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サボりたいだけの新米領主、全自動で名将に祭り上げられる〜領土を返納して隠居したいのに、家臣の勝手な勘違いで天下がひっくり返りそうです〜  作者: はるりん
第三章 もやしっ子と各国の思惑

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第二十八話:黒鼠は、地下水路の中に

 レムの街の地下には、地上からは想像もつかないほどの広大な暗黒が広がっている。


 上下水道はもとより、小舟が容易に行き交えるほどの巨大な水路網が網の目のように張り巡らされていた。


 これは、俺の親父で先代領主、ディートリヒ=オルティジア辺境伯が、「レムは古代魔導文明の中心地だった」と言う御伽話を真に受け、元々あった地下水路の拡張工事と言う名目で、宝探しのために無駄に地下を掘りまくってできた、いわば負の遺産だ。


 そのせいで、地下から本当に古代の魔導兵が発掘されたり、ミスリルの鉱脈が見つかっちゃったりと、親父は死してなお、俺に胃痛の種をもたらしてくれる。……はぁ。


 そんな暗き水路を、音を立てず、影のように進む男がいた。


 カルヴァン=サラウの密偵頭、カシムである。


(クソッ……まるで地下迷宮だな。右へ曲がっても左へ曲がっても、同じような石造りの水路が無限に続いている……。完全に、侵入者の感覚を狂わせるための設計だな……)


 カシムは額の冷汗を拭いながら、早くも自分が完全な迷子になっている事実を察知し、唇を噛んだ。プロの密偵として、あらゆる大国の王宮に忍び込んできた自負がある。

 だが、このレムの地下は、構造の意図が全く読めない(無計画に片っ端から掘り起こされたのだ。当然である)。


 その時、カシムの鋭い隠密の勘が、背後の微かな異音を捉えた。



(――ッ!? 罠か!)



 カシムは即座に前方へ跳躍した。直後、数秒前まで彼が立っていた場所の頭上の壁が、凄まじい音を立てて崩落した。バギャァン!と大量の土砂とレンガが水路を埋め尽くす。


 地下水路の乱開発は収集がつかなくなっていて、工事を放棄されて放置されている場所も多い。

 今回も、湿気で脆くなっていた壁が、単に経年劣化で自然崩落しただけなのだが、カシムの脳内では違った。


(危なかった……! 床の圧力板を踏むことで、数歩後ろの天井を崩落させる時間差の圧殺トラップか。一瞬でも判断が遅れていれば、今頃肉塊になっていたところだ。ライン・オルティジア、あの男、どこまで狡猾な防衛線を敷いている……!)


 カシムはさらに警戒を強め、壁にへばりつくようにして先を急ぐ。


 すると次に彼の目の前に現れたのは、ドロドロとした緑色の粘液が激しく泡立つ、巨大な円形の貯蔵槽だった。鼻を突く強烈な異臭が漂っている。


(これは……! 触れれば骨まで一瞬で溶かす、防衛用の『酸性スライム』の培養槽か……!? 落ちれば確実に即死……しかもその周辺には瘴気の渦……!)


 カシムはガタガタと膝を震わせながら、その貯蔵槽を大きく迂回した。


 言うまでもないが、それはただの**「レム市街地の下水を有機分解するための、お掃除スライムの浄化槽」**であった。


 恐怖によって思考が過敏になり、極限の緊張状態で水路の天井が低い一本道を駆け抜けるカシム。



 その、死角からの一撃だった。



 ――ゴーーーーーンッ!!!



 薄暗い闇の中、上空から高速で自由落下してきた「何か」が、カシムの脳天へ正確無比にクリーンヒットした。


 あまりにも美しい金属音が地下水路に響き渡る。


「ぐふぁっっ!?!?」


 カシムは白目を剥き、その場に激しくのめり倒れた。頭頂部からツラツラと血が流れ落ちる。



 彼を強襲したのは、無骨な銀色の「タライ」だった。



 かつてニナが「全自動洗濯・乾燥魔導具」の開発に失敗した際、爆発の衝撃で地下の通気口へすっぽり嵌まり込んでしまっていたガラクタが、ちょうど今の崩落の振動で、たまたま落ちてきたのだ。


 だが、カシムのプロとしてのプライドと恐怖は、これを「日常の不運」とは認めなかった。



(ば、馬鹿な……。私の完璧な気配遮断ステルスを完全に見抜き、音波による探知すら不可能な『上空の死角』から、位置エネルギーのみを利用した無属性の物理打撃を仕掛けていただと……!? 私が避ける方向まで、完全に読まれていたというのか……!)



 カシムは頭から血を流し、朦朧とする意識の中で、オルティジア辺境伯の恐るべき(と勝手に思っている)知略に、心の底から戦慄するのだった。





 一方その頃。地下の壮絶な死闘など露ほども知らない俺は、中庭に仮設された執務室で、ギルバートとマルコから奇妙な報告を受けていた。


「――領主館の地下水路で、不審なトラブル、だと?」


「はっ、ライン様。ここ数日、地下水路にある交易品の一時保管庫から、食料品や備品がいくつか紛失している形跡がありましてな」


 ギルバートが困り顔で白髭をなでる。


(※カシムが迷子中に空腹に耐えかねて、近くの地下倉庫に積んであった保存食をつまみ食いしただけである)。


「それだけではありません」


 マルコが、真面目な顔で報告を引き継いだ。


「昨夜、先代様が放置された古い未完成エリアの一角で、不自然な壁の崩落が確認されました。さらにその現場周辺の地下倉庫から、不審な足跡と、いくつかの『獣人の毛髪』が検出されたのです」


