第13話 『岩甲大百足』
「おめでとうございます! レベル2に昇格しました!」
「……はい?」
週末になり、ついにパーティでのダンジョンへの挑戦の日が来た。
そうして訪れたギルドで、受付嬢に突拍子もなくそう言われ、俺は呆気に取られる。
受け取ったギルドカードには、確かに『【レベル】2』と書かれているため、冗談ではないことは確かだが。
いや、それにしても信じられない。
冒険者は、一つレベルを上げるのにかなり苦労すると聞いたことがある。
個人差はあるものの、1から2に上げるまでに数カ月かかる冒険者もいるらしいが、俺はまだ冒険者を始めて一カ月と少しだぞ。
「な、何でこんなにすぐ上がったんだ……?」
「格上のモンスターへの勝利は、経験値が豊富にもらえます。
以前御影様が討伐なさった『アイアンマンティス』は、その上変異種だったので、恐らくそれが影響しているかと」
「なるほど……」
つくづく運が悪いとばかり思っていたが、恩恵もあったのか。
右腕を粉砕しながらも命懸けで戦った俺に感謝しなきゃな。
ちなみに、ステータスにもまた著しい上昇がみられた。
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【名前】 御影零
【レベル】2
【攻撃力】 S 850
【敏捷】 D 480
【耐久】 C 520
【器用】 I 50
【魔力】 I 0
【スキル】 『自壊』
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レベルが上がったと同時に、【敏捷】、【耐久】のステータスも数値にして100ほど上がった。
【攻撃力】の数値に大して変化がないのは、RPGゲームをやったことがあれば分かるはずだ。
レベルが上がるにつれて、次のレベルに上がるまでに必要な経験値も増える。
俺の【攻撃力】はギルドに登録した当初からSだったため、その分上がりにくくなっているのだ。
「それじゃ、行きましょ。レベル2の手腕を見せてちょうだい」
「……おう」
ステータス値に見とれている俺は、星羅に催促されるようにしてギルドを出た。
***
十一階層のフィールドは、一言でいえば『不快』。
ジメジメとしており、あちらこちらに菌糸や苔が生えている。
つまるところ、この階層は湿地帯エリアというわけだ。
「お兄ちゃん、来るよ!」
「おう!」
澪の合図とともに、キノコの生えた森の根元の地面が隆起した。
現れたのは、『岩甲大百足』。
その名の通り、岩のように硬い甲殻を持つ巨大なムカデだ。
このモンスターは、上層のモンスターの中でも討伐するのが難しいらしい。
「澪さん! ロックセンチピードはとにかく硬いです!
大きいのを一発叩き込むか、殻が衝撃を吸収する暇を与えないほどの連続攻撃が有効です!」
一番後ろから司令塔をおこなうのは、サポーターである鈴音。
駆け出しのサポーターではあるものの、やはり両親が元冒険者だったこともあって知識に飛んでいる。
「分かったッ!」
澪は鈴音から指示を受け、真っ先に地面を蹴って飛び出した。
腰に提げた剣を素早く抜き、瞬く間にロックセンチピードの鼻先まで迫る。
「ふッ――!」
予備動作の少ない動きで剣を振りかぶった澪。
その剣は翠色の光をまとい、やがて風の斬撃を繰り出した。
一撃、また一撃と攻撃を重ねていく澪の動きに、俺は目を見張った。
目で追えないなんてことはないが、一つひとつの動きが精確でありながら速い。
だが――、
「あがっ――!」
甲高い金属音とともに、澪の体はロックセンチピードの巨躯に吹っ飛ばされた。
剣が通らないということは、やはりかなり硬いのだろう。
「澪! 大丈夫か!?」
「……へーき、へーきぃ」
余裕そうな笑みを見せた澪に肩を撫で下ろす俺をよそに、今度は星羅が飛び出した。
星羅によると、彼女の『金糸』は鉄をも細切れにできるほどの威力であるらしい。
「昔から裁縫が好きだったことが影響したのかも」、なんてことも言っていたな。
星羅は腕を振りながら、その掌から金色の糸を生み出す。
一瞬にして一本の腕ほどまで伸びた糸をキュッと引き締めると、まるで鞭のようにそれを振るった。
「――ッ!」
だが当然、ロックセンチピードもサンドバッグではいてくれない。
大きな口をガチガチと鳴らしながら、ちょろちょろと動き回る星羅に噛みつく。
星羅は横っ飛びでそれを悠々かわし、
「澪ちゃん! 動ける!?」
「動けます!」
「――足を狙いましょう!」
星羅は、ゆっくりと立ち上がる澪を一瞥してそう伝えた。
澪は再び駆け出し、剣を強く握って戦線に復帰する。
足を狙う。
その作戦の意図は恐らく、
「……硬いのは、あくまで胴体部分だけ。
足は防御が薄いので、まずは動きを封じるということでしょう」
俺の言いたかったことを、すべて鈴音に言われ……代弁してくれた。
ロックセンチピードは、魔法や半端な物理攻撃を無効化するほどの硬い殻を持っている。
だが、ムカデの無数の足にまでその甲殻が行き届いているわけではないため、足は弱点なのだ。
鞭のような糸を振り回し、立て続けに足を切り落としていく星羅。
それに負けじと、自らの素早い動きを駆使して着実に足を落とす澪。
二人の猛攻に、ロックセンチピードは巨体をくねらせてのたうち回る。
大きな土煙が上がり、地響きが体の芯まで伝わってくる。
「零くん! 何してるんですか! 早く行ってください!」
「あえっ?」
あんぐりと口を開けて戦いに見入っている俺の肩を、鈴音が激しく叩いた。
間の抜けた声でそれに応じた俺に、鈴音はさらにまくしたてるように、
「あの二人の攻撃では、ロックセンチピードの殻は破れません!
