージの眼下では、集まった領民たちが狂乱の歓声を上げ、肩を組んで踊り狂っている。
俺が言わされた独立宣言は、彼らにとって歴史的な新時代の幕開けとして受け取られたらしい。
(ああ……終わった。俺のセカンドライフは、水色の羊羹と共に完全に死んだんだ……)
俺は魂が口から飛び出しかけた状態で、白目を剥いて棒立ちになっていた。
その時である。
ふと、右手に柔らかく温かい感触が触れた。
「……ん?」
見下ろすと、隣に立ったニナが、俺の右手を包み込むようにギュッと握りしめていた。
いつものふざけたボディタッチじゃない。
指を一本ずつ絡ませてくる恋人繋ぎ。
夜空でひときわ大きな水色と銀色の稲光が弾け、歓声の渦の中でニナの横顔を鮮やかに照らし出した。
驚く俺の視線に気づいたニナは、ほんのりと耳たぶを赤く染めながら、俺にしか聞こえないような静かな声で囁いた。
「……ねえ、お兄ちゃん。知ってる?」
「え……?」
「銀冠祭の花火、最後まで手を繋いで見終えたふたりはね……結ばれるっていう噂があるんだよ」
ニナは握った手にキュッと少しだけ力を込めると、いつもの表情の中に、どこか胸が締め付けられるような愛おしさを込めて、イタズラっぽく微笑んだ。
「ウチら、結ばれちゃうね……どうする?」
「っ……!?」
心音が跳ね上がる。
独立宣言の絶望で真っ白だった俺の脳裏に、甘く強烈な衝撃が走り抜けた。
周囲の誰も、この花火の爆音と大歓声の中で二人が手を繋いでいることに気づいていない。
(な、なんで今なんだよ……今は…今はそれどこじゃねえだろうが……)
俺の動揺を察したニナは、くすっと満足そうに笑うと、鎖から打ち上がった最後の光の柱が消えるその瞬間まで、決してその手を解こうとはしなかった。
◇
銀冠祭が明け、翌朝。
領主館の応接間に、旧執政官ルードヴィヒの連れてきた帝国官僚や護衛兵たちが集められていた。
彼らはみな、主君を失い、さらにオルティジアの独立を突きつけられて青ざめている。
「……みんな、集まってもらってすまない」
俺は、昨夜のニナの手の感触をまだ右手に残したまま、長テーブルの端に座った。
「ルードヴィヒの件は……本当に不幸な事故だった。だが、君たちに罪はない。帝国へ戻りたい者は、路銀を渡して安全に送り届ける。……もし、このオルティジアに残って力を貸してくれるというなら、今日から我が領の職員として正式に雇用しよう」
「「「…………え!?」」」
官僚たちが目を見開いた。
(よし……これで帝国兵を虐殺したなんて悪名も立たないし、穏便に済むぞ……!)
俺が胸を撫で下ろした瞬間、官僚の代表がドバッと涙を流して膝をついた。
「な……なんという底知れぬ懐の深さ……っ! 敗軍の将である我らを殺さず、職まで保証してくださるとは……!そうか…仮に 帝国へ戻したとしても、我らはオルティジアの凄まじい軍事力をこの目で見た生き証人。我らが証言すれば、しばらくは帝国はオルティジアへの侵攻を諦めるでしょうな。」
「…しばらく時間をくだされ。そう易々と主人を変えるなどできぬ。」
「ちがう、そこまでは言ってない……」
そして、最後の一人。
部屋の隅にポツンと立っていたセシリアの前に、俺は歩み寄った。
「クッ……殺せ!」
「セシリア…話聞いてたか?」
(クッころって言ったか!?)
(初めて聞いたぞ!)
