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第7話:終止線の狂騒

 二〇二七年、七月十三日。

 再び――日本に「ヤツ」が来た。

「おい、奏多。これを見ろ」

 放課後、街の片隅にある寂れたゲームセンターの裏口で、健介が僕にスマートフォンの画面を突きつけてきた。

 画面の中で再生されていたのは、数時間前に海外の動画サイトに投稿された映像だった。そこには、大西洋の上空を完全に覆い尽くすほどのサイズに膨れ上がった「ヤツ」の姿が、生々しく映し出されている。


 動画のコメント欄は、完全に混沌カオスの極みに達していた。

『フェイクだ』『高度なCGによるプロパガンダだ』と叫ぶ現実逃避の群れ。

 あるいは、『神が降臨した』『人類の審判の日だ』と狂信的に崇める者たち。

 正気と狂気の境界線が、完全に平らにならされてしまっている。


「健介。お前の仮説が正しいなら……俺たち高校生にできることなんて、もう何もないだろ」

 僕は地面に座り込み、頭を抱えた。


「世界が滅びるなら、いっそのこと……」

「おい。奏多、それでも男か?」


 健介が僕の胸ぐらを掴み、無理やり立ち上がらせた。彼の目は血走っており、尋常ではないプレッシャーと戦っているのが分かった。

「本当についているのか? ついてないなら、今すぐそこでズボン脱いでみろ。俺が確認してやる」

「おい、バカ! やめろ、何考えてんだ!」

 健介のあまりにも最低で突飛な言葉に、僕は思わず声を荒らげた。でも、そのおかげで脳にこびりついていた絶望が、少しだけ霧散した。健介は僕の胸ぐらを離し、フッと自嘲気味に笑った。


「奏多、ひとついいか。仮説は仮説だ。現実になるとは限らない。だから、そんな簡単に諦めてんな」

 その時だった。

 ――キィィィィィン……ッ!!!

 あの、おぞましい音色が、三度世界を支配した。

 今度は、これまでとは比較にならないほどの音量だった。建物の鉄骨が、僕たちの骨組みが、音そのものによって激しく共振し、悲鳴を上げる。

 ウゥゥゥゥゥ――ッ!!!

 街中に、警報のサイレンが鳴り響いた。


「雪那……っ!」


 僕と健介は、同時に叫んでいた。考えるよりも先に、足が動いていた。

「健介、原付あるか!?」

「当たり前だ! 裏に停めてある。エンジンから何から、最高速度が出るように魔改造してある奴だ! 警察には内緒だぞ!」

 健介がゲームセンターの裏から、いかにも年季の入った原付を押し出してきた。彼はキーを差し込み、キックペダルを激しく踏み抜く。バリバリバリ!と、違法改造特有の爆音が周囲の不協和音を切り裂いた。


「乗れ、奏多! 振り落とされるなよ!」


 僕が後ろに飛び乗ると同時に、原付は猛烈な勢いで急発進した。

 見上げる空には、もはや隠そうともしない巨大な「顔」が、街のすぐ真上にまで迫っている。

 キィィィィンという鼓膜を引き裂く風切り音とともに、音速を超えた自衛隊の戦闘機が、空を切り裂くようにして「ヤツ」に向かって飛び交っていくのが見えた。

 それでも、僕たちは原付を走らせ続けた。

 世界がこのまま終わったとしても――雪那のところへ行く。それ以外の選択肢は、僕たちの脳内には残されていなかった。


「おい! 健介、スピード落とせ!」

「落とせるか! ブレーキがイカれちまってる!」

「おい、健介……! そっちは崖だぞ!!」


 幹線道路から、病院へと続くショートカットの山道に入った瞬間、健介が悲鳴を上げた。

 前方のガードレールが、先日の雨で土砂が崩れている。その先には崖があった。しかし、魔改造された原付のスピードは、もう人間の力では止められなかった。


「止まれ、止まれぇぇぇ!」

 靴底を地面に擦り付けるも、一向にスピードが落ちる気配がない。

 原付とともに、ガードレールを飛び越え崖へと落ちた。

 僕たちの身体は、重力から完全に解放され、空へと放り出される。

 まるで、鳥になった気分。

 視界がスローモーションになり、眼下に見える街。そして空には、僕たちをあざ笑うように浮かぶ、あの巨大な顔。


「うぎゃあああああああーーーーーっ!!」

「やだ! 俺、まだ死にたくない! 生きていたい!」


 空中でもがく僕の横で、健介が風に髪を激しくなびかせながら、大声で笑った。

「落ち着けよ、奏多! 前を見ろ!」


僕たちは原付に乗り、宙を舞っていた。

死の恐怖、それにより、目が覚めた感じがした。

 空中で、僕たちの視線が交差する。

「一緒に、雪那を救おう!奏多」

 僕たちは、迫り来る地面と、空の怪物の間で、狂ったように笑い声を上げた。

その時の感情は恐怖かくるものなのかは、分からなかった。

しかし、僕たちの思いは、雪那へと一直線と音階を刻んだ。


 そんな時――

空がぐにゃりと歪んだ。

 今まで見たこともない紫とも緑ともつかない未知の色が、夏の青空を急速に塗り替えていく。

 それは――破滅の予兆であるはずなのに、言葉を失うほどに、とても美しかった。


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