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第15話 『師の意地』

「はぁッ――!」


 何体、モンスターを殺しただろうか。

 息が上がり、視界に靄がかかったように見えづらい。

 足取りは重く、まともに立っていられない。


 私の『金糸』は、自身の血液中の鉄分を消費する。

 そのため、使いすぎたら貧血になって倒れてしまう。

 これまで何度も倒れたことはあるが、最後に倒れたのはいつだっただろうか。


「『金糸・天羅(ヘブンズ・ネット)』!」


 未だ留まることを知らないモンスターたちの波。

 私は息を切らしながら、再度右手を掲げて空に『金糸』を張り巡らせる。

 細かく枝分かれした『金糸』が網のように広がっていくのを見ながら、右手を振り下ろした。


 モンスターたちの断末魔が、耳をつんざく。

 グシャッという肉が裂ける音、爆散するように黒い灰と化す光景。

 私はこれを、この短時間で何度見ただろうか。


 一網打尽と呼ぶにふさわしい一撃を叩き込み、視界に入っていたモンスターたちを一蹴する。

 だが、倒しても倒しても湯水のように湧いてくる。


「……終わっ、た?」


 そうこぼした私の目の前に、もうモンスターが現れることはなかった。

 周りの木々やキノコが私の『金糸』に刻まれ、視界が開けている。

 ダンジョンに湧いたモンスターは死骸が残らないため、黒い燃えカスが地面に降り積もっている。


「――すごいね。この数を裁ききったのか」


 歩き出そうと足を踏み出した途端。

 前方から乾いた音とともに男の声が聞こえてきた。


「……誰?」

「オレは粕谷晴也。冒険者なら、一度は聞いたことあるんじゃないかな?」


 そう言われ、記憶の中にその名前を探す。


「……S級の、冒険者ね」

「そうそう。知っててくれて嬉しいぜ」


 肩幅の広い、屈強な男。

 彼は、S級の冒険者として知られている冒険者である。

 【レベル】とは違い、倒したモンスターの数や依頼の達成数などが重要視される【ランク】において、S級冒険者はかなり希少。

 そのため、この男は冒険者として目指すべき場所にいる人間なのだ。


 だが、


「犯罪者が、何の用?」

「初対面なのに冷たいね~。安心しろって、あんたに危害を加えるつもりはないから――」


 口角を片方だけ持ち上げて、不気味に笑う粕谷。

 警戒を解くべきではないと判断し、両手に『金糸』を生み出す。

 蜘蛛が巣を張るかのごとく、木から木へと糸を伸ばし、粕谷と私の間に網を作った。


「一歩でも動いたら、あんたを細切れにするわ」

「分かった、分かったから。オレはあんたと交渉をしに来たんだよ」

「交渉?」

「そう。あんた、『御影零』って冒険者と仲が良いだろ?

 いつも一緒にいるのを見てた」


 ――見られていた?

 この男に、私と零が一緒に潜っているところを?

 何も後ろめたいことなどないが、監視されていたという事実に震え上がる。


「あの子が、どうしたっていうの?」

「回りくどいのは嫌いだから、単刀直入に言う。

 ――御影零を、殺してくれ」

「……は?」


 言葉の意味が、理解できない。

 何を言っているのだ、この男は。


「あの男には、死んでもらわなくちゃならない。

 金なら、いくらでも出してやる。何十万でも、何百万でも」

「殺したいなら、自分の手で殺せばいいじゃない。

 どうしてわざわざ、私に頼むのかが分からないわ」

「オレは、自分の手を汚したくないんだよ」


 ずいぶんと希薄な理由に、私はますます不信感を強める。


「彼を殺す理由は? 彼に何かされたのかしら?

