九話 少年と演奏会
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老執事さんとの特訓後それぞれお風呂に入って着替えた俺達は、改めて宿屋の入り口付近に集合していた。
ニドが礼儀がどうのとあれこれと言ってくるので、俺も普段の旅装とは違うお仕着せの一張羅を着ている。
もっとも、庶民が使う酒場で行われる演奏会にそこまで大層な服装が必要なのかは甚だ疑問ではあるのだが。
「なんだ、全然着ないから無くしたのかと思っていたが……ふむ、中々決まっているではないか」
「そりゃどうも」
こういうお貴族様が着る様な服は、動きづらくてあまり好きではない。
だがまあ、別にこのまま狩りに行こうと言うのでは無いのだ、これで我が主人の機嫌が良くなるのなら安いものだろう。
「うむうむ、せっかく久しぶりの演奏会だ。しかもすこぶる評判が良い楽団となれば、我らもそれなりの恰好でなくてはな。どうだ? 私も似合っているだろう?」
そう言って張り切っている当の本人は、貴族の子息が着る上等な服に身を包み、美しい白髪を三つ編みにして横から前に流している。
確かにとても良く似合っているし、容姿が優れていると相まってとても絵になる。
しかし……。
「なあニド、お前の性別って一体どっちなんだ?」
「これまで共に旅をして、今まで何を見て来たのだ。全く失礼な奴だ、本当にこの愛らしい姿を見て分らんのか?」
分かりません。
お風呂はいつも別々だし、トイレや着替えなんて覗こうものなら他の従者の皆さんに殺される。
服装だって、さっきまでシンプルな女物のワンピースを着ていたはずが、今は男物の礼服だ。
「まったく、お前という奴は少しも成長しないと見える。ほら、下らない事を言っていないで出発するぞ」
結局今回もはぐらかされてしまった。
もやもやとした気持ちを俺は一旦収めて、先に進み始めたニドの後を追って演奏会が行われる酒場へと歩き出す。
「だが、ツカサよ今回はお手柄であったな。あまりの人気で良い席は手に入らないという話であったが、おかげで特等席で歌を聞く事が出来るぞ」
「ああ、あの木札か。特に何かした訳じゃないんだけどな」
ニドに貰った木札を見せ、軽く説明するとすこぶる機嫌が良くなった。
隣に居る老執事さんも心なしか感心した様な雰囲気になり、特訓の前に渡しておけば良かったと今さら思う。
分かれた時の口ぶりからして、あの姉妹も行っているのだろうが、凄い人気で手に入らない物を簡単に渡してしまい、しかもそれを「余り物」と言ってしまえるあの人達は一体何者だったのだろう。
(あの小さな体のルノンっていう女の子も気になるけど、確か『繋ぐ者』がどうとか言っていたな)
不意に、次にニドに会った時にでも聞こうと思っていた事を思い出した俺は、道すがら訪ねてみる事にする。
「なあニド、そのチケットをくれた姉妹の事なんだけどさ」
「ふむ? ちけっと……とは確か、この木札の様な物を指す言葉であったか。それを譲ってくれた姉妹がどうかしたのか?」
「それが、どっちも凄い美人だったんだけど、妹さんの方が人形みたいな大きさだったんだよ」
それまでは演奏会の事で頭が一杯ですといった態度で木札を弄っていたが、姉妹の妹の大きさについて話した途端こちらの話に興味が移った。
「ほう、それは『小さき知者』の血を引く者だな。彼らは数こそ少ないが、れっきとした人類だよ」
「という事は、あの子達のご先祖様に『小さき知者』ってのが居て、妹の方にだけ遺伝したって事か」
この世界は人の複雑な混血化が進み、隔世遺伝で両親と違った特徴の子どもが産まれるのは珍しくない。
街でも俗に「横耳」と呼ばれる俺の様な姿の両親と、「獣耳」を持つ子どもが一緒に歩いている何て光景が当たり前だ。
