第二十二話:恋人達に、銀冠を
――港町レムが、白銀の熱気に包まれていた。
巨額の公費(ミスリルの密輸マネー)を投入した、乾坤一擲の街おこしイベント『銀冠祭』の開催をこの夏に控え、領内はかつてない規模の活気に沸いている。
「お兄ちゃん! これがエスカンテ商会が総力を挙げて企画した、銀冠祭の公式パンフレットだよ〜ん♪」
領主館の執務室に、ニナがいつにも増して気合の入った笑顔で突撃してきた。
――幼い頃から伯爵家の養女となった彼女は、小さな頃から「お兄ちゃん大好き!」を全面に押し出し、家族愛を装ってきた。
だが――その本心は違う。
実はニナは、ラインを一人の男として激しく愛していたのだ。
しかし、ニナには、『自分から告白するのは負け』という妙なプライドがあった。
だからこそ、あの手この手でラインを振り向かせようと仕掛けてきたのだが……当のラインからは万年「妹扱い」で全く相手にされていないのが現状だった。
(……それに、ここのところ、ちぃねえがお兄ちゃんに向ける目が、明らかにただの補佐官のそれじゃない。先日の混浴の時だって、うちのプロポーションに完敗してた癖に、お兄ちゃんへの好意を隠そうともしなかった……!)
ニナの胸中には、今までにない強烈な『焦り』が渦巻いていた。
渾身の色仕掛けすら、のぼせて逃げ出すというヘタレガードで不発に終わったのだ。
この銀冠祭こそが、形勢逆転の最大の好機。
今回のイベント企画立案の中心人物として、ニナが裏で糸を引いた特製プログラムがこれだったのだ――
「ほらお兄ちゃん、まずは『お兄ちゃんまんじゅう』の屋台がズラリと並ぶよ! 中身は今回はもちろん、お兄ちゃんの大好きなお芋だよ♪あと、領内のパティシエに作らせた祭り限定スイーツの『ぎんかんようかん』! 銀冠の鎖の青白い光をイメージして青いハーブの寒天を流し込んだ、すっごく映える羊羹なんだから!」
「ニナ、熱意は認めるけど……なんでいちいち俺の顔の焼き印が全面に押し出されてるんだ……?」
引き気味の俺を無視して、ニナはぐいっと顔を近づけ、潤んだ瞳で上目遣いになった。
「それでね? 当日は領主としての『現地視察』が必要でしょ? だ・か・らっ!イベントプロデューサーのうちがお供してあげる♪ 2人で仲良く手を繋いで、ね?」
「え、いや、普通にマルコとかレオンを連れていくから大丈夫だけど――」
「ダメ! うちと行くの! ……だって、お兄ちゃん、知らないの?」
ニナは不敵に、けれど少しだけ頬を赤らめて囁いた。
「今、街のうちら世代の間で噂なんだよ? 夜の海に輝く『銀冠の鎖』を、最初から最後まで手を繋いで見た男女は、末永く結ばれる……ってね♡」
「……は?」
結ばれる? あの触れたら骨が透けて感電爆散する仕様の防衛鎖を見て、なんでそんなロマンチックな話になるんだよ。
領民の情緒はどうなってるんだ。
だが、ニナの計画はそれだけで終わらない。
「祭りの最後には、特設ステージで『レム・ベストカップルコンテスト』を開催します! 優勝者にはエスカンテ商会から豪華賞品が出るよ! もちろん、お兄ちゃんとうちがサクラとして出場して、圧倒的な兄妹愛……じゃなくて、パートナーシップを見せつける予定!」
「勝手に出場者を決めるな! 恥ずかしすぎるだろ!」
「そしてグランドフィナーレはこれ! 魔導兵の排熱を極限まで防壁鎖に流し込んで、銀冠をスパーク発光させる『湖上花火大会』だよ!! 鎖から青白い火花が夜空へバチバチに打ち上がって、マルマラ湖が最高の輝きに包まれるのだっ!」
フンス、と鼻を鳴らして完璧なデートコースを提示するニナ。
その時、執務室のドアが静かに開き、書類を抱えたアルテが、真紅の目をじっとりと濁らせてぬるっと入ってきた。
「……へぇ。ずいぶんと私情の混じった、公私混同甚だしいイベント企画書だねぇ、ニナ」
「げ、ちぃねえ……」
ニナがウサギのように耳をそばだてて警戒態勢に入る。
アルテは俺のデスクに書類をトントンと整えて置くと、冷たい、けれど明確な独占欲を孕んだ視線でニナを見据えた。
「残念ながら、ラインの隣は空いてないの。補佐官である私の同行がすでに組み込まれているからね。ベストカップルコンテスト? 領主がそんな俗っぽい催しに出るなんて、威厳に関わる。……どうしてもと言うなら、私が『データ収集のため』に、ラインとペアで出てあげてもいいけど?」
「なっ……! ちぃねえ、ずるい! お兄ちゃんはうちの案内で回るんだかんね!」
「ラインは、どっちがいい?」
「お兄ちゃんは、どっちと回りたいの?」
アルテがすっと俺の制服の裾をきゅっと掴み、首を少しだけ傾げて上目遣いで見つめてくる。
対するニナは、俺の反対側の腕を自分の豊満な胸元へと全力で抱き込み、涙目で訴えかけてきた。
……こんなどちらを選んでも角が立つ選択はごめんだ…
「あの……俺、お祭り当日は部屋で『ぎんかんようかん』食べながら、1人で静かにゴロゴロしてたいんだけど……」
「「却下!!」」
2人の美しい声が、容赦なく俺の引きこもり宣言を叩き潰した。
「はぁぁぁぁぁぁ…………」
俺は机に突っ伏し、本日最高深度の溜息を吐き出した。
ただの防衛用だったはずの鎖が、なぜか恋愛の聖地にされ、その利権を巡って2人の争奪戦が始まろうとしている。
「……レイヴ川の流れよ、俺を、俺のこの哀れな人生を流しておくれ……」
銀冠祭。
そこはラインにとって、別の意味で命がけの戦場となろうとしていた――。
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