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十三話 ある吟遊詩人の回顧④

次話投稿致します。よろしくお願いします。

 新しい使用人の少女に他の仕事を手伝ってもらえるので、その分の余った時間で騎士団長の家に様子を見に行く事になった。


 どうやら私は、陰で「通い夫」なる不名誉なあだ名をご近所さんから拝命しているみたいだが、あまり気にしない様にしておこう。


 以前の騎士団長は、頻繁に城で部下の訓練をしているのを見掛けたのだが、最近は家で赤子の世話をしている姿ばかり見掛ける。

 団長としての仕事はどうなってるのか気になって、本人に訊ねてみたのだが。


「元から書類や政務などの細かい事は、副団長に全て任せているので大丈夫だ!」

「ならあなたは一体何をしていたのです?」

「訓練だ!」

「訓練ですか」

「あいつ等だけだと直ぐに甘えた事をしだすから、私が徹底的に鍛えてやっていた!」


 そういえばうちの騎士団は、大国の精鋭と呼ばれる連中の行っている訓練すら生温く感じる、地獄のしごきが名物だとか噂されていたな。

 何より指導している騎士団長本人が、涼しい顔をしてそれをこなしているから質が悪い。

 誰もこんなの無理だと言えないからだ。


「こう見えて某は皆から慕われていてな。特別任務で長期間席を離れると他の団員に伝えた時は、副団長を含めた皆が涙して送り出してくれたんだ」

「そうなんですね」

「だからこの子を育てるというこの特別任務、涙しながら送り出してくれたあいつ等の為にも見事やり遂げねばならない!」


 それは厄介払いが出来た、嬉し涙という物なのではないだろうか。


 ま、まあ、現在この国を取り巻く情勢は表面上安定している。

 裏では色々と蠢(うごめ)いているが、それはいつもの事だろう。


 今の所は何とか上手く行っているので、この状態が続けばあと数年は堅いだろうが。


(そうなると、やはり問題は王子の方か)


 王子とは教師と生徒という立場ではあるが数年来の付き合いだ。

 幼い頃の尊大な態度は現在はなりを潜め、元々の聡明さが際立って来ている。

 事実上の軟禁状態で私との接触も禁止されているとはいえ、少しは情報や話が入って来るはずなので、早まった真似はしないだろう。


(王子もうしばらく我慢してくださいよ。そうすれば大きなご褒美が貰えますからね)


 その為の下準備も怠らない様にしなければいけない。


(差し当たっては、先程から私の袖を涎塗れにしている赤子を大人しくさせる方法からです)


 最近はライフリンカーの能力で、結婚もしていないのに赤子に関する情報ばかり訊ねているので、他の者から揶揄われている。


(だから関わるのが嫌だったんだ、やはりあの赤子は災いの元だからどこか遠くにやってしまおう)


 そんな事を考えながら、結局はそれが実行出来ないまま騒がしい日々を過ごし、数年の月日が経ってしまった。


 使用人の少女も今ではすっかり「賢人の弟子」というのが定着し、私の代わりに教鞭をとる事が多くなってきた。

 顔付きもすっかり大人びて来て、少女とは呼べないなと一人で考えていたりする。

 そろそろ私の代わりでは無く、勉強会は彼女に任せて良いいかもしれない。


 赤子の方も元気に成長して男子らしくなってきた。


 最近は騎士団長の影響なのか、立って歩ける様になると剣を振り回して遊んでいる事が多くなり、目を離すぐに真剣に触れようとするので代わりに木剣を与えている。

 昔から、気付けば剣の鞘をおしゃぶり代りにする赤子だったので、納得と言えば納得なのだが。


  一番驚いたのは、言葉を多少覚えた辺りで真っ先に文字を教えて欲しいとお願いして来た事だ。

 なぜそんなに早く文字を覚えたいのか聞くと「本を読みたいからだ」と、たどたどしくだが返って来た。


 確かに騎士団長の家には私が持ち込んだ、子育てや歴史などの様々な本が置いてある。

 それに興味を持ったとしてもおかしく無いが、どうやらこれも血のなせる業という物だろうか。




 そんな毎日を過ごしていた私の元に、城の知り合いからある一つの情報がもたらされた。

 床に臥せって動けなくなっていた国王の容態が急変し、明日をも知れない身だとの事だ。


 その情報が伝わったその日のうちに、私の屋敷に城から馬車に乗った国王の使いが現れた。

 すぐに国王の元へ来る様にとの事だが、前回の呼び出しとえらく違う対応に、城で何がしかの変化があったのだろうと当りを付ける。


(取り繕う暇すら無い程の容態なのか、それともその必要が無くなったのか)


