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サボりたいだけの新米領主、全自動で名将に祭り上げられる〜領土を返納して隠居したいのに、家臣の勝手な勘違いで天下がひっくり返りそうです〜  作者: はるりん
第三章 もやしっ子と各国の思惑

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第二十六話:血染めの聖母と、暗躍する狐

ある日の午前中。


 俺は執務室で、レムの都市計画や新産業に関する膨大な決裁書類に目を通していた。


 いつものように、レイヴ川の流れに思いを馳せ、書類の山と格闘しながら本日何度目かのため息を吐き出そうとした、その時だった。



――キイィ



執務室のドアが静かに開く。



ドアの隙間から入り込んできたのは、我が騎士団副長。


いつもなら、それこそ扉を蹴破らんばかりの勢いで豪快に乱入してくるはずのレイラだが、今日の彼女は違った。


レイラは、荒い息を吐きながら痛々しく扉の枠に手をついた。



「ハァ、ハァ……ラ、ライン殿……っ」



「レ、レイラ……!? どうしたんだその格好は!」



ラインは思わず椅子を蹴立てて立ち上がった。


彼女のトレードマークである、防御力を完全に無視した真紅のビキニアーマー。

 その無駄のない鍛えられた身体と何処を守るために作られたのかわからない鎧の境界線に、鎧の紅とは異なるどす黒い赤色――紛れもない『血』が、生々しく何条も飛び散っていたからだ。



「おい、しっかりしろ! どこをやられた!? 誰に襲われたんだ!」



 俺は真っ青になって駆け寄り、彼女の肩を掴んだ。


 あの無敵の戦闘狂が息を切らせて血に染まっている。

 その事実だけで、俺の脳裏には『ドラゴン級の魔物が現れた』『魔導兵が暴走した』という最悪のシナリオが駆け巡り、ガタガタと膝が震えだした。



だが――。



「ん? いや、心配させてすまないライン殿。これは私の血ではない。――すべて、敵の返り血だ! ハハハハ!」



レイラは顔を上げると、いつものように歯切れよく、実に屈託のない満面の笑みを浮かべたのだった。



「……は?」



俺の思考が停止する。


「いやあ、領主館の裏庭あたりを散歩していたら、コソコソと不審な動きをする賊どもを見かけてな! 挨拶代わりに首をへし折ってやったら、思いのほか血が噴き出してな。服が汚れてしまったのだ!」


うむ! と満足げに胸を張るレイラ。


(いや、服ってそれ面積の狭いビキニアーマーじゃねえか!)というツッコミよりも先に、俺の頭を殴ったのは別の恐怖だった。


「待て。……賊って、なんだ? 挨拶代わりに首をへし折ったって、どう言う事だ……?」


「5人だ!1人取り逃してしまってな!」


レイラは爽やかに、片手の指を5本立てて見せた。


「いや、聞いてねぇし!てか5人て何だよ多いよ!この街の治安どうなってんだよ!」





一方その頃、オルティジア領から遥か遠方



砂漠の熱風に包まれた、カルヴァン=サラウ。



 通称サラウ交易領と呼ばれるこの砂漠の中立国の中心にそびえ立つ、豪華絢爛な宮殿内。


 光を遮った一室あんしつに、一人の男がいた。



 サラウ交易領の僭主せんしゅ、シャハール。



 艶やかな毛並みの狐の獣人であり、砂漠を往く交易路を独占して巨万の富を築き上げ、その圧倒的な財力で、サラウ交易領の支配者に成り上がった人物である。


 東西を隔てる砂漠に位置するこの国は、表向きは中立を装い、戦には関与していないが、東西の交易路という立場を利用し、東西両陣営に経済力で影響を及ぼしている。


 彼は絢爛な椅子に深く腰掛け、最高級のミスリル原石を指先で弄びながら、闇に隠れた男からの報告に耳を傾けていた。


 報告を行っているのは、シャハール直属の諜報機関『砂眼サンドアイ』の密偵――カシムである。


 カシムの右腕は包帯で痛々しく吊られていた。


「――ほぅ……我が『砂眼』が誇る、一殺多生の精鋭が……お前を残して四名、始末されただと?」



 シャハールの冷徹な声が、薄暗い室内に響く。



 東西の両大国を経済の鎖で縛り、いずれ両者が共倒れした後に世界を牛耳る――それがシャハールの果てなき野望であった。


 だからこそ、最近になって急にミスリルの密輸を申し入れてきた、オルティジア領への監視を強化していた。


「謎の大規模爆発(実はサジタリアス=レイの試射)の次は、送り込んだ密偵がやられるとはな。」


「……はい。領主館の敷地内に侵入した直後、何者かによる奇襲を受けました。私が右腕の負傷と引き換えに暗器を食らわせ、一矢報いるのが精一杯でございました。他の四名は一切の魔導通信を残す間もなく全滅……」


