十二話 ある吟遊詩人の回顧③
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取り敢えず、夜中にむさ苦しいのが玄関先に何時までも立っているのも外聞が悪いので、赤子を起きて来た住み込みの使用人任せて客間へと案内する。
生憎とうちの使用人は気の良いおばちゃんが一人だけなので、慣れない手つきで自らお茶を入れて出したのだが、それを一口飲んだ騎士団長は渋い顔をして以降手を付けなかった。
客人用の良い物だったのに、失礼な奴だ。
「さて、では色々と事情を説明してもらいましょうか」
大体は予想出来ているが、確認というのは大事だ。
正直な所、あの赤子の存在は想定はしていたが少し意外でもあった。
他にも何か私の知らない情報や事態があればそれに対応しなければならない。
「あの子は某の子だ!」
「……騎士団長殿の?」
「そうだ! 某の子だ!」
こいつ、やっぱり付き合い辛い。
私がある程度把握している事を前提とした発言なのだろうが、あまりに脈絡の無い言葉で思わず頭を抱えそうだ。
この時期に王子の剣術の師でもある騎士団長が連れ、黒髪で見覚えのあるペンダントを持った赤子など、私にとってはそのまま答えみたいな存在だが。
「その騎士団長のお子さんを、これからどうするおつもりですか?」
「もちろん育てる! 当然であろう!」
「それがあの方の選択ですか」
個人的には可哀想だがあの赤子は始末……とまでは言わないが、少なくとも国外にやった方が良いと思っている。
ここ数日、詳しく調べて判ったがあれはこの国にとって災いの元だ。
「うむ! 某の子として育てる様に言われた!」
「そうですか」
「一番に賢人殿に伝える事と、いずれ明かす時までは黙っている様にとの事だ!」
真っ先に私に伝えて巻き込もうという魂胆だろう。
その後も少しの間気疲れする会話を続けたが、特に有益な情報は持っていなかった。
今日はこのまま追い出すのも気が引けたので、騎士団長は空き部屋に放り込み、暢気に眠っている赤子を使用人に任せて床に就く。
翌日やたらと早起きして朝の訓練をした後、ちゃっかり朝食まで食べていた騎士団長と、使用人が用意した乳料理にしこたま吸い付き、満足したら寝てしまった赤子を抱いて帰って行った。
帰り際に
「ではまた来るぞ! この子の顔も見せにな!」
などと、不吉な事を言いながら。
他人の屋敷を騒がすだけ騒がしておいて、謝罪の一つも無いとは失礼な奴ではあるが、不思議と悪い気分には成らなかった。
長い付き合いになる使用人のおばちゃんも、赤子を抱えながらこれまで見た事の無い笑顔をしていたし、本当に偶になら良いかもしれない。
(さて、あの騒がしいの以外は大体は予想通りと見て良いか)
この更に翌日、私の元には王子の婚約発表が大々的に行われる事と、事実上の軟禁の状態であるという情報が入って来た。
相手は隣国の王女で、まだ年齢が三歳という事もあり成人の年齢まで婚約に止めておくとの事である。
しばらくは、王子に行う私の授業もお休みになると城の使いの者から告げられたので、暇つぶしの散歩がてら図書館へに向かってみた。
図書館の前に着き、いざ入ろうという時になってふと路地裏に目が行くと、建物の隅でうずくまっている者がいる。
近くで見るとまだ若い少女だが、誰かに乱暴でもされたのか随分と憔悴している様だ。
丁度うちの使用人を増やしておばちゃんを楽させてやらねばと考えていた所なので、ここは一つ恩でも売ってうちで働いてもらおうと屋敷に連れて帰る事にした。
手当をしてから二日ほど眠り続けた少女であったが、目を覚まし近くの椅子に座り本を読んでいた私を見付けると、寝台の上で布団に顔を伏せて泣き出す。
しばらくして泣き止んだ少女は、私が差し出した水を少しずつ飲んでいたが、突然思い立った様によろめきながらも立ち上がると頭を下げてきた。
「た、助けていた、いただき、ありがとうございます」
「いいですよ。それより身体は大丈夫ですか?」
「は、はい。もう動けます」
まだ言葉がはっきりしていないが、二日も眠っていたにしては良い方だろう。
段々と口も動き出せば、普通に話せるはずだ。
「あ、貴方様を、賢人様とお見受けして……お願いが、ございます」
私が近くの机に読んでいた本を置き、水差しを交換しようと思っていた所、そう切り出して来た。
彼女にはもう少し落ち着いてからゆっくりと事情を聞こうと思っていたが、どうやらその必要も無さそうだ。
「わた、私をここで、働かせてください」
元々そのつもりで屋敷に連れて来たのだからと二つ返事で了承した私は、早速次の日から使用人のおばちゃんに引き合わせ仕事をさせる事にする。
頭の回転が速く物覚えが良かったので、数日の間に屋敷での仕事を完全に覚えてしまい、最近では自分の仕事まで取られそうだとおばちゃんが笑っていた。
小さな屋敷とはいえ、流石に一人で全てをこなすのは大変だったと、今更ながら言われた時は思わず目を反らしてしまったが。
使用人の仕事を一通り終わらせて時間が余ると、少女は必ず私の部屋へ訪れて何か手伝える事は無いかと聞きに来る。
私もこの頃から本格的に情報を集めだしたので、各地から集まった資料や情報の紙束が少々散乱しており、その整理や分類分けをお願いした。
その中には、他人に見られてはいけない類の書類も含まれていたのだが……まあ些細な事だろう。
あまりに手際よく頼みを片付けてしまうので任せる仕事が増えていき、今でも行っている吟遊詩人としての活動や、各地で請われて行っている勉強会にも助手として連れて歩く様になる。
