十一話 ある吟遊詩人の回顧②
次話投稿です。
王子の教師を続けるうちに自分には必要ない様々な知識や情報を溜め込む事になった俺は、仕事が無い時は気まぐれに城内や城下を散策し、悩みや困りごとを抱えている者へ適当に知識をひけらかして回っていた。
大抵は「そんな簡単な事で悩んでいるのか?」と言ってしまいたくなる内容ばかりであったが、偶には俺も役に立っている所を見せねばと真面目ぶって答えていると、何やらそれが評判になった様だ。
城内外や昼夜を問わずに俺を訪ねて来る者が後を絶たず、対応に困った大臣から城下街の外れに小さな屋敷を与えられ、王子の授業の時以外はそこ住んで来客の相手をする事を命じられる。
謀らずも、それのおかげで屋敷を手に入れた事になるのだが。
物ぐさな俺には維持できないと泣きつくと、使用人も付けてもらえる事になった。
それまで殆ど関わりの無かった城の者達と話す機会が増えた事で、どこか腫物扱いだったのが改まり段々と頼られる事が増えて来る。
その頃からだろうか、何故か俺がこの国で「賢人」などと呼ばれる様になったのは。
「おお、賢人殿! 今日も眠そうな目をしておられますな! どうですか、某と鍛錬でも!」
「騎士団長殿……私は遠慮しておきます」
「ははは! そんな事だから豆苗が如き体躯なのですぞ!」
暑苦しく天然な所はあるが、悪い人では無い騎士団長とも知り合いになってしまった。
「この間の勉強会で言われた言葉には非常に感銘を受けました!」
「そうですか、ありがとうございます」
この頃になると俺は吟遊詩人としてではなく相談役として扱われる事が多くなり、月に一度行っていた国王を称える演奏会は、王子の発案で様々な事を教える勉強会へと姿を変えていた。
「えー確か先入観を捨てれば、真実は事実だとかなんとか」
「『まずは先入観を捨てよ、事実のみを積み上げた先に真実はある』の事ですかね」
「そうそう、それですよ! 某の代から家訓にして子ども達に伝えたいくらいだ!」
「そうですか……是非ともそうしてください」
子どもって……あんたまだ独身だろう、という言葉を喉元で止め、無難に言い換える。
この人が国一番の剣士だと言うのだから、やはり私には武の道というのは理解出来ない。
悪い人では無いんだが、どうにも付き合い辛い。多分俺と対極にある人なのだろう。
騎士団長にもなぜか気に入られ頻繁に顔を出す勉強会も、城内の者だけでなく広く民衆から受け入れる事で優秀な人材の育成や発掘に一役買っているそうだ。
その頃から王子も俺を「お前」ではなく「先生」と呼ぶ様になり、初めて呼ばれた時は自分の耳を疑いったくらいだ。
呼んだ王子が何でも無い様子だったので、その時は自分も騒ぐのはみっともないと我慢したが、その日は一日だらしない顔をしていたと後から使用人達に教えられた。
そんな事をやっている間に結構な時が過ぎ、王子が青年と呼ばれる年頃に成るまで教師の真似事を続けてしまった。
(さっさと出て行く積もりだったが、随分と長居してしまったな)
思いの外ここの生活は自分の性に合っていたのだろうか。
王子から「先生」と、周りからは「賢人」と呼ばれる事にもすっかり慣れ、ここに来る前とは比べ物に成らない程に忙しい毎日を送っていた。
歳を重ねて大きくなっても相変わらず王子の図書館通いは続いている様で、前に一度例の下手くそな変装をした若い男女が勉強会に姿を現した事がある。
その少女の首には、豪華では無いが造りの良いペンダントが下げられており、どうやら王子は上手くやっているみたいだなと何故か安心した。
それとは別に私は心の中で「今度は変装の仕方も指導しなければ」とも考えていたが。
そんな生活を続けて数年経ったのある日、次の勉強会の準備をしている私の屋敷に、国王から呼び出しの兵士達が現れた。
武装した兵士達が押し掛けるとは、何とも物騒ではあるが特にやましい事も無いので大人しくついて行く。
(さて、本当に覚えが無いな。この者達にも別に害意は無い様子だが、一体なんの冗談なのやら)
彼らは若干申し訳無さそうにしながらも、黙って歩く事を促してくる。
この態度からして、私に事情を話す事を禁じられているのかもしれない。
(まさか今更になって、勉強会の事を責めるのではあるまいな)
あれは企画した国王自身がほんの数回参加しただけで興味を失い、形骸化していた催しに王子が目を付け手を加えた物だ。
当事者である私も、王子と共に国王の許可を得に赴いた覚えがあるが、あの時の心底興味無さそうに許可を出した国王の顔は今でも覚えている。
そもそも国王は政務の殆どを他の者に丸投げし、自室に閉じこもって居るらしい。
「らしい」というのは国王が自らの側近以外を寄せ付けず、こちらとの唯一の交流手段も王子が強く願い出てやっとーーといった状態だからだ。
以前は英明な名君であったそうだが、王妃を病で失ってからは人が変わってしまったと城の皆が口をそろえている。
