第三十九話:古代兵器は、ただの湯沸かし
「……さて。次は、その素晴らしい『エコシステム』の心臓部をお見せしましょう」
これ以上ないほど胡散臭い笑顔を浮かべるマルコに先導され、執政官一行は工房のさらに奥、厳重にロックされた防壁扉の前に立っていた。
ルードヴィヒは、ハンカチで何度も額の汗を拭っている。
涼しいはずの冷風機エリアを抜けたというのに、冷や汗が止まらないのだ。
ガコン、と重々しい金属音が響き、防壁扉が左右に開く。
そこに広がっていたのは、巨大な半地下の格納ドックだった。
「ひっ……!」
ルードヴィヒの口から、情けない悲鳴が漏れた。
セシリアもまた、息を呑んで足を止める。
薄暗いドックのなかに鎮座していたのは、数体の魔導兵。
煤けた古代の装甲、その隙間から覗く、不気味にうごめく人工筋肉。それが整然と並び、背中から無数の太いパイプを伸ばして壁の向こう――先ほどのミスリル工房へと接続されていた。
「これです! ライン閣下の素晴らしいアイデア『魔導排熱循環システム(ボイラー)』にございます!」
マルコが誇らしげに胸を張る。
「本来、この旧時代の遺物は一度稼働してしまうと、維持するだけでも膨大な魔力を垂れ流し、周囲に高熱の害を撒き散らす厄介極まりない『兵器』でした。しかし、ライン閣下はこれを『ただの大型湯沸かし器』として再定義されたのです! 起動中に彼らが放出する熱エネルギーを、そのまま隣のミスリル工房の精錬・加工ラインへと誘導! これにより、兵器としての保管維持と、産業利用の一石二鳥を成し遂げられたのです!」
(ゆ、湯沸かし器ぃぃぃぃぃ!?)
ルードヴィヒは頭がどうにかなりそうだった。
かつてその一個軍団は一国を一夜にして焦土に変えたと伝わる伝説の古代兵器を、この辺境の領主は「ちょっと熱いお湯が沸かせる便利なボイラー」感覚で使っているというのか。
セシリアは、信じられないものを見る目で俺を見つめた。
「ライン……貴方って人は、どこまで古代の軍事技術(兵器)を舐めているの? これだけの数の魔導兵を、まるで裏庭の家畜のように飼い慣らして……」
「いや、舐めてないって。めちゃくちゃ怖いよ? だから、触りたくないからパイプ繋いで放置してるだけなんだけど……」
俺としては「排熱が熱すぎるから、熱だけ外に逃がして近づかないようにしよう」という、純粋な安全対策だった。
だが、その冷めた態度こそが、彼らには「これほどの兵器すら、僕にとっては日常のツール(おもちゃ)に過ぎない」という圧倒的な強者の余裕にしか見えない。
「……オルティジア辺境伯」
ゴクリ、と喉を鳴らし、ルードヴィヒが血の気の失せた顔で俺に一歩歩み寄る。
「貴卿は……この軍事力をもって、帝国に、いや、大陸全土に何を要求するつもりだ? この魔導兵がひとたび動けば、帝国の精鋭騎士団とてタダでは済まない。それを、これほど保有していながら、ただの『ボイラー』と言い張るその厚顔無恥さ……! 恐ろしい男だ……!」
「だから、何にも要求してないって! むしろ今すぐこれ全部あげるから、早く俺の隠居生活の書類に判子を押してくれって言ってるじゃん!」
(こんな爆弾、一秒でも早く帝国中央に押し付けて、俺は安全な年金生活に入りたいんだよぉぉぉ!)
俺の心の叫びは、しかし、ルードヴィヒの「超高度な疑心暗鬼フィルター」を通過し、全く別の意味に翻訳される。
(……やはり、そういうことか! 『全部あげるから、隠居させてくれ』……。つまり、これほどの武力と、ミスリルを独占できる経済力を、いつでも『帝国に直接譲渡(あるいは他国へ売却)』できるという無言の脅し! 自分が前線から退き、裏の支配者(隠居)として君臨する代わりに、帝国にこの力を飼い慣らす覚悟があるかを試しているのだ!)
