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サボりたいだけの新米領主、全自動で名将に祭り上げられる〜領土を返納して隠居したいのに、家臣の勝手な勘違いで天下がひっくり返りそうです〜  作者: はるりん
第四章 もやしっ子と祭りと歓声と

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第四十二話:羊羹の角と、狂い出す歯車

 翌朝、領主館の一室。朝日の差し込む執務室で、ルードヴィヒ執政官は狂ったようにペンを走らせていた。



 その顔には、昨日までの怯えや冷や汗は一切ない。



 代わりにあったのは、どす黒い野心にギラギラと飢えた、狂信者さながらの笑みだった。


「ククク……。帝国中央の無能な豚どもめ。この力を手にするからには、もはや従う義理などないわ。すぐに骨の髄まで恐怖を染み込ませてやる……」


 彼が書いているのは、帝国の最高政務機関へと送るための、今回の赴任に関する定期報告書。


 だが、その内容は、昨日彼が目にした「オルティジア領の真実」とは、一から十まで真逆の虚偽で埋め尽くされていた。


『――オルティジア領におけるミスリルの埋蔵量は、事前情報に反して極めてごく僅か。すでに枯渇寸前の状態である。また、一部で噂されていたコストゼロの加工技術なども辺境伯の根拠のないハッタリに過ぎず、再現性は皆無。帝国経済に与える影響は微小と判断する』


 ルードヴィヒは冷笑を浮かべ、さらにペンを走らせる。


『――また、古代魔導兵の存在についても、動かないただの残骸スクラップが数体転がっているのみ。脅威度は極めて低く、戦力としての価値は一切なし。ライン・オルティジア辺境伯本人の能力も凡庸であり、隠居を認めるのは妥当。このまま執政官により直轄統治するべきである』


 それは、オルティジア領に眠る奇跡のすべてを、帝国中央から隠蔽するための偽造文書だった。


(このすべての奇跡は、私だけのものだ……!)


 ルードヴィヒは胸の中で、ドロドロとした独占欲を膨らませていた。



 ラインは隠居したがっている。



 あの男の請願書はすでに受領されているのだ。

 後任の執政官としてこの地に君臨するのは、他ならぬ自分。

 

 あの千五百体の沈黙の軍勢も、世界を射程に収める『サジタリアス=レイ』も、すべてルードヴィヒ個人の手中に収まる。

 

(あのラインという男は、これほどの力を持ちながら『隠居して温泉に行きたい』などと抜かす平和ボケの腑抜け。だが、私は違う。この力があれば、帝国中央を恐怖でひざまずかせることも、現在の皇帝を挿げ替えることも……いや、世界に覇を唱えることすら容易い……!)



「ふふ、ふはははは……!!」



 静かな部屋に、ルードヴィヒの不気味な高笑いが響く。

 俺の「面倒ごとを早く押し付けて逃げたい」という思いが、一人のエリート官僚を、取り返しのつかない怪物(勘違いの塊)へと変貌させてしまっていたのだ。



 帝国への虚偽報告書を書き上げ、すっかり「世界を裏から支配する冷酷な絶対者」の気分に浸ったルードヴィヒは、マントを翻して領内の視察へと繰り出していた。


 一歩外へ出ると、オルティジア領の中央広場は、耳を聾するほどの活気と熱気に包まれていた。


 近日開催されるという領地の大祭『銀冠祭』の準備がいよいよ佳境を迎えており、露店の設営や飾り付けで領民たちが忙しそうに走り回っている。


「ふん、家畜どもが。平和ボケしおって……」


 広場を見下ろす高台から、ルードヴィヒは冷酷な薄笑いを浮かべて吐き捨てた。


「間もなくこの地に、私という真の絶対者が君臨するとも知らずに、呑気に祭りの準備か。哀れな羊どもめ、存分に今の平穏を貪るがいい……」


 完全に脳内の中二病マインドが爆発しているルードヴィヒの視線の先。

 広場の中央には、およそ祭りの準備とは思えないほど異様な、家一軒分はあろうかという「超巨大な大鍋」が設置されていた。

 下から魔導火でゴオゴオと熱せられた大鍋の中では、マルマラ湖の湖面のような、鮮やかな水色の謎のドロドロとした液体が不気味に煮えたぎっている。


(……む、何だあの巨大な鍋は? 新たな広域拡散型の化学兵器の調合か……!?)


 ルードヴィヒがゴクリと息を呑んで警戒するが、現実は違った。

 その鍋の中身は、内政官のマルコがこの領地の新たな特産品として発案し、ニナの実家『エスカンテ商会』が商品化した最新スイーツ――『ぎんかんようかん』だ。

 銀冠祭で祭りの参加者にタダで振る舞うために、総出で練り上げている真っ最中なのだ。


「よし、色味も透明感もしっかり出てるな! 寒天の配合もバッチリだ!」


「『ぎんかんようかん』だなんて粋な事考えやがるぜ! これを冷やして四角く切り分けりゃ、極上の美味の完成だ!」


 職人たちが汗を流して大鍋をかき混ぜる中、ルードヴィヒが尊大な態度でゆっくりと広場へ降りてきた。

 周囲の領民たちを虫ケラでも見るような冷たい目で見下し、顎をそらしながら歩くその姿は、あまりにも胡散臭く、そして最高に浮いていた。

 そんなルードヴィヒの背中に向かって、休憩中のおっさん領民たちが、聞こえるか聞こえないかの音量でコソコソと陰口を叩き始める。


「おい、なんだあいつ……。昨日まで死にそうな顔してたくせに、急に偉そうに顎尖らせて歩きやがって」


「帝国の偉い役人様だろ? フン、せっかくライン様が美味い羊羹をタダで食わせてくれるってのに、あんな不気味なツラして水を差しにきやがってよ」


「本当だな。ああいう心の狭い奴はよぉ――」


 一人の領民が、大鍋の横に積まれた、冷やし固める前の四角い木枠を睨みつけながらペッと唾を吐いた。


「――あんな風にカチカチに冷え固まった『羊羹のかど』に、頭ぶつけて死んじまえってんだ。」


「ハハッ、全くだぜ!」


 領民たちの間で、ドッと小さな笑いが起きる。

 その時、ルードヴィヒの耳は、その「ヨウカンのカド」という不穏な単語を確実に拾い上げていた。


(……っ!? 今、なんと言った? 『ヨウカンのカドに頭をぶつけて死ね』……だと!?)


