第三十七話:白銀の山、槌音高く風吹きて
領主館執務室。
俺は領内の重臣を集めて緊急会議を開いていた。
議題は言うまでもない。先ほど帝都から魔導通信で誤送信送されてきた、あの狂気に満ちた指示文章についてだ。
「なぁ、マルコ。この内容……当然、執政官も知っていると考えていいんだよな?」
「はぁ……この文書は、オルティジア領を引き継ぐ執政官一行の対応について書かれたものですから、執政官ルードヴィヒ伯爵の手元にも、まったく同じ文書が届いている可能性が極めて高いかと。ただでさえ警戒されていたというのに、これでは執政官も、我々を『いつ牙を剥くか分からない怪物』として相当に恐れてくるでしょうな」
このままではまずい。まずすぎる。
俺の、執政官穏便に領地を押し付けてバックれる『ハッピー年金隠居プラン』が根底から崩壊してしまう。
「いいかみんな、頼むから執政官には何があっても【満面の笑顔】で接してくれ。相手は俺たちのことを、一歩間違えれば独立戦争を起こしかねない過激派だと思ってるんだ。これ以上、俺たちの危険度評価を上げるわけにはいかないからな!」
俺は胃の痛みに耐えながら、居合わせた家臣たちに何度も何度もそう言って聞かせたのだった。
◇
領主館謁見の間。
「……以上が、我がオルティジア領の現状と課題になります。それでは執政官殿、百聞は一見に如かずと申しますし、実際に領内の視察へと参りましょうか」
上座にふんぞり返る(しかしどことなく肩が強張っている)執政官ルードヴィヒ伯爵に対し、俺はこれ以上ないほどへりくだった営業スマイルと揉み手で提案した。
「……ふん。何を企んでいるのかは知らんが、その不気味な笑みに騙されはせんぞ、オルティジア辺境伯」
なんでだよ。
精一杯の営業スマイルだろうが。
ルードヴィヒは俺の手揉みに対し、まるで爆弾でも見るかのような警戒の色を隠さない。
俺たちは、ルードヴィヒと彼の側近数名を連れて、領内の最重要拠点である地下のミスリル採掘現場へと向かった。側近の中には、もちろん昨日脳内バグを起こしたばかりのセシリアの姿もある。
(奴らが欲がるであろうミスリルの利権をさっさと見せて、穏便に引き継いでしまおう。いや、むしろ無理やりにでも押し付けて、俺は厄介事からおさらばするんだ……!)
俺の頭の中には、この執政官にすべてを丸投げしてゴロゴロすることしか計画になかった。
しかし、地下へ続く階段を降りるたびに、ルードヴィヒ一行の視線がギラギラと鋭くなっていく。
「……ねぇ、聞こえる? 『オルティジア領の力の源泉であるミスリル鉱山を見れば、こいつらの隠された戦力や軍事内情が暴けるはずだ』ってルードヴィヒ様の側近たちが囁き合ってるよ」
背後からアルテが楽しそうに密告してくる。頼むからお前らは油を注ぐな。
◇
ミスリルの採掘現場の入り口へと到着した俺たちは、いつものように入構時の厳格なチェックを行い、用意されたヘルメットを作業員から受け取った。
「ねえ、ライン? この物々しい警戒体制は何かしら? ……やはり、この奥には帝国に見せられない『とんでもない代物』が隠されているのね?」
さっそくセシリアが、目を鋭く光らせて尋ねてきた。
「いや、もちろんミスリルの盗難防止っていう機密上の理由もあるけどさ。実際のところ、採掘作業って常に落石とかの危険が伴うだろ? 万が一事故があった時のための安全対策(労災防止)だよ。立ち入る者の身元確認と、立ち入り時間をきっちり記録してるだけさ」
だが、セシリアは手渡された白銀のヘルメットをコンコンと叩き、息を呑んだ。
「この渡された兜……まさか、すべてミスリル製じゃないの……! 頭部への即死魔法や、天井崩落を装った奇襲を防ぐための『特注魔導防護装備』ね。さすがライン、情報漏洩と暗殺への備えに一分の隙もないわ……!」
「いや、だからそれは、ミスリルを使ったほうが軽くて丈夫だから余った分で作っただけで……」
「もういいわ、隠さなくて。早く行きましょうか。あなたのその恐るべき化けの皮、私たちが剥いで見せるわ!」
聞いちゃいねぇ。
誰かこの元委員長のクソデカ深読みスキルを止めてくれ。
◇
ミスリルの採掘現場である坑道内に一歩足を踏み入れると、そこは地下の底だというのに、まるで昼間のように明るく、空気も清々しいほどに澄み渡っていた。
