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サボりたいだけの新米領主、全自動で名将に祭り上げられる〜領土を返納して隠居したいのに、家臣の勝手な勘違いで天下がひっくり返りそうです〜  作者: はるりん
第三章 もやしっ子と各国の思惑

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第三十五話:帝都の魔女と湖の夜叉

翌日。


コンコン


と、執務室の扉を叩く音。


「オルティジア辺境伯、少々お時間宜しいでしょうか?」


そう言って入ってきたのは、セシリアだった。



セシリア・フォン・アルテンブルク。



 代々帝国の宰相を歴任する超名門、アルテンブルク公爵家の長女だ。

 彼女は俺の士官学校時代の同期であり、将来を嘱望される真面目で成績優秀な生徒たちのまとめ役――まさに絵に描いたような委員長タイプだった。


 対する俺はといえば、目立ちたくない一心で、授業や訓練は最低限の出席だけして無難にやり過ごそうとしていたサボり魔の筆頭。


 にもかかわらず、彼女はなぜか影に隠れようとする俺を必ず見つけ出しては、耳を引っ張って教場に連れ戻したものだ。


 当時は「やたらと絡んでくる口うるさい奴だな」と思っていたが、お互いに腹の底を見せ合える、なんだかんだで一番仲が良い同期でもあった。


 ――ただ、彼女が俺をそこまで目の敵(あるいは期待)にしていたのには、一つの大きな誤解があった。


 ある時、あまりの腹痛に耐えかね、「一秒でも早くトイレに行きたい」という一念だけで、開始五分で直感のままに適当に埋めて提出した筆記試験が、なぜか奇跡的に満点を取ってしまったこと。


(※セシリア脳内翻訳:『普段は不真面目を装いながら、国家の難問を瞬時に見抜く恐るべき天才』)


 またある時の合同模擬戦。絶対に痛い思いをしたくない俺が、戦場の片隅の泥臭い窪みへ引きこもり、敵の側面を突いて奇襲。敵の主力が混乱して自滅。

 結果として高評価の戦果を挙げてしまったこと。


(※セシリア脳内翻訳:『地形を完璧に掌握し、敵の心理を誘導しての奇襲戦法』)


「あんたが本気を出せば、歴史を変えるくらいの名将になれるのに! なんでいつもそうなのよ!」


 放課後の居残りの教室で、夕日に照らされながら悔しそうに俺を叱咤激励していた彼女の姿が、今でも鮮明に思い出せる。


 あの時のセシリアは、不真面目な俺を睨みつけるように鋭い視線を向けていた。


 帝国を背負う名門の娘として、底の知れない怪物(※ただの便意とヘタレ)である俺が、これほど不真面目に才能をドブに捨てている姿が許せなかったのだろう。


 現に、彼女は俺の言い訳を一切聞く耳持たず、


傲慢ごうまんなのも大概にしなさい!」


と、その綺麗な白い頬を赤く染めて怒っていた。



――というのが、当時の俺の頼りない記憶に基づく『恐怖の委員長』の姿だ。


 だが、仮にその時のセシリアの心境を正確に翻訳できる魔法があったなら、俺は驚愕のあまり椅子から転げ落ちていたに違いない。


 本当の彼女は、周囲の期待や家柄の重圧に押し潰されそうになりながら、自分より遥か高みを涼しい顔で歩いている(ように見える)俺に、ただただ強烈に憧れていただけなのだから。


 自分もラインのようになりたい。


 けれど、アルテンブルク公爵家の長女としてのプライドが「私もあんたみたいに生きてみたい」なんて、弱音のような本音を漏らすことを絶対に許さなかった。


 結果として、彼女の精一杯の「憧れ」と「甘え」は、名門お嬢様特有の苛烈な『お説教』という形で出力され、俺のお豆腐メンタルを容赦なく削りにきていたわけだ。


(……いや、マジでただの偶然と便意の賜物だったんだって、セシリアさんよぉ……)



 回想から現実へと意識を戻すと、正面に立つセシリアが、これまた学生時代と変わらない真剣な眼差しで俺を見つめていた。


「ああ、セシリア、堅苦しいのは無しにしよう。昔みたいに俺のことはラインでいいよ。」


「ありがとうございます。――それじゃあ、ライン。貴方に二人きりで、少し積る話をしたいのだけれど」


 積る話。


 まぁ、執政官付きの武官として押し寄せてきたんだ、言いたいことは山ほどあるのだろう。


「あ、ああ、別に構わないが……」


 俺が頷きかけた、その瞬間だった。



 ゾクリ、と。



 背筋に凍り付くような、凄まじい「冷気」を感知した。


 恐る恐る視線をセシリアの背後――執務室の入り口へと向けると、そこにはいつの間にか、アルテとニナの二人が並んで突っ立っていた。


「…………」


「…………」


 見たこともないような、感情の消え失せた極寒のジト目。


 アルテは抱えた出納帳をこれでもかと強く抱きしめ、ニナにいたっては、笑顔のまま目が一切笑っていないという高等技術を披露している。


(な、なんだその目は……!?)