一途に血筋や特徴を守っている王族なども存在はするが、庶民の間では両親と違う特徴はむしろ個性の一つとして歓迎されている。
「それからその子、体が光ったり自分の事を『繋ぐ者』だとか何とか名乗っていたんだけど、あれは」
「む? お主今その『小さき知者』の体が光り『繋ぐ者』を名乗ったと言ったか?」
「え? あ、ああ。俺が声を掛けた理由が、その子が廊下の隅でうずくまって光っていたからなんだよ」
それまで意気揚々と酒場へと向かっていたニドが、突然立ち止まると凄い勢いで再度訪ねて来た。
「なんと! それが本当ならば、今日の演奏会で歌うのは。他に特徴など判る何かが無かったか?!」
「他の特徴? うーん……髪の毛が薄い緑色だった事と、何だかぼんやりとした感じだった事くらいかな」
「『小さき知者』の体に新緑の頭髪、浮世離れした雰囲気の『繋ぐ者』ーー間違い無い!」
立ち止まったかと思ったら、今度は興奮して喋り走り出した。
「ほらツカサ、何をしている! 早く行こうではないか!」
突然の事で呆気に取られていた俺に、ニドが急かす様に声を掛けてくる。
何とも忙しい感じではあるが、本当に置いて行かれそうな勢いなので疑問を一旦引っ込め、その後を追った。
本日の演奏会の会場である酒場に着いた俺達は、入り口で受付をしている店員に貰った木札を見せる。
少し驚いた様子の店員だったが、簡単な服装やマナーの確認を済ませ直ぐに俺達を二階の見晴しが良い上等な席に通してくれた。
全体の大きさこそ普通の酒場より少し大き目という程度であるが、外観が随分と立派な造りで今座っている席の椅子や机、それに二階全体の内装がとても上品で高級感に溢れている。
普通の酒場だと聞いていた俺が、落ち着き無く色々な所に視線を彷徨わせていると、ニドの傍に控えていた老執事さんが咳払いで注意して来た。
「すいません、少し想像していたのと違ったので戸惑っていました」
「戸惑うのは仕方ありませんが、他人の目もありますので振る舞いにはお気を付けください」
早速不作法を怒られてしまったが、やはり色々と気になってしまう。
そんな俺を見かねた老執事さんが、この酒場についての説明をしてくれた。
「この建物はこの街の中でも特に歴史が古く、元々は貴族の方も訪れる劇場だったそうです」
「他の街に大きな劇場が出来ると、観劇者が皆そちらに移ってしまい閉館してから長い間放置されていたとか」
「現店主が大層な観劇好きで、ここを購入した時に元の造りをなるべく残す形で改築と補修を行った様ですね」
よく見れば部屋の装飾や備品は、どれも年代物の雰囲気を持っている。
しっかり手入れされていて、所々補修の跡が見えどれも大事に使われている事が伺えた。
「こうして一階部分を広めの酒場とする事で、普段は庶民でも気軽にお酒を楽しめ、この街に楽団や劇団が訪れた際には本格的な舞台を楽しめる場所になった様です」
「なるほど」
俺が老執事さんの説明を聞いている間、ニドの奴がえらく静かだと思っていたら、一階の酒場でいつの間にか注文していた高そうなワインを飲んでご機嫌になっている。
高級な劇場の別席には従業員が一人付いて、色々と世話を焼いてくれるという話だが、流石にここではそこまでの対応は無いらしい。
そうこうしていうる内に辺りの照明が少しづつ暗くなり始め、それまで騒いでいた一階の客も静かになって来た。
「そろそろ始まるぞ、ツカサよあまり興奮して騒ぐなよ?」
「流石に分かってるさ」
いつもならば、ここらで軽口の一つでも挟むのだが。
本当に楽し気に舞台を眺めているニドの顔を見ていると、そんな気も無くなり俺もそちらに集中する事にした。
