八話 少年と姉妹
次話を投稿いたします。
先程まで光っていた小さな人型が突然立ち上がると、少し間延びした口調で声をあげた。
「はぁ~今回も良い話題が盛り沢山だった~、今夜の題目はこれで行こう~」
「うぉ!?」
あまりに動かないので少し調子に乗って近付き過ぎていた様だ。
謎の人型が上げた声と勢いよく立ち上がった事に驚いて、俺は後ろに倒れて尻もちをついて固まってしまった。
気付けばいつの間にやらその顔には生気が宿り、本来の物であろう爛漫な笑顔を浮かべている。
「んん~? お兄さんは何してるんですか~?」
直ぐ近くで尻もちをついている俺を不審に思ったのか、表情が戻った事で確認出来たその垂れ目がちな瞳をこちらに向けて誰何して来た。
多少の間を置いて落ち着きを取り戻した俺は、低い相手の目線に合わせる為に胡坐をかいて座る。
それまで発光していたのと、その整った顔立ちばかりを気にしていたが、よく見れば女性物の平民服を着ており仕草などから見ても恐らく女の子なのだろう。
「いや……君がこんな所で座り込んでいたから気になったんだ。もしかしてどこか悪いのかもって」
「見ての通り~、私はばっちり元気ですよ~」
そう言うと少女は、小さな両腕を勢いよく上げ元気な事をアピールする。
「そうみたいだね。しかし……さっき君が光ってる様に見えたけど、あれは一体何なんだ?」
「ははあ~、お兄さんは私達『繋ぐ者』に会うのは初めてですね~?」
「『繋ぐ者』?」
「はい~。私達『繋ぐ者』は~」
説明を始めようとした彼女の話は、少し先にある階段の下から聞こえた声に遮られる。
「おい、何時まで待たせる気だ。もう他の面子は揃っている、後はお前だけだぞ」
慌てて声のした方へ目を向けると、俺の前に居る人形サイズの少女によく似た女性が現れた。
歳の頃は17~18だろうか、多少髪が長めなのと若干つり目がちな事を除けば、本当にそのまま少女を大きくしたかの様な姿をして腰に剣を差している。
呼びに行った者の側に居た知らない男に驚いたのか、俺の姿を見付けた女性はその整った顔の眉間に皺を寄せこちらを睨みながら近付いて来た。
「あ~お姉ちゃん~、ごめんね~。今行くよ~」
少女の言葉からして現れた女性は、彼女の姉なのだろうがそのサイズの違いに少し驚いてしまう。
思わぬ状況の連続で、戸惑っている俺に女性は警戒心も露わに問いかけてくる。
「私の連れに何か御用ですか?」
「え?! あ~えっと」
「……」
「ちょっ、ちょっと待って! それはまずい!」
答えに窮していると不信感が更に大きくなったのか、彼女はその腰に差した剣の柄に手を掛けた。
慌てた俺は飛び上がる様に少女から距離を取ると、多少は安心したのか柄からは手を放したが、相変わらずこちらを睨みつけている。
「も~、お姉ちゃん心配し過ぎだよ~。このお兄さんとは~、ちょっとお話してただけ~」
「なぜその様な場所と恰好で話をする必要があったんだ?」
言われてみれば確かにあの絵面は、客観的に見ると『小さな少女を壁際に追い込んでいる男』に見えるだろう。
それが少女の身を案じる身内ならば尚の事、見ず知らずの男を警戒するのは当たり前である。
「私がね~、いつもみたいにみんなとお話してたんだ~」
「ーーまさかお前、また道の真ん中で『通信』していたのか?」
「道じゃないよ~、ここは廊下だよ~」
「どっちでも同じ事だ……」
「それにね~、いつもお姉ちゃんに~、真ん中でお話ししちゃ駄目って言われてるから~、今日は端っこに避けてたの~」
どうやらこの少女が廊下の端っこで発光していたのは、その『通信』とやらを行っていたかららしい。
