第四十一話:丘の穴、野心の目覚め
地下のひんやりとした空気から一転、俺たちは、レムの軍港近くにある、広大な第三練兵場へと移動していた。
周囲は頑丈な外壁に囲まれ、遮るもののない土の平原が広がっている。
「それではこれより、魔導兵一機を用いて、基本性能のデモンストレーションを行います!」
レオン騎士団長が、これ以上ないほど生真面目な顔で号令をかけた。
ルードヴィヒが「デモンストレーションだと?」と引きつった顔で呟く。
「――テスト、開始ッ!」
レオンの鋭い声とともに、練兵場の中央に立っていた一体の魔導兵が動いた。
ドムッ!
と爆音が響いた瞬間、レオンの背丈ほどもある魔導兵の巨躯が視界から消える。
直後、すさまじい風圧とともに、数百メートル先に設置された頑強な鉄盾の前に移動していた。人間を遥かに超える機動力――いや、もはやただの瞬間移動だ。
魔導兵の単眼が怪しく光る。
パリパリと高密度のマナがその単眼に収束したかと思うと、次の瞬間、眩い『光の矢』が放たれた。
ドンッ!!!
激しい閃光と轟音。標的として置かれていたはずの、大人が十人がかりでも動かせない巨大な鉄の塊が、穿たれるどころか文字通り跡形もなく蒸発していた。
「ひ、ひえぇ……っ!」
ルードヴィヒが頭を抱えてしゃがみ込みそうになる。セシリアも腰の剣の柄を握る手に、白くなるほど力がこもっていた。
◇
「続いて、耐久テストに移ります! 攻城用大型バリスタ、放てッ!」
レオンの合図で、練兵場の壁際に配備された、攻城戦用の大型バリスタが唸りを上げた。放たれた極太のミスリル製の矢が、空気を切り裂いて魔導兵の胸部へと一直線に向かう。
だが、魔導兵は避ける仕草すらしない。無防備にその身で正面から受け止めた。
ギィィィンッ!!!
激しい金属音が響き渡り、火花が散る。城門をも一撃で粉砕するはずのミスリル製の矢は、魔導兵の装甲に弾かれて無惨に地面へ転がった。魔導兵の胸元を確認すると、そこには火薬の煤で汚れた程度の、微かな『かすり傷』しか残っていない。
「……バケモノめ」
セシリアの口から、乾いた呟きが漏れた。
機動力、攻撃力、耐久力。そのどれをとっても、既存の騎士や魔術師が束になって敵う相手ではない。
それが地下に千五百体も眠っているのだ。この地を力でねじ伏せるなど、天地がひっくり返っても不可能だと完全に理解させられた。
だが、俺の『嫌がらせのようなお披露目』は、これで終わりではなかった。
「あ、執政官閣下。最後にこれだけ見てもらって終わりにしますね」
俺はへらへらと笑いながら、練兵場の物見櫓の上へと二人を案内し、そこに設置された巨大な筒状の物……「サジタリアス=レイ」の前へと促した。
「これ、魔導兵たちのマナを使ってましてね。魔導兵を複数リンクさせて放つ、長射程の遠距離兵器なんです。『サジタリアス=レイ』って言うんですけどね」
「……遠距離、兵器だと?」
ルードヴィヒが怯えた目で俺を見る。俺は慌てて手を振った。
「いやいや、流石に今は撃ちませんよ! 危ないですし、マナの消費も激しいんで! ……ただ、あそこに見える丘を見てください。なんか、不自然に丸くくり抜かれたみたいに大きな穴が空いてるでしょ?」
俺が指差した先。練兵場から程近い丘の斜面に、確かに巨大なクレーターのような大穴が穿たれていた。
「あれ、こないだ開発段階で、魔導兵を五十体繋いで試射したら、ああなっちゃいまして。その時の射程は、目測で射程三万イル(約三十キロメートル)くらいはあったかなぁと。まあ、実戦で使う機会なんてないと思いますけどね!」
俺としては、「これ起動するとめちゃくちゃ魔力食うし、近所迷惑だし、危ないから二度と使いたくないです」というチキンな本心の吐露だった。
だが、三万イルという数字を聞いた瞬間、ルードヴィヒの脳の許容量は完全に限界を迎えた。
(さんまん、イル……!?)
ここから三万イルといえば、帝国軍が所有するどんな攻城兵器よりも、宮廷魔術師の攻城戦用の大型術式よりも射程が長い。
(……撃たずに、『跡』を見せるだけ……だと……?)