 ルードヴィヒの脳内に、電撃のような衝撃が走る。


(『ヨウカン』……先ほど職人どもが言っていた、冷やして四角く切り分けるという謎の暗黒物質……。それを『カド』、つまり鋭利な武器状に成形し、人間の頭蓋骨を一撃で粉砕するほどの硬度を持たせるというのか!? 恐ろしい……! 領民の末端にいたるまで、あれを暗殺用の打撃兵器として認識しているというのか……!!)


「くっ、どこまで底が知れない領地なのだ、オルティジアは……!」


 ルードヴィヒは冷や汗をにじませ、新兵器『ヨウカン』の恐怖に身を震わせながら、そそくさとその場を立ち去るのだった。



 その日の深夜。領主館の片隅にある、うす暗い私室のなかで、セシリアは一人、深い苦悩に陥っていた。



(……おかしい。ルードヴィヒ執政官の様子が、明らかにおかしくなっている)



 昼間の視察での彼の言動を思い返し、セシリアは冷や汗をにじませる。

 昨日まで魔導兵の武力に怯え、生気を失っていたはずの男が、今朝からは一転して、まるで世界を手中に収めたかのような傲慢な笑みを浮かべ、挙句の果てには広場で領民が作っていたただの『菓子ようかん』を凝視して、「あれは恐るべき暗殺兵器だ……」などとブツブツ呟いていたのだ。


 極限の恐怖のあまり、精神が崩壊してしまったのか。


 それとも、ライン・オルティジアの恐るべきカリスマに精神を汚染され、操られているのか。



(どちらにせよ、あの状態のルードヴィヒ閣下に帝国の全権を委ねておくのは危険すぎる。このままでは、帝国そのものが取り返しのつかない破滅へと誘導されかねない……!)



 セシリアは決断した。


 執政官を飛び越え、帝国宰相である父のアルテンブルク公爵へ、独自のルートでこの領地の「真の脅威」と「執政官の異常」を直接報告する。


 それしか、帝国を救う道はない。


 彼女は懐から、特定の周波数でのみ作動する最高機密の隠密通信魔導具プライベート・リンクを取り出した。


 これを使えば、帝都の父の元へ、暗号化された思念波を直接届けることができる。

 魔導具に魔力を込め、父の精神波への接続を開始する。

 接続完了を示す微かな電子音が、静まり返った部屋に小さく響いた。


「――お父様、セシリアです。緊急の報告があります。オルティジア領の戦力は、帝国の想定を遥かに――」


「何をしているのかね、セシリア君」


 背後からかけられた冷酷な声に、セシリアの総毛が立った。


「ッ!?」


 驚愕とともに振り返る。


 いつの間に侵入していたのか。部屋の入り口、月光すら届かない暗闇のなかに、ルードヴィヒが音もなく佇んでいた。

その瞳は、かつての小心者な文官のそれではない。昏い欲望と、確かな殺意が混じり合った、禍々しい光を宿している。


「ル、ルードヴィヒ閣下……! これは、その……」


「無駄だよ。この部屋の周囲には、すでに私の魔術によって、あらゆる外部への通信を遮断する結界ジャミングを展開してある。君がいくらその玩具(魔導具)に話しかけたところで、帝都の父親には一文字たりとも届きはしないさ」


 ルードヴィヒは冷笑しながら、ゆっくりと闇のなかから歩み出てくる。その手には、不気味に明滅する攻撃術式のスクロールが握られていた。


「せ、セシリア君……。私はね、気づいてしまったのだよ。ライン辺境伯は、この強大な力をすべて『帝国に任せる』と言った。ならば、その力を誰が引き受けるべきか? 帝都でぬくぬくとふんぞり返っている、無能な皇帝や貴族どもか? ……違う。命懸けでこの地に赴き、この奇跡を手に入れた、私をおいて他にいない」


 ルードヴィヒの顔が、狂気的な歓喜に歪む。


「君の父親のような旧弊な貴族どもに、この『世界を統べる力』を渡してなるものか。……セシリア君。君を失うのは惜しいが、私の大望の邪魔をするというなら話は別だ。……私と新たな秩序を築くか、それともここで私の大望の『礎』となるかね?」



 突きつけられた、明白な反逆の意志と、冷酷な二者択一。



 セシリアは奥歯を噛み締め、目の前の男の、あまりの変貌ぶりに戦慄するしかなかった。



――俺が「早く引退して年金生活がしたい」という純粋な怠惰から放ったハッタリが、巡り巡って、帝国の一高官をガチの反逆者へと昇華させてしまっていた。

今回は読んでいただきありがとうございました♪

このお話は毎週金曜日18時の更新を予定しておりますが、皆さまの応援のおかげで、執筆速度が上がっております!

ヘタレのライン共々、またのお越しをお待ちしております

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今後とも宜しくお願いします!

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