何と言うか、この人形サイズの少女は酷くのんびりしていると言うか……。
しかし、説明を聞く事で少しずつ俺に対する警戒心が薄れて来たのか、今では眉間の皺は無くなって代わりに呆れた顔を浮かべている。
「場所の理由は分かったが、その男は一体何をしていたんだ?」
「ん~……分かんない。みんなとのお話が終わって~、気付いた時には、もう目の前に居たから~」
「……」
わ~、なんという事でしょう、梯子を突然外されたぞ。
折角軟化していたお姉さんの表情が、再び厳しい物に変わってしまった。
ここは何とかして誤解を解かねば、俺は動けない少女に悪戯しようとした変態というレッテルと共にあの剣の錆にされてしまう。
「隅に座り込んでしかも発光してるから、気になって何度か声を掛けたけど反応が無かったんだよ」
「無視されてるにしても様子が違うし、もしかして体調でも悪いのかと心配して近付いたんだ」
「そうしていたら突然動き出して、それに驚いて尻もちをついた所に貴女がやって来たんです!」
若干慌てて早口になってしまったが、何とか事情を説明する事が出来たぞ。
後はお姉さんの判決待ちだが、最悪逃走の心構えだけはしておこう。
「この男の言う事は本当か?」
「そうだよ~、そのお兄さん『繋ぐ者』の事を知らなかったみたいで~、心配してくれたみたい~」
「『繋ぐ者』の事を知らない?」
「そうみたいだね~」
またもや出て来た『繋ぐ者』という単語。
もしかして、これは知っていないと恥ずかしい類の物なのだろうか。
後でニドか老執事さんに聞いておこう。
それを聞いたお姉さんは少しの間考え込むと、改めて少女と俺に問いかけて来る。
「本当に何もされていないのか?」
「お話してただけだよ~」
「お前も害意は無いんだな?」
「ないない! そんな気持ちは一切無いです!」
俺は激しく頭を左右に振って否定したが、我ながら胡散臭い事この上ないな。
そんな姿をしばらく思案顔で眺めていたお姉さんだが、取り敢えず嘘は無いと判断してかそれまでの険しい表情を緩める。
「失礼した。妹はこの通り少々ぼんやりしていてな、私が色々と気を付けてやらねばならん」
「そんな~、お姉ちゃん酷いよ~。私だってもう立派な大人だよ~!」
「立派な大人を名乗りたいなら、早起きと着替えがちゃんと一人で出来る様になるんだな」
「うぅ~、それは難しいよぉ~」
一時は剣が抜かれる事態にまでなるかと思い焦ったが、誤解が解けて本当に良かった。
今も目の前で言い合っているこの姉妹は、とても仲が良さそうで微笑ましいが、結局この子達は何なのだろう。
そんな風に考えていると、妹をあしらったお姉さんが改めて俺に向き合い口を開いた。
「さて、勘違いとは言え妹に親切に声を掛けてくれた人に対して失礼な事をしてしまった。本当に申し訳ない」
「いや、こちらも誤解を与える様な態度だったから」
「そうか。そう言えば随分と名乗るのが遅れてしまったな、私はリンノン、こっちは妹のルノンだ。よろしくな」
「よろしくね~、お兄さん~」
呼び方や容姿である程度予想はしていたが、やはり二人は姉妹だったみたいだ。
しかしどちらも普通の平民服に身を包んではいるが、その整った顔立ちはどこか神秘的な雰囲気を纏っている。
二人から笑顔を向けられ、少し見惚れてしまったが気を取り直し自分も名乗り返す。
「俺は宮地 司だ」
「ミヤジツカサ?随分と何と言うか、個性的な名前だな」
「あっと、そうだった。宮地は苗字っていう家の名前で、俺の故郷では自分の名前の先に付けるんだ。ツカサって呼んでくれ」
「そうか、吟遊詩人同士の挨拶と似た様な物か」
「吟遊詩人同士の挨拶?」
そこまで話した所で他の者が二人を呼びに現れた。