 どちらにしろ国王に会ってみればわかる事だと急いで支度を済ませ、今日の仕事の予定を全て弟子に丸投げしてしまう。

 我が弟子は心配している様子だったが、恐らくこの度の呼び出しで危険な事態にはならない。


 馬車に乗り込んだ私に呼び出しに来た使者は、軽く国王の容態と今日は玉座の間では無く、そのまま国王の寝室へと案内する旨を伝えてきた。

 どうやら今際の際の寝室に通してもらえる程度の信頼は、獲得していたらしい。


 無事に到着すると前と変わらない外観の城が私を出迎え、久しぶりに中に足を踏み入れた内部もそこまで変わっていない様だ。

 王子の授業を行っている時は嫌と言うほど通った通路だが、しばらくの暇を言い渡されてからは城に来ること自体が無くなった。


 国王の容態が思わしくないとの事だったが、働いている者達は慌てたり噂話に興じたりする事無く、淡々と自らの仕事をこなしているという印象だ。


(城の者には国王の容態が伝わっていないのか、それとも伝わった上でこれなのか。)


 そんな事を考えながら玉座の間に辿り着くと、その更に奥にある国王の寝室に案内される。

 ここから先は今まで入った事の無い場所になるが、どうやら国王と王妃の私室だけの造りらしい。


 亡くなってから随分と経つが、王妃の私室の前には花が飾られている。

 案内の者が教えてくれたが、生前は花が好きだった王妃の為に毎日季節ごとの花を飾る様にと国王が命じたのだとか。


 国王の私室の扉を軽く叩くと、中から以前の謁見で見た事のある重臣が顔を出し、私の姿を見付けると国王に告げに中に戻る。

 どうやら許可が出たらしく、再び同じ者が姿を現して中へ招き入れた。


 まずは案内してくれた者が国王の下へ報告に行き、少し話しをすると何かを堪えた顔で部屋の端に居並ぶ者達の列に加わる。

 全員で五人ほどだろうか、謁見の時にも常に国王に近い位置に居た者や、城仕えが長そうな者達ばかりだ。


「賢人よ、何時までそこで呆けているつもりだ。早くこちらに来い」


 その言葉で寝具に横たわる国王に近付いて行くと、上半身を起こして私に視線を向けて来た。

 あれだけ大きかった体は見る影も無く痩せ細り、顔には青黒い痣の様な物が浮かび上がっている。

 やはり間違い無かったか、これは。


「どうやらお前には、この症状に心当たりがあるのだな」

「はい。昔とある大国を内側から蝕み、滅亡に追いやったとされる「幸泉薬」ですね」

「ふん、やはり知っておったか」


 そう言うと国王は、近くの引き出しから箱を取り出し中身の錠剤を見せてきた。


 原料となる幸泉草の産地はとうの昔に焼き払われ、今では薬も資料の中だけの存在とされていたが。

 昔の物を残していたのか、それとも秘密裏に栽培していたのか。

 どちらにしろ「幸泉薬」は製薬も使用も大罪だ。


「国王様はそれが何か分かった上で服用されていたのですか?」

「分かった上で、という訳では無い。これが碌な物では無いと知りながら飲んではいたがな」

「それはなぜ?ーーというのは無粋ですね」

「そうだな。ただ、これを私に勧めて来た者は今隣の倉庫で積まれているよ」


 積まれている、という事は既に息は無く複数同じ状態の者が居るのだろう。

 これもなぜとは聞かない、曲がりなりにもこの国を取り巻く状況を知り、この国王の在り方を知っているからだ。


「お前の事だ大方予想は付いているだろう、王位継承後は多少混乱するであろうが、私に出来る限りの事はしておいた」


 なるほど、城内がやけに落ち着いていたのもその為らしい。

 病の床に臥せって居ながら、中々見事な手腕と人望であるがならばなぜ


「なぜこの道を選ばれたのですか? 国王様なら、貴方であれば他にやり様など幾らでもあったはずだ」

「息子と国の為ーーというのは良い訳だな。私は死ぬ理由を求めていたのだろう」

「……」

「王妃が死んでから全ての意味を見失った私は、最早正しくして国王と呼べる存在では無くなった。それならば、次代の優秀な者に全てを託し愚か者は早々に退場するのが国の為だ」