 (※カシムが壁の崩落を避けた時に抜け落ち、タライが頭に直撃した時にさらにごっそり抜けた毛である)。


「足跡の形状からして、獣人族が着用する、裏に滑り止めを施した特殊な履き物の痕跡と特徴が酷似しています。……ライン様、これはおそらく」


「……なるほどな。レムの地下水路の無駄な広さに目をつけた、タチの悪い『獣人窃盗団』が住み着いたな?」


 俺はポンと手を叩き、したり顔で結論づけた。

 東西の火薬庫であるこのレムには、いろんな流民やゴロツキが流れ込んでくる。地下水路に潜り込んでコソ泥を働く獣人の集団がいても、何ら不思議ではない。


「ギルバート、崩落した現場の修繕は早急に進めてくれ。古い工事跡は俺も気になっていた。二次災害が起きたら目も当てられん。レムが街ごと地下水路に落ちる前に手を打とう。それとマルコ」


「はっ!」


「その泥棒どもをこれ以上野放しにして、我が領の物流の要を荒らされては困る。お前が捜査指揮を執って、地下水路を一度大がかりに掃討そうとうしてくれ。ただのコソ泥だ、警備隊の数で圧力をかければすぐに尻尾を出すだろう」


「承知いたしました! 領主館の足元を脅かす不届き者ども、このマルコが必ずや一網打尽にしてみせます!」


 俺は「やれやれ、次から次へと面倒な小悪党が湧くなぁ」とため息を吐き、マルコたちに捜査を丸投げしたのだった。





頭から血を流し、満身創痍になりながらも、カシムは執念で地下水路の最深部へと辿り着いた。

 重厚な鉄扉の隙間から滑り込んだその先――カシムの眼前に広がっていたのは、驚天動地の光景だった。


(な、何だ、ここは……!?)


 そこは、広大な地下空洞だった。


 山と積まれているのは、鈍い銀色の輝きを放つ大量のミスリル原石。

 そして、その奥では数十体もの魔導兵たちが、無感情に淡々と資材の運搬や金属の加工を行っていた。


(これだ……! 地上に工場がないわけだ。奴らはこの広大な地下空間に、巨大な秘密製造プラントを隠蔽していたんだ……! この大量のミスリルと魔導兵を使い、あの手持ち戦略兵器(ハンディ君)を大量生産しているに違いない……!)


 点と点が最悪の形で繋がり、カシムはガタガタと震える手で魔導書簡を取り出すと、必死に事実を書き殴ってサラウの本国へと放った。


『地下秘密プラントを発見。オルティジアは秘密裏に軍備を増強中。本気で世界を相手に戦争を――』



 ――ギチギチ。



 その時、背後で無機質な駆動音が響いた。


 資材を運んでいた一体の魔導兵が、カシムへと向き直る。カシムの頭から滴り落ちた血の匂いと、魔導通信の波長を感知したのだ。


『登録外ノ、生命反応ヲ、検知。――排除行動ヲ、開始シマス』


「クソッ、見つかったか……!?」


 右腕を負傷しているカシムに、魔導兵の容赦ない猛攻が襲いかかる。


「クッ!なんて速さとパワーだ!」


魔導兵の圧倒的なスピードと、一撃で岩を穿つパワーに圧倒されていると、背後から人の声が聞こえる。


「おい!誰かいるのか!?ここは立ち入り禁止だぞ!どうやって入ってきた!」


 マルコ率いる警備隊である。


 分隊規模の警備隊の足音が近づいてくるのが聞こえ、カシムは死に物狂いで魔導兵の攻撃をしのぎ、這々の態でなんとか逃げ出し、地上に出た。


「ハァ、ハァ……くっ、死ぬかと思ったぞ……! オルティジアめ……とんでもないものを隠してやがるぜ!」




 命からがら、地上へと繋がる排水口を押し上げ、レムの夜風の中へと這い出たカシム。


 夜空に輝く美しい月を見上げ、生き延びた喜びを噛み締めようとした――まさに、その瞬間だった。



 ドン。と、カシムの目の前に、月光を遮る「巨大な影」が立ちはだかった。



「……ん? そこでコソコソと何をしているのだ、獣人よ?」


 カシムの思考が、恐怖で完全に凍りついた。

 そこに立っていたのは、黒髪を靡かせ、防御力まるで無視の真紅のビキニアーマーに、しなやかな無駄のない身体――騎士団副長レイラであった。


「あ、あ、お前は……あの時の……っ!?」


「何だ?ムッ!貴様はこの前の! ふむ、あの時は不覚を取ったが、今度はそうはいかんぞ!」


 昨日、自分以外の砂眼の精鋭4人を一瞬で全滅させた悪魔が、凶悪な笑みを浮かべながら、身の丈ほどもあるフランジメイスを誇示するように肩へと担ぎ直す。


 この時レイラは、アルテに寝室を爆破されたため、ラインの身を案じて一晩中寝ずに周辺を徘徊していただけである。


 だが、カシムの目には、それが、「地下から命からがら逃げ出してくるネズミの出口を完全に予測し、先回りして待ち構えていた死神」にしか見えなかった。


「クッ……! ライン・オルティジア、貴様、ここまで完璧に私の動きを読んでいたというのかぁぁぁぁぁぁ!!!」


「フッ…二度目はないぞ獣人!」


 絶望に染まるカシムの悲鳴と共に、夜のオルティジア。月明かりに照らされたレイラの瞳は、獣のように光り輝いていた。


今回は読んでいただきありがとうございました♪

このお話は毎週金曜日18時の更新を予定しておりますが、皆さまの応援のおかげで、執筆速度が上がっております!

ヘタレのライン共々、またのお越しをお待ちしております

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今後とも宜しくお願いします!

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