第二十五話 国崩を崩すは、光の矢
なんと、俺の適当な思いつきからわずか数日で、新兵器の試作機が完成してしまった。
全く、我がオルティジア領の住民たちのフットワークの軽さは異常としか思えない。
俺はゆったりと流れる帝都のレイヴ川の情景を思い浮かべ、本日何度目か分からない深いため息を吐き出した。
ここはレムの軍港近くにある、騎士団の練兵場。
高い壁に囲まれた石畳の広間には、直立不動の魔導兵が五十体。そして、その中央に鎮座する、鈍い銀光を放つ巨大なミスリル合金製の砲身。
砲身からは、魔導兵の過給排熱を吸引するためのミスリル製パイプが、まるで無数の血管のように不気味に伸びている。その光景は、巨大な魔物が、無数の触手で配下の魔導兵たちから命を吸い上げているかのような、おぞましい錯覚を抱かせた。
「フッ……これこそが、古代のロマンと魔導科学の融合。魔導兵の過給排熱を推進力に変え、ミスリルの弾丸を超高密度化させて放つ『雷の矢』。名付けて――【サジタリアス=レイ】」
その禍々しくも美しい砲身に手をかけ、ドヤ顔で豊満とは言えない胸を張っているのは、我らが優秀なオタク補佐官アルテ。その横にはレイラとニナも控えている。
「ちぃ姉すごいじゃん! よっ、貧乳!オカルトマニア!」
「……ニナ、あとで地下水路の掃除ね」
アルテが真紅の目をキッと三角に吊り上げ、囃し立てるニナを睨む。
……どうやら禁句だったらしい。
「このサジタリアス=レイは、魔導兵と接続させて使用するんだ。接続する魔導兵の数によって威力の調節が可能だけど……今回は試運転だから、とりあえず五十体ほど用意してみたんだよね」
アルテの指示で、魔導兵たちがガチャガチャと機械音を立てて行進し、配管を胸の魔導コアへと装着していく。
「マナ充填開始!」
アルテが右手を掲げると、魔導兵たちが一斉に排熱を始めた。
――キュィィィィィィィン……!
空気が激しく振動し、ミスリル製の砲身が青白く発光を始める。
「すごい魔力量だ!大型の攻城戦用の魔術術式以上だぞ!」
砲身からバチバチと火花が散り始めたその時、
「マナ充填、百二十パルス! 」
「え!?120!?ちょっと待て限界突破してるじゃねえか!暴発するうううううう!」
俺の叫びを無視して、アルテは掲げた右手を地面と水平に下ろす。
「サジタリアス=レイ、放てっ!」
瞬間、視界が真っ白に染まるほどの閃光が走り、鼓膜を激しく震わせる爆音が轟いた。
――ズドォォォォォン!!
放たれた魔力を帯びた弾丸は、激しい雷光を纏って一筋の光の尾を引き、練兵場の分厚い石壁を一瞬で消滅させた。それでも勢いは止まらず、遥か彼方の丘に巨大な風穴を開け、そのまま地平線の先にあるマルマラ湖へと着弾する。
……はるか3万イル(30キロメートル)先、湖面に巨大な水柱が上がったのが見えた。
気のせいだろうか。その水柱のなかに、なんか木っ端微塵に吹き飛ぶ船のシルエットが見えた気がするのだが……。
っていうか、たった五十体でこの威力? うちの領内にある魔導兵千五百体全部繋いだら、大陸の形が変わるんじゃないか……?
