第12話 『新たな絆』
勝った。
格上のモンスターに、一人で。
……いや、一人じゃ勝てなかった。
鈴音が命懸けで生み出してくれた一瞬の隙に、意識が覚醒した。
だが、覚醒した意識は勝利した安堵とともに薄くなっていく。
踏ん張ろうと足に力を入れるが、もはや立っていることすらままならない。
「零くん!」
倒れかけた俺の右腕を、鈴音が握った。
痛みが一瞬で脳天にまで達したことで目が覚め、何とか踏ん張ることができた。
「何で、そこまでしてわたしを……」
「助けるのに、理由なんて要らない。
助けたいと思ったから助けた。それだけだ」
「どうして、助けたいと思ったんですか……?」
「それは、分からない。でも、見捨てたくないって思ったら、体が勝手に動いた」
そう語る俺の声は、消え入りそうなほどか細い。
右腕の感覚はほとんどなく、肩と肘から下が繋がっていないように感じる。
「ごめんなさいっ、零くん……!
騙すようなことをして、ごめんなさいっ……!」
支えてもらわないと、立っていられない。
全身の体重を預けている俺に、鈴音は何度も謝りながら涙を流した。
「違う、だろ?」
「……え?」
「助けてもらった第一声がそれなら、助けた甲斐がねぇよ」
「――」
呆れたように笑みを浮かべながら、俺は膝をつく。
支えられてはいるが、もう足に力が入らない。
鈴音の顔は見えないが、微かに震える吐息が漏れているのが耳元で聞こえる。
「――ありがとう、ございます」
一番聞きたかった言葉を聞けたところで、視界が暗転し、一切の音が聞こえなくなった。
***
一週間後。
俺はあの後、ダンジョンの『セーフティエリア』と呼ばれる場所で目を覚ました。
鈴音が一人で運んだわけではなく、たまたま通りかかった冒険者たちが手を貸してくれたらしい。
セーフティエリアは、十二階層全体に設定されている。
その中には一切モンスターが出現せず、冒険者たちの憩いの場として知られているとのことだ。
ひとまずその中に運び込まれた俺は、『上級』回復ポーションを飲まされて丸一日眠っていた。
上級ともなると一本数十万円ほどするらしいが、その分効果は抜群。
星羅が全額出してくれたと知って、擦れるほど頭を下げたものだ。
その間に澪と星羅も来たらしく、特に澪はつきっきりで看病をしてくれていたと聞いた。
それから数日間、十二階層の救護施設で治療を受けた末に、ようやく地上の世界へ戻ってきた。
「お、お邪魔します!」
扉の向こう側に見える空は、綺麗な橙色に染まっている。
緊張で震える声を張り上げて、玄関をまたいだのは、
「いらっしゃい、鈴音さん!」
心を躍らせながら出迎えた澪の向かう先。
栗色の髪を顎の当たりで切り揃えた、ショートボブの少女。
小学生かと見紛うほど小さな少女、宵宮鈴音である。
「あ、あの……こんにちは、零くん」
「何でそんな気まずそうなんだよ」
「き、気まずいじゃないですか。わたしのせいで死にかけた相手の家を訪ねるなんて……」
「そりゃ、もう水に流したって言ったろ?
