第二十話:排熱利用、はじめました
「――ご紹介いたします、ライン様。我が元で長く実務を学ばせました、内政官のマルコにございます」
領主館の執務室。
ギルバートがにこやかに連れてきたのは、俺より少し年上の、いかにも真面目そうな青年だった。
マルコと呼ばれた青年は、緊張した面持ちで直立不動になり、深く頭を下げる。
「マルコ・バルサと申します、ライン閣下! 若獅子と称される閣下のお側で政務に携われますこと、この上なき誉れにございます!」
「あ、うん。よろしくね、マルコ。そんなに畏まらなくていいから……」
まぶしい。
若きエリート内政官の目がキラキラしていて眩しすぎる。
彼がここに呼ばれた本当の理由は、例の砂漠の中立国『サラウ交易領』からエスカンテ商会経由で振り込まれてくる、ミスリル売却で得た裏金を、レムの正当な予算として帳簿上でカモフラージュするためだ。
会議室の黒板には、でかでかと、
『ミスリルを売って出来た裏金(二重線で消され、臨時予算と書いてある)をどうするか』
と書かれている。
つまり、彼は初手から国家規模のマネーロンダリングを命じられているわけだが、この真面目なマルコは「領主閣下の密命である」としてやる気満々だった。
だが、そんな緊迫した密談の最中、俺はどうしても別のことが気になって仕方がなかった。
「……なぁ、アルテ。なんかこの部屋、ちょっと暑くない?」
俺は首元をパタパタとあおぎながら、部屋の隅を指差した。
そこには例によって、アルテが連れ歩いている魔導兵がいる。
今日は「ぷしゅー」と熱気を放出しており、その周囲の空気がまるで真夏の熱帯のように歪んで陽炎が立っていた。
「仕方ないよ、ライン」
アルテは涼しい顔で帳簿をめくりながら答える。
「その魔導兵には、古代の魔導コアが積まれているんだよね。出力は凄まじいけど、稼働効率が最悪でね。以前にも話したとおり、一度稼働してしまった魔導兵は、一日に一回、魔力の循環のために排熱をするんだよ」
「今がその排熱のタイミングってわけか……。ただでさえ狭い執務室が蒸し風呂状態なんだよ。これじゃゴロゴロしてても汗をかくじゃないか」
俺は本気で不満を漏らした。
ただでさえ仕事で疲れているのに、部屋まで暑苦しいのは耐えられない。
というか、我が領にいる魔導兵は実に1500体。
その総熱量たるや、カモフラージュのために作った芋畑を一瞬にして焼き芋に変えてしまうほどに強力なのだ。
この魔導兵どもの厄介な排熱、何かに利用する方法はないものか……。
排熱……。
蒸し風呂……。
熱……。
風呂……!
この時、俺の脳内でカチリと結びついた。
「この魔導兵の無駄な熱、パイプでも繋いで地下水路の湧き水にぶち込めばいいんじゃないか?」
「は?」と、アルテが怪訝そうな声を上げる。
「だからさ、その排熱で水をガンガンに温めて、領民たちが誰でも自由に、体ごと浸かれるデカい『公衆浴場』でも作ればいい。魔導兵の冷却もできるし、領民も温かい湯に入れて喜ぶだろ。一石二鳥じゃないか」
俺としては、あわよくばその浴場で大きなお風呂を満喫したいという、極めて不純で個人的な思いつきだった。
だが、それを聞いた新内政官のマルコが、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
「――な、なんという、恐るべき先見の明……!」
「えっ?」
マルコは感動に打ち震え、手元の羊皮紙に猛然とペンを走らせ始めた。
「魔導兵の過熱問題を完全にクリアしつつ、それを領民の衛生環境の劇的な改善、さらには疲労回復という『福祉』へと転換する……! これぞまさに、レムの物資と技術を循環させる、新たなる産業の形! 閣下、神算鬼謀とはまさにこのことです!」
「いや、俺はただ温かいお風呂に入りたかっただけで――」
「すごいね、ライン」
アルテまでがニヤリと不敵に笑う。
「ちょうどいい臨時予算(裏金)の使い道(名目)が見つかったね。これなら『領民のための大規模公共事業』として完璧に偽装できるじゃない。マルコ、すぐに予算を組みなさい」
「はっ! 直ちに!」
マルコがキラキラした目で部屋を飛び出していき、俺の弁明は完全に掻き消された。
