三話 その頃別の場所で②
連続投稿です。
「これは、宰相! お前一体何をしている!?」
この国王の発した怒声により、近くに居た近衛や文官達を中心として徐々に目が覚めた様子を皆が見せ始める。
それに気付いた宰相は騎士団長に突き刺した短剣を素早く抜き取ると、短剣を構えたまま飛び退き傷口を押さえ何とか倒れずにいる騎士団長と距離をとった。
「騎士団長!」
「騎士団長様!」
刺された騎士団長に駆け寄ろうとしていると、騎士団長は私や他の者達を手で制止し宰相への警戒を強める様に告げる。
「王女様!っ、不用意に動いてはなりません」
「ですが」
「宰相殿の、様子が……っ! 何か普通とは違います」
騎士団長が苦し気にそう告げると、それを見ていた宰相は手にした短剣を弄りながら心底忌々し気に私達に言い放つ。
「まったく、いつも、いつもいつも、いつもいつもいつも! なぜ肝心な所で邪魔が入る!? なぜ上手くいかない!? なぜお前が私の邪魔をする!? たかが王族の腰巾着風情が! 私とあの人の間を邪魔するな!!」
常に理知的な光を灯していたはずの宰相の瞳は、今は何か得体の知れない仄暗いモノに支配されている様に感じる。
昔彼女が密かな自慢だと私に教えてくれた美しく整えられた艶のある黒髪も、今はその狂気を表す様に散々に乱れてしまっている。
「お前もだ王女! いつもいつもいつもいつも! 私とあの人の間をちょろちょろと目障りだったんだ! しかもお前みたいな出来損ないが! どうやって魔術に気付けた!? あんな見た目だけの能無し女によく似たお前に!」
宰相は私だけでなく、近衛に護られて怯える王妃にもその憎悪の念を向ける。
溢れ出るその感情で殺してやると言わんばかりに。
「魔術、なるほどな。さっきまで頭に霧が掛かった様だったのも、剣が鞘から抜けないのもそれのせいか」
「お前は腐っても国一番の剣士だ、念入りに術で縛った。まったく折角休暇を出して遠ざけやったのに、のこのことこんな所に表れて上司の好意を無下にしてはいかんな」
「そいつはどうも。俺は遺伝なのか、生来の天邪鬼なんでね」
「減らず口を利くな邪魔者が」
騎士団長との会話で若干だが落ち着きを見せた宰相だが、国王である父に話し掛けながら扉の方へとゆっくりと歩きだす。
「国王様、貴方がいけないのですよ」
「……」
「私は貴方を比類なき偉大な『王』にすると宣言し、貴方もそれを受け入れた。この国の行く末を憂い、共にこの国を導こうと誓い合った」
「ああ、そうだ。忘れてはいない」
国王のその言葉を聞いた宰相は、再び顔を酷く歪めて言い募った。
「嘘を吐くな! ならば何故あんな他国のしかも無能を王妃に迎え入れた! 我が国に何の益も無い、むしろ害になるばかりの疫病神ではないか!」
そんな様子に私は怒りや憎悪というよりも、どこか幼い少女が無き叫んでいるそんな印象を覚える。
「もういい、今の貴方は変わってしまった」
「宰相……」
「だけど安心してください、例え貴方が変わってしまったとしても私達の誓いは永遠です」
そう言うと宰相は、手にした短剣を扉に向かって振り下ろす。
すると大きな音と禍々しい輝きと共に、玉座の間の扉はまるで紙切れか何かの様に簡単に吹き飛んでしまう。
「なんだーーその剣は?」
「凄いでしょう? この力さえあれば、近隣の国など軽く征服出来てしまう!」
「そんな危険な物をどこで手に入れたんだ! 宰相!」
「そんな事どうだって良いじゃないですか。これは今私の手にあり私はこれの力を使う事が出来る、何も問題ありません」
「それは存在してはいけない類の『何か』だ! それが分からないお前ではあるまい!?」
国王の必死の言葉も今の宰相には届いていない様であった。
彼女には似つかわしくない歪んだ笑みと浮かべると、外から我が国の兵士の装備に身を包みどこか生気の無い表情をした集団が入り込んで来る。
「くっ! 近衛隊!」
騎士団長の号令でそれまで呆気にとられた近衛達や、残っていた衛兵がそれぞれ武器を手に進み出る。
そんな些細な抵抗など眼中に無いと言うかの様に、宰相はなおも国王へ語り続けた。
「昔の貴方であればそんな腑抜けた事は言わなかった、無能女にすっかり骨抜きにされてしまったのですね」
「宰相よ、一体何が目的だ?」
