第二十四話:古代の人形の説明書
俺の思いつきから始まった、魔導兵の排熱を利用したミスリル加工法は見事に成功を収め、極秘の地下工房ではいよいよミスリル製の武器・武具の量産体制が整いつつあった。
さらに、ニナの実家であるエスカンテ商会では、武器だけでなくミスリル製の日用品まで売り出す計画が進んでいるらしい。
「ふっふ〜ん、刃こぼれも一切しないし、トマトが髪の毛並みの薄さで切れる最高級包丁に、なぜかそのポットで沸かしたお湯を飲むと関節痛や神経痛が治るっていう謎の健康ポット。これが市内の富豪たちの間で予約殺到、飛ぶように売れてるよーん♪」
とは、俺の隣でニヤニヤしながら腕を組んでくるニナの弁だ。
……何せ、全世界のミスリル産出量の半分がこの我が領内で採れているのだ。希少金属の無駄遣いもいいところである。はぁ……。
◇
そんなある日。俺たちはアルテによって、地下水路にある秘密工房へと呼び出された。
どうやら、アルテが魔導兵の本格的な解析を進めた結果、分かったことがあるのだという。
レムの地下から発掘された1,500体もの古代の遺物――魔導兵。現在のところ、アルテが『ぽんた』『タマ』『ポチ』と名付けてペットとして飼っている3体以外には、港の防衛システムの鎖の強化、公共浴場の熱源、そして先日のミスリル加工くらいしか用途がない。
それと言うのも、得体の知れない『目から光の矢を放つ不気味な鉄の人形』を街中に放し飼いにすれば、宗主国である帝国から目をつけられるのは明白だ。正直、魔導兵のあまりのオーバーテクノロジーを俺は持て余していた。
「さて。この子たちのことで、研究して分かった面白い特徴をいくつか発表するね」
アルテが書類を片手に、パチリと指を鳴らして説明を始める。
「まずは、一番気になる【装甲の強度】から。……レイラ姉様、お願いします」
「ふむ! 任せておけ! このメイスの、最初の錆としてくれよう!」
レイラは屈屈なく笑い、ニナの商会で新調してもらかったばかりの、鈍く輝くミスリル製のフランジメイスを構えた。
「お、おい、壊すなよ……? 高いんだからなそれ……」
俺がレイラに声をかけるのが早いか、彼女はすでに笑顔のまま、直立不動の魔導兵に向かって一直線に突進していた。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ドォン!! と地下水路全体を揺るがすような大音響とともに、小気味よい金属音が響き渡る。
「ふっ……。我が渾身の一撃を受け、未だ微動だにせず立ち続けるとは。貴様、なかなかやるな!」
レイラは満足そうにニヤリと笑い、メイスを引き戻した。
「しかし……我が渾身の一撃をもってしても、表面に微かなかすり傷しかつけられんとはな! 素晴らしい装甲だ! ははは、私の方もまだまだ修行が足りんということだなっ! ハッハッハッ!」
爽やかに笑うレイラの後ろで、俺は白目を剥いて硬直していた。
レイラは文字通り、一騎当千の狂戦士だ。その腕力と一撃の破壊力だけならば、帝国の禁軍の猛者たちにさえ絶対に引けを取らない。
そのレイラが、ミスリル製の武器で本気で殴って、かすり傷一つ……。そんな化け物が、千五百体もいる。
(……やっぱり埋め戻そう。今日の夜中にこっそり、シャベルを持って一つずつ土に返そう、絶対にそうするんだ……)
「次にスピードですが、これは先日この子が目覚め、レイラ姉様と戦った際に実証されているように……」
もはや恐怖のあまり、アルテの流暢な解説は右の耳から左の耳へと通り抜けていく。
「……接着、目から放たれる光の矢の火力ですが……」
「しかし、この魔導兵も決して万能というわけではなく、いくつか致命的な『縛り』が存在しているの」
その言葉に、俺はハッと我に返った。
「え? 人智を超えた万能の破壊兵器じゃないのか?」
◇
「そう。この子たちには明確な弱点があるの。まずは光の矢の【射程】だよ。威力はすごいんだけど、光の矢が届く距離はせいぜい『二十イル(約20メートル)』程度。近距離なら一撃必殺だけど、遠距離から攻撃された場合、大型の攻城用バリスタの足元にも及ばないね」
「なるほど、至近距離でしか使えないのか……」
少しだけ安心した。さらにアルテは、深刻な表情で続ける。
「それから、この子たちは【このレムの周辺でしか活動できない】の」
「それはどういうことだ?」
「うん。ほら、前に査察官の目を誤魔化すために、シャルロッテ商会の島にこの子たちを船で運んで隠したことがあったでしょ?」
あった。忘れもしない、冷や汗モノの密輸隠蔽作戦だ。
