六話 少年と短剣
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やたらと広い草原を半日掛けやっとの思いで抜けた俺達は、辿り着いた比較的大きな街道の少し外れで暗くなる前にと野営の準備を行う。
俺が薪を拾って本日の野営地に帰ってくると、ニドの従者の一人で若い執事服の男性がニドに何やら報告を行っていた。
「それで『悪逆の信徒』は無事回収出来たのか?」
「ここに」
執事さんは、その懐から白い布に包まれた大きな宝石の付いた短剣を取り出すとニドに丁寧に手渡す。
「ふむ……。これでまた一つ我が宝物が返って来た訳か」
「はい、誠に喜ばしい事です」
「そうとも言い切れんよ。つまる所、我が過ちがまた一つ災禍をもたらしたという証左なのだからな」
「お言葉ですが主様。彼らの行いはーー」
何やら難しい話をしているみたいだ。
俺はニドの事情や従者さん達が何をしているかを聞かされてもいないし、はっきり言って聞こうという気もあまり無い。
ニド達が話さないという事は何か事情があるのだろうし、必要があれば勝手に話してくれるだろう。
そもそも、俺には巻き込まれても何も出来ない自信がある。
この世界に呼び出され色々な事を教えてもらった時についでに確認してもらったのだが、俺に特別な力や才能は無いそうだ。
どこかの針山頭の不幸体質や、じゃんけんで無敗を誇る幸運男の様な無能力詐欺では無い正真正銘の平凡な男子高校生。
たまに訓練をしてくれる従者さん達曰く「鍛えればそこそこ戦える様になる」らしいが、それも常識の範囲内という事でらしい。
今の所は何か大きな事件や事故に巻き込まれている訳でも無いし、気ままな旅が俺にはお似合いだろう。
そんな風に前向きなのか後ろ向きなのか分からない思考で、野営の自分が担当する準備を行っていると不意にニドが話し掛けて来た。
「ところでそこなツカサよ、この短剣を見てどう思う?」
俺の方に短剣を差し出しながら、短剣について尋ねてくる。
以前の苦い経験から自分には武器に関する鑑定眼が、致命的に欠落しているというのは自他共に認めるところだ。
武器としての良し悪しというより、単純な見た目などの感想を聞いているのだろうと当たりを付ける。
俺は行っている野営の準備を一時中断して、ニドが持つ短剣をじっくりと眺めた。
「どうって……うーん、なんか大きな宝石のくっ付いた派手な短剣だな、くらいか」
「これを見ていて何か感じないか? ほれ、何なら持ってみるか?」
そう言うと、短剣をひょいと俺に放り渡して来た。
「危っぶね! 刃物を投げるなよ!」
「どうじゃ? 素直な感想を言ってみろ」
「と、言ってもな……」
短剣を受け取ってしばらく眺めていたが、切れ味はそこそこ良さそうだが特に何ら変わった所や異常は見当たらない。
もしかして何かの謎掛けだろうか?それにしては随分と曖昧な問いかけではある。
「うーん、やっぱり俺には装飾過多で趣味の悪いただの短剣にしか見えなかったんだが」
短剣を色々な角度から観察しながら素直な感想を伝えると、一瞬目を点にした後なぜか笑い出す。
「あっはっはっはっ! それが趣味の悪いただの短剣か!」
「な、なんだよ。何がそんなに可笑しいんだ?」
「いやいや、そうか、ツカサにはそう見えたのだな」
その笑い方は確かに馬鹿にしていると言うよりは、心底可笑しいという感じではあった。
何だか釈然としないが、このままでは話が進まないので問いかける。
「だったらいい加減教えてくれよ、その短剣は何なんだ? 凄く高価とか?」
「ーーそれの名は『悪逆の信徒』と言ってな、手にした者に鋼鉄の城門すら切り裂く力を与えると言われている」
「え、本当だったら凄い物じゃないか。名前が何だか不穏だが」
「その代わり、心の弱いものが持つと体を乗っ取られる。俗に言う呪いの品だ」
「は?」
今なんて言った?