いまだに薄暗い舞台の上には、何時の間にかそれぞれの楽器を持った人達が控えている。
どうやら俺達が喋っている間に既に準備を済ませ、観客が気付くのを待っていたらしい。
しばらくの間会場が沈黙に包まれ、全体に「何時に成ったら始まるのか?」という不安と不信が溢れそうになった次の瞬間、舞台上に突然七色の光球が現れて客席の方に飛んできた。
手のひら程度の大きさのその光球は、薄暗い客席の間を縦横無尽に飛び回る。
規則正しく並んで動き、空中に美しい幾何学模様を描いて観客の目を奪ったかと思えば、途端に不規則に動き出す。
一瞬消えてしまったかと思わせて、観客の目の前に現れてちょっかいを出し笑いを誘う。
皆が一様にその幻想的な美しさに心を奪われた頃、その光球達が舞台の中央に集まりだす。
集まった光球達は何かを囲む様に渦を巻いて回りだし、一層強く光って弾けると同時に舞台に一斉に照明が灯されて、中から薄い緑髪の人形サイズの少女が現れた。
観客に美しいカーテシーを披露しているその少女は、純白のドレスに身を包み頭には桃色の大きな花髪飾りを付けている。
頭を上げ笑顔で観客席を見回していた少女は、一瞬こちらと目が合うと悪戯が成功した子どもの様な顔になるが、一瞬で元の笑みへと変化した。
その様子から、あの少女が宿屋で会った姉妹の妹であるルノンだと確信する。随分と雰囲気が違うが、まず間違い無いだろう。
よく見れば、後ろで椅子に座ってギターによく似た楽器を構えている姉のリンノンの姿も見付ける事が出来た。
「本日は当楽団の演奏会へようこそおいで下さいました。今宵も無事に開催出来ました事、楽団員一同心からの感謝と共に、大変長らくお待たせ致しました事をお詫び申し上げます」
ルノンがその美しく澄んだ声で挨拶すると、その言葉を聞いた観客席の数人から何故か苦笑の声が漏れ聞こえる。
先ほどの挨拶に何か笑う所があったのだろうか? と不思議に思っていると、隣のニドからも苦笑の声が聞こえて来た。
「流石は人気の歌姫といった所か、あの声音で言われると皮肉まで雅やかに聞こえるな」
「皮肉? あの子なんて言ったんだ?」
「『お前らが早く静かにしないから、始めるまでにこんなに時間が掛かってしまった。今日はもう出来ないかと思ったよ』だ。ふふ、中々に肝が据わっている」
あの挨拶はそんな意味が籠っていたのかと、身震いをする俺に対してニドは何故か嬉しそうにしている。
今もルノンが演奏と歌の披露前の挨拶を行っているが、ニドの表情が時折変化するのでやはり皮肉が混じっているのだろう。
「皮肉を言われているにしては上機嫌だな」
「うむ……あの歌姫は問いかけているんだよ」
「問いかける?」
「『お前達には私の歌に込められた、本当の想いが分かるのか?』とな」
相変わらず言っている事が難しいが、まあ要するにルノンが客を試しているという事だろう。
偶然あの姉妹と知り合いになったが、まだそこまで深い仲でも無いので、意外な一面を見たなという程度の認識だ。
「今宵紡ぐは愛の物語 いまだ生まれたばかりの 幼き歌の初舞台でございます」
気付けば挨拶も終わり、楽団の優しくゆっくりとした演奏が流れている。
それに合わせているのだろうか、ルノンの口から洩れる音もだんだんと優しい色を帯び、これから始まるのだなと思わせる。
「これは小さな小さな国の物語 遥か大陸東の果ての 男女の悲恋の物語
その想いは世代を越えて 尚も実らぬ恋の花 愛し愛されたが故に
その想いは穢される そんな悲しい物語
これは小さな小さな国の物語 遥か大陸東の果ての 男女の悲恋の物語ーー」
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