どうやら彼女達のお仲間が、痺れを切らして迎えに来た様だ。
「悪いツカサ、どうやら時間切れの様だ」
「ああ、俺も裏庭に行くんだったよ」
「今回のお詫びと言っては何だがーーっと、これを受け取ってくれ」
そう言うとリンノンは懐から変わった鳥の模様が描かれた、手のひらサイズの木札を取り出した。
この鳥の模様は確か吟遊詩人の印だったか。
「この先にある酒場で夜に演奏会をやっているんだ。酒場の入り口でその木札を見せれば、一番良い席に案内してもらえるよ」
なるほど、日本風に言うとS席チケットか。
「良いのか? 噂で聞いたけど、今この街に居る楽団は凄く人気で店に入るだけでも大変だって聞いたけど」
「あ、ああ。良いんだよ、どうせ余り物だし」
「余り物?」
「とにかく、良かったら聞きに行ってくれ。それじゃあ、また!」
「お兄さん、またね~」
余程時間が迫っていたのか、姉妹は速足で呼びに来た仲間と去っていった。
妹のルノンが姉に抱き抱えられ、最後まで手を振っていたのが印象的である。
「何だか変わった姉妹だったけど、悪い人達では無かったな」
好奇心で声を掛けた結果、美人姉妹と知り合いになってお詫びの品まで頂いてしまった。
しかもその貰った品が、どっちみち行くつもりだった演奏会のS席チケットだったという嬉しい誤算付き。
これでしばらくはニドの機嫌を伺わなくても良くなるだろう。
そんな事を思いながら宿の裏庭に向かった。
こんな幸運が続くのは、きっと日頃の行いが良いからだろう。
何て事を思っていた時期が
俺にもありました。
上機嫌で裏庭に辿り着き最初に目にしたのは、部屋を出た時と同じ服装で据え付けられた椅子に座り、お茶を飲んでいるニドとそのお世話をしている老執事さんだった。
老執事さんが何だかいつもの三割増しの笑顔なのだが、目元が鳥の仮面で隠れ口角が何時もより上がっているので猛禽類の様な雰囲気になっている。
「あの~……怒ってます?」
「いいえ、怒っておりませんよ。時間も指定した訳ではありませんし、ツカサ様もこうしてちゃんと来られましたからね」
そう言いながらも、その雰囲気はおっかないままだ。
困惑する俺に、老執事さんはその理由を述べる。
「確かに、時間も指定しておりませんし怠ける意図も無かった様ですが、こうしてわざわざ足をお運び下さった主様をお待たせしたのは、従者として怠慢と言う他ありません」
「え、でもニドは風呂に行ったはずじゃ」
部屋を出る前確かにそう言っていたはずだ、それが何故ここに?
「どうやらこの時間はまだ大浴場が清掃中らしくてな、入る湯が無いと言われた。ならばとお前の様子を見に来たら、影も形も無かったのでこうしてお茶をしておったのだ」
「えぇ、流石に予想出来ないよ……」
そう訴える俺に老執事さんは、首を横に振る。
「いいえ、ツカサ様。例えどんな事態があろうとも、主様が従者を待たせてもその逆は絶対にあってはなりません」
「そんな理不尽な……」
「理不尽でも、それが良い従者であり使用人というものです。貴方は主様の従者であり私に教えを乞うている身、ならば私の流儀に従うというのが筋ではありませんか?」
「……はい、その通りです」
「よろしい。ならば本日は軽めと伝えましたが、自覚を促す為に普段通りの訓練を行いましょう」
結局この後俺は、普段より三割増しで厳しい老執事さんの指導をニドが風呂に行くまで受ける事となってしまう。
清掃とお湯張りが終わった大浴場にニドが向かうまでの間、俺はちょっとだけこの人に指導をお願いした事を後悔した。
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