第11話 『最強は、負けない』
--- 鈴音視点 ---
数日前。
わたしは、とある男に呼びつけられた。
『サポーター募集』の張り紙を見つけ、わたしを指名してくれた冒険者だった。
両親が殉死してからもうずいぶんと経つが、わたしは未だに専属のサポーターとして雇ってもらったことがない。
そんな中、わたしを見つけてくれたのが、『粕谷晴也』という男。
S級の冒険者であり、良くも悪くも名が知れ渡っている。
話によれば、何人もの冒険者や一般人の命を奪っているらしい。
もはや、というか本物の『犯罪者』だったが、わたしのような人間が断れるはずもなく。
「おっ、来てくれたか。鈴音ちゃん、だっけ?」
「は、はい。宵宮鈴音です。よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げると、屈強な腕をわたしの頭に置き、優しく撫で回し始めた。
「えっと、本当にサポーターとして雇っていただけるんですか?」
「うん、もちろん。ただ、一つ条件がある」
「条件、ですか?」
そう聞き返すと、粕谷は「うん」と微笑み、
「――御影零、という男を見つけろ。
ダンジョンの中に連れ込んでモンスターと対峙させろ。
そして、機を窺って見捨てろ」
「――」
そう指示を受けた途端、頭の中に靄がかかったように何も考えられなくなった。
「直接手は下さなくていい。というか、君はスキルがないから戦えないんだろ?
だから、そのまま見捨てて構わない。そうすれば、ヤツは勝手に自滅して死ぬ。
道中で集まったドロップ品は、自分の金にしてもらって構わない」
わずかに残った自我すらかき消された私は――、
「……分かりました」
その指示を、二つ返事で受け入れた。
***
「――何で!? 言われた通りにしたのに!」
そんなわたしの叫びが、洞窟中に木霊する。
あの人に聞こえたところで、もう遅い。
わたしが裏切ったことには、もう気づいているだろうから。
叫んだそばから、わたしは理解する。
このモンスターは、わたしが背負っているドロップ品に目をつけている。
そして、このアイアンマンティスは恐らく、『変異種』だ。
従来の個体よりも大きく、甲殻の色もまるで違う。
錆色や赤褐色のはずの甲殻には鋼鉄のようなツヤがあり、零くんの攻撃もまるで効いていなかった。
「これが欲しいならあげますよ!」
わたしは自暴自棄になり、風呂敷を下ろす。
中に入ったドロップ品の数々を拾い上げ、ひたすらに投げつける。
すると、
「ひっ……!」
投げつけられたドロップ品を目で追うアイアンマンティスは、身を屈めてそれを貪り始めた。
モンスターがドロップ品を食らうなんて話は、少なくとも聞いたことがない。
これも、変異種の特徴だとでもいうのか。
いや、今は考えている暇はない。
とにかく、荷物を全部置いて逃げることだけを――、
「きゃっ――!」
隆起した小石に躓き、胸骨が圧迫されて声が漏れる。
その声に反応したのか、アイアンマンティスは再びわたしに目をつけた。
「嫌っ……! 来ないでください……!」
腰が抜けてしまい、金縛りにあったかのごとく体が硬直する。
恐怖で涙すら出ず、どんどん呼吸が荒くなる。
先ほどの、冒険者の男が頭によぎる。
零くんが手を差し伸べた瞬間に首を斬り落とされたあの光景が、脳裏に焼きついてしまっているのだ。
嫌だ。
死にたくない。
わたしだって、こんなことやりたくなかったのに。
生活が苦しくて、金欲しさに言い誑かされただけなのに。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
「ごめんなさい、零く――」
「――くたばれェェェッ!!!」
遅すぎる懺悔を口にした、その瞬間だった。
打撃音と何かが砕けるような音とともに暴風が吹き荒れ、アイアンマンティスは甲高い悲鳴を上げて吹き飛んでいった。
風に強くなびく、わたしの茶色く短い髪の間から見えたのは、
「零、くん……?」
わたしが裏切った、御影零だった。
--- 零視点 ---
右腕が、骨がなくなったかのように垂れ下がっている。
痛みに耐えるべく歯を食いしばるが、打ち消すことなどできない。
「零くん、どうして……」
「ハメたんだろ、俺を……ッ!」
「――」
苦悶の表情を浮かべながらそう尋ねると、膝を曲げてへたりこんでいる鈴音は押し黙る。
「沈黙は肯定、と捉えるぜ」
「……そうです。わたしはあなたを裏切りました。
だから、わたしのことは見捨てて逃げてください」
とうとう白状した鈴音は、双眸を涙で満たしている。
頬を伝い、顎先から冷たい地面へと落ちる涙を目で追いながら、
「――嫌だね」
「……ぇっ?」
胸を上下させながら、俺は鈴音の言葉を否定する。
間の抜けた声をこぼした鈴音は、心から困惑しているような顔をして、痛みに悶える俺の顔を見上げている。
「見捨てない。お前を連れて、地上に出る」
「どうしてですか!? わたしはあなたをハメたんですよ!?
あなたを殺そうとした人間なんですよ!?」
「わぁってる。それでも、見捨てるなんてことはしねぇ」
「ダメです! わたしはここで死ぬべきなんです!