「ば、バカな……! これほど広大な地下空間の空気を、完全に制御しているだと!? ここまでの超大規模な魔導換気、帝都の地下迷宮でも不可能だぞ……っ!」
ルードヴィヒが冷や汗を滝のように流しながら、ガタガタと歯を鳴らした。
「いやぁ、坑道内が暗くて息苦しいと工夫たちの作業効率が下がりますからね。壁には魔導光のランプを一定間隔で設置して、換気にはこの風の魔道具を繋いだダクトを使っているんですよ」
そう。ここには魔導兵の排熱とミスリルの親和性を利用した最新ランプと、サジタリウス=レイの技術を応用した送風システムが完璧に稼働しているのだ。すべては「工夫がバタバタ倒れて鉱山の存在が明るみに出たら領地の存続に関わる」という俺の徹底的な保身の賜物である。
「これは……坑道に見せかけた、長期の籠城戦を想定して作られた【地下要塞】ね……!」
セシリアが戦慄したような声を漏らす。
「外から毒ガスを流し込まれても完全に無効化し、住民や兵士を何ヶ月も地下に潜伏させるための前線基地……。ライン、あなた、もしかして既に帝国の包囲網を予期してこの拠点を構築していたのね!?」
だから違うんだって! ただの大型換気扇と照明なんだよそれは!!
◇
絶望する帝国側を余所に、ルードヴィヒの視線は坑道で汗を流す工夫たちへと向けられた。
「……オルティジア辺境伯。今は領内が祭り(銀冠祭)の準備の最中のはずだが、彼らは休まないのか?」
「ああ、工夫たちは三交代制で二十四時間、無理のない範囲で採掘作業を行っていますから。休憩もローテーションでしっかりとらせて、お茶と特製のお菓子を支給しています」
我が領の労働環境は超絶ホワイトである。
そのため、工夫たちは皆、俺のことを「生き神様」のように慕ってくれていた。
過酷な鉱山労働のはずなのに、作業員たちの目は、生き生きとした輝きに満ちている。
そして俺が通りかかると、
「「「ライン様! 今日もライン様のために掘りまくります!!!」」」
と、一糸乱れぬ見事な敬礼を送ってきた。
すると、同行していた俺の護衛のギルバートが、これ見よがしにフッと不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
「フッ、我が主ライン様の慈悲の元、彼らはいつでも『領主のために命を捨てる』覚悟ができておりますのでな」
などと、執政官の側近たちに向かって凄まじいドヤ顔で語り出した。
(おいギルバート余計なことを言うなぁぁぁ!! 命なんて絶対に捨てるな! 工夫たちには一分一秒でも早く定時で帰ってもらって!!)
「クッ……洗脳されている……!」
ルードヴィヒが恐怖のあまり顔を真っ青に染め、ぶるぶると震え出した。
「オルティジアの領民は、ただの作業員に至るまで、全員がラインの狂信的な私兵と化しているのか……! 一体どんな恐ろしい精神魔術を使えばこんなことが……っ!」
ただの有給消化率百パーセントの効果だよチクショー!!
◇
こうしてミスリル採掘現場の視察を終えた頃には、執政官ルードヴィヒはすっかり意気消沈し、足元をガクガクと震わせていた。
(この男……オルティジア辺境伯ラインは、とんでもない軍事拠点をすでに完成させている……)
と、完全に心がポッキリと折れかけている様子だった。このまま恐怖のあまり「直轄地化なんて無理です」って帝都に泣きついたらどうしよう…。
そんな俺の不安を煽るように、帰り際、セシリアが俺の隣にすっと並び、誰にも聞こえないような小声で囁いてきた。
「……見事な手際ね、ライン。学生時代のサボり魔のフリは、やはり帝都の目を欺くための長い仕込みだったというわけね。貴方がその底知れぬ力で目指す『新世界』……私も、特等席で見届けさせてもらうわ」
(いやいやいや、新世界って何!? 俺は年金でゴロゴロしたいだけなんですけどーー!?)
俺は叫び出したくなる衝動を必死に抑え、絶望の白目を剥きながら、もういっそのこと、帝都を流れるレイヴ川の穏やかな水流になりたいと心から願うのだった。
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