「ですがそれは」

「言ってくれるな。それに息子も王族として生まれた責任は弁えているはず、王位継承の件も既に了承している」


 もうこの件に関して私に出来る事は何も無いという事か。

 何より国王の体も、ここまで症状が進行していては手の施しようが無い。


「さて、お前をこの寝所に呼んだ理由だが、私はもう何日も持たん」

「その様に見受けられます」


 「幸泉薬」の末期症状は酷い激痛と吐き気を催すと聞いている。

 今こうして国王が普通に話せているだけでも、驚異的な精神力と体力だ。


「これまで散々息子の教師を休業中も養ってやったのだ、私の死後に余所に移ったり……間違っても殉死などという事は考えるなよ」


 後者の方はお前からは想像も出来ないがなと、笑いながら国王は言ってきた。


「何を今さら。その為に私にわざわざ屋敷を与えて使用人まで付け、あの赤子の世話に巻き込んだのでしょう。勉強会の件でも貴方は内心ほくそ笑んだはずだ」


 そうでなければ国王が絡んだ催しの内容を、あそこまで変更する暴挙は幾ら王子の提案であっても許されない。

 それに他国の間諜の目が光る中で、付け入る隙になる存在を騎士団長という身分の者に保護させるなど、国王以外に出来ないだろう。


「あの子の事は流石に私も予想外であったが、結果的には良い方向に進んでくれた。だが……息子には話しておらんし、自分で気付くならまだしも他が教えるのは無しだ」


 それは私もそう思う。

 王族と言う身分にありながら、軽々しく後継者問題の原因を作る王子のままではこの件は扱いきれまい。


「せめて婚姻が無事果たされて、同盟が締結されるまではそちら関係は控えてもらわねば。この度の同盟締結の為にどれだけ裏で血が流れたか」

「それに関しては私の方で手を打つ準備がありますので、それほど心配はいりませんよ」

「抜け目ない事だ。そう言えば、生かしておいたあの娘はお前が拾ったのだったか」


 どっちが抜け目無いのだか。

 病床にありながら、しかも間諜の目をさけながら良くこれだけの事が成せたものだ。

 この分では私の好みの女性すら知られているかもしれない。


「あの娘にはあの子の事は絶対に知られるな、確かな才を感じるがそれだけに恐ろしい。我が子の事となれば、悪魔にもなるのが母という者だ」

「ええ。可哀想ではありますがね」


 そこまで話すと国王は、起こしていた上半身をゆっくりと寝具に預け大きく息を吐くと、言葉を続けた。


「これから苦労を掛ける息子へのせめてもの償いに、あらゆる手を使いこの国に巣食う病巣や間諜を調べ上げ、誘い出して取り除こうと動いて来た」


「私がこの状態になり、この寝所に呼び寄せると皆面白いように無警戒でやって来る。隣の倉庫に積まれている者達には、私の殉死者となってもらう」


「そして今そこに居る全員が、その真意を他国に悟られぬ為に、私と共に逝ってくれると申し出てくれた者達だ」


 あの案内してくれた者を含む五人が、本当の意味での殉死者という事か。

 皆一様にその顔には穏やかな笑顔を湛え、悲壮感や諦めといった物は見えない。

 国の為、あるいは国王の為にその命を捧げる強い覚悟があるのだろう。


「最後になったが、王子を、新しい国王の事を頼んだぞ」

「ええ、まあ私に出来る限りの事は致しましょう」

「こんな時まで締まらん奴だ、賢人などと呼ばれる様になっても、そこは大して変わらんのだな」

「私は主神様ではありませんので、出来ない事の方が多いですよ」


 再び大きく息を吐くと、口を開くのも大変そうに尚も続けた。


「お前と話していると酷く疲れる」

「私もですよ」

「減らず口を言うな、この三流詩人め」


 国王はその顔に笑みを浮かべながら、ゆっくりと目を閉じる。


「疲れたから、少し眠る。目を覚ました時に、お前が目の前に居ない事を、祈っている」

「私もこれからが忙しいですから、当分はそちらに行きませんよ」

「そうか……それなら安心して、熟睡出来るな」


 これまで痛みと嘔吐感でまともに寝る事が出来なかっただろう国王は、最後に全てから解放された様に呟くと、その言葉と共に深い眠りについた。

お読み頂きありがとうございます。

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