 カシムの悔しげな報告に、シャハールの細い琥珀色の目が怪しく、そして冷酷に光った。


「帝国や西側の密偵の目を欺きつつ、我が『砂眼』の精鋭を瞬時に屠る防衛網トラップを敷いていたというのか。……ライン・オルティジア。あの無能を演じているバカ息子、やはりただの器ではないな」


 シャハールは手にしていたミスリル原石を机に叩きつけ、忌々しげに煙管の煙を吐き出した。


「フン、面白い。しかし、我らが砂の眼に見えぬ物はないさ。オルティジアには、帝国や西側の犬どもも群がっているはず。奴らの動きも利用し、漁夫の利を得るのだ。……カシム、傷を癒やし次第、引き続き探らせろ。最後に全てを手に入れるのは我らカルヴァン=サラウだ。」


 この時シャハールは、まさか自分たちの精鋭が、


『お散歩中だったレイラに、挨拶代わりに首をへし折られただけ』


だとは知る由もなかった。





 謎の襲撃者(※実際はサラウの諜報機関『砂眼』の密偵)が五人も出没したという事実を受け、俺は胃の痛みに耐えながら、即座に領主館の警備体制の見直しを命じた。


 最近のゴタゴタで忘れかけていたが、ここは東西の両大国が睨み合う交差点。いつ戦争が起きてもおかしくない場所なのだ。


 当然、名ばかりとはいえ、その領土のトップである俺の首を狙う奴も少なくはないだろう。俺は家臣のみんなと相談して、領主館の警戒体制を強める事にした。


 しかし――その結果、なぜか俺の執務室には、四六時中プレッシャーを放つ『巨大な壁』が居座ることになってしまった。


「安心しろライン殿! これからはこの私が、四六時中貴卿の傍に控え、身辺警護に当たるからな!」


 フンス! と鼻息荒く、俺のデスクのすぐ横で仁王立ちして胸を張るレイラ。


 いや、近い。物理的に距離が近すぎる。


「いや、レイラ。警護をしてくれるのはありがたいんだが……その、なんだ。その格好は何とかならないのか?」


 俺は痛むこめかみを押さえながら、彼女の服装を指差した。

 朝、返り血で汚れた部分だけは綺麗に拭き取ったようだが……相変わらず、身に着けているのは面積の極端に狭い、真紅のビキニアーマーのみである。


 美しい肌の大部分がこれでもかと露出しており、目のやり場がない。


「ん? 何かおかしいか? 動きやすさを最重視した、特注の軽装よろいだが!」


「おかしいところしかねえわ! 防御力無視じゃねえか! どこをどうしたらそれが『盾』になるんだよ! こんな胸の谷間と太もも丸出しの盾がどこにある! 頼むからせめて普通の服を着てくれ!」


 俺のツッコミが室内に響き渡る。


 すると、執務室のソファで何やら古文書の解読をしていたアルテが、本をバタンと激しく閉じ、膨れっ面でこちらを睨んできた。


「……ライン。いくら警護とはいえ、姉様がずっとラインの隣だなんて、到底容認できないな。……ずるいよ。」


「お兄ちゃん!ちぃ姉の言う通りだよ! レイラねえばっかりずるい!ねえ、私じゃダメなの!?」


 ニナまで便乗してキャッキャと騒ぎだし、執務室は大騒ぎだ。



「こらお前ら、仕事の邪魔をするな! ……ん?」


 騒ぐ二人を一喝しつつ、俺はふと、レイラの右腕に違和感を覚えた。

 いつもなら豪快に腕を振り回して笑う彼女が、今日はなぜか右腕だけは、重厚な金属製のガントレットを嵌めたまま、不自然に体の脇に固定している。


「レイラ、その右腕……」


「な、何でもないぞライン殿! 騎士の嗜みとして、常に警戒を怠らないだけだ!」


 レイラはハッとして一瞬だけ視線を泳がせ、いつもの快活な笑顔で誤魔化したが、その額にはうっすらと冷や汗が滲んでいた。


 (……おかしい。あの戦闘狂が、何かを隠している?)


