第9話 『サポーター』
――事は、数時間前の早朝に遡る。
俺はあの日から、星羅とともにダンジョンへ潜り続けた。
澪が学校に行く日は俺がダンジョンに行くことになっているため、星羅に付き合ってもらっている。
星羅はA級冒険者であるにも関わらず、俺のために上層に潜ってくれているのだ。
その中で、俺はスキルの使い方を工夫するようになった。
俺は今まで、腕全体に『自壊』をチャージし、それを百パーセントで出力するという戦い方をしていた。
だがやはり、それだと腕はどうしても砕けてしまう。
そこで俺は、力の『節約』と『集約』を覚えた。
まず、腕全体にチャージされたスキルを指先に集中させ、指を弾く――いわばデコピンをすることで、空気を押し出して風圧を発生させるという『集約』。
そして、集約させたスキルを小分けにして使う『節約』、つまり力を抑えることを練習し、二週間かけて会得した。
会得するまで、何度骨を折ったことか。
今まで一度も骨折なんてしたことなかったのに、もう一生分折った気がする。
まあ、これから幾度となくするんだろうが。
だが、俺は強くなる楽しさと大変さを身をもって体感することができた。
だから、俺は決意したのだ。
――誰よりも強く、誰もを守る『最強』の冒険者になると。
「あの……」
「ん?」
ダンジョンの第一階層の前でストレッチをしていると、背後から声をかけられた。
背伸びをしながら振り向くと、そこには小さな少女が立っていた。
「小学生か? ここは危ないから出て行った方がいいぞ。
ほら、手繋いでやるから」
「違います! わたしは高校生です!」
強く訂正した少女は、頬を膨らませて可愛く怒る。
背が俺に比べてかなり小さいからてっきり小学生かと思ったが、どうやら違うらしい。
「そんで、高校生のあんたが何しに来たんだ?
ここはダンジョンだぞ?」
「ふっふっふ~。お兄さん、『サポーター』を探していませんか?」
サポーター。
冒険者が専属で雇うことがある、その名の通りサポートをしてくれる者のことだ。
言い方を悪くすれば、『荷物持ち』みたいなもの。
「わたし、実はすっごく有能なサポーターでしてね?
この風呂敷に、モンスターのドロップ品を大量に詰め込むことができるんですよ~。
戦えはしませんが、こぉんなに可愛いですし、隣にいるだけでやる気が湧くと思いませんか?」
「思わないし、サポーターも要らん。帰れ」
「ひどい! 断るにしてももっと言い方があるじゃないですかぁ!」
これでもかとアピールしてくる少女を一蹴し、その場に置いてダンジョンへ潜ろうとする。
だが少女は俺の袖を掴み、縋るように目を潤ませながら、
「お願いしますぅ! 誰もわたしみたいな駆け出しのサポーターなんて拾ってくれなくて、ずっと仕事がないんですぅ!」
「……」
「わたしだってこんな仕事やりたくないですよ!
ロリコン冒険者から変な目で見られるし、ダンジョンの中なんてすっごく怖いしぃ!」
「分かった、分かったから落ち着け。
……連れてってやる」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
潤んでいた目を一瞬で輝かせた少女に、俺は困惑を隠しきれないまま同行を許可した。
「零くんとわたし、同い年なんだ」
「へえ、鈴音も高二なのか」
俺の今回の目的地は、ダンジョンの十一階層である。
俺は星羅の手厚い補助もあって、たった二週間で節目の十階層に到達した。
これは駆け出しの冒険者としてはかなり優れているらしく、通常なら数カ月から一年ほどかけてようやく到達するものらしい。
何度も言うが、俺だけの力ではないということは忘れてはならないが。
ちなみに、ステータスに関してはそこまで変動はない。
上層のモンスターは大して強くないため、もらえる経験値も美味しくはない。
若干上がったのは、【器用】ステータスが30だけ上乗せされたことくらいだな。
やっぱ俺が不器用だってことバカにしてんだろ、あのギルドカード。
「ソロの冒険者って、大変なんじゃないですか?
わたしがこれまでにサポーターを務めてきた人たちは、ほとんどパーティを組んでましたが」
「俺は孤高の戦士だから、仲間なんて要らないんだよ」
「でも、一人って虚しくて寂しくないですか?
可哀想になっちゃいます」
「ソロの冒険者全員敵に回したなあんた」
口を滑らせた宵宮鈴音に、俺は鋭い視線を送る。
「じょ、冗談じゃないですかやだー」と手で扇ぐ鈴音に、
「ってか、お前も別にサポーターにこだわらなくてもいいんじゃないか?
他の仕事なんて山ほどあるだろ」
「わたしには、この道か体で稼ぐ道しかないので。
せめてこの身は潔白でいたいってことで、泣く泣くサポーターをやっています」
「何でよりによって、その二択なんだよ?