だから足に攻撃を集中させて、身体の自由を奪ったんです!
これがどういうことか分かりますか!」
鈴音の言葉に、俺はハッと息を呑む。
深く考えなくても、あの二人の意図は理解できる。
いや、もっと早く理解しなければいけなかった。
「ごめん。行ってくる」
「……はい。それでこそ、零くんです」
頬を綻ばせた鈴音に、俺はふっと笑顔を返す。
互いに頷き合った瞬間、俺は湿った地面を蹴った。
握った拳が、熱と青白い光を帯びる。
秒針の音を全身で感じながら、最後のチャージ音を合図に、
「『自壊穿空』ッ!」
中指を弓のように引きつけ、力いっぱいに弾いた。
生まれた風圧が空間を蹂躙し、キノコや菌糸もろとも巻き上げる。
凄まじい烈風がロックセンチピードの硬い甲殻に直撃し、ヒビが入る。
そして――、
「……ッし」
顔をしかめた俺の中指の骨とともに、ロックセンチピードの巨躯も砕けた。
青く変色してひしゃげた中指が、俺が巻き起こした風の残滓にあてられて疼く。
手首を強く握って深く息を吐いた俺は、顔を上げて散っていく灰を目で追う。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「調整できなかったの?」
「一撃で仕留めなきゃと思ったからさ……。
鈴音、回復ポーションくれ」
「はい、どうぞ」
迅速な対応に助けられ、俺はすぐにポーションを飲む。
即効性はあまりないが、この程度の骨折なら三日もあれば完治するだろう。
「零、さっきの一撃なんだけど――威力、上がったわね」
「そうか?」
「確かに、前に洞窟で見た指弾よりも高威力だったような気がしますね。
恐らく、レベルが上がったことによりスキルも強化されたのでしょう」
なるほど、そういうシステムなのか。
あまり自分では実感できなかったが、二人が言うならそうなのだろう。
澪にはちゃんと見せたことがなかったため、分からなくても仕方がないが。
「まだ戦えそう? 無理は禁物よ」
「大丈夫。まだ使える指は七本あるしな。
最悪、腕も含めれば九回も百パーセントが撃てる」
「お兄ちゃん、骨折した時は無理しちゃダメって約束したでしょ。
ロックセンチピードのドロップ品回収して、一旦セーフティエリアまで戻ろう?」
相変わらず過保護な澪だが、この子は一番心配させちゃいけない子なんだ。
目標だった十一階層のフィールドには到達できたし、最低ノルマは達成した。
ここは澪の言う通り、ドロップ品を収集してフィールドから――
「――ぁ」
離れよう。
そう口にしようとした瞬間。
「澪ッ!!」
澪の肩を、細く白い糸が貫いた。
即座に名前を叫んだ俺の声に澪は反応を示そうとするが、澪はそのまま力なく倒れてしまった。
貫かれた部位の中心から、紫色が広がっている。
やがて毒々しいそれは、緩やかに肩から腕へと広がり始めた。
「毒……? 鈴音ちゃん、解毒ポーションは持ってる?」
「えっと、確か一本なら――」
そう言いながら、懐から解毒ポーションを取り出した鈴音。
だがその小さな手に握られた一本のポーションは、再び飛んできた糸によって粉々に砕かれてしまった。
「――っ!」
糸が飛んできた方を見やった俺は、言葉を失った。
木々に張りつくようにしてこちらを見下ろしている、八本の足を持ったモンスター。
その鋏角の先で、白い塊を紡いでいるそれは――、
「……ヴェノム・タランチュラ」
――また、上層に現れるはずのないモンスターだった。




