第二十七話:砂の眼は、お見通し
夜が明けた。
そこは、もはや「寝室」とは呼べない空間だった。
天井は吹き飛ばされ、朝日が眩しい文字通りの青天井。壁は黒く焦げ付き、直したばかりのベッドはまたしてもへし折れて灰燼に帰している。
そんな無惨な瓦礫の山の上で、我らが優秀なるオタク補佐官は、ちょこんと正座をさせられていた。
「……いいか、アルテ」
俺は煤まみれになったこめかみを押さえ、怒りを通り越して乾いた笑いを浮かべながら、正座する彼女を見下ろした。
「……あの『ハンディ君』とかいうのは魔導兵用の手持ち武器か?何にせよあんなものを部屋の中でぶっ放していいはずないだろ?お前らしくないぞ?」
俺のお説教に対し、アルテはこれ以上ないほどに顔を膨らませ、へそを曲げてそっぽを向いている。
全く反省の色が見えない。
「というわけで、この壊した部屋の修理費、および俺の精神的苦痛に対する慰謝料は、全額お前の今月の給料から差し引いておくからな。覚悟しろ」
「……っ!?」
アルテが肩を揺らしてこちらを睨んだ。
真紅の瞳を潤ませ、何かを必死に堪えるように唇を噛んでいる。
「私……悪くないもん」
「……だって、ずるい」
「あ? 何か言ったか?」
「……何でもない。……ラインのバカ」
蚊の鳴くような、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟かれたその言葉は、瓦礫を通り抜ける朝風に消された。
そこに横からひょっこりと、これまた場違いに明るい声が割り込んできた。
「いやー!こりゃまた派手にやっちゃったねー!」
ニナである。彼女は壊れたベッドの残骸をケラケラと笑いながら踏んづけると、満面の笑みで俺の腕に抱きついてきた。
「ベッドもなくなっちゃったし、部屋が直るまで、今日からうちの部屋で一緒に寝とく? ね? 私の隣、空いてるよぉ?」
上目遣いで、とんでもなくあざとい提案をしてくる。
その瞬間、正座させられていたアルテの首が、ギギギ……と効果音が聞こえそうな恐怖の角度でニナへと向けられた。
その目は、完全に相手を呪い殺さんとする悪魔のそれである。
「ニ、ニナ……貴女、今すぐその不浄な腕をラインから離しなさい。さもなければ、次は貴女の部屋をハンディ君で地平線の彼方まで消し飛ばして――」
「うわっ! ちぃ姉の目がマジで怖いぃ!」
再び早口で物騒な呪詛を吐き出し始めたアルテと、俺の背中に隠れてキャッキャと煽るニナ。
昨夜の悪夢が再放送されそうな気配を察知し、俺は全力で二人の間に割って入った。
「お前らいい加減にしろ! この話はもう終わりだ! ほら、アルテも立って仕事に行くぞ!」
俺の必死の一喝によって、この一連の騒動は収束し、再び俺の警護計画は練り直しとなった。
◇
昨夜、オルティジア領主邸で起きた凄まじい雷光と爆音。
それを、領主館からほど近い時計台の屋根の上から固唾を呑んで見つめていた影があった。
カルヴァン=サラウの諜報機関『砂眼』の密偵である。
(な、何だ今の光は……!? 凄まじい魔力の奔流……! 領主館の2階の部屋が完全に消し飛ばされたぞ……!?)
密偵が魔導双眼鏡のピントを合わせ、もうもうと立ち込める煙の奥を凝視する。
瓦礫の山と化した部屋の境界線に、月光を浴びて鈍く輝く、見たこともない奇妙な金属の人形が立っているのが見えた。
人形の手には筒状の物が握られており、筒からは白煙が昇っている。
『ちょっと待てアルテ! なんて事するんだ!サジタリアス=レイを部屋の中でぶっ放すんじゃない!』
夜風に乗って聞こえてきたのは、ライン・オルティジアの決死の絶叫。
(……間違いない。あの金属人形こそ、あの戦略級の威力を放った新型の魔導兵器だ! 恐るべきオルティジア……室内での発射でさえ、あれほどの魔力を平然と叩き出すというのか……!)
