第二十一話:湯煙は、結束の狼煙
「はぁぁぁ……生き返る……」
領主館の最奥、職人たちに極秘で作らせた領主専用の露天風呂風の隠し湯。
レムの心地よい夜風が頬を撫でる中、魔導兵排熱でちょうどいい湯加減に沸いた湯に肩まで浸かり、俺は至福の溜息を吐いていた。
ここ数週間、裏金の処理や、青白く輝く電磁防壁のせいで、俺の心労は限界を迎えていた。
だが、今だけはすべてを忘れられる。
誰も来ないこの空間で、一生湯に浸かっていたい――。
そんな俺のささやかな楽園は、わずか数分で破られた。
ガララッ、と場違いなほど軽快な音を立てて、湯殿の扉が開く。
「へへへ、お兄ちゃん一緒に入ろー?」
「ぶふっっ!?」
湯を豪快に吹きこぼしながら振り返ると、そこには湯気の中に佇むニナの姿があった。
信じられないことに、彼女の豊かな肢体を包んでいるのは、薄手のバスタオル一枚きり。湯気で上気した褐色の肌、水滴の滴る鎖骨、そしてタオルの布地をこれでもかと押し上げている圧倒的な双丘が、容赦なく俺の目に飛び込んでくる。
「に、ニナ!? お前、なんでここに……っていうかその格好は何だ!?」
「お兄ちゃんさぁ、まさかこんな広いお風呂を独り占めにするつもりだったぁ?」
ニナは悪びれる風もなく、むしろ確信犯的な笑みを浮かべて、しなやかな足取りで湯船へと近づいてくる。そのまま、躊躇うことなく俺のすぐ隣へと腰を下ろした。
お湯のなじんだニナの甘い香りが、湯気と共に鼻腔をくすぐる。
「ちょっと、ニナ、近……っ!」
「照れることないじゃん。子供の頃も一緒に入ったことあるっしょ?」
ニナは潤んだ瞳で俺を見つめると、そっと俺の腕を自分の胸元へと抱き込んできた。
「ん〜? お兄ちゃん、意外といい身体してんじゃん!」
そう言ってニナは俺に密着したまま、腕、胸、腹と、身体のラインを確かめるように優しくなぞる。そのたびに、タオルの薄い布地越しに驚くほど柔らかく、そして暴力的なまでの弾力がダイレクトに伝わってくる。
出るところが出たニナの見事なプロポーションの破壊力は凄まじく、俺の理性は一瞬で消し飛んで決壊しかけた。
これはまずい。
いくらなんでも刺激が強すぎる。
あまりの熱気に顔を真っ赤にして、俺がのぼせる寸前でフリーズしていると
「――ちょっとニナ。抜け駆けは許さないよ」
冷徹極まりない、しかしどこか不機嫌そうな声が湯殿に響いた。
ガチャリ、と再び開いた扉の向こうから現れたのは、キッチリと湯浴み着を身にまとったアルテだった。膨れっ面の真紅の目が、俺にしがみつくニナをじっと睨みつけている。
「ア、アルテまで……!?」
「マルコから、銀冠祭の開催日と日程について、至急ラインの決裁が欲しいと言われてね。……まさか、こんな破廉恥なことになってるとは思わなかったけれど」
ジト目を向けてくるアルテに対し、ニナは俺の腕をさらに強く抱きしめ、ふんわりとした胸のボリュームをこれでもかと強調しながらクスクスと笑った。
「ちぃねえ、お仕事の話とか言いながら、自分も一緒に入る気満々じゃん。……それにさぁ」
ニナはアルテの貧弱な胸元をじっと覗き込み、邪悪なイタズラっぽさを孕んだ笑みを深める。
「ちぃねえは、ここも『ちぃねえ』ですねぇ?」
「なっ……!」
アルテの額に、ピキリと鮮やかな青筋が浮かんだ。
「クッ……ニナ、貴女みたいに無駄な肉がついていないだけだから! 私のはっ……か、形と効率性は最高に計算されてるんだから……っ!」
「あはは、ちぃねえ目がマジで怖いぃ!」
オタク補佐官の早口での必死な反論が始まったその時、「おー! みんなで風呂か!」と、さらに場違いに明るい声が響いた。
3人目の乱入者はレイラだった。
彼女にいたっては、隠すという概念をどこの戦場に置き忘れてきたのか、堂々と引き締まったしなやかな肢体を晒して屈託なく笑っている。
「なかなかいい風呂ではないかライン殿!」
「おい待てお前ら!!! ここは混浴じゃねえぞ!!!」
目のやり場が完全にゼロ。右を見ても左を見ても正面を見ても、刺激が強すぎる。
俺は湯気の熱さではなく、完全にキャパオーバーした理性の熱さで頭がどうにかなりそうになりながら、本日最大の音量でツッコミを炸裂させた。
◇
結局、のぼせて白目を剥きながら、這う這うの体で風呂から逃げ出した俺は、脱衣所の長椅子に倒れ込んでいた。
そこへ、待機していた新内政官のマルコが、感動に目を潤ませながら歩み寄ってくる。
「――さすがはライン閣下。言葉を失うほどの高潔な戦術にございます」
「……は?」
俺が力なく声を漏らすと、マルコは手帳に猛然とペンを走らせながら熱弁を振るった。
「いくら義理の姉妹とはいえ、元は赤の他人。裸の付き合いの場を設けることで互いの隠し事を無くし、さらに至急の決済案件をその場で処理する……! 公私の垣根を取り払い、一族としての結束と意思決定の速度を極限まで強める、これぞ究極の『湯殿政略』! ギルバート卿から聞いてはいましたが、これほどまでに懐の深い主君であられるとは……! 私、マルコ、一生ついていきます!」
「……ホッホッホ、マルコ。これが我らが主の『本気』だ」
いつの間にか隣に並んだギルバートが、これ以上ないドヤ顔で腕を組んで頷いている。
おい、待てお前ら。
俺はただ、のんびりお風呂に入りたかったのに、ニナに理性を溶かされかけ、アルテのジト目に怯え、レイラの無防備さに死にそうになって逃げてきただけなんだが……?
「はぁぁぁぁぁぁ…………」
湯殿の向こうから聞こえる「ちょっとニナ、もう一度言ってみなさい」「キャー、ちぃねえ冷たいよぉ!」という騒がしい声を遠くに聞きながら、俺は本日最高深度の溜息を吐き出した。
「……レイヴ川の流れが、俺の火照った体を呼んでいる……」
「閣下、感動のあまり遠い目をしている暇はありません! 明日からは銀冠祭の開催に向け、イベント関連業者との会議が――」
マルコの容責のない催促の声が響く中、俺はただただ、湯あたりした頭で白目を剥くことしかできないのだった。
今回は読んでいただきありがとうございました♪
このお話は毎週金曜日18時の更新を予定しておりますが、皆さまの応援のおかげで、執筆速度が上がっております!
ヘタレのライン共々、またのお越しをお待ちしております
このお話が気に入っていただけたら、ブックマーク、♡や★で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
今後とも宜しくお願いします!