呪いの品? 俺しっかり持っちゃってるんだけど。
「ぎゃー! お前何て物持たせてくれるんだ!」
「ふむ……その様子ならば大丈夫だな」
「大丈夫だな、じゃない! 本当に乗っ取られたらどうするんだよ!」
「その時はその時だ」
そんな事を笑いながら話すニドに、揶揄われたのだと思い至る。
俺が少々不機嫌ですよと言った態度で短剣を返すと、それを受け取ったニドは短剣を白い布で再び包むと近くで暢気に草を食んでいた不細工なロバを呼び寄せる。
「ツカサよ作業中に邪魔したな。ほれぷにる、今回はこれを頼むぞ」
「ブヒィン!」
ぷにると呼ばれたロバは一鳴きすると、大きく口を開け差し出された布に包まれた短剣を丸飲みにしてしまう。
短剣とは言え長物だ、それを生き物が飲み込む姿はあまり綺麗とは言い辛い。
「うげぇ……相変わらず酷い絵面だ」
その光景を見て思わず口を吐いて出た俺の呟きを、このロバは聞き逃さなかった様だ。
短剣を全て飲み込み終わると、不細工な顔を更に歪めて近付いて来る。
「お、何だこの駄ロバやるのか?」
「ペッ」
「うわっ! 汚ねぇ!」
俺の足元に唾を吐きかけ、してやったりと不細工な面で笑うロバ。
このロバのぷにるは何故か初対面の時から俺を毛嫌いしていて、事ある毎に嫌がらせを行ってくる。
ニド曰く
「ぷにるはロバでは無い、天地を自在に掛ける美しく気高い名馬であるぞ」
という事だが、俺にはどう見ても飛び切り不細工なロバにしか見えない。
ぷにるは体の中が広大な収納スペースになっている不思議生物らしく、物を出し入れする時は全て口から行われる。
大きな物もその一部でも口の中に入れられればそれで収納が可能で、こいつの体より明らかに巨大な物が口に吸い込まれたり吐き出される様は結構なホラー映像だ。
ただ、その口は通常の感覚も備えているらしく、長く手を突っ込んでいたりあまりに大きな物や長い物などを出し入れした後には大体ぐったりとしている。
そして何より問題なのが。
「おいぷにる、そろそろ俺の荷物もその中に入れろよ」
「フンッ! ペッ」
「うお! またこいつは!」
こいつは俺の私物や渡される荷物の類は、個人や共用に関わらず絶対に収納しないのだ。
おかげで俺だけ大きなバッグを背負って旅する事になっている。
天幕や鍋などの全員が共同で使う野営の道具や食料は、ニドや従者さん達に出し入れしてもらえるが俺の食器や非常食などは絶対に入れさせない。
以前無理やり口の中にバッグを突っ込んだ事があったが、その時は噛みつかれたり頭突きをされたりと散々だった。
しかも数時間の格闘の末に何とか収納させる事には成功したが、すぐに吐き出されてしまった上に涎まみれの状態で匂いもしばらく取れなかった。
以来無理やり突っ込む事は止めているが、何とか収納させようと画策中だ。
そんな事をしていると、ニドの本日のお世話係である所の中年メイドさんから声を掛けられた。
「ツカサ様、ぷにるとお戯れ中に申し訳ございませんが、お任せした準備の方は進んでおられますか?」
「あ、すいません、すぐに終わらせます」
「いえーーですがもうすぐ日が暮れます、少々お急ぎいただけると助かります」
「はい、分かりました」
怒られてしまった。
本当にこの駄ロバに関わるとろくな事がない、今も不細工な顔で笑っているがこれ以上野営の準備が遅れては他に迷惑が掛かってしまう。
俺は遅れていた分を取り戻そうと止まっていた作業を再開すると、流石に空気を読んだのかぷにるも離れて行った。
それから何とか日が暮れる前に準備を終わらせた俺は、焚火の前でぷにるから取り出した野営用の小さな椅子に腰かけたニドの隣に座る。
目の前の焚火ではメイドさんが手際良くスープを作っており、どうやら今晩は温かい物にありつけるみたいだ。
夜の野営では従者さん達に随分とお世話になっている。
ニドの為に作った夕食を分けてもらったり、夜を徹しての見張りや焚火の管理などは全て彼らの仕事の様だ。
以前俺も悪いと思い何度か代わりの見張りを買って出た事があったが、何でも無いですといった感じで
「主様より仰せつかった大事な仕事ですし我々は慣れております。それに直ぐに他の者が交代に現れますので、ツカサ様が思われているより大変では無いのですよ」