戦慄した密偵は、すぐさま懐から魔導書簡を取り出し、驚愕の事実を書き殴って本国へと放った。
◇
カルヴァン=サラウ。熱風が吹き抜ける宮殿の、光を遮った一室。
僭主シャハールは、届けられたばかりの魔導書簡を一読し、弄んでいたミスリル鉱石を手放し、ゾクリとするような不敵な笑みを浮かべた。
「ふ、ふふふ……ハハハハ! 面白い、実に面白いぞ、ライン・オルティジア……!」
その琥珀色の細い目が、怪しく、そして歓喜にギラギラと輝く。
東西の両大国を経済で操るシャハールにとって、オルティジアという小領地が「夜間に超小型の新型戦略兵器の試射に成功した」という情報は、極上のスパイスだった。
「あの無能を演じていたバカ息子め、やはり東西両陣営に対抗し得るだけの牙を隠し持っていたか。部屋が一つ吹き飛ぶほどの高出力を、あえて市街地のど真ん中でテストするとはな。我らへの威嚇か、それとも帝国への独立宣言のカウントダウンか……」
シャハールは部屋の隅に控えていた男へと視線を向けた。
右腕を痛々しく包帯で吊った、隠密頭のカシムである。
「カシム。傷の具合はどうだ」
カシムは先日レムで、レイラと一戦交え、その際に右腕を負傷していた。
「……はっ。諜報活動に支障はございません」
「ならば再びレムへ向かえ。あの新型兵器の正体を掴むのだ。東西の犬どもが気づく前に、あの力を我がサラウが引き抜く、あるいは……完全にへし折ってくれる。」
「――御意」
カシムは静かに深く頭を下げ、再び不穏な影となって砂漠の闇へと消えていった。
◇
その日の深夜。
領主館の裏庭には、月明かりを浴びながら、一心不乱に地面へシャベルを突き立てる男の姿があった。
「クソッ、アルテのやつ……! こんな粗大ゴミ作りがって……!」
俺は、涙目でシャベルを振るい、必死に地面に大穴を掘っていた。足元には、黒焦げになって物々しい雰囲気を放つ『ハンディ君』の残骸が転がっている。
ハンディ君は、一度使ったら、配線が焼き切れて使えなくなる使い捨て兵器だったのだ。
「こんな怪しい金属の塊、そのままゴミ捨て場に出してみろ! 帝国の密偵に見つかった瞬間に『オルティジア辺境伯、謎の新兵器を開発か!?』って大騒ぎになって、レムの平穏が一発で終了するわ! 隠さないと……完全に土の中に埋めて証拠隠滅しないと!なかった事にするんだ!」
ゼェゼェと息を切らしながら、必死の形相でハンディ君の残骸を穴に蹴り落とし、シャベルでザクザクと土をかけていく。
「ふぅ……よし、これでよし! 完璧に隠し通せたぞ!」
額の汗を拭い、シャベルに寄りかかって満足げに息を吐く。
だが、まさかそんな自分の涙ぐましい隠蔽工作(ただのゴミ埋め)を、すぐ近くの木の上から、見つめている影があるとは、夢にも思わなかった。
◇
(な、何という男だ……。ライン・オルティジア……!!)
レムに再赴任した後、早くも領主館に潜入し、茂みに身を隠していた『砂眼』のカシムは、その光景に全身の毛が逆立つほどの衝撃を受けていた。
カシムの瞳には、ラインの姿がこう映っていた。
(あの夜間実験で凄まじい威力を証明したばかりの最新鋭戦略兵器を、データさえ取れば即座に『使い捨て』として土に還し、完全に証拠隠滅している……! 迷いも、惜しむ素振りすら一切ない。あれほどの超技術の結晶を、まるでただのゴミのように扱えるというのか……!?)
カシムの背中を、嫌な冷汗がツラツラと伝い落ちる。
カルヴァン=サラウの総力を挙げても、あれほどの小型高出力兵器を開発することは不可能だ。それを「一回使ったら廃棄」できるほどの財力と技術力、そして心の余裕が、あのライン・オルティジアという男にはある。
だが、カシムはそこで、プロの密偵としてある『致命的な矛盾』に気づき、ハッと目を見開いた。
(おかしい。これほど凄まじい魔導兵器を平然と使い捨てるほどの生産力がありながら……なぜこのレムの街には、それらしき大規模な『兵器工場』や研究所が一切見当たらないのだ?)
どんなに隠そうとしても、工場があれば魔力の残滓や、大量の資材の搬入でボロが出るはず。しかし、この街の地上にはそんな気配は微塵もない。
ということは――。
(……そうか。地上ではない。奴らは地下の掘削をしていたではないか!間違いない。奴らは、このレムの街の『地下』に、巨大な秘密製造プラント(兵器工場)を隠しているんだ……!)
点と点が最悪の形で繋がり、カシムは確信した。
オルティジアの真の牙は、すべて地下に眠っている。
「ふぅ、これでよし!」とシャベルを片手にのん気に引き上げていくラインの背中を、カシムは息を殺し、底知れぬ怪物を見るような目で、じっと見つめ続けるのだった。
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