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サボりたいだけの新米領主、全自動で名将に祭り上げられる〜領土を返納して隠居したいのに、家臣の勝手な勘違いで天下がひっくり返りそうです〜  作者: はるりん
第四章 もやしっ子と祭りと歓声と

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第四十六話:調印式と、捻れる想い

「さあさあ、皆の衆! 今夜は歴史的瞬間だぞ!」


「ライン様が新執政官様をお披露目なさるんだ!」


「我がオルティジア領の新たなる船出だーっ!」


 酒の勢いも手伝って、湧き立つ領民たちの歓声は夜空を揺るがすほどだった。


 そんな祭りの熱気から少し離れたステージ裏の幕内(楽屋)で、俺は、鏡の前で最終チェックを行っていた。


「ふふふ……完璧だ。衣装の崩れなし、髪型もバッチリ!」


 思わず口元がニヤけてしまうのを止められない。


 胸ポケットには、あの「全財産譲渡&家臣雇用保証の特約書類」が大切に収められている。


(ついに……ついにこの時が来たんだ……! 今夜、ステージの上でルードヴィヒと俺が書類に署名し、ガッチリと握手を交わす。それだけで俺の『辺境伯』としての重苦しい仕事はすべて終了! 明日からは晴れて隠居の身! 念願の年金暮らしセカンドライフだーっ!!)


 と心の中で歓喜のダンスを踊っていると、楽屋の幕がスッと開いた。


 入ってきたのは、今夜の主役(と俺が思い込んでいる)ルードヴィヒと、その背後で死んだ魚のような目をしているセシリアだった。


「おや、ルードヴィヒ執政官殿! セシリアも。そろそろ時間ですね」


 俺がとびきりの笑顔で迎えると、ルードヴィヒはすっと目を細め、白手袋をはめた手で胸元に手を当てて深く一礼した。


「ええ……ライン殿。お待たせいたしました。この歴史的瞬間を前に、胸の高鳴りを抑えきれませんよ」


(おおっ……! さすが帝都のエリート官僚、新体制発足に燃えているな! 頼もしいぞ!)


 俺はルードヴィヒの凛々しい(ように見える)表情を見て、大いに満足した。


 まさか彼の胸の高鳴りが、これから帝国に対して反逆の狼煙を上げ、世界を征服するための第一歩を踏み出すワクワク感によるものだとは夢にも思わずに。


「貴卿が後任で本当に良かったですよ。あの特約書類にも目を通してくれたのでしょう? 僕のワガママだけど、どうしても譲れない条件なのです」


「……ええ。しかと拝見いたしましたよ、ライン殿」


 ルードヴィヒは眼鏡の奥の瞳をギラリと不気味に光らせ、低く重厚な声で囁いた。


「『家臣の雇用と領民の権利の100%保証』……実に凄まじい決意と、おぞましいまでの先見の明が込められた素晴らしい文書でした。私のような凡夫には到底思いつかない、完璧な『布石』です。貴方のあの要求の真意、すべて理解いたしました」


(よしっ! 通じた!!)


 俺は心の中でガッツポーズを決めた。


「みんなの生活を守ってね」という俺の優しさと保身のメッセージを、彼は完璧に汲み取ってくれたのだ! なんて話のわかる男なんだろう!


「そうか! 分かってくれましたか! 頼みますよ、彼らは僕にとってかけがえのない大切な存在なんです。執政官殿になら、すべてを安心して預けられる」


「は……っ! このルードヴィヒ、貴方の覚悟、しかと受け止めました! どのような血の雨が降ろうとも、貴方の敷いたその『覇道』を完遂してみせます!」


「ははは!はどう?またまた 血の雨なんて大袈裟だなあ! ま、せいぜい仲良くやってくださいよ!」


 ぽん、とルードヴィヒの肩を親しげに叩く俺。


 その光景を、横で見ていたセシリアは「ヒッ……!」と引きつった悲鳴を噛み殺していた。


(な、なんなのこの地獄みたいな空間は……!? ライン辺境伯は『俺の隠居生活のために家臣をよろしくね』って言ってるだけなのに、アホのルードヴィヒは『独立戦争の準備は任せろ』って受け取ってるわ!! 会話が成立してるフリをして一切噛み合ってない!! 誰か……誰かこの恐ろしい事故を止めてぇぇぇ!!)


 セシリアの胃の痛みは、すでに限界を突破していた。


 昨夜、強圧的に服従させられたはずの自分が、いまや「この二人のクソデカ勘違いによる世界崩壊」を特等席で見せつけられているのだ。


と、その時。


 楽屋の外からドタバタと賑やかな足音が響き、アルテたち女性陣が一斉に入ってきた。


「ライン、もうすぐ時間だよ。」


 その後ろからは、涼風ローブを完璧に着こなしたニナ、そして「モグモグ……ん? もう始まるのか?」と、未だに何かを食べているレイラが続く。


「うん、そうだな……さあルードヴィヒ執政官殿、参りましょうか! 歓声が僕たちを待っている!」


「ええ……世界を変える第一歩を踏み出しましょう、ライン殿」


 俺とルードヴィヒは、互いに全く異なる希望と野望を胸に抱き、固く握手を交わした。


 二人の手が結ばれた瞬間、セシリアの顔から完全に血の気が引いたのは言うまでもない。


『――さあ皆様、大変お待たせいたしました! 銀冠祭中日、新執政官お披露目および、歴史的調印式の開幕です!!』


 司会の声が響き渡り、観客席から地鳴りのような大歓声が沸き起こる。


 ステージを隠していた巨大な幕がゆっくりと上がっていった――!