もう気にしてねぇし、第一、俺は生きてる」
居心地の悪そうな顔をしている鈴音にそう語りかけるが、やはり鈴音はまだ完全には立ち直れていないらしい。
澪も事情を知っているが、そのうえでこうして迎え入れてくれているのだ。
……まあ、最初は取り乱すほど怒っていたらしいが。
「何か飲む? あれ、コーラはないのかしら。
じゃあサイダーでも……って、サイダーもないじゃない。
どうやって生きてきたの、あなたたち」
「勝手に冷蔵庫漁んな!」
まるで自分の家かのように、冷蔵庫の中をまさぐっている星羅。
俺も澪も炭酸は苦手だから、基本的にはお茶か天然水で生きている。
ここ最近、星羅はよく家に来るようになった。
週に三、四回ほど来ては、手料理を振る舞ってくれたり、澪とゲームをしたりしてくつろいでいる。
澪も最初は警戒していたようだが、最近はかなり仲が良さそうに見える。
「それで、どうしてわたしがここに招かれたのかをまだ聞かされていないんですが……」
「ま、早速本題に入っちゃうか」
人数分のお茶を入れてくれた澪に「サンキュ」と微笑みかけ、俺はダイニングテーブルの椅子に腰かける。
鈴音にも座るように促すと、おどおどしながらも俺の隣に腰を下ろした。
そんな彼女を唖然と見つめている澪に苦笑しつつ、俺は治ったばかりの手をパンと合わせ、
「今度の週末、この四人でダンジョンに潜る」
「え!?」
呆気に取られている星羅と澪。
生まれた沈黙を破ったのは、鈴音の驚嘆の叫びだった。
「零くん、本気なんですか?
『俺は孤高の戦士だから、仲間なんて要らない』って言ってたのに!」
「掘り起こされたらなんか恥ずかしいセリフだからやめろ!」
「お兄ちゃん、その話、本当なの?」
そう尋ねられ、俺は「うん」と軽く頷く。
布陣としては、悪くないはずだ。
――まず、最前線には澪がいる。
彼女のスキルは、自身の剣から魔法のように翠色の風の斬撃を繰り出す、『風剣』。
奇しくも、兄妹で『風』に関係するスキルが使えるというわけだ。
――中衛には、星羅がいる。
『金糸』と呼ばれる、文字通り金色の細い糸を操って敵を細切れにする強力なスキルが扱える彼女は、攻撃のリーチを考慮して真ん中に配置する。
――俺が後衛から『自壊穿空』を使って敵を吹き飛ばす。
そして、ドロップしたアイテムを整理しながら俺たちへ的確な指示を送る司令塔役を、鈴音に担ってもらう。
「パーティを組む、ってことかしら?」
「まあ、そんなとこだな。
経験豊富な星羅に、それなりに場数を踏んでる澪がいれば、もっと深くまで潜れると思ったんだ」
「十一階層でヒィヒィ言ってたのに、よくもっと下を目指そうと思えるわね。これも向上心ってやつなのかしら」
「ありゃイレギュラーだから仕方ないだろ。
中層以下にしか出ないモンスターだったし、鈴音の話だとアイツは『変異種』っていうめちゃめちゃに強化された個体だったらしいじゃん」
「そう考えると、よくお兄ちゃん一人で勝てたね……」
澪は改めて、安堵のため息をつく。
あのアイアンマンティスは、深層で戦った『アサルトベアー』より数段強かった。
アサルトベアーは圧倒的な質量と力で制圧しようとしてきたが、アイアンマンティスの変異種はちゃんと考えて戦っていた感じがする。
ダンジョンの変異種には、『他のモンスターのドロップ品を喰らうことで自身を強化する』という習性があるため、ドロップ品を大量に背負っていた鈴音を狙ったそうだ。
……ほんと、よく勝てたな、俺。
「もっと深くまで潜るとのことだけど、何階層を目指すつもりなの?」
「そうだな……この間は、フィールドに出る前の通路までしか行けなかったから、今度こそ十一階層を攻略したい」
「わたしもです。今度はちゃんと、皆さんのサポーターとしてリベンジしたいです」
隣に座る鈴音はグッと拳を握り、そう意気込む。
その横顔があの日とは別人に見えて、つい俺は口の端を持ち上げた。
「じゃあ、決まりね。週末、この家に集合しましょう」
「おい、進行役は俺なんだが」
「あら、主導権を握られるのが悪いのよ~」
相変わらず俺をからかうことを楽しみながら立ち上がった星羅を、俺は歯ぎしりをしながら見上げた。
敬うべきだと分かってはいるが、イマイチ割りきれない理由がこれだよ。
だが、今から楽しみになってきた。
パーティを組んでのダンジョン攻略は、当然初めてだ。
ソロの時と動き方はまるで違うだろうが、そこもまた勉強だな。