人の優しさに付け込んで、ドロップ品を全部盗もうとした犯罪者なんて、ダンジョンの中でモンスターの餌食になれば――」
「――じゃあ何で、そんな顔してんだよ!」
俺が声を荒げると、鈴音はビクンと肩を震わせた。
何重にも聞こえる俺の声が響く中、
「お前が俺をハメたってのは本当なのかもしれない。
でも、恐怖に怯えてるだけには見えない。
何か、やらなきゃいけなかった理由があるんじゃないのか?」
「――」
都合が悪くなったら、沈黙を貫きやがって。
言葉にしなきゃ、分からないだろうが。
――その時。
「……話は後だ、宵宮鈴音」
吹き飛ばしたはずのアイアンマンティスが、すでに目の前まで迫ってきていた。
唇をわなわなと震わせている鈴音に、
「――今度こそ、絶対離れんじゃねぇぞ」
そう言い聞かせ、飛び出した。
相手は、中層より下にしか出現しない魔物だ。
つまり、レベル1の俺にとっては格上も格上。
そんな相手の攻撃を見計らいながら戦うなんて、今の俺にはできない。
そうなれば、先制攻撃に出るしかないだろう。
「んな体で戦えんのか、カマキリ野郎ッ!」
そう叫ぶ俺の目に映るアイアンマンティスの巨躯は、すでに満身創痍である。
眼球は片方潰れており、体のあちらこちらが削れている。
先ほどの『自壊』の一撃が、有効打となったのだろう。
一直線に、アイアンマンティスへと突っ込む。
右腕が軋むように痛むが、腹の底から声を張り上げることで相殺しながら、左腕への『自壊』のチャージを始める。
10%の『自壊穿空』でも、100%の『自壊穿空』でも、あいつの硬い殻は破れなかった。
だが、『自壊』なら一撃であそこまでのダメージを与えられた。
それなら、もう一撃に賭ける――!
「――ぁ」
そう意気込み、左手の拳を握りしめた瞬間だった。
視界の外から飛んできた無数の太い針の一本が、俺の右肩を貫いた。
「ぎぁぁぁぁッ――!」
飛んできた針は、俺の体を軽々と壁に押しつけ、肩を貫いたまま俺の体を固定した。
紫に変色した冷たい右腕を、熱い血が伝う。
(アイツ……見えないところに鎌隠してやがったッ……!)
死角だった。
少なくとも、俺の視界の中にヤツの鎌はなかった。
アイアンマンティスは、ゆっくりと俺に詰め寄ってくる。
肩口を貫かれて固定されているため、抜け出すことができない。
針を抜こうものなら、想像を絶する痛みが俺の脳を蹂躙するだろう。
「……」
針が掠めたのか、裂けた額から血が流れ出す。
目頭をなぞり、鼻筋の横を伝い、口の端へと溜まる。
入り込んできた血の味を感じながら、
「……クソ」
眼前に立ちはだかるアイアンマンティスは、ボロボロの鎌を振りかざす。
朦朧とする意識の中、辛うじて動く左手を握る。
……やられたな。
結局俺は、自分を犠牲にして人を助けようとしてしまう。
澪にも、それはやめろと散々言われたはずなんだけどな。
何でだろうなぁ。
体が、勝手に動いちまうんだよなぁ。
ごめん、星羅。
せっかく、時間使って付き合ってくれたのに。
ごめん、七海。
お前の仇、取ってやれそうにない。
……って、もう七海は俺の何でもないんだったな。
「ごめんなぁ、澪――」
浮かんでは消える顔の中、最後に浮かんだのは澪の顔だった。
俺のために無理をさせないために、俺も冒険者になったのにな。
『……あたしはいなくならないから、大丈夫だよ。
だから、お兄ちゃんもいなくならないで』
あの約束、守れないよ――
「……?」
トドメを刺そうと鎌を振り下ろしたアイアンマンティスだったが、突然その動きが止まった。
鼻先まで迫った鎌を戻し、傍らへと体を向ける。
「……やめて、ください」
「――」
「死ぬのは、わたしだけでいいんです!
だから、その人は殺さないでください!」
通じるはずのない叫びをあげたのは、鈴音だった。
半開きの目で鈴音へ視線を向けると、風呂敷を広げてドロップ品を投げつけているのが見えた。
「鈴、音……?」
「こうなったのは、全部わたしのせいなんです!
だから、殺すならわたしにして!」
懸命に怒号を飛ばし、気を逸らそうとしている鈴音。
アイアンマンティスは俺と鈴音を見比べ、最終的には俺を選んだ。
「やめてぇぇぇぇ!!」
鈴音の絶叫が轟いた、その刹那。
俺の左手が、光をまとった。
振り下ろされた鎌を片手で受け止め、力いっぱいに握る。
押しきろうとさらに力を込めるアイアンマンティスの鎌を、
「死んで、たまるかッ!」
逆の方向へと捻り、大きな鎌を捩じ切った。
千切れた前脚から大量の血を流すアイアンマンティスは、悲痛な叫びをあげて悶絶している。
ここしかないと踏み切り、右肩に刺さった針を引き抜く。
針を投げ捨て、のたうち回るアイアンマンティスへ狙いを定め、今度は砕けたはずの右腕が光に包まれる。
そして――、
「勝ったと思ったか、アイアンマンティス! 逝く前に覚えとけや!」
痛みなど、今は気にするな。
いや、違うな。
――痛みを、力に変えろ。
「俺ァ、最強になる男だァァァ――!!」
砕けた右腕を振りかぶり、暴れ回るアイアンマンティスに飛びかかる。
続いてその脳天目がけて拳を振り下ろし、地面へと叩きつけた。
俺とアイアンマンティスを中心として、烈風が猛り狂う。
クレーターのような穴が発生し、地割れが発生する。
腸が煮えたぎるほどの雄叫びを振り絞り、空いた穴へさらに押し込んだ。
右腕の感覚が、失われていく。
元々砕けている骨がさらに細かくなっていくのを感じながらも、俺は殴るのをやめない。
――そして、アイアンマンティスはついに、黒い灰と化した。
決めたんだ。
誰よりも強く、誰もを守る『最強の冒険者』になると。
そんな男がこんなところで、死ぬはずがないんだよ。
――最強は、絶対に負けないのだから。