彼女は私の近くで様々な事を学びその優秀さを磨き続け、次第に「賢人の弟子」として認知され方々に知られる様になってきた。
もしも私にライフリンカーの能力が備わっていなければ、恐らく私の方が教えを乞う立場だっただろう。
例の赤子の方も順調に育ってきている。
また来るなどと言っておきながら、長い間うちの屋敷に騎士団長が姿を現さなかったので、何故か私が様子を見に行く事になってしまった。
使用人のおばちゃんがえらくあの赤子の事を心配するので、その催促に負けてしまった形である。
まず聞いていた騎士団長の家に着いて驚いたのは、そこが何の変哲もない一軒家であった事だ。
場所も庶民街のど真ん中で、庭だけは稽古の為か広く色々な訓練器具が置いてあるが、住居は周りの家と殆ど同じ大きさだった。
いくら小さな国とはいえ、騎士団長ともなれば屋敷の一つでも構えていそうなものだが。
もしかして場所を間違えたかと、もう一度知る者に確認しようと動き出した次の瞬間、家の中から鍋をひっくり返した様な音と騎士団長の大きな声が聞こえてきた。
「うわ! ううむ……料理というのは難しいものだ。ああ、これこれ、それは口にしてはならんと何度も言っているだろう」
どうやらこの家で間違い無いようだが、一体中で何が行われているのだろうか。
私は若干恐怖を覚えながらも騎士団長の家に入って行く。
するとそこには、家の中で竜巻にでも襲われたのかという惨状の中で中身を真っ黒に変色させた鍋を持ち、赤子の唾で汚れた剣の鞘を持ち上げている騎士団長の姿があった。
「……あなたは一体何をしているのですか」
「おお、これは賢人殿ではないですか! いやお恥ずかしい所をお見せした!」
「いやそれは良いのですが、何が起こったらこんな事になるのです」
「なにぶん子育てなど初めての事でしてーーなにを口にしている? ほらぺっしなさいーー全く勝手が分からない物でしてな」
どうやら赤子は元気であったが、元気過ぎて困っているみたいだ。
子育てなどした事が無いので分からないが、赤子というのはこんな光景を造り出す存在なのだろうか。
だとしたら私は一生関わりたく無い。
「いつもは近所の丁度良いお母さんにお願いして、乳を分けて貰っていたのだが、運悪く今日は不在でな。まさか自分が出す訳にもいかないし」
「なるほど、それで赤子の食事を作ろうとして、その鍋の中身を作り出したと」
「正確には作っている途中なのだがな!」
「そうですか」
「そうなのだ!」
本当に、全くこの女は……。
見た目は悪くないのにこの性格と達者過ぎる剣の腕のせいで、いまだに貰い手が無いのだとか。
「そんな事だろうと思いましたよ」
「む、それは?」
「うちの使用人が作ったのを持ってきました。これを湯に溶かし、人肌に冷まして与えてください」
こうなる事は大体想像出来たので、うちを出る前にお願いして作ってもらった。
これは本格的に専属の使用人を雇わせた方が良いのだが、事情が事情である。
信用できる者など早々見付からないし、第一雇うのは騎士団長だ。
「それにしても、これまで家の事はどうしていたのですか? 埃まみれじゃないですか」
使用人も見当たらないしこれまで騎士団長一人でここに住み、家事もまともにやってこなかったのだろう。
倒れた花瓶や散らかった食器は、明らかに使った形跡が無いものばかりだ。
「これまでは殆どの事を城で済ませていたからな、この家には帰って来て寝るだけだった」
「確か騎士団には専用の寮がありましたか」
「ああ、朝起きたら直ぐに寮に向かい皆で朝の稽古と朝食を済ませ、夜は大体団員の誰かを捕まえては、酒場で飲んで帰っての繰り返しだ」
何て言うか、おっさん臭い生活をしていたのだなこの人。
「それならいっその事、寮に住めば良かったのでは?」
「皆にそう言われるのだが、ここは某の生家でな、どうにも手放す気になれんのだ」
「でしたらもう少し、掃除や片付けをした方が良いですよ」
「それとこれとは話が別だ!」
「別なんですか」
「そうなのだ!」
これは、もしかしたらこの部屋の惨状は赤子が来た事とは関係が無いのかもしれない。
私もあまり得意では無いが、この部屋の大きさ程度なら片付ける能力がある。
散らかった部屋の物を元の位置だろう場所に置くなどして片付け、泣きだした赤子の相手をしている騎士団長の代わり、持ってきた料理を温めて人肌に冷ます。
(何で私がこんな事をしているのだろうか。軽く様子を見て、これを渡して帰るつもりだったのに)
なぜ任せた者もこの人を選んだのか、深く問い詰めたい気になるが、向こうもまさかここまでとは思って無かったのだろう。
それにしても。
普段は私を振り回す側の人が、赤子相手に四苦八苦している姿を見ていると、何だか複雑な気持ちになる。
「出来ましたよ、私が軽くですが部屋を片付けますから、あなたがその赤子に与えてください」
「これは助かった! しかも掃除までしてくれるのか。賢人殿も案外と世話好きなのだな!」
「ひっ叩いていてやりましょうか……」
確実に返り討ちに合うからやらないが。
私は平和主義者なのだ。
結局その日は散々騎士団長に付き合わされて、家の掃除と赤子の世話の手伝い、それから愚痴を聞かされた。
帰りにまた来る様に言われたが、こんな疲れる事は二度とごめんである。
この事を屋敷に帰り使用人のおばちゃんに報告すると、二度どころか頻繁に見に行く事をやんわりと強制された。
この人には色々と世話になっているので断り辛い。
こうして私の、吟遊詩人で勉強会の講師で騎士団長家の使用人という何だかよく分からない生活が始まった。
お読み頂きありがとうございます。




