第四十七話:反逆は、水色の鍋の中に
「――くっくっく、これでオルティジアの全て…いや、世界は私のものだ……!」
領主館の執政官室。
調印式の翌朝、ルードヴィヒは朝日に向かって高らかに高笑いを上げていた。
机の上に置かれているのは、昨夜ラインに署名させた『雇用保障特約付きの権限委譲文書(※ルードヴィヒ脳内翻訳:帝国からの独立宣言書)』である。
「ライン・オルティジアめ……! 私を傀儡とし、裏から操るつもりだろうが、甘い! 」
ルードヴィヒは興奮で血走った目を輝かせながら、帝都の陸軍省・軍務局へ向けて魔道書簡を発した。
【執政官ルードヴィヒより軍務局へ】
『我、執政官ルートヴィヒ=フォン=バウアーは、天と地、ならびに我が手に委ねられし全土の御前において、ここに刻む。
オルティジア辺境伯たるラインより正当に引き継ぎしこの領土、そこに眠る無制限の富、そして万物を平伏させる絶対の力——それらはもはや、一地方の「管理権」などという生ぬるい言葉で縛れるものではない。この手に伝わる絶対的な威光は、我に悟らせた。力なき帝国の玉座に平伏することの、愚かさと虚しさを。
我は、己が手にした力の正体を知っている。
これは混沌であり、全能であり、世界を再構築するための神聖なる暴力である。
我はもはや、帝国の忠実なる犬ではない。
我こそが、この領域の絶対なる主であり、新たなる世界の法である。』
送信完了の青い光が明滅するのを見て、ルードヴィヒは満足げに頷いた。
「賽は投げられた…フフフ… 行くぞ! セシリア君!我が新体制の威信を示すため、手始めにあの広場の兵器を自らの目と手で検分しに行く!」
「……は、はい……(もうダメだ……本当に取り返しのつかないことになっちゃった……)」
傍らで青ざめるセシリアを引き連れ、ルードヴィヒは意気揚々と中央広場へ向かって大股で歩き出した。
◇
銀冠祭の最終日を迎えた中央広場は、熱気に包まれていた。
広場の中央に鎮座しているのは、祭りのフィナーレとして領民全員に振る舞われる特製・超巨大ぎんかんようかんの大鍋だ。
直径数メートルはある巨大な鍋の中では、職人たちが丹精込めて作った、ぎんかんようかんの素の、鮮やかな水色の寒天液素がドロドロと湯気を立てて固まりかけている。
「ふははは! 見たまえセシリア君! これがラインが極秘裏に開発していたという新兵器だ! この禍々しい色と粘弾性……なるほど、城門を破壊するための特殊可塑性爆薬の一種か!」
「………いや、ただのスイーツですけど!?」
とセシリアが突っ込む間もなく、ルードヴィヒは鍋の全貌を上から見下ろすため、職人たちが設けた木製の作業足場をドカドカと登り始めた。
その時である。
「あっ、危ないから降りてルードヴィヒ執政官! そこ、職人さんが寒天液こぼしてて滑りやすくなってるから――!」
遠くから冷や汗を流したラインが止めに入ろうと手を伸ばした、まさにその瞬間だった。
ヌルッ。
「……ぬ?」
ルードヴィヒの靴底が、足場に付着していたゼラチン状の寒天に完全に乗っかった。
物理法則に従い、ルードヴィヒの体は綺麗な弧を描いて宙を舞う。
「ぬわあああああぁぁぁぁぁっっっ!!???」
大体開脚の体勢のまま、ルードヴィヒは豪快に落下。
そして――ドボンッッッ!!!!
「ルードヴィヒーーーッ!?」
盛大な水蒸気と水色の飛沫とともに、ルードヴィヒは上半身から勢いよく、まだ熱くドロドロのぎんかんようかんの中へとダイブしたのだった。
「だ、誰か引き上げろー! 固まっちまうぞー!」
職人やレオン、マルコたちが慌てて鍋の縁に群がり、ドロドロの液体から飛び出しているルードヴィヒの「脚」を掴んで、全力で引っ張り上げた。
ズボボボッ!
「ゲホッ……ごふっ……!」
引き揚げられたルードヴィヒの姿は、あまりにも凄絶だった。
首から上が完全に粘り気のある水色の寒天で分厚くパックされており、それがカチカチに固まり始めていたのだ。
「ルードヴィヒ! しっかりしろルードヴィヒ!」
ラインが駆け寄り、ペシペシと頬を叩く。
脈を測ったレオンが、重々しく首を振った。
「……ダメです。高粘度の寒天が喉奥と気道を完全に塞ぎ……既に息はありません」
「「「………………」」」
「嘘だろぉぉぉぉぉぉぉっ!!??」
ラインの悲鳴が広場に響き渡る。
世界を恐怖に陥れるはずだった帝国の厨二病執政官ルードヴィヒ――まさかの「羊羹で窒息死」という最期であった。
◇
静まり返る広場。
だが、その沈黙を打ち破ったのは、周囲で見ていた家臣と領民たちの歓声だった。
「うぉぉぉぉーーーっ!!」
ギルバートが、フォフォフォと髭を撫でながら鋭い眼を光らせる。
「お見事なお手間でございますな。ライン閣下。帝国の執政官を、公衆の面前で一切の刃物を使わずに巨大な羊羹の鍋の中に叩き落として事故に見せかけて処断されるとは。 」
「なるほど……!」
とドレイクが手を打つ。
「ライン様が巨大な大鍋を用意させていたのは、すべてこのためだったのか! 帝国の狗にふさわしい凄惨な処刑……! 流石は我が主!!」
「ちがう! 事故! これはただの事故だ!!」
ラインが必死に叫ぶも、熱狂する領民たちの耳には届かない。
「見たかみんなーっ! ライン様が帝国の悪徳執政官を退治してくださったぞーっ!」
「ライン様万歳!」
「くたばれ!皇帝アドルフ!」
「これで俺たちの街は自由だーーーっ!」
「「「うおおおおおおおっっっ!!!(大歓声)」」」
広場はお祭り騒ぎの最高潮に達し、民衆は歌い、踊り、固まったルードヴィヒの水色の遺体の周りで「勝利のダンス」を踊り始めた。
(ただの事故死を利用して民を扇動、反帝国の機運は最高潮に…ライン、どこまで恐ろしい男なの。)
セシリアは呆然と立ち尽くし、遠い目でその一部始終を見ていた。
(なんで……? 俺はただ普通に隠居したかっただけなのに……! なんで執政官が羊羹に沈んで死んでんだよ……! しかも俺が暗殺したことになってるし、さっき帝都に反逆の通信が飛んでたっぽいし……俺の温泉ニート生活はどこ行ったんだーーー!?)
群衆の狂乱の渦の中。
ラインは天を仰ぎ、完全に魂の抜けた白目を剥いて、その場に崩れ落ちるのだった――。
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