 私怨だとしたら、なおさら自分で殺すべきだと思うけど」

「自分で殺すって言っても、あんたは守るだろ?」

「当然じゃない。というか、今すぐあなたを八つ裂きにしてもいいわ」

「それは勘弁してくれ。オレもまだ死にたくはない。

 それに、オレを殺したら犯罪者になっちまうぜ」

「さすが、犯罪者の言葉の重みは違うわね」


 そう皮肉を返すと、粕谷は鼻を鳴らして笑った。

 この手を握れば、この男を殺せる。

 国から追われている――つまり、指名手配されている粕谷の命を、容易く奪うことができる。

 でも、殺してしまったら私まで追われる立場になってしまうかもしれない。


「断るわ。私は彼を、一人前の冒険者に育て上げる使命があるの。

 あんたの思い通りにはならない」

「そうか……残念。じゃあ、潔く諦めるよ」


 粕谷は思いのほかあっさりと諦め、私に背を向ける。

 完全に姿が見えなくなるのを見届け、『金糸』を解除する――


「――じゃあな」


 その瞬間、パチンという乾いた破裂音が森に響き渡った。

 そして、


「……クズ男」


 止まったと思っていたモンスターの波が、再び押し寄せてきた。

 体は傷だらけで、満身創痍と呼ぶにふさわしい状態の私は、左手で右腕をギュッと握りしめる。

 唇を噛み、迫ってくるモンスターの群れに対抗しようと金糸を紡ぐ。


 だが、今の今まで張り巡らせていた『金糸』で大量の鉄分を消費したため、繊維のように細い糸しか出すことができない。

 こんなに細い糸では、雑魚の処理すらも困難である。


 任せてもらったのに。

 この場に、守らなければならない存在はいない。

 でも、私は育てなければならない存在を置いて行ってしまうことになる。


 ……ダメよ。

 ここで諦めたら、あの子に合わせる顔がない。

 私よりもずっと耐え難い苦痛を味わってなお、唯一使えるスキルも自分の体を壊しながら戦うものだった。

 それでも、冒険者として生きていくと前を向き、胸を張って歩いている。


「……死ぬわけには、いかないわ」


 そう呟き、私は振り返って走り出す。

 モンスターは私を完全に包囲しているが、それでも突き進む。

 目の前のボストロールが棍棒を振り下ろした瞬間、


「失礼するわね」


 『金糸』を紡ぎ、木へと引っかける。

 引き絞られた糸に体を預けると、振り子のように大きく弧を描き、モンスターたちの頭上を飛び越えた。


 次から次へと、糸を伸ばしては木々を飛び移る。

 今の私が紡げる糸はか細いため、その分耐久力も少ない。

 限界を迎えないように、それでいて私の体重に耐えきれるほどの糸を練り上げながら移動する。


 私の下に広がる森には、無数のモンスターがいる。

 普段はこんなにモンスターがいるはずがないこと、そしてあの男(粕谷)が去った瞬間にモンスターの波が押し寄せたことからして、やはりヤツの仕業だった。


 このまま真っ直ぐ行けば、十二階層へ続く階段が見えてくる。

 つまり、零と鈴音もこの道を通ったはず。

 この数のモンスターを、どうやって裁ききったのだろうか。


「……あれは」


 湿気の多い地面に、大きな穴が空いていた。

 あっという間に通り過ぎてしまったが、はっきりとこの目が捉えた。

 穴を中心に地割れが起こり、綺麗な円を形成していた。


「……そういうことね」


 私はそれが、零によって作られたものだと即座に理解した。

 あの穴を見て以来同じ穴がないということは、私が考えたあの技を成功させたということだろう。


 ……二人も守りながらそれを使うなんて、最高に狂ってるわ。


「――あっ、星羅!」


 その時、下の方から声がした。


「あら、零。澪ちゃんは大丈夫なの?」

「命に別状はないらしいから、助けに行こうと思って……って、ボロボロじゃねぇか。大丈夫か?」

「ええ。この私が負けるはずが……ないでしょう……」


 虚勢を張ろうと笑ってみせたが、体の方は正直だった。

 体から力が抜け、その場に倒れ伏しかける。


「ほら、乗れよ。十二階層連れてってやるから」

「大丈夫よ……。まだ、動けるから」

「動けるかどうかは関係ねぇだろ。

 そんなになるまで戦ったんだから、もう休んでくれ」

「あなたに負担をかけるわけには、いかないのよ」

「あのなぁ。いっつもどんだけ俺が迷惑かけてると思ってんだ。

 たまには頼ってくれないと、帳尻合わないだろ」


 そんなことはない。

 そう言おうと口を開くが、声を出すことすらできない。


 私は、奇しくも深層で零を助けた時と同じように抱きかかえられた。

 指が折れて痛いだろうに、そんな素振りすら見せずに私を持ち上げてくれた。


 ――ありがとう。


 この言葉は、目を覚ました後に取っておこう。



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