十話 ある吟遊詩人の回顧①
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この国に長らく仕えていたのは、多分この日の出来事を後世へと伝える為だったのだろう。
夢想家の多い吟遊詩人の中では、現実主義者を自負していたこの私が本気でそう思えてしまう、まさしく奇跡と言うべきこの出来事を。
そもそも私がこの国の王宮に仕える事になった理由は、前国王の要請でありお世辞にも優秀とは言えない前国王のちっぽけな自尊心を満足させる為である。
吟遊詩人は「全国を旅しながら歌を広める」何ていう大きな使命を帯びているらしいが、そんなものは全くもって非効率であると考えていた。
大体、旅なんていうのは苦労と危険の連続だ。
両親を早くに亡くしはしたが、幸いライフリンカーなんていう大層な才能と多少の楽器を弾く位の器用さに恵まれて、生まれの村で甘やかされて育った私にはそんな大冒険をする気は無かった。
しばらくの間は生まれた村で能力を使い、仕入れた歌を適当に歌って得た貢物で気ままな一人暮らしをしていたが、ある時家に城の兵士が押しかけて来た。
何事かと話を聞くと、国王が自らの生涯とその偉業を歌い語り継がせる為に、吟遊詩人に片っ端から声を掛けているのだと言う。
そもそも大きな国が専属の吟遊詩人を抱える事は珍しい事では無い。
吟遊詩人達の持つライフリンカーの能力は、情報収集の面では他の追随を許さない物であり、中には爵位まで与えて抱え込もうとする国もあるそうだ。
しっかり報酬も出るという事もあり、こんな寂れた村で生涯を終えるよりはと軽い気持ちで城仕えを決めたのだが。
城に着いて国王に謁見してみると、早々に自分の軽々しさを後悔する事になった。
国王は確かに優秀な血統を受け継いでるらしく、美形と言っても良い顔立ちをしているが、頬の肉は垂れ下がりその体は玉座に座っているというより挟まっているといった具合だ。
しかも口を開けばその体と同様に、肥大した自尊心を隠そうともしない言葉の数々に怒りを通り越して呆れてしまった。
傍に控えている近衛や文官達の表情は一部の媚びた様な笑顔を作る者達以外、全員が暗い物であり明らかに歓迎されていない事が分かる。
(これは俺をというよりも、この度の吟遊詩人を召し抱えるという行為自体への不満があるのだろうな)
よく見れば、国威の象徴であるはずの玉座の間ですら継ぎ接ぎだらけといった有様であった。
まともに働かず、自分の暮らしている国の事など知ろうともしなかった俺は、ここに来て初めて自らの置かれた状況を知る事になったのだ。
この様子ではこの国はそう長くないかもしれない、どころか提示された報酬すらいつまで満足に貰えるかも分からない。
とりあえず期限は決めていないがいつもの様に適当に歌って、まだ報酬が貰えているうちに何かしら理由をでっち上げてさっさと国から去ろう。
そんな事を考えながら、いまだに喋っている国王の言葉を聞き流していると、玉座の横に控えている小さな子どもに気が付いた。
服装や立ち位置からしてこの国の王子なのだろうが、こんな傾き掛けの国の跡取りになどさして興味も無い。
こんな国を継がねばならない事に、多少の同情はするがその程度である。
そう思っていたのだが。
どういう訳か視界の端で、常にその王子を捉えてしまう。
この暗く淀んだ玉座の間の中で、まるで一人だけ生きている人が居る。
そんな不思議な存在感がその王子にはあった。
無事に謁見という名の茶番劇を終え、宛がわれたぼろ部屋に腰を落ち着けた頃、図った様に扉を叩く音がする。
あの自尊心と体の大きさだけが立派な国王様が、早速何か歌えと催促して来たのかと身構えて扉を開けると、そこには先程の不思議な王子が立っていた。
あの国王の無駄に長い自分語りの後、申し訳程度に行われた周りの者の紹介の時に確認したが、この子どもはやはり王子であった。
