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四話 その頃別の場所で③

連続投稿です。

「え?」


 呆気にとられた様子の宰相から少し体を離した騎士団長は、まだ動く右腕で胸元からペンダントを取り出して彼女へと差し出す。


「やっと、貴女に、お返しする事が出来る」


差し出されたペンダントを数瞬ほど眺めて何かを思い至ったのか、これまでで一番驚愕した顔を宰相が見せ騎士団長を食い入るように見つめる。


「これは、これをどうして貴方が!」


 騎士団長はもはや眼も掠れて上手く見えないのか、どこか眠そうな表情だがしっかりと宰相の顔を見つめながら続けた。


「私を、育ててくださった方から、聞きました。幼い頃より、理由も分からず、ずっと持ち続けていたこれは、私の本当の、両親の大切な物であると」


「あぁ、そんな、そんな……!」


「だから、私は、このペンダントに誓ったんです。将来、誰もが認めるっ、立派な人物になって、これを本当の持ち主を返そうと」


「いやっ……嘘、私は!」


「本当は、もっと早くに、分かっていたん……ですけどね。なかなか勇気が出せずに、こんな時になって、やっとです」


 騎士団長はもう起きているのすら限界だったのか、ゆっくりとその体が宰相の方へと倒れ込む。

 宰相は見る間に力を失っていく騎士団長の体をしっかりと抱き締めると、悲痛な声を上げる。


「だめ! だめよ! まだ何も!」


「本当は、気の利いた……添えようかと、思ってたんですが。はは、詰めが甘いのはっ、遺伝みたいです」


 騎士団長は既に上手く動かなくなってしまった肺に無理やり空気を送る様に、大きく一つ深呼吸をすると


「私は、貴女に認められる、立派な人になれましたか? 母さん」


 母親に抱き締められながら、静かに息を引き取った。




 玉座の間に静寂が訪れる。

 宰相が短剣を失った時点で操られていた者達も皆糸の切れた人形の様に倒れ伏し、城内の喧騒も鳴りを潜めていた。 


「国王様」


 腕の中で動かなくなった騎士団長を抱き締めたまま、宰相は国王に向かって静かに話し掛ける。


「国王様、貴方はご存じだったのですか?」

「すまない」

「そうですか、あの時死んだと思っていた私達の子が、この子だったんですね」

「お前達を護る為とはいえ、酷い事をした自覚はある」

「もう、終わった事です。たった今、全て」


 その顔には先程までの狂気が一切感じられず、そこには我が子を失い悲しみにくれる一人の母親が居るだけだった。

 ただただ悲し気に、愛おし気に騎士団長の亡骸の髪を撫で続けていた宰相は、周りの制止を黙らせて歩み寄って来た国王に肩を抱かれてゆっくりとこちらにやって来る。


 事態の収束を受けて、それまで沈黙を保っていた玉座の間は事後処理の為に動き出した。

 近衛や衛兵達は入り込んだ賊の捕縛と王宮内の怪我人の救助。

 文官達は各部屋の片付けと被害状況の把握に乗り出す。


 慕われていたのだろう、今は国王の上着が掛けられて横たわっている騎士団長の亡骸にも多くの者が黙祷を捧げている。


(また何も出来なかった、どころか私を庇う為に今度は騎士団長様まで。)


 仲の良い侍女に続いて自分を護り勇気づけてくれた騎士団長まで失った私は、一人喪失感と無力感に苛まれ立ち尽くしていた。


(あの時も、今回も、もっと私がちゃんとしていれば。私にみんなを護れる力(・)が(・)あ(・)っ(・)た(・)ら(・))


 そんな時国王である父に付き添われこちらに近付いていた宰相と私の目が合う、その瞳には以前の理知的な光が戻っている。


(良かったいつもの宰相様に戻られたみたい)


 そう安堵感を覚えたのもつかの間、突然に宰相はそれまでの表情を一変させ何かを叫びながら私の元へ飛び出して来る。

 驚きのあまりに私はまたしても固まり、その場で動けなくなってしまう。


「宰相! いかん、よせ!」


 驚愕と焦りのこもったの国王の言葉が発せられるも、私は宰相に強く突き飛ばされ離れた所に倒れ込んでしまう。


 再びの凶行に混乱しながら痛みを堪え宰相の方に目をやると、そこで見たのは衛兵の持った宝石付きの短剣にお腹を刺された彼女の姿であった。

 刺した衛兵は面倒くさそうにその短剣を引き抜くと、宰相の体を蹴り飛ばし走り寄って来ていた国王へとぶつける。


「宰相! 貴様ぁ! 一体何をしたか分かっておるのか!」


 国王はお腹から血を流す宰相を抱え衛兵を睨みつけるが、その衛兵はどこか飄々として取り合わず詰まらなそうに耳の裏をかきながら言う。


「あ~あ、ぎゃんぎゃんとうるさいなぁ。もうそれには飽きたから、お前が処分しておいてよ」

「な、なんだと?」

「せっかくそんな古いのじゃなくて、新品のおもちゃで遊ぼうと思ったのに。言う通りに動かないどころか邪魔してくるんだもの、早く僕の前からどっかやって」

「貴様、絶対に楽には殺さんぞ」


 国王のその言葉を聞いた衛兵は、一瞬きょとんとした表情を浮かべると心底可笑しそうに笑い声を上げる。


「あはっ! あはははははははははははははははっ!!」

「何が可笑しい?」

「だってだって、お前が?! この僕を殺す?! お前らみたいな劣等種が?? この僕を?? あはっ! あんまり笑わせないでよ! 笑い過ぎて死んじゃうよ! あっそっかぁ! そうやって僕を笑い殺そうとしてるのか! お前劣等種にしては賢いなぁ!!」


