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第8話 『私の兄』

 --- 澪視点 ---



 私の兄・御影零が、A級冒険者の天宮星羅さんに弟子入りして、二週間ほど経った。

 何をしているか具体的には知らないが、兄のことだ。

 きっと、誰よりも強くなるために、しごいてもらっているのだろう。


 兄は、誰よりも負けず嫌いな人である。

 彼は昔からゲームが好きで、私と七海ちゃんと三人でよく遊んでいた。

 ただのゲームなのに、熱中すると口が悪くなったり、負けた後はしばらく機嫌が悪くなったりもしていた。


 ――そんな兄を好いてくれた七海ちゃんは、もうこの世にはいない。


 七海ちゃんの殺人事件は、全国的に放送された。

 犯人は未だ逃走中だが、七海ちゃんの部屋に残っていたDNAを鑑定したところ、現役の冒険者であることが判明した。


 兄はその事実が報道された時に不在だったため、恐らくそのことは知らない。

 だから、私は口を噤むことにした。

 それを知ったらきっと、兄は犯人を殺すまで追い詰めようとするだろうから。


「澪、おはよ!」

「おっ、おはよう、彩羽いろは


 ボーッとしながら校門を潜ると、背後から背中を叩かれた。

 陽光に照らされて眩しく輝く金髪を揺らしているのは、金色彩羽かないろいろはだ。

 名前負けしない、整った顔立ちとカリスマ性。


「今日暑いね~。もう夏って感じだね」

「まあ、もうすぐ梅雨も明けるからねぇ」


 手で汗ばんだ顔を扇ぎながらため息をつく彩羽に、私はそう返す。


 普段はこうして明るく振る舞っているが、彼女もまた特例の冒険者。

 私はいつも、この子と一緒に冒険者活動を行うことが多い。


「そういえば、お兄さんも冒険者始めたんだってね!」

「あれっ、何で知ってるの?」

「二週間くらい前に、駆け出しなのに一部のステータスがSになってる人間が現れたって聞いてさ。ついでに名前を聞いたら、澪ちゃんと同じ苗字だったんだよ。びっくりしちゃった」

「そ、そうなんだ」

「そんな話、ありえるんだねぇ。どうして初期値じゃなかったんだろ?」

「ね、ねぇ~」


 真相を知っている私は、何となく受け流す。

 あまりに白々しい反応だったためか、怪訝そうな顔を浮かべた彩羽だったが、


「遅刻しちゃう! 走ろ!」


 そう言って、私の手を引いて駆け出した。



 ***



「この因数分解ですが……」


 憂鬱な数学の授業を聞き流しながら、窓の外を見つめる。


 今頃、お兄ちゃんは星羅さんと一緒にダンジョンに潜っているのかな。

 私たちはお互いが学校に行く日を決めて、片方が不在の時にダンジョンに潜るようにしている。

 明日は私がダンジョンに潜る日だから、お兄ちゃんが学校に来るのだ。


 本当は、冒険者なんてやってほしくない。

 お兄ちゃんが私を心配してくれているのは理解できるし、心から嬉しい。


 でも、お兄ちゃんは分かっていない。

 私がどれだけ、お兄ちゃんを心配しているのか。


 兄は、すぐに無理をしてしまう性格だ。

 昔からそれはずっと変わらず、一度思い立ったら無理にでも理想を実現しようとする。

 加えて、兄は極端な『自己犠牲』の癖がある。


 他人が傷つくくらいなら、自分が傷つけばいい。

 そうやって、誰かを守るために何度も兄が傷つく場面を見てきた。


 守る側の人間(ヒーロー)が苦しむ時、誰が守る側の人間(ヒーロー)を守ってあげられるか。

 その答えは、守られる側が守られるだけの存在にならずに寄り添ってあげることだと思った。

 だから、私は兄に代わって冒険者を始めたのだ。


 だが、結局兄は止められなかった。

 止めては、いけないと思ってしまった。


 自分を犠牲にしてまで他人を守ろうとする兄が、ついこの間七海ちゃんを失った。

 あの日の兄の目を見たら、止めるなんてことはできるはずがなかった。


 それでもやっぱり、心配なものは心配だ。

 兄の性格を体現しているかのようなスキルが、私にはとても恐ろしく見える。

 いつか必ず、本当に自分を犠牲にしてまで他人を助けようとしてしまうだろう。


 お兄ちゃんは、たった一人の家族。

 失いたくないのは、私も同じ。


「御影さん、聞いていますか?」

「はっ、はい!」


 突然名指しされ、慌てて返事をしたところ、声が裏返ってしまう。

 そんな私の上ずった声に、クラス内が笑いに包まれた。



 ***



 その頃、ダンジョン・十一階層にて。


 砕けた右腕に、裂けた額。

 頬を赤い鮮血が伝い、口の端から中へと入り込む。

 生温い鉄の味を感じ、半開きの目で目の前に映る《《それ》》を見上げたれいは、


「――クソ」


 そう吐き捨て、振りかざされた影に硬く目をつぶった。

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