と、やんわりと断られた。
その後も何度か提案ーーというかしつこくお願いをして、体験してもらった方が早いと判断したのか一緒に見張りをさせてもらった事がある。
その時は最初の張り切りはどこえやら精神的な疲労により、ものの数時間で参ってしまった俺が余計に迷惑を掛けるという結果に終わった。
それ以降は大人しく横になって休む事にしているが、やはりいまだに罪悪感があるのでいずれは俺もと考えている。
出来上がったスープを分けてもらい、野営用に硬く焼しめたパンをスープに浸しながら食べる。
スープがあって本当に助かった、俺はこの硬いパンをパンとは認めたくない。
元の世界の柔らかな物を食べ慣れているとどうしても同じ物に思えないのだ。
ああ、日本の食パンの耳って凄い柔らかかったんだな。
そんな事を考えながら食べ進めていると、木で出来たコップでワインを飲んでいたニドが話し掛けて来た。
「ツカサよ、先刻の話しの続きなのだがな」
「ん? ああ、あの短剣の」
「そうだ、あれは本来お主に話した様な物では無かった」
「……あの呪いがどうとかって話は揶揄ってただけじゃなかったのか?」
「馬鹿者、そんな事せんは」
どうやらあれが呪いの品であるのは本当の事だったらしい。
だとしたら、どうして俺は呪われなかったのか。
それ以前にどうしてニドがそんな物を回収しているのか。
色々と疑問は尽きないが、俺はそれを口にせず次の言葉を待つ事にした。
「ふむ、詳しくは聞いて来ぬのか?」
「いんや、お前が話すまで聞かないよ」
「そうか賢明だな、お主に全て話すのはまだ早いと思っておる」
「だったら何を話そうってんだ?」
つかの間の思案の後に語り始めたニドは、珍しく言葉を選んでいる様であった。
「あの短剣はな、元々私の所有物で……言わば私の不徳と逡巡の産物の一つなのだ」
「不徳と逡巡?」
「ああ。そのせいであれらは変質し、世に放たれ混乱をもたらした」
「……」
「美術的価値や取引されるが額もさることながら、人を惑わし引き付ける魔性の魅力を秘めている。
多くの者達の手に渡りながら、同時に多くの苦しみを生み出した。
私は返って来たあれらに触れる度に人々の悲痛な思いが詰まっている、そう感じてならんのだ。
今回あの短剣を取り返す事が出来たのがせめてもの救いだが・・・今までのそれを無かった事に出来はしない。
今更……後悔も何も無いかもしれんがな」
言い終わるとニドは木のコップをぐっと煽ると、残っていたワインを飲み干して立ち上がる。
「益体の無い話をしてしまったな。今日はもう寝る事にする、明日は早くに出発して次の街を目指すぞ」
そう言って少し寂し気な笑顔見せると、専用の天幕へ向かう。
こういう時は歳相応というかーー見た目に反して言ってる事は小難しいし実際の年齢は俺よりも全然上らしいが、とても幼く見えてしまう。
就寝の準備を終え、天幕へ入ろうとしていたニドに俺は声を掛ける。
「さっきの話じゃ詳しく事情は分からないけどさ……もうあの短剣でこれ以上の被害は出ないんだろ?だったらそれで良いじゃないか」
その言葉にニドが天幕に入る動きを止めてこちらを振り向く、その顔は少し意外そうな色を灯していた。
「何か上手く言えないけどさ、もしニドがあの短剣を取り返さなかったら、もっと沢山の人に被害が出たんじゃないかな。だったらお前は、これから出たかもしれないその被害者達を救ったんだよ」
救えなかった者達の事を悼み思い悩むというのは、それはそれで立派な事なのだろう。
だけどそれではどこまで行っても後ろ向きだ、救った方の精神衛生上よろしく無い。
「身勝手な考えかもしれないし、人に聞かれたら怒られるかもしれないけどさ。とりあえず今は短剣が戻って来た事と、それでこれ以上被害者を出さないで済んだ事を喜んだ方が良いと思うぞ、俺は」
そんな俺の言葉を聞いて俯きしばらく目を閉じ考える素振りをしていたニドだったが、ややあって目を開けて口を開く。
「生意気な事を言いおってからに」
「へえ、生意気ですいませんね」
「だがまあ」
顔を上げたニドは先程より幾分ましになった表情で笑うと
「ーー呼び出したのがお主で良かった、くらいには思えたよ」
そう言って改めて天幕の中に入っていった。
お読みいただきありがとうございます。