ルードヴィヒはガタガタと全身を震わせ、物見櫓の手すりにしがみついた。
(『戦となり攻め寄せれば、この場所から一方的に消し飛ばせる。分かっているな?』という……これ以上ない、冷酷で凄惨な武力による脅迫……!! この男は、交渉の席に着く前から、我々の首筋に刃を突きつけていたのだ……!)
「いやー、本当に物騒な兵器ですよね。僕としては早くこれを国庫にでも納めて、安全な隠居生活に入りたいんですけどねぇ」
俺が心底めんどくさそうに笑うと、ルードヴィヒはもはや言葉を返すこともできず、ただ絶望の底で青ざめるしかなかった。
◇
地獄のようだった一連の視察をすべて終え、執政官一行が、あてがわれた領主館の客室に戻る頃には、夜の帳が完全に下りていた。
「はぁ、はぁ……、くそ、冷や汗が止まらん……」
ルードヴィヒは自室の扉を閉めるなり、鍵をかけ、崩れ落ちるように重厚なソファーへと体を投げ出した。
ハンカチはすでに絞れるほどに濡れており、呼吸はいまだに浅い。
今日、彼が目にしたものは、ただの「一地方領主の贅沢」などではなかった。
スキチャ連邦の国家基盤を容易に破壊し得る、ミスリルのコストゼロ加工技術。
地下に眠る、沈黙の軍勢千五百体。
そして、長射程の戦略兵器『サジタリアス=レイ』。
「化け物め……。ライン・オルティジア、やはり貴様は、最初から帝国と対等以上に渡り合うための『盤面』を完成させていたのだな……」
ルードヴィヒは震える手でグラスにワインを注ぎ、一気に喉へと流し込んだ。
強めのアルコールが胃を焼く感覚。それでようやく、少しだけ思考が回り始める。
窓の外を見遣れば、静まり返ったオルティジア領の夜景が広がっていた。街灯の魔導光がポツポツと優しく輝き、昼間のあの凶悪な兵器群が嘘のように穏やかな、美しい領地だ。
――だが。
恐怖の極限に達したルードヴィヒの脳裏に、ふと、昼間のラインの言葉が蘇る。
『僕としては全部帝国に「お任せ」して、一刻も早く隠居させてもらえるなら、何も文句はありません!』
『今すぐこれ全部あげるから、早く俺の隠居生活の書類に判子を押してくれって言ってるじゃん!』
「……待てよ」
ルードヴィヒはグラスを握ったまま、動きを止めた。
ラインは本気で、この地位から退きたがっている。
それはルードヴィヒを脅すためのポーズのようにも見えたが、同時に「これほどの力を持ちながら、自分自身は覇権に一切興味がない」という奇妙な本気度も感じられた。
もし。
もしそれが、あの男の本心なのだとしたら。
「……あの男の望み通り、隠居(請願書)を受け入れたらどうなる?」
ルードヴィヒの瞳の奥に、怪しい光が灯る。
「あの男は全財産も、ミスリルの技術も、あの千五百体の魔導兵も……すべて帝国に『任せる』と言った。つまり、あの力をそのまま、帝国国庫と軍部に引き渡すということだ」
そして、その『引き渡し(ネゴシエーション)』の全権を握っているのは、他ならぬ自分、ルードヴィヒ・フォン・ラインハルト執政官だ。
ゴクリ、と蛇のような生唾を飲み込む。
恐怖によって麻痺していた脳に、甘美で、致命的な「野心」がじわりと染み込んでいく。
「私はライン・オルティジアに代わり、この地を治める執政官。つまりは、あの魔導兵の軍勢は、私の直轄として管理できるという事か……!」
スキチャ連邦を経済的に絞め殺すミスリル技術も、帝都を射程に収める超長距離砲も、執政官たるルードヴィヒのコントロール下に置かれることになる。
これまで帝国中央で、無能な世襲貴族どもに足を引っ張られていたが、帝国直轄領の執政官という立場でオルティジアに赴任したた自分。
だが、この『オルティジアの力』を自分の手中に収めることができれば、立場は一瞬で逆転する。
「クク……、ハハハ……!」
ルードヴィヒの唇が、歪に吊り上がった。
「帝国中央の無能どもめ。私を舐めていたツケを払わせてやる。この力さえあれば、現在の皇帝を挿げ替えることすら容易い。いや、帝国からの独立……それどころか、この世界に覇を唱えることすら……!」
ラインが「一刻も早く手放したい」と願った災厄級の超武力。
それが、保身第一だったはずの一人の官僚の野心を、最悪の形で呼び覚ましてしまった。
そんなこととは露知らず。
別室のラインは、「これで引き継ぎ終了! よし、温泉街のパンフレットでも取り寄せるか!」と、呑気に鼻歌を歌いながらベッドに潜り込んでいるのだった。
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