◇
それから数週間後。
魔導兵の排熱を利用したレム初の公衆浴場は大盛況となり、裏金で始めた箱物行政も、今のところは極めて順調に進んでいた。
しかし、1500体もの膨大な排熱処理をこれ一つで担えるほど、公衆浴場は広くはなかった。
未だ排熱処理問題は全面解決には至っていなかったのだ。
「ええい、熱が余ってるならどこか外へ逃がすしかないな……。そうだ、港を囲んでいる、あの防衛用の巨大な『防壁の鎖』にでも流してみるのはどうだ? 鎖が熱線みたいになって防御力が上がるんじゃないか?」
俺はゴロゴロしていたベッドから顔だけを出して、適当に指示を出した。
――しかし、これがまた、とんでもない奇跡(勘違い)を引き起こす。
指示通り、魔導兵の莫大な熱エネルギーを防衛鎖へと流し込んだ瞬間、鎖に刻まれていた防護術式が魔導兵の排熱を「魔力」として誤認。
熱エネルギーを強制的に高密度の魔導光へと変換・放出する、奇妙な循環システムが起動してしまったのだ。
「……おい、なんだこれ」
その日の夜、領主館のバルコニーから夜の海を見下ろした俺は、あまりの光景に絶句した。
熱を流したはずの防壁鎖が、夜の漆黒の海の上で青白く幻想的に、爛々と輝き始めていた。
「信じられません、ライン閣下……!」
いつの間にか隣にいたマルコが、興奮で声を震わせている。
「本来なら鎖が融解するほどの莫大な熱が、すべてこの『青い光』へと転換され、消費されています! 鎖自体は熱を持つどころか、触れるとひんやりと冷たい。これぞ失われた古代の環境魔導技術……。しかも、変換された光エネルギーは強力な電磁防壁となっており、触れたものに凄まじい雷撃(感電)を浴びせる最高峰の防衛網と化しています!」
「……は?」
感電? 今、冷たいって言ったのにビリビリするの?
俺が混乱していると、突如として夜の海に轟音が響き渡った。
――バリバリバリバリジジジジジッッッ!!!
「ぎゃああああああああああーーーッ!???」
青白い光を放つ防壁鎖に、夜陰に乗じてレムの港へ密かに侵入しようとしていた、見覚えのある大型船が突っ込んでいた。
……かつて俺たちを苦しめた、あの湖賊の首領の残党船だ。
リベンジの夜襲のつもりだったのだろうが、運が悪すぎる。彼らの船が防壁鎖に触れた瞬間、青白い高圧の魔導電流が船体丸ごと駆け巡った。
「チ、チクショー! レムのクソガキめが! こんな仕掛けがあるなんて聞いてねえぞ!! 覚えてろぉぉぉ!」
船は爆散し、湖賊たちはアフロヘアーのように髪を逆立たせ、全身に骨が透けるほどの電撃を受けて爆風に吹き飛ばされた。
そのまま煙を吹きながら、次々と海へボトボトと落ちていく。
「素晴らしい……! 夜襲を仕掛けてきた不届き者を、罠とも思わせぬ美しい光の防壁で一網打尽にするとは! 港の商人たちは、早くもこれを新しい観光名所として大騒ぎしております。閣下は防衛だけでなく、観光資源としての新産業まで同時に興されたのです!」
「……ホッホッホ、マルコよ。これが我が主、若獅子ライン閣下の『本気』であるぞ」
後ろでギルバートが、これ以上ないドヤ顔で腕を組んで頷いている。
「古代の雷……! 港を守る鎖はレムの銀冠ね!」
オタク補佐官は真紅の目を輝かせて、早口で捲し立てる。
おい、待て。お前ら。
俺はただ、暑さしのぎでお風呂に入りたくて、余った熱を適当に鎖へ逃がしただけなんだが……?
なんで気づけば、襲撃してきた湖賊をスタンガン代わりに一瞬で自滅させ、お祭りの新名物まで誕生させてるんだよ……。
「はぁぁぁぁぁぁ…………」
木っ端微塵に爆散した湖賊の船と、青白く輝く美しい夜の海を見つめながら、俺は本日最高深度の溜息を吐き出した。
「……このまま、あの青い鎖の光に吸い込まれて、レイヴ川まで流されてしまいたい……」
「閣下、感動している暇はありません! 次は銀冠祭のプログラム作りを……いや、新しい名物『ぎんかんようかん』が必要か……」
マルコの催促の声が響く中、俺はただただ、自分の幸運(不運)に白目を剥くことしかできないのだった。
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