「あの時ね、レムの港を出て『五百イル(約500メートル)』くらい進んだあたりで、この子たちの機能が突然停止したの。まるで魔力が切れたみたいに」
「魔力切れ……?」
「どうやらこの子たちは、一度起動させると、大気中のマナ(魔力の素)を吸収、燃焼、排熱のサイクルを自動で繰り返して動く、永久機関に近い構造になっているみたいなの。……ただし、それができるのは、このレムの周辺だけ。おそらく、この子たちが眠っていた地下遺跡の基部から、街全体に見えないマナの波のようなものが供給されているんだろうね。」
「つまり、レムから離れて供給が途絶えれば、マナが枯渇してただの鉄クズに戻るってわけか」
素晴らしい。
これなら、もしこの魔導兵の存在が帝国にバレて接収されたとしても、帝国がこれを他国への『侵略用大量破壊兵器』として遠征に使うことは絶対に不可能だ。この街から出られないのだから。
最悪の事態(世界大戦の引き金)だけは免れそうだと、俺の胃の痛みはかなり和らいだ。
ふと隣を見ると、レイラの頭から知恵熱らしき煙がプシューと上がっている。
「う、うむ! 難しいことはさっぱりわからんが、つ、つまり! 外から攻めてくる敵は、この街の外で私が全員ぶっ壊せばいいってことだなっ!」
「レイラ姉様、ちょっとあっちでその子と遊んでてくれる?」
アルテがニコリと笑う。
「うむ! よし、魔導兵、私と手合わせしろ!」
レイラは目を輝かせ、少し離れた安全な場所で魔導兵相手に楽しそうに組手を始め、地下水路に再び轟音を響かせ始めた。
◇
さて、と気を取り着してアルテは話を戻す。
「というわけで、光の矢の射程は短いけれど、この子たちの圧倒的な装甲と機動力は、拠点防衛においては申し分ない性能だと思うよ」
「でもさぁ、なんか防衛専用ってなると、ちょっと地味じゃない? せっかくこんなにカッコいいのに、もっとこうさぁ、派手でいい使い道ないのかな?」
退屈そうに顎を覆っていたニナが、不満げに呟いた。
「いやいや、ニナ。地味で結構、むしろ使えないおもちゃのままでいてくれた方が俺の寿命が伸びるんだよ」
俺はため息をつきながら、魔導兵のスペックを頭の中で整理して、これ幸いと運用を諦めさせるための「無理難題」を口にした。
「いいか? 射程が二十イルしかなくて街から動けないってことはさ、もし帝国が遠くからバリスタや投石器、さらには遠隔魔導術式で、射程外から一方的に遠距離爆撃してきたら、こっちは手も足も出ない。そんな都合よく敵が近づいてくれるわけないだろ。……いっそのこと、魔導兵が持ってる『無駄にデカい出力』とか『一日の排熱』を、ギチギチに凝縮して、何千イルも先までドカンとぶっ放すような【砲】でも作れない限り、実戦じゃ使い物にならないって」
「まあ、そんな都合のいいものなんて作れるわけないもんな!」と、俺は自虐的に笑った。
これでみんな、魔導兵を兵器として使う物ちゃう野望を諦めてくれるはず――。
だが、その瞬間。
手元の資料を見ていたアルテの手が、ピタリと止まった。
頬杖をついていたニナの目が、カッと見開かれた。
魔導兵を一本背負いしようとしていたレイラが、動きを止めてこちらを振り向いた。
「「「……………それ(じゃん)(だな)!!!」」」
「えっ」
アルテが不気味な笑みを浮かべ、俺に詰め寄る。
「ライン、ヘタレのくせにやるじゃない……! 魔導兵の出力を一箇所に集積・過給するシステムは、一昨日の『魔導漏斗』で理論が完成しているし、その規格外の圧力に耐えられる強固な砲身は……今まさに量産中の【ミスリル合金】を使えば完全にクリアできるんじゃないかな!!」
「えー!? 何それすごいじゃん!」
「うむ! 遠距離の敵をライン殿の言う砲とやらで吹き飛ばし、近づいた端切れを私が殴る! 完璧な戦術! まさに国崩しだな!」
「いや、待って、違う、俺はそんなもの作れなんて一言も――」
俺の決死の制止も虚しく、三人は「さっそく設計図の作成よ!」「予算を組むわ!」「私は試作品の的になる不審者を探してくる!」と、恐るべき熱量で動き出してしまった。
ただの保身の愚痴だったはずなのに。
気づけばまた俺の余計な一言のせいで、世界の軍事バランスを一撃で崩壊させる「古代技術×希少金属」のハイブリッド新兵器の開発が、秘密裏にはじまってしまったのである。
(頼むから……誰かあの三人を、このマナの供給範囲外へ連れ出しってくれ……)
地下水路に響き渡る魔導兵の排熱の音を聞きながら、俺はただただ、自分の終わらない受難に遠い目をすることしかできないのだった。
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