「ハ、ハハ……。いいだろう、ライン・オルティジア。貴方の『意思』は、このルードヴィヒ、確かに受け取った……!」
「(伝わった!? やったぜ!)おお、話が早くて助かります!」
俺がようやく肩の荷が下りたとばかりに、無邪気に満面の笑みを浮かべたその瞬間。
格納庫の奥から、足音が響いてきた。
「ライン閣下!!」
やってきたのは、騎士団長のレオンだった。彼は手にした戦術報告書を勢いよく掲げる。
「報告いたします! 先ほど、魔導兵の実戦テストの準備がすべて整いました! ライン様のご命令通り、帝国からのお客様の前で、いつでもデモンストレーションをお見せできます!!」
「……は?」
俺の顔から、一瞬で血の気が引いた。
(実戦テスト? デモンストレーション? ……俺、そんなの命令した覚え、一ミリもないんだけど!?)
慌てて隣のマルコを見ると、マルコは我が意を得たりとばかりに親指を立ててウィンクしてきた。
(ライン閣下、執政官様たちに我が領の軍事力をアピールし、請願書を有利に通すための『実演』ですね! 完璧に手配しておきました!)という無言のドヤ顔である。
「お、おい、マルコ……?」
俺が冷や汗を流しながら引きつった声を出すが、もう遅い。
「……フッ、やはりな」
ルードヴィヒは乾いた笑い声を漏らした。隣のセシリアも、キッと表情を引き締め、腰の剣に手をかける。
「言葉による交渉は終わり、ということか。我々がこの地を大人しく引き下がるか、それとも貴卿の軍門に下るか……。それを、その『魔導兵の力』で見せつけようというのだな、ライン辺境伯!」
「違っ――」
俺の必死の弁明をかき消すように。
格納庫の最奥。
一体の魔導兵の単眼が、ブォン……!!と赤く灯った。
ズゥゥゥン……
魔導兵がゆっくりと立ち上がる。
「ひいっ、来るぞ……!」
ルードヴィヒが悲鳴を上げ、セシリアが青ざめた顔で剣を抜いた。
だが。
魔導兵は一歩だけ歩くと、
ゴウン、と背中の巨大なバルブを開放した。
――ぷしゅーーーーーっ……!
勢いよく、真っ白な蒸気が噴き出す。
同時に、壁の向こうのミスリル工房側からどっと大きな歓声が上がった。
『ライン様ー! 排熱供給、超安定しましたー!』
『今日もミスリルがねんどみたいに柔らかいですー!』
『成形ライン、正常稼働です!』
魔導兵は満足したようにコクンと重々しく頷くと、そのままゆっくりと元の位置へ戻って、何事もなかったかのように静止した。
「……」
「……」
格納庫に、異様な沈黙が落ちる。
セシリアは抜きかけた剣を握ったまま固まり、ルードヴィヒは口を開けたまま静止していた。
「ほらな?」
俺は、やれやれと大げさに肩をすくめて見せる。
「だから言っただろ。ただのボイラーなんだって」
これで、彼らも俺がただ安全に排熱を利用しているだけだと理解してくれたはず。
……そう思っていた。
しかし。
(……敵前で兵器を一瞬だけ起動し、『本気を出せばいつでも貴様らを潰せる』と牙を見せつけた上で、あえて攻撃せず停止させた……!)
ルードヴィヒの顔色は、先ほどよりもさらに死人のように白くなっていた。
(これが……『武力による、最大限の無言の外交(脅迫)』……!)
セシリアも、震える手で静かに剣を鞘へと収め、そっと目を閉じる。
(ここまで圧倒的な戦力差を見せつけながら、一滴の血も流さずに相手の心を折る……。やっぱりライン、貴方は最初からそこまで計算して、このデモンストレーションを……)
(違う違う違う違う!!)
どうして。
どうしてみんな、俺の言うことを一ミリも信じてくれないんだ。
俺はただ、絶望のあまりに白目をむいて、格納庫の天井を仰ぐしかなかった。
今回は読んでいただきありがとうございました♪
このお話は毎週金曜日18時の更新を予定しておりますが、皆さまの応援のおかげで、執筆速度が上がっております!
ヘタレのライン共々、またのお越しをお待ちしております
このお話が気に入っていただけたら、ブックマーク、★で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
今後とも宜しくお願いします!