今は亡き王妃の忘れ形見なのだそうだが、こんな場所にお付きの者も無く現れて何の用事だろうか。
玉座の間で感じた不思議な感覚を思い出しながら、なるべく失礼の無い対応をと思っていたが、こちらが話しだす前に要件を告げて来た。
「おいお前、吟遊詩人には不思議な力があるのだろう。その力を僕に寄越せ」
他人の顔を見て開口一番にこの言葉を発した張本人は、俺が言う事を聞くのが当たり前といった態度である。
その姿に思わず怒鳴り付けそうに成るが、相手がこの国の王子であった事を思い出し、こめかみに青筋が立ちそうになるのを必死に抑えた。
「王子様、私達吟遊詩人の持つライフリンカーの力は生まれ持っての物であり、他人に譲渡出来る類の物ではございません」
「なんだそうなのか」
そうは言いながら特には残念そうな様子も無い。
意外とあっさり引き下がった王子であったが、しばしの思案の後に名案を思い付いたとばかりに目を輝かせ、とんでもない事を言い出す。
「だったらお前は今日から僕の教師だ!」
所詮は子どもの戯言とその場は曖昧に誤魔化して追い返したが、次の日には正式に国王の許可を得て俺の前に現れた。
「ほら、父上の任命状だ! これで文句無いだろう?」
何という無駄に行動力がある王子だろう。
どうやら前の日に追い返す為適当に言った「国王様の命令が~」どうとかを真に受けて、本当に正式な書類を貰ってきてしまった様だ。
亡き王妃の忘れ形見として、甘やかされているとは聞いていたがまさかここまでとは。
とにかく、目の前に雇い主の正式な任命状がある以上、言い逃れも出来そうに無い。
いくら疲れて眠かったとは言え、もう少し考えてから口にすれば良かったと今更ながら後悔する。
「王子様の教師になれた事は身に余る光栄ですが、聡明な貴方に私がお教え出来る事があるかどうか」
心にも無い事を口にして最後の抵抗を試みるが、当の王子はどこ吹く風であった。
「心配するな、死んだ魚の目をしたお前に教わるのではない。お前の持つライフリンカーの力に教わるのだ」
はっきり言いやがってこの餓鬼が。
お前なんぞ王子で無ければ蹴っ飛ばしてやるというのに。
初めからこんな生意気な子どもに、物を教えなければならないかと思うと頭が痛い。
そう思っていたのだが、いざ教えるという段階になってみれば、王子は意外と素直な態度で俺の言葉を聞いていた。
俺からすれば能力を使って集めた情報や、知識をそのまま王子に横流ししているだけなので、楽と言えば楽なのだが……。
厄介だったのが、話した内容から更に踏み込んだ質問をして来た時だ。
他の連中が話していた事をただ聞き流し、教わった歌をそのまま歌うだけだった俺からすれば「なぜそうなのか?」何て事は今まで考えもしなかった。
深い質問を受ける度に答えに詰まり、素直に分からないと言うのも癪に障るので誤魔化して答えていると、いつも決まって深いため息と共に
「ーーお前に直接聞いた僕が間違っていた。次回で良いので、ちゃんと聞いておくんだな。」
なんて言って煽ってくる。
年端も行かないこんな子どもに、好き放題言われて腹が立つが、立場は相手が圧倒的に上だ。
俺は仕方なく、それまで殆ど聞くばかりで発言する事など無かったライフリンカーの能力中に、詳しい内容や話の続きについて質問したり考える様になった。
最初は突然、積極的に発言しだした俺に他の皆は戸惑っているみたいだったが、基本的にはお人好しの連中だ。
今まで怠けていた分、的外れな事を聞いたり話したりする俺に丁寧に教えてくれた。
流石に主食である穀物類の、大陸標準価格を知らなかった時には呆れられたが。
ある時俺は気になって、王子が何故あそこまで熱心に勉強しているのか城の者に尋ねた事があった。
すると大抵の者が
「王子は少し前までは手の付けられない我が侭な方で、城下に飛び出して行っては問題を起こして帰って来られていた」
「しかしある時を境にぴたりとそれが鳴りを潜め、熱心に本を読み勉学に励まれる様になられた」