それにしても、綺麗な虹だ…
途方もない大量破壊兵器を誕生させてしまい、俺はただ、水柱で湖上にかかった大きな虹を眺め、ただただ現実逃避していた。
「素晴らしいっ! まさに神の雷! 『国崩し』の異名に相応しい!」
レイラをはじめとする騎士団の連中は、目を輝かせてやんやの拍手喝采だ。
俺の適当な思いつきから生まれた大量殺戮兵器の威力を前に、俺はただただ白目を剥き、魂だけを虹の彼方…帝都のレイヴ川へと旅立たせることしかできなかった。
◇
一方その頃、マルマラ湖では――。
「ヌハハハハハ! オルティジアの小僧め! 今度こそ年貢の納め時だぜぇ!!」
オルティジア海軍の大型艦の三倍はあろうかという、超巨大艦船の船首で高笑いをする男がいた。
湖賊の頭目、チッカーバである。
打倒オルティジアに燃えるこの男、再びバルカ公国の支援をこぎつけ、この無敵の巨艦を駆って戻ってきたのだ。
「見よ、この巨体! この圧倒的装甲! そして百門のバリスタ! この船の前には全てが塵芥に同じよ! 今日こそ目にもの見せてくれるわぁ! 全速前進ーーッ!!」
「けどヨォ、お頭?」
鼻息洗いチッカーバに、子分の湖賊が話しかける。
「どうしたんだあ?情けねえ声出しやがって?」
「バルカのやつら、今回のは貸しだって言ってたぜ?返すアテなんてあるんですかい?」
「フン!ワシのこの船をもってすればもはや敵なしよ!オルティジアなんぞ一飲みにして、バルカにゃ利子つけて借りを返してやれい!そのあとは俺様がこの湖の王者ってわけだ!ヌハハハハハ!さぁ!進めぇ!野郎どもぉ!」
チッカーバの号令とともに、雄々しく波を蹴立てて進む大型艦。
――その瞬間、大型艦の正面から迫ってきたサジタリアス=レイの『雷の矢』が、艦のど真ん中を容赦なく貫いた。
――ドゴォォォォン!!!
凄まじい爆発とともに、自慢の巨艦は一瞬で爆散。湖賊たちは爆風でピューッと綺麗に散り散りに吹き飛んでいく。
「なんでぇぇ! なんでいつもこうなるんだぁぁぁぁぁ!!」
全身黒焦げになりながらお星様になっていくチッカーバの叫びが、湖面に架かった綺麗な虹のアーチの隙間に、虚しくこだましていた。
◇
サジタリアス=レイのお披露目を終え、アルテは満足げに腕を組んだ。
「この過給排熱システムを応用すれば、空を飛ぶ飛行型とか、水中特化型の魔導兵も作れちゃうな……」
「こいつらレムを離れたら魔力切れになるのにそんなもの作ってどうするんだ?」
「あとは重装甲タイプに、砂漠戦用……あぁ、これぞ!まさに!オルティジア脅威のメカニズム……!」
アルテは俺のツッコミも耳に入らないくらいオタクトリップして恍惚の表情だ…。
「ねえちぃねえ! ぽんたは赤色に塗ってよ! 通常の三倍の速度で動くやつ!」
それに釣られてニナも悪ノリしてキャッキャと騒ぐ。
「こらお前ら!! それ以上は色んな意味でヤバすぎるからやめろ!!」
盛り上がる二人の脳頭に、すかさずツッコミのげんこつを叩き込む。
ふと、役目を終えたサジタリアス=レイと五十体の魔導兵に目を向けると、何やら様子がおかしい。
――ぷしゅぅぅぅぅ……。
魔導兵たちは、なんとも情けない音を立てながら、一斉に膝から崩れ落ちて完全に沈黙してしまった。
「あ、言い忘れてたけど、サジタリアス=レイを発射するとこの子達、マナを完全に使い果たしちゃうから。」
「ふむ! 一撃必殺というわけだな! その心意気やよし!」
「ちょっと待てレイラ、納得するな。……おい、アルテ、こんな目立つ軍事機密の塊を、放置するつもりか?」
「さあ? 私はこれから研究室に戻るから、ライン、この子達、丸一日はうごけなくなるから、後片付けはよろしくね」
アルテがさっさと背を向けて去っていく。
呆然とする俺の頭を、レイラが優しく撫でた。
「まぁ、これも一種の訓練だな! 夕飯までには終わらせるぞ、ライン殿!」
レイラは聖母のように優く俺に笑いかけてきた。
「いや、俺は騙されんぞ!嘘だろおい、この魔導兵絶対全部うめてやるからなぁぁぁぁ!」
こうして、俺の涙ぐましい強制労働の時間が始まった。
◇
「――オルティジア辺境伯の都レムにて、大規模な爆発音と、謎の雷光を確認しました」
レムからは遠方のとある街のとある一室。
薄暗い部屋のなか、一本の蝋燭だけがゆらゆらと周囲を照らしている。
「オルティジア辺境伯…、あの無能なバカ息子め……一体何を企んでいる?」
魔導書簡の報告を受け取ったその人物は、暗闇の中で不敵に口元を歪めた。
「引き続き探らせろ。一体あの街にどのような秘密があるのか……しかし、どれほど巧妙に隠そうとも、いずれ必ずその尻尾を掴んで引きずり出してやる……。」
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