――ワーーーッ!! という耳をツンざくほどの狂乱の歓声が、夜空に弾けた。


 特設ステージを覆っていた幕が上がり切ると、そこには色鮮やかな魔導灯に照らされた光の舞台が広がっていた。


 中央には、重厚な装飾が施された一本の調印机。


 その上に、例の「全財産譲渡&家臣雇用保証の特約書類」が、まるで歴史的な秘宝のように恭しく捧げられている。


「みなさーん! 本日、我がオルティジア領は新たなる時代を迎えます! ライン辺境伯様と、新執政官ルードヴィヒ様による、歴史的な調印式です!!」


 司会の声に合わせ、俺とルードヴィヒは並んでステージの中央へと足を進めた。


 地平線を埋め尽くす領民たちの熱気、手を振るたくさんの笑顔。


(ああ……素晴らしい。みんな、今まで俺を支えてくれて本当にありがとう。でも俺の役目は今日で終わりだ! これからはこのエリート官僚ルードヴィヒのもとで、もっと豊かな暮らしをしておくれ……! そして俺は温泉へGOだ!!)


 俺は感動で目頭を熱くしながら、満面の笑みで領民たちに手を振り返した。


……一方、その隣に立つルードヴィヒの頭の中は、全く別の「熱狂」に包まれていた。


(見ろ……この民たちの凄まじい熱量を! ライン・オルティジアは、すでに領民の心までも完全に掌握し、帝国への反逆の決起を今か今かと待ち望ませている! なんという扇動の天才……! よし、ならば私もその期待に応えよう。今夜、この署名をもって、帝国の中央集権体制に永遠の別れを告げるのだ……!!)


 ルードヴィヒはマントをバサァと誇らしげに翻し、大悪党さながらのギラギラとした不敵な微笑みを浮かべた。


 ステージ袖で見守るアルテは、そんなルードヴィヒの異常な雰囲気を察知し、急激に眉をひそめた。


「……ねえ、ニナ。あの執政官、なんだか様子がおかしくない? 自分の就任式にしては、顔つきがまるでこれから戦争にでも行くみたいな目をしてるんだけど……」


「えっ? そうかな……? ルードヴィヒ様、すごく気合が入ってるように見えるけど……あ、でもちょっと顔が怖いかも……」


「ふん、単に帝都の気取った官僚が気合を入れすぎて空回りしているだけだろう」


 腕を組んで呑気に笑うレイラ。

 しかし、その横で青ざめた顔でブルブルと震えている人物が一人いた。


(ダメ……ダメよ……! あの書類にサインしたら、『オルティジア独立戦争』が始まっちゃう……! 誰か止めて……っ! )


セシリアは胃をぎゅっと押さえながら、心の中で血の涙を流していた。



「――それでは! ライン辺境伯様、ルードヴィヒ執政官様! 双方、特約書類へのご署名をお願いいたします!」


司会の合図とともに、俺とルードヴィヒは調印机の前へと歩み寄った。


用意された二本の万年筆。


「さあ、ルードヴィヒ。君からどうぞ」


「いえ、ライン殿。この歴史的な独立の第一歩……いや、新体制の第一歩は、貴方の手から刻まれるべきです」


「ははは、気遣いありがとう!」


俺は迷わずペンを取り、カリカリと軽快な音を立てて自分の署名を走らせた。


(よし……! 書いた! 署名したぞ! これで俺の『辺境伯』の肩書は消滅! 明日からは無職のラインちゃんだーーーっ!!)


心のなかでガッツポーズを決め、快感に浸る俺。


続いて、ルードヴィヒが静かにペンを走らせる。彼の筆跡は力強く、まるで羊皮紙を切り裂くかのような鋭さだった。


(カリカリカリ……ッ!!)


(書いた……! ついにサインしたぞ! 帝国軍務局の最高幹部であるこの私が、ライン・オルティジアの『独立宣言書』に署名した! これでもう後戻りはできない! 帝国への反逆、そして世界征服への血の塗られたカウントダウンが、今この瞬間から始まったのだ……っ!!)


ルードヴィヒの瞳に、禍々しい狂気の光が宿る。


「「――終わった……!!」」


俺たちは同時に心の中で歓喜の叫びをあげ、バッと顔を見合わせた。


「ルードヴィヒ執政官殿! これからオルティジアをよろしく頼みます!」


「ええ……! おめでとうございます、ライン殿! 貴方の理想とする『新世界』へ、共に行こうではありませんか!」


俺たちは力強く、固い握手を交わした!


『おおおおおーーーっっっ!!! 調印完了だーっ!! 新執政官万歳! ライン様万歳ーーーっ!!』


観客席から、地鳴りのような嵐のような歓声と拍手が沸き起こる。


夜空には色鮮やかな打ち上げ花火が次々と打ち上がり、祭りの熱気は最高潮に達した。


満面の笑みで歓声に応える俺。


邪悪な笑みで新世界の幕開けを確信するルードヴィヒ。


「本当に行ってしまうの……?」と寂しげに袖を引くアルテ。


そして――「もうこの世の終わりだわ……」と絶望で膝から崩れ落ちそうになるセシリア。


それぞれの思惑がねじれ切ったまま、銀冠祭の夜は華やかに更けていくのだった。


――そして、運命の翌朝。


ルードヴィヒの手によって、帝都軍務局へ向けて一通の魔道書簡が放たれることになるのを、この時の俺はまだ知る由もなかった。

今回は読んでいただきありがとうございました♪

このお話は毎週金曜日18時の更新を予定しておりますが、皆さまの応援のおかげで、執筆速度が上がっております!

ヘタレのライン共々、またのお越しをお待ちしております

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今後とも宜しくお願いします!

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