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優輝と影美  作者: 在江
第二章
12/13

4 引退の真実

 影美の部屋は、本で壁がほとんど埋め尽されていた。その多くは古本だった。和綴だけで一角を占めている。

 改めて向き合うと、影美の稽古着は優輝の血にまみれている。影美は自分の姿には頓着せず、素早くページをめくり日記に目を通し始めた。


 「お前、目が悪かったんじゃなかったのか」


 ふと、影美が眼鏡をかけずに文字を追っていることに気付いた。影美は顔も上げなかった。


 「治りました」


 嘘だ、という言葉を優輝は飲み込んだ。眼鏡をかけない影美の顔は、綺麗に整っている。最初から、顔を隠すつもりで眼鏡をかけていたのだ。少し度が入っていたせいで、気付かなかった。それも男除けだったか。双海にはまるで効かなかったが。


 「お館様もとんだ手抜かりを」


 最後の書き込みを食い入るように見つめたまま影美は、低く押し殺した声を漏らした。優輝が聞き返すと、答えず日記を閉じた。向かい合う間に沈黙が続く。


 「それで、優輝様はここから何を読み取ったのですか」


 口を開いた影美から出る声は、聞き慣れた冷静なものだった。優輝は不意に懐かしさがこみあげ、言葉を探すのに手間取った。


 「おおまかにふたつある。一つには、儀式で守護人の引退を言い渡すと、引退した守護人は一定期間内に自殺しなければならないこと。このことは、当然お前も承知しているな?」


 優輝は、正面から影美を覗き込んだ。影美は、観念したように頷いた。


 「守護人だった母も、影久(かげひさ)殿も、知っていた。父はそのことに気付いて止めようとしていた。でも、俺は影久殿に引退を言い渡した。俺が殺した」

 「違います」

 「違わない」


 鋭く否定した影美を、優輝も厳しく制した。


 「お前に庇って欲しくて言っているのではない。知らなかったとしても、したことには違いない。これは俺の罪だ。確か、影久殿は、猟銃の暴発、ということだったな? お前もその場にいた」

 「はい。()()()()()()()ですから」


 小学生が、教えを受けた師であり庇護者でもある者の死に際に立ち会わねばならなかったのだ。優輝は慄然とする。


 「知ったからには、看過できない。俺には次代に罪を継がせない責務がある。藤野家当主として、まずは青柳影美、お前が守護人を引退した後、自殺をすることを禁じる。これは命令だ」

 「承知、いたしました」


 影美は(うべ)なった。何故かがっかりしたように見えたが、優輝は深く考える余裕がない。これで影美は自殺しない、と思い安堵する。


 「もう一つは、先代の守護人、正確には先々代の守護人である影久殿と母との間にあった出来事」


 影美の表情は変わらない。しかし優輝には、動揺を表に出さないようにしていることがわかった。視線に耐えつつ、影久が母を(みごも)らせ、生まれたのが自分ではないか、との疑念を説明した。若くして急逝した父に、子をなす暇はなかったのではないか。藤野の家を絶やさないため、密かに代わりを用意したのではないか、と。

 話が進むにつれ、影美の目に明らかな呆れが生じてきたのに気付いたが、どうにか最後まで言い切った。


 「結論から申しますと、優輝様は間違いなくご先代様のお子です」


 影美が指差したのは、『影久殿があんな事を……』とある箇所だった。


 「この日付は、優輝様が生まれるよりも一年以上前のことです。この時代には子供も多く、定期検診もあります。狭い田舎で何ヶ月も生まれ月をずらしたら、すぐ噂になり、とても隠し切ることはできません。妊娠も出産も、そんなに簡単に動かせることではありませんよ」


 「大体、『あんな事』を優輝様は、彼がお館様と通じていたと決めつけておられますが、具体的な記述がないではありませんか。確かに、守護人がお館様になったことを大伯父は心よく思っておりませんでした。それでも、優輝様のお考えは飛躍し過ぎています」


 「言われてみれば、それもそうだな」


 優輝は大きく息を吐き、作りつけとなっている本棚に寄りかかった。自分が藤野家の血筋ではないなどと、馬鹿な事を考えたものだった。


 向かいの本棚の隅に、小さな写真立てがあるのに気付いた。影美が優輝の視線に気付いて手渡す。古い写真だった。学生服に身を包んだ若者が二人、並んで正面を向いていた。一人は人懐こい顔立ちで微笑み、もう一人は整った顔立ちながら無表情のため、結果隣の微笑みを引き立てていた。


 「優輝様のお爺様です。大伯父と一緒に大学へ通う時分のものでしょう。本の間に挟んでありました。差し上げましょうか」

 「うん」


 影久と母の間に何があったのか知らないが、母が影美を嫌う理由はわかった。影美と影久はよく似ていた。顔立ちも、そして恐らくは性質も似ていた。影久は厳しい守護人であった、と聞いている。


 守護人でありながら主である父の愛を得てしまった母には、守護人である影美の存在自体が不安要素だったに違いない。しかもその影美は、母に厳しく当たった影久の薫陶を受け、母の時には拒否した引退を承知するほど完成された存在だったのだ。事実はともかく、母はそのように捉えていた。


 だから、父と同様に優輝が守護人を愛することを恐れた。それでいて、我が子を守って欲しいという親心から、守護人を辞めさせることもしなかった。

 母の過剰な心配が、影美に伊達眼鏡や喫煙をさせ、長年にわたり無駄な苦労をかける元となったのだ。優輝もまた、母の束縛から逃れたい気持ちから、家から遠い大学を選んだのだ。

 結局戻ってきてしまったが、母に折れたのではなく、必要があれば母に対抗できる自信がついたから戻る気になった、と今なら言える。


 「最初から、従兄妹と明かしてくれた方がよかった」

 「はい。それが私の最大の失策です」

 「いや、お前のせいではない」


 影美ではなく、自らの出自を隠し通そうとした母の失敗だ。若き祖父と、その守護人が並ぶ写真を、改めて眺める。祖父は、守護人と共にあることを喜んでいるように見えた。


 「ときに、禁煙したのか」

 「今のところ、続いております」


 足音も聞こえないのに急に扉が開き、部屋の入り口から菊乃が顔を出した。菊乃は疑わしげに部屋を一瞥したが、もともと離れて座っていた二人に怪しい動きがあろう筈もなかった。

 菊乃はすぐに、優輝の怪我に気付いた。


 「あ、やっぱりいらしたのですか。その包帯はどうしたんですか。うわあ。お姉ちゃんの稽古着に血が! まさか、喧嘩? もう、明日結婚式だっていうのに、何してらっしゃるんですか。お館様が心配して家までいらしてますよ」

 「もう帰るところだ」


 優輝は日記を掴んで立ち上がった。母に外出がバレた以上、父の日記を隠し通すことはできない。優輝が読んだことも。

 影美は座して動かない。


 「優輝様。その本は、お館様に()()()してください。私はここで失礼いたします」


 影美の言う通り、この日記は母に渡すべきものだ。そして、内容について、母に問いかけることはすまい。今は。


 「おやすみ、影美」

 「おやすみなさいませ、優輝様」


 影美は頭を下げた。菊乃が部屋の扉を閉めた。

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