第十八話:その輝きは、平穏を揺るがす
「結論から言うね、ライン。……あの地下水路の奥に眠っているミスリルの埋蔵量は、現在世界で確認されている総埋蔵量に匹敵するみたいだよ。」
数日後、極秘裏に行われた地下調査から戻ってきたアルテは、とんでもない爆弾を落としてくれた。
部屋に控えている魔導兵も、気の毒そうな顔で(顔は見えないがそんな雰囲気で)深々と首を縦に振っている。
「……は?」
俺は思わずマヌケな声を上げた。
ミスリル。古代の魔導金属で、現在は大陸西方の限られた地域でのみ採掘されている希少資源だ。
魔術との親和性が高く、極めて軽くて頑丈。それを使った武器や防具は高値で取引され、購買層といえば大国の上級騎士か、戦争請負人なんて呼ばれるようなベテランの傭兵、あるいは一握りの上級冒険者に限られる。
現在の世界全体の採掘量は、一年間で馬車数台分が良いところなのだ。
「つまり、こういうことだよ」
アルテは机の上に大陸の地図を広げ、冷徹な指先でレムの領地を叩いた。
「レムに眠るミスリルを発掘して、そのまま市場に流せば、世界の年間流通量が完全に狂っちゃうんだよね。そうなればミスリルの希少価値は消し飛び、今は国宝級のミスリル製の剣が、その辺の武具と同じ値段まで大暴落してしまう可能性もある。市場価格の完全な崩壊だね。世界経済は大混乱に陥っちゃうだろうね。」
「……それって、めちゃくちゃヤバいんじゃ」
「ヤバいどころじゃないよ。さらに、ミスリルが採れるなんてことが、もし帝国中央にバレてみなよ。オルティジアは一瞬で直轄地化されて、君は用済みとして処刑されるか、最前線の捨て駒だね。じゃあ西側諸国に売る? 敵対する帝国の喉元にそんな莫大な軍事資源があるなんて知られたら、それこそ本気で大軍を派遣して、オルティジアを制圧しにきちゃうよね。」
背筋にドッと冷たい汗が流れた。
よくある物語なら「大鉱脈を見つけて大金持ちだ!」と喜ぶところなのだろう。
だが、現実は違う。
持て余すほどの巨大すぎる富と力は、ただの破滅の引き金にしかならないのだ。
「……よし、埋め戻そう。今すぐコンクリートか何かで地下水路の奥を固めるんだ。俺達は何も見なかった。いいな?」
「ラインはすぐそれだね。そろそろやめない? その隠蔽体質…」
本気で提案した俺の言葉は、アルテの冷たい一言で一蹴された。
「これほどの財源、オルティジアの国力を上げる最大のチャンスよ。帝国にも、西側諸国にも気取られないように、秘密裏に売買できるルートを考えようよ。要は、バレなきゃいいんだよ。」
アルテがニヤリと笑う。
その横顔は完成に悪代官のそれだった。
「簡単に言うけどさぁ! どこに売るんだよそんな量!」
「そうだね…実際そんなルートなかなか見つからないよね…」
頭を抱えて叫ぶ俺の前に、それまで静かに控えていたギルバートが、すっと一歩前に出た。
「……ライン様。ならば、先代様が遺された『裏の道』をお使いになってはいかがでしょう」
「裏の道?」
ギルバートは白髭をなでながら、老臣ならではの深い笑みを浮かべた。
「はっ。ニナ様の実家である『エスカンテ商会』。あそこは表向きは平凡な交易商ですが、先代様の時代から、特定の国との間に太い極秘ルートを持っております。……そう、サラウ交易領にございます」
「サラウ? 砂漠のか?」
――カラヴァン・サラウ。通称、サラウ交易領。
マルマラ湖の北側に位置するその国は、大陸東西を隔てる広大な砂漠の中にあった。
東のバルドゥア帝国と西側諸国の間に挟まれたその地は、東西の争いには直接関与しない中立国。
だが、軍事力ではなく、商業・金融・情報、そして過酷な砂漠という環境を武器に、両陣営を裏から操る恐るべき経済国家である。
「左様。あそこは帝国からも西側諸国からも距離を置く中立の地。我がオルティジアからは、掘り出したミスリルを『ただの鉄屑(クズ鉄)』としてエスカンテ商会経由で少量ずつ偽装輸出いたします。これならば帝国の税関や密偵の目を完全に欺くことができます。」
ギルバートの澱みのない説明に、俺は思わず生唾を飲み込んだ。
「そして、その鉄屑を受け取った砂漠の中立国側で、密かに『ミスリル合金』へと加工して世界へ流通させるのです。これならばレムの地からミスリルが出たという証拠はどこにも残らない。我らは、その加工品の売り上げの一部を、キックバックとして受け取る……という座組みにございます。」
「……完璧ですね」
アルテが不敵な笑みを浮かべて腕を組む。
いつの間にか部屋に入ってきていたニナも、
「ウチの実家が役に立つなら、お兄ちゃんのためにパパに頼んでみるね!」
と俺の両手を握ってやる気満々だ。
演習から戻ったばかりのレイラまでが、「鉄屑の輸送警備なら、我が騎士団の定期訓練というカモフラージュが最適だな」と大真面目に頷いている。
おい、待て。
ただ静かに、この風光明媚な港町レムでぼんやり過ごしたいだけのヘタレ領主だったはずなのに、気づけば俺、国を挙げた一大密輸組織のボスに祭り上げられてないか……?
隠蔽どころの騒ぎじゃねえじゃねえか……。
「はぁぁぁ…………」
俺は本日何度目か分からない、深く、重い溜息をついた。
「密輸なんてしてたら、湖賊を支援してるどこぞの無法者国家と変わらないじゃないか……レイヴ川の流れが恋しい……」
「違う!これは密輸じゃない!極秘物流だよ!」
アルテが大真面目に返す。
「いや違いがわからんし!なんでそこいい直した!?」
ベッドに倒れ込み、枕に顔を埋める俺の背中で、アルテたちの「さあ、密輸作戦の具体的な数字を詰めるわよ」という容赦のない会議の声が響き始めていた。
てか結局密輸かよ…極秘物流じゃなかったのかよ…
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