私を召し抱える前後まではそれでも人前に出る程度の政務は行っていたそうだが、今ではすっかり自分の信用出来る者か王子以外の前には姿を現さないのだとか。
(大切な者を失って、それまでの性質と真逆になる、物語や逸話は枚挙に暇が無いが……さて)
最近は明らかに周りの者により、私を国王から遠ざけている節がある。
そんな中で国王からの呼び出しとは、よっぽどの事なのか。
(どちらにしろ、今回の謁見で色々と確認しなければいけないな)
そろそろ玉座の間に辿り着くので、それまでの思考を一旦脇に置き手で払う動作で服装を正す。
これは勉強会を行いだしてから付いた癖だが、今ではこれをしないと落ち着かなくなってしまった。
(人というのは、変われば変わる物だ)
今の私をここに初めて登城した時の私が見たら、一体どう思うのであろうか。
当時は頼り切りだったライフリンカーの能力も、最近は忙しさで不参加気味だ。
奇しくも兵士に先導され謁見の間にやって来るという、昔と似た状況にそんな事を思ってしまう。
(少なくとも謁見の前に、身嗜みを確認するなんて真似をする様になるとは思いもしなかっただろう)
そんな事を考えながら、有事には王族を護る盾になる事を想定した分厚い謁見の間への扉を潜った。
所々にほつれのある赤い毛せんの上を歩き、継ぎ接ぎの見え隠れする玉座の間の中央に向かうと、玉座に座る国王の前で臣下の礼を執る。
何故か補修されないこの玉座の間も、今では愛着すら覚えるほどだ。
「そなた世間では「賢人」などと呼ばれているそうだな?」
「はい、私には過ぎた名ですが。確かにそう呼ばれております」
「ふん……一介の吟遊詩人風情が、何をしたのやら」
まだ顔も上げないうちに、早速にお小言を貰ってしまった。
しかし問いに対して答えないのも失礼に当たるので、勝手だが顔を上げて答える。
久しぶりに国王をはっきりと見る事になったのだが、それは酷い状態だった。
体型は前と変わらずなのだが、目が真っ赤に充血しその下に大きな隈が出来ている。
玉座のひじ掛けに置かれた手は小刻みに震え、呼吸もどこか荒く不規則だ。
(これはーー明らかに何らかの中毒症状だな)
悪い予想がどうやら的中してしまったみたいだ。
(自身での現実逃避か……いや、最近の周囲の態度から考えるに側近の誰かに盛られでもしたか)
だとするとあの体型もその影響か。
結局どちらにしろ、あまり楽しい事には成りそうにない。
先程のやり取りから、見た目に反して受け答えが意外としっかりしている。
「なんだ、この私を前にして考え事か? 随分と偉くなったものだな」
観察力もそれほど衰えた様子も見えない。
今だから判る、この国王はまだ死んでいない。
「まあお前の事などどうでも良い。今回は聞きたい事があって呼び出した」
「はい、何でございましょう」
「私の息子の事だ。あれが城を抜け出しては、城下で女遊びに耽っているという噂を耳にしてな」
これは、少し予想外の展開になりそうだ。
それも悪い方向にである。
「申し訳ありません、国王様。私は一介の教師なれば、王子の仔細を存じ上げている訳ではございません」
「なんだ、噂の「賢人」にも知らぬ事があったのか? 何の為に側付き命じたと思っている」
「申し開きもございません。教え子の不始末は私の不始末、如何様にも処分をお受けいたします」
さて……私の思っている通りならば、これで正解のはずではあるが。
もし外れていれば、これまで築き上げて来た物を全て捨てなければいけない。
「ふん、多少の酒色は高貴な物の嗜みだ。それに、お前何ぞ処分した所で毛ほどの影響もありはせん」
「寛大なご処置、拝謝いたします」
どうやら間違っていなかった様だ。
しかしそうなると今後の動きが問題になってくる。
「近々直接呼び出して問い正すつもりだ。お前も息子に上手く取り入った様であるが……あまり余計な事はしてくれるなよ」
「仰る通りにいたします」
「話しは終わりだ。私も忙しい身でな、疾く下がるがいい」
取り敢えずは様子見というのが賢明だろう、そう結論付け玉座の間を後にする。
先程の謁見でかなり状況を把握する事ができた。
間違っていなければ、近々大きな動きがあるはずだ。
それに向けて多少の準備が私にも必要だろう。
(しかし、あれが国王という者の姿か。本当に惜しい事だ)
そんな事を考えながら、私は一人屋敷への道を急いだ。
その数日後。
夜中に私の屋敷の扉を激しく叩く音が鳴り響く。
扉を開けたその先には赤子を抱えた騎士団長が立っており、その赤子の小さな手にはペンダントの付いた紐が握られていた。
お読みいただきありがとうございます。
先日初めて評価を頂きました。Twitterでも申しましたが、改めてお礼を申し上げます。
評価に恥じぬ様に精進致します。本当にありがとうございます。