「吟遊詩人を召し抱える案を国王様が言い出された時、王子様が珍しく強く賛成された」
といった答えを返して来た。
それが本当ならば迷惑極まりない話だが、今以上に我が侭だった王子を多少なりとも更生させた切っ掛けというのには興味がある。
今でも城の者の目を盗んでどこかへ行く時があるそうだが、前の様に問題を起こして帰って来る事は無いそうだ。
今度こっそり後を付けて弱みを握るのも悪くない。
そんな事を思いながら、俺は今日も王子に教える為の資料作りに奔走していた。
能力を使用すれば誰かしらの助言を得られるが、常に聞きたい事を知っている奴が居るとも限らない。
王子の教師を始めてからその欠点に気が付いた俺は、その頃から非常に面倒であったが城の書庫や城下にあるそこそこ大きな図書館に向かい、自分で調べるという事をする様になる。
国の規模やあの国王にしては、随分と立派な蔵書を誇る図書館であったが、聞けば前国王が大変な本好きでかなりの額の国費をつぎ込んだのだとか。
今の時代、本はそれなりに貴重であるが手が出ない程ではない。
前国王の時代からすればかなり規模は縮小したとの事だが、それでもかなりの物であった。
この図書館に行くと、受付には常に小さな少女が座って黙々と本を読んでいる。
この周辺国では比較的珍しい黒髪で、身なりはあまり上等とは言え無いが不思議と不潔や不快といった感じはしない。
聞けばあまりに熱心に頼んで来るので、館長が根負けし辞めて行った司書代わりに置いているのだとか。
「すまないが、ここに書いてある内容の本を探しているのだが」
「……」
「あ、ああ。助かった、ありがとう」
「……」
終始こんな感じで無言の対応をされるので、何度か心が折れそうになったが、仕事が早く正確なので次第に気にしなくなっていた。
しばらくはその図書館に通い知識を詰め込む日々が続いたが、必要な知識を全て得て図書館に行かなくなるまでの間、ついぞその女の子と会話らしい会話をする事が無かった。
俺も自分で学ぶ事を覚えそれなりに知識を得たので分かる様になって来たのだが、王子の持つ知識はこの国の図書館で得られる物が殆どである。
以前何度かそれとなく確認してみたのだが。
「な、何の事か分からないな。それよりも早く他の事を、本では得られない事を教えてくれ」
と下手くそに誤魔化して来る。
流石に鈍い俺でもこれは何かあるなと思い至り、ある時城を抜け出す王子の後を付けてみた。
変装のつもりだろうか、わざとぼろい外套を頭まで被り辿り着いた先は、やはりと言うか城下の図書館だった。
しばらく警戒して辺りを見回していた王子であったが、隠れている俺には気付かずにそのまま図書館へと入っていく。
(今度それとなく、周囲の確認の方法も教えないとな)
一国の王子なのだから、それ位は出来なければ。
そんな事を思いながら自分も後に続いた。
するとそこで見たものは、相変わらず無言で本を読んでいる司書代わりの少女と、その目の前に座り楽し気に喋っている王子という何とも奇妙な光景だった。
一見すると王子が一方的に話し掛けているかに見えるが、よく観察すれば時折少女の口が動き表情が微妙に変化しているので、あれは会話しているのだろう。
俺もこの図書館にはしばらく通っていたが、あの少女のあんな様子は見た事が無い。
これは流石に鈍い俺でも空気を読むべきだと思い至り、静かに図書館を後にした。
(しかし……一国の王子が城下の少女に恋をするとは、俺が吟遊詩人だったら思わず歌の一つにでも作ってしまいそうなお話しだな)
そんな冗談を一人で考えながら、歌を作るのではなく、どうこの弱みを使ってやろうかと考えている辺り、本当に俺は吟遊詩人に向いていないのかもしれない。
(本当に、色々と何で俺だったんだろうな)
お読みいただきありがとうございます。
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