別にこれじゃなきゃダメって理由はねぇだろ?」
「……亡くなった両親が、冒険者を殉職したので」
下へと続く階段を下る俺たちの足音に、鈴音の儚げな声が響く。
俺は軽はずみな自分の発言を呪い、言葉に詰まる。
「両親はどちらもA級冒険者だったので、冒険者の中では割と名が知れていました。
そんな両親に憧れて、一度は冒険者を志したこともあります。
でも、両親が殉死してから、冒険者という職業が怖くなってしまったんです」
「……怖いなら、なおさらダンジョンなんてやめといた方がいいんじゃ?」
「怖いですよ。怖いですけど――憧れって、そう簡単には消えないんです」
俺自身、特別何かに憧れた経験はない。
それでも、その言葉は強く胸に響いた。
「わたしには、これといったスキルはありません。
冒険者として登録はしていますが、まだ一度も発現したことがないんです。
だから、他の冒険者のすねをかじる『サポーター』としてしか、生きる道がない」
「……」
「もちろん、ご迷惑でしたら今回限りで捨てていただいても構いません。
零くんは、一人の方が気楽だってさっき言ってましたし」
目を伏せて、顔を引き攣らせる鈴音。
俺はそれを横目で見ながら、
「ま、そりゃまだ分かんねぇな」
「……えっ?」
「捨てる……って言い方はちょっと酷だけど、一度きりで終わるかは分からないってことだ。
仕事ぶりがよければ、今後も一緒になんてこともあるかもしれないって話」
「いっ、いいんですか? わたし、足手まといですよ?」
「有能なサポーターって自己PRしてただろ。俺はそこを信じて連れてきたんだけど」
発言の矛盾を指摘すると、鈴音はあっと息を漏らした。
目線を右往左往させ、最終的には「有能です!」という当初の主張に着地した。
「とりあえず、今日はよろしくな」
「はい、よろしくお願いします!」
微笑みかけながら手を差し出すと、鈴音も笑顔でそれに応えて手を握り返してくれた。
***
数時間歩き続けて、ようやく十一階層に到達した。
道中で何度かモンスターに絡まれたが、何とか対処ができた。
そのおかげでかなりドロップ品が集まったため、換金した時が楽しみである。
このダンジョンは、全部で六十階層存在する。
一階層から十九階層が『上層』で、二十階層から三十五階層が『中層』。
三十六階層から四十四階層までが『下層』で、それより下は『深層』、と言った形で分類されている。
星羅のような手練れになると、中層から下層を中心に活動するらしい。
俺を助けてくれた階層は四十五階層だったらしく、たまたま深層に潜ってモンスターを狩ろうとしていたところに倒れていた俺を見つけたらしい。
今思えば、運よく見つけてもらえなければ確実に死んでいただろうな。
星羅に対しては少し強く当たってしまいがちだが、もう少し敬った方がいいのだろうか。
「わたし、十階層より下に行くのは初めてです」
「じゃあお互い初見ってわけだな。俺から離れんなよ」
「ロリコンのおじさんとは違って、優しくて頼りになりますね」
「言っとくが、あんまあてにしない方がいいぜ。
スキルの力の調節間違えたら、使ったそばから骨が砕けちまうから」
「えっ、そんなに危険なスキルなんですか……?」
「ついてくるやつ、間違えたかもな」
ニヤリと笑いながらそんな冗談を口にすると、鈴音の表情が一気に曇った。
実際、まだ頼りにされるほどスキルを使いこなせるようになったわけではないんだよな。
まだ出力調整のコツを掴みかけている段階であるため、少しでも手元が狂えばすぐに砕けてしまう。
失敗しても、犠牲になるのは指だけであるというのが唯一の救いだ。
十一階層の生態は、どうなっているのだろうか。
というのも、まだ十一階層に到達しただけでフィールドには出ていない。
俺たちは今、そのフィールドへと繋がる洞窟のような通路を進んでいるのだ。
ちなみに、この通路にもモンスターは出現する。
大型のモンスターはともかく、小さなモンスターはこういった通路に湧くことが多い。
「零くん、モンスターです」
「……オーケー」
こういう感じで。
『マッドアント』というアリの群れを前に、俺は鈴音の前に出る。
無機質な岩の壁から産み落とされたそれらは、俺たちに狙いを定めて六本の足を気味悪く回転させている。
そしてこちらへ迫ってくるマッドアントたちに、俺は右手を突き出した。
「……この音は?」
「まあ、見とけ」
秒針の音が響く中、俺は中指を折り曲げて親指の腹に押し当てる。
白くなっていく爪の先から、やがて青白い光が生まれる。
右手に稲妻が流れているかのように、中で何かが小刻みに弾ける感覚がする。
そして内側から熱を帯び始め、ついに光の膨張が止まる。
秒針の音が『五度』鳴り響き、最後に甲高い音叉のような音が洞窟内に反響した瞬間――、
「『自壊穿空』ッ!」
指を弾き、地面の岩を巻き上げながら風圧が飛ぶ。
こちらへ迫ってきていたマッドアントたちは軽々とそれに飛ばされ、あっという間に黒い灰となって消えた。
「す、すごい……」
後ろで驚嘆の声を漏らす鈴音をよそに、俺は右手を見つめる。
――砕けていない。
俺は今日、百発百中で出力調整に成功している。
「指を弾くだけで、こんな風を生み出せるなんて……。
今まで見てきた冒険者の中で、一番派手なスキルです」
「リスクは伴うけど、『ロマン砲!』って感じでいいだろ?」
「はいっ! すごくかっこいいで――」
「――たっ、助けてくれ!」
鈴音の称賛に浸ろうとしたいたその時。
俺たちの進行方向から、助けを求める男の声が幾重にも重なって耳朶を打った。