「お兄ちゃん、帝国のお姉さんと仲良さそうな雰囲気だね。……帝都にいた頃に、ウチの知らないところでこのお姉さんと一体どんなスケベしてたん?」


「ライン。私ね、古い文献で『皇帝を誑かした帝都の魔女』って言う記述を読んだことがあってね。今、まさにその実例を目撃している気がするんだけど」


「ち、違う! こいつはただの士官学校の同期でだな……!」


 慌てて弁明する俺を余所に、セシリアが不審そうに眉をひそめて振り返る。


「ライン、彼女たちは? 確かオルティジア領の補佐官……2人とも義理の妹さん、だったかしら」


「ええ、ライン辺境伯の『すべて』を公私ともに支える主席補佐官のアルテです」


「同じく、義兄、ライン辺境伯の『身の回りのお世話(意味深)』を担当している妹のニナです。執政官様方のお部屋の準備がありますので、ライン辺境伯には私たちが付き従う必要があります」


 不穏な事を口走り、一歩も引かない姿勢でじりじりとセシリアとの距離を詰めてくる二人。


 執務室の空気が完全に一触即発の修羅場(?)と化している。

 このままでは話が進まない。俺は胃の痛みに耐えながら、二人の肩を掴んで無理やり部屋の外へと押し出した。


「ほら! 執政官の案内ならマルコやギルバートが手配してるから! お前らはちょっと頭を冷やしてろ!」


「あ、お兄ちゃん、酷いよ! 職権乱用!」


「ライン、後で徹底的に問い詰めるからね……!」


 捨て台詞を残す二人をポイっと執務室の外へ出し、バタンと勢いよく扉を閉める。どっと疲労が押し寄せてきた。


「ふぅ……。すまないな、セシリア。田舎者なもんで、帝都の貴族様に怯えてるんだよ」


「……そうかしら? とても怯えているようには見えなかったけれど」


 セシリアは呆れたように息を吐きながらも、どこか懐かしむように目を細めた。


「でも、安心したわ。士官学校を中退して、いきなり父上の跡を継ぐ事になって……ずっと心配していたのよ。相変わらず周囲に振り回されているみたいだけれど、元気そうで良かった」


「まあ、いろいろ苦労の種は尽きないが、ここは最高だぞ。空気は美味いし、飯も美味い。それに――」


 俺は執務机に腰掛け、これ見よがしにヘラヘラとした笑みを浮かべてみせた。


「俺はもう、軍務局に請願書を出したからな。この領地の全権利を帝国に返上して、全財産も差し出す。明日からの引き継ぎさえ終われば、俺は晴れて僻地で年金暮らしだ。せっかく会えたのに、またすぐ離れ離れだな」


 これでいい。


 俺が「何もやる気のない無能」だとセシリアが納得してくれれば、これ以上の俺への干渉も、帝国からの警戒も消えてなくなるはずだ。


「……年金暮らし?」


 だが、セシリアの反応は、俺の予想とは全く異なるものだった。

 彼女は小さく呟くと、痛々しいものを見るかのような、切なく、そして少し寂しそうな表情を浮かべて俺を見つめてきたのだ。


「……そう、貴方はまた、そういう嘘を吐くのね」


「へ? 嘘って、マジだけど……」


「いいえ、嘘よ」


 セシリアは首を振った。その瞳の奥には、確固たる「確信」の光が宿っている。


(※セシリア脳内翻訳:

『年金暮らし? 冗談じゃないわ。この男が、これだけ活気のある領土を簡単に手放して、そんな大人しく引っ込むはずがない。

 ……そうか、わかったわ。ラインは私を巻き込みたくないのね。

 アルテンブルク公爵家を背負う私を、これから始まる帝国との【命懸けの大博打】に巻き込まないために、わざと無能を装って私を遠ざけようとしているんだわ……! どこまで不器用で、どこまで優しい男なの、あんたは……!』)


「ライン。貴方がどれほど隠そうとしても、私にはお見通しよ。貴方の『本心』を暴くまでは、私は絶対に諦めないから」


 セシリアは熱い決意を込めた目で、俺を真っ直ぐに睨みつけてきた。


「お、おう……?(なんでそんな感動的な物語の主人公みたいな目をしてるんだ、コイツ……?)」


 俺の必死の保身の引退宣言は、旧友のベクトルのズレた深読みスキルによって、またしても「美しき自己犠牲」へと変換されてしまっていた。



「……あの、セシリアさん? 人の話聞いてる?」



 俺の引きつったツッコミなど、決意を固めたセシリアの耳にはもはや届かないのであった。

今回は読んでいただきありがとうございました♪

このお話は毎週金曜日18時の更新を予定しておりますが、皆さまの応援のおかげで、執筆速度が上がっております!

ヘタレのライン共々、またのお越しをお待ちしております

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今後とも宜しくお願いします!

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