「大丈夫ですよ、貴方は何も心配しなくても良いんです。後は全て私に任せてくだされば、この世の全てを真の『王』となった貴方の元に届けましょう。貴方は私の側で微笑んで! 私だけを見ていて下されば、それだけで良いのです!」
言い終わると共に彼女の体から、禍々しくも膨大な靄が溢れ出る。
それは決して人が触れてはいけないモノであると、本能が訴えかける代物だった。
「まずは貴方以外の王族は皆殺しです。そして貴方の四肢は斬り飛ばし、何所にも行けない様にしてしまいましょう。時間は掛かりますが他の者はこの短剣の力で操って、後ろの役立たず達と同じにみんな私の手駒にしてあげます」
宰相に纏わり付きながら漂っていた禍々しい靄は、急激にその形を変化させると剣槍の姿を模った。
「出来損ないの貴女がどうやって、この短剣の魔術に気付けたのかは分かりませんが、どうせ全員殺すのです、また余計な事をする前に殺してあげましょう」
私は圧倒的な恐怖を与えてくるその存在から放たれ、自分へと迫る靄の剣槍から逃げるのも忘れただ唖然と立ち尽くす。
動けたとしても到底避ける事の出来ないだろうその一撃は……二人の間に飛び込んで来た騎士団長によって切り伏せられた。
「またお前か死に損ない」
「宰相殿、いい歳して拗らせた嫉妬は見苦しいだけですよ?」
「……なんだと?」
「黙って話を聞いていれば、やれ相応しく無いだの私が全てを与えてやるだの。単に自分が陛下と一緒になれなかったのを王妃殿下のせいにして、逆恨みしているだけでしょう」
「……」
「ふぅ、それを見苦しい嫉妬と言わないで何と言うんです?」
一瞬何が起こっているのか理解できなかったが、どうやら騎士団長は宰相を挑発して私から気を逸らそうとしているみたいだ。
みたいなのだが。
「しかもそれが歳若い娘ならまだ可愛げがあるが、まったく、ご自分の年齢を考えて下さいよ」
散々だった。
国王も普段の騎士団長との雰囲気の違いに、少し戸惑っている。
「言いたい事はそれだけか?」
「まあそれなりに。あ、あと今は応急処置が済んでるけど、刺されたの凄く痛かったのでその文句が少し」
「なら死ね」
宰相の体から大量の靄が溢れ出ると、その全てが剣槍へと姿を変えて一部を残し騎士団長へと殺到した。
騎士団長はいつの間にか抜き放った剣を手に、まるで踊る様にその全てを捌いてみせる。
「やはりお前はあの時殺しておくべきだった」
「それはどうも、ご愁傷様です」
「生かして置けば何れ使い道があるだろうと思っていたがそれも止めだ」
「あんまり出来ない事を口にするものじゃないですよ? 品性を疑われます。宰相殿は仕事は出来るのかもしれませんが、詰めが甘いですね」
既に他の者から注意を逸らすという目的を達しているにも関わらず、騎士団長は尚も執拗に煽る挑発を続けながら靄の剣槍を防ぎ続ける。
(騎士団長様、何だか楽しそう)
絶えず迫り来る致死の雨の中で彼は子どもの様な笑みを浮かべ、だんだんと体中に傷を負いながらもはしゃぎ回る様に剣を振るっていた。
そんな場違いな印象を与えてくる光景は、宰相の言葉と共に終わりを告げる。
「っち! 何時までもちょこまかと、逃げられると思うな!」
焦りを覚えた表情の宰相が、造り出した靄の剣槍の全てを騎士団長へと向けて打ち放つ。
「やっぱり貴女は詰めが甘い」
ほとんど隙間なく迫る大量の靄の剣槍を目の前に、騎士団長は心底残念そうに呟くと真っすぐに宰相に向かって飛び出した。
彼は腰に差した幅広の鞘と左手を使って自らの最低限の急所と剣を持った右手を護り、全身を切り裂かれながらも正面から突破する。
「っ!?」
意表を突かれた形の宰相は慌てて手にした宝石付きの短剣を構えるが、無事な右手で降り抜かれた騎士団長の剣によって弾かれ音を立てて飛んで行った。
頼りにしていた短剣を失って靄の剣槍を操れなくなった宰相は、体中から血を流しながらもゆっくりと近づいてくる騎士団長に気圧されて尻もちをつく。
「ああ、やっと、辿り着いた」
満身創痍の体を引きずり遂に宰相のすぐ目の前にまで辿り着いた騎士団長は、感慨深そうに噛み締める様にそう呟くと
手にした剣を放り出し、まだ動く右腕を使って宰相を
そっと抱き締めた。
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