 俺の胸に、小さな不穏の種が蒔かれた瞬間だった。





 その夜。


 俺は寝室に入り、薄暗い室内を歩きながら、今日一日ずっと頭を悩ませていた問題を反芻していた。


「……あの賊どもは、一体何者だったんだ」


 レイラが倒した五人の賊。死体を調べさせても、所属を示すような証拠品は一切出なかったという。


 帝国の密偵か、それとも西側の国からの刺客か……。

 サジタリアス=レイの試射を感知されて、どこかの大国が本格的に動き出したのかもしれない。

 そう思うと、ガチの恐怖で胃が雑巾のように絞られる感覚がして、一向に眠気が訪れなかった。


「はぁ……。せめてベッドの中くらいは、余計なことを忘れてぐっすり寝させてくれ……」

 深くため息をつき、ベッドに入ろうと、布団をめくった。


その時だった。


「――ならば、私がそなたの不安を消し去ってやろう、ライン殿」


 暗闇の中から、鈴の鳴るような、妙に艶っぽい声が聞こえた。

 同時に、ふわりと俺の鼻腔をくすぐる、驚くほど甘く、いい匂い。


「ぶふぇっ!? え、だ、誰だ!?」


 心臓が跳ね上がり、大慌てで枕元の魔導ランプを点灯させる。

 パッと明るくなった視界の先、俺のベッドのすぐ隣にいたのは、信じられないことに下着姿のレイラだった。


「レイラ!? おま、何して、なんでここに、ええええ!?」


 普段のビキニアーマーよりもさらに面積の狭い、薄い布地。そこから溢れ落ちそうなほどに主張の激しい豊かな胸が、俺の腕に容赦なく押し当てられる。


「言ったであろう、私はライン殿の盾だと。賊を一匹取り逃した以上、寝込みを襲われるのが一番危険だからな! 今日から私は、ここでライン殿と共に寝ることにする!」


 レイラは大真面目な顔で言った。

 しかし、密着した彼女の右腕には、何故かガントレットが装着されたままだ。


「レイラ?これは外さないのか?」


「ムッ!これは騎士の魂だぞライン殿!外すことなど許されるわけがないだろう!それにっ!」


レイラは、突然声優しいトーンで、


「私の事は、姉さんと呼んでいいのだぞ?」


と、俺の鼻の頭を人差し指でツンと突く。


「んなっ!?」


 俺の理性は崩壊寸前だった――下着姿の美女と添い寝なんて、健全な童貞の俺の精神が持たない……


「やめろぉぉぉ! どけ! 離れろ! 頼むから自分の部屋に帰ってくれぇぇぇ!」


「なぜ逃げるのだライン殿! 照れるな、ほら、姉さんの胸に飛び込んでくるが良い!」


 顔を真っ赤にしてベッドの上で必死に逃げ惑う俺と、それを優しく包み込もうと追いかけてくるレイラ。

 その、押し問答を繰り広げていた、まさにその時だった。


 ――ガチャリ。


 寝室の扉が静かに開いた。


 そこに立っていたのは、アルテ。

 アルテの視線が、ベッドの上で下着姿のレイラに押し潰されかけている俺の姿を、まっすぐに捉える。


「あ」


「む? アルテか」


 室内の温度が、一瞬で絶対零度まで冷え込むのがわかる。

 アルテの目は光を失い、完全に据わった目に変わっている。


「……ライン。いくら身辺警護とはいえ、それは、到底、容認できません」


「ち、違うんだアルテ! これはレイラが勝手に――」


「獅子身中の虫め…覚悟!!」


 俺の弁明を一切無視し、アルテが懐からパッと見慣れないリモコンのような魔導器を取り出し、親指で容赦なくスイッチを押し込んだ。


『――ターゲット確認。『サジタリアス=レイ・小型試作一号機(ハンディ君)』、照準固定ロックオン


 アルテの後ろに控える魔導兵から、ウィィィィン……という、先日聞いたばかりのあの忌々しい起動音が響いてくる。


「ちょっと待てアルテ! 待て待て待て! それは部屋の中でぶっ放すもんじゃない! 誤解だ!話せばわかる!!!」


 俺の決死の絶叫も虚しく、アルテの指がトリガーを引いた。


「大丈夫だよライン。これはテストだから。」



「ひえっ――」



 直後、夜の領主館の一角から、昼間をも凌駕する凄まじい雷光と、すべてを吹き飛ばす大爆音が響き渡った。



「お前ら全員まとめて外に出ろォォォォォォォ!!!」



 煙を吹いて完全に瓦礫と化した寝室で、俺の涙ながらの叫びだけが、虚しく夜空に消えていったのだった。

今回は読んでいただきありがとうございました♪

このお話は毎週金曜日18時の更新を予定しておりますが、皆さまの応援のおかげで、執筆速度が上がっております!

ヘタレのライン共々、またのお越しをお待ちしております

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今後とも宜しくお願いします!

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