 私達を劣等種と呼び狂った様に笑い続ける衛兵は、当人とは違うであろうとても嫌な『何(・)か(・)』で溢れていた。


 あれは人間では無い。


 宰相が操っていたあの禍々しい靄に近い何(・)か(・)だと本能がそう告げる。


 その騒動により作業を中断した近衛や衛兵達が、その衛兵の体をした何(・)か(・)に剣や槍を向けて取り囲む。

 それに対して特に興味を示さずにしばらく笑っていたが、突然に笑うのを止める。


「あはははっ、はぁ」

「貴様が何者なのか、じっくりと聞かせてもらうぞ」


 そう告げて取り囲んだ者達に捕えさせようとする国王に、その何(・)か(・)は向き直ると酷く不愉快そうな顔をすると口を開く。


「そろそろ鬱陶しいなぁ、全部壊しちゃおう」


 言い終わるとその体から二本の巨大な靄の腕が現れて、取り囲んだ者達を全員吹き飛ばしてしまう。


「な!?」

「大体お前もさぁ、この辺りの劣等種の親分らしいからこうして僕がわざわざ話してあげてるんだよ? それを理解せずに何時までも何時までも。僕はお前にそのお古を捨てろって言ったよね? そんな簡単な事も出来ないわけ? もうお前も要らないかな」


 衛兵の姿をした何(・)か(・)は巨大な腕の一つを伸ばし、国王を吹き飛ばすがその直後不思議そうに首をかしげる。


「ぐっ! がっ!」

「あれ? 生きてる? 何で?」


 国王はその腕によって吹き飛ばされ壁に激突して血を吐くが、確かに生きていた。

 他の飛ばされた者達も動けはしないが何とか息があるようで、中には剣を杖に立ち上がろうとしてい者もいる。


「うーん。あ、そうか! この劣等種の質が悪いのか! だから全然力が出ないんだ」


「これは移ってすぐに壊れちゃったからもう良いかな。あれ? そう考えたらそこのお古は中々楽しめたのかな? 最後まで抵抗して来て腹が立ったけど、それはそれで段々壊していく楽しみはあったから」


 いまだ立ち上がれない国王達に向かって、如何にも楽し気に続ける衛兵の姿をした何(・)か(・)。


「心の奥底に鍵を掛けて仕舞い込んでた真っっっ暗な感情を引っ張り出して、晒してやった時の反応なんて爆笑ものだったよ! それでも必死に抑え込もうとしちゃってさ! 僕に逆らえる分け無いのに、その滑稽さったらなかったね!」


「最後の方は『もう止めて!』なんて泣き叫んでさ! あははっ! よくもあんなに溜め込んでいたもんだ、劣等種にしてはそれだけは関心するね! ま、結局耐えられなくて暴走しちゃったみたいだけど! あはははははっ!」


「でもさぁ、楽しそうな事考えてたからわざわざ僕の力まで貸してやったのに、あんな劣等種の棒切れ遊びなんかに負けた上に最後はあんな仲良しごっこの三文芝居見せられて本当に不愉快だったよ」


 騎士団長の亡骸とお腹から血を流し倒れている宰相の二人を見やりそう吐き捨てる。


 自分を護ってくれた者達への侮辱の言葉の数々は、私の中の暗い感情を激しく揺さぶり何(・)か(・)に対する強い憎悪の念を抱かせる。


(あんな奴に! 騎士団長様と宰相様を馬鹿にしてお父様をやみんなを傷付けたあんな奴に! 私の体は怯えて動いてくれない!)


 それと同時に、手練れのはずの近衛や国王をいとも簡単に吹き飛ばしてしまった相手に対し、恐怖で動けない自分への酷い無力感と力への羨望が心を支配する。


(私がもっと強ければ、あんな奴やっつけてみんなを護れるほど力(・)が(・)あ(・)れ(・)ば(・))


 そんな思考が心を支配して私の中に広がっていく、まるで何かの手によって誘導される様に。


「まあ、こっちの新しいのはあれより馴染みが良さそうだし、見た目もまあまあだから遊ぶのも悪くないかな」


 こちらへゆっくりと近付いてくる衛兵の姿をした何(・)か(・)は、私に短剣の柄を差し出して言う。


「ほら、君に力をあげるよ、欲しいんだろ? 他を護れる凄い力が」


 目の前に差し出された短剣を見ると、それに取り付けられた宝石が光を放ち、それと同時に徐々に靄が纏わり付こうとする。

 その光を見ていると纏わり付いてくる靄への不快さや、何(・)か(・)に対する憎悪の感情が光に段々と溶かされて、靄の不快感ですらとても甘美なものへと変化していく。


 朦朧とする意識の中で、何者かが私に語り掛けて来るのを感じそれに耳を傾ける。

 優し気に語り掛けてくるその声は、曖昧になった私の中に入り込み全てを変えようと蠢(うごめ)く。




『大丈夫、何も不安に思うことは無いんだよ。


 辛い事悲しい事は全部僕が変わってあげる。


 ただ僕に全てを任せるだけで大事な物を護る力が手に入るんだ』




 ただ手を伸ばし、短剣を手に取るだけで私は力を手に入れられる。

 そんな誘惑は、たて続けに親しい人を亡くした今の私にはとてもとても魅力的で。




『さあ、これから生まれ変わるんだ。


 今ままでみたいに弱くない、新しく強い存在に』




 なぜ迷う必要があるのかさえも曖昧になった私は目の前の短剣に手を伸ばし……

お読みいただきありがとうございます。

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