一瞬応接室がざわつく。
コホン、と咳払いをして俺は続けた。
「この腕輪…隷属の魔道具か。こんなものもう要らないな。」
パキン、と、セシリアの腕の魔道具を外す。
「君は帝都の公爵家のご令嬢だ。こんな独立なんていう物騒なことに巻き込むわけにはいかない。……帝都へ帰りなさい。君の父親には俺からうまく手紙を書いておくから」
(頼むから早く帰って公爵家に謝ってきて! 俺が執政官を暗殺したのは誤解だからって伝えて!!)
俺の切実な願いを込めた言葉に、セシリアは自由になった自分の両手を見つめ……そして、ゆっくりと俺を見つめ返した。
その瞳には、かつてのような警戒や猜疑心は欠片もなく、溢れんばかりの熱い情熱と決意が宿っていた。
「……いいえ、ライン。私は帰らないわ」
「は?」
セシリアはスッと腰の剣を抜き、その刃を床に向け、俺の前で麗しく片膝をついた。
「私は今まで、貴方の真意を見誤っていた。貴方が血も涙もない冷酷な天才だと思っていた……。でも違ったのね。貴方は誰よりも民を愛し、仲間のために帝国を相手に立ち上がる……本当の英雄だったのよ」
「いやセシリアさん、話の飛躍が凄すぎるんだけど!?」
「私の剣と命は、今日この瞬間から貴方のものよ、ライン・オルティジア。……貴方が築く新たな国を、私が一番近くで守ってみせるわ!」
(((こ、公爵令嬢が陥落したーーーっ!?)))
後ろで見守っていたアルテ、ニナ、レイラ、そしてギルバートたち家臣団が一斉に目を剥いた。
こうして、帝国の執政官付きの武官として赴任してきた公爵令嬢セシリアは、そのまま我が陣営に正式に加わってしまったのだった。
いや、だから帝国宰相の娘を人質にとりたくないから帰れって言ったのに……ハァ。
◇
――同刻。帝都・陸軍省、最高幹部会議室。
「な……何だとっ!!?? 執政官ルードヴィヒが死亡……!? さらにオルティジア領が正式に独立を宣言しただと!!??」
重厚な円卓を叩き割りそうな勢いで、陸軍大臣が咆哮した。
室内には、帝国軍の将校たちが顔を青ざめさせて集まっている。
「は、はい! ルードヴィヒ殿はラインの仕掛けた水色の質量兵器により公衆の面前で凄惨に処断され、派遣された文官・兵士の一部はライン側に寝返った模様です……!」
「バカな……! あの無能と蔑まれていたオルティジアのもやしっ子が、たった数ヶ月で一つの国家を打ち立てただと……!?」
大臣は恐怖でガタガタと震える手で、ラインの顔写真が載った調査書を握りつぶした。
「全軍に通達! ライン・オルティジアの危険度判定を『特A級』へ引き上げろ! 奴は……奴は帝国発祥以来、最大の脅威だ……!!」
◇
――そして、数日後。
オルティジア王国の、記念すべき最初の朝。
執政官室改め「国王執務室」の大きな窓から、俺は眼下に広がる美しいレムの街並みと、キラキラと輝く湖を見下ろしていた。
「ライン陛下、本日の『新国家予算案』と『軍制改革案』の書類でございます」
「ライン、今日のスケジュールだけど…」
「お兄ちゃん、うちが淹れたコーヒー飲む〜? あ、手が滑って膝に乗っちゃった♪」
執務室には山のように書類が積まれ、アルテとニナがキャッキャと騒いでる。
俺は、手渡されたコーヒーを啜りながら、遠い目をして青空を見上げた。
(おかしい……。俺はただ……面倒な仕事を押し付けて、安全圏で温泉に浸かりながらのんびり隠居暮らしがしたかっただけなのに……)
なぜか手元には国王の印章。
そして目の前には帝国との全面戦争という超絶ハードモードな未来。
(どこで……どこで選択肢を間違えたんだ俺はーーーっ!!)
心の中で涙の悲鳴を上げながら。
世界一愛され、世界一勘違いされた「新国家のリーダー」ライン・オルティジアの、本当の戦いは、ここから始まろうとしていた――!
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