二話 その頃別の場所で①
連続投稿です。
【 ヨルガント大陸東部ハールバルズ連合・スカジ国 】
その日、それまで平穏を保っていた王宮は今だかつて経験した事の無い喧騒に包まれ、私は混乱の最中に居た。
なぜ私は自国の兵に剣を突き付けられている? 彼らはなんで突然私の部屋に入って来た? どうして私の親しい仲の侍女が切られて倒れている? 分からない、まったく意味が分からない。
「居たぞ! こいつが王女だ!」
「なんだ? この女は殺したのか、少しくらい楽しみが欲しかったのによ」
「うるせぇな、突然飛び出して来やがったのがいけねぇんだ」
「ちっ、王族の者は捕えたらすぐ連れてこいって言われてるから手が出せねえってのに」
彼らは一体何を言っているのだろうか。
なぜ彼らがこの子を? 私を連れて来い? 一体誰が?
混乱し上手く働かない頭でなんとかこれまでの事を思い返す。
確か私は先程までいつもの様に起床し、いつもの様に部屋付きのこの子にお世話されて朝食までの時間を過ごしていたはずだ。
今日も昨日と同じ、いつもと変わらない日になる予定であった。
少し違うと言えば昨日は護身術の講師が時間になっても現れず、武術の稽古が無くなった事。
お喋りな侍女がちょっと前に城下街を荒らしていた殺人鬼が遂に捕まって、処刑されたなんていう噂話を教えてくれた事。
直接重要な外交の場に赴き、帰って来たばかりの国王である父がやけに機嫌がよく、明日は久しぶりに家族の時間を取れると喜んでいたのが印象的だった事くらいだ。
腰辺りまでしっかり伸びた美しい黄金色の髪を櫛で調え、鏡の前で笑顔の練習。国の至宝とまで呼ばれる笑顔は実は修練の賜だ。
周辺国でも美しいと有名だった、お母様の遺伝もちょっぴりあるけどね。
私の専属でいつも明るい侍女のからかう様な軽口に、拗ねたフリをしながら迎えが来るのを待っていた。
しかし、今日やって来たのは朝食を知らせる使用人ではなかった。
普段の王宮では決して響かないドタドタという足音や悲鳴と共に、突然武装した複数の兵士が部屋になだれ込んだ。
「王女様! っぁ!」
抜き身の剣を持つ兵士達を前に驚き固まる私を庇い飛び出した侍女は、驚いた兵士の一人に斬りつけられて倒れ伏してしまう。
その様子を唖然と見ている事しか出来なかった私は、ややあって正気を取り戻した後も情けなく狼狽しながら、斬り付けられ血を流す侍女に縋り付いていた。
「あぁ、そんな」
流れ出る血を前にどうすれば良いかも分からず何も出来ないでいると
「何時までそうしている! 俺達はお前を連れて来るように言われてるんだ!」
「さっさと立て!」
「何なら王女は死んでた事にして俺らで遊んじまうか?」
いつも王宮を守護している近衛や衛兵の方々とは違う粗野で荒々しい態度と、体を舐め回すような下卑た視線に私はすっかり怯えてしまい倒れた侍女に縋り付いたままろくに動く事が出来なくなっていた。
そんな私の腕を彼らは乱暴に掴んで無理やり立たせ、どこかに連れて行こうとする。
「っ! 痛い。お願いです、乱暴にしないでください」
「お前がさっさと歩かないからだろうが! 早く来い!」
「せめて誰かに彼女の治療を」
「無駄だ、どうせ助からん。お前もあまり聞き分けが無いとうっかり手足の一本でも切ってしまうかもな?」
そう言われ剣を向けられると、腕の痛みと恐怖によって私は反抗する意思をすっかり奪われてしまいそうになる。
ただ腕を引かれるままに自分を守る為身を投げ出した侍女を置き去りに部屋から連れ出されそうになっていると、部屋の外から悲鳴が響くと同時に黒髪の大柄な男が姿を表した。
狼狽し動くことの出来ない他の者達をよそに、男は乱暴に開け放たれた扉からスルリと部屋に入ると凄まじい剣技で瞬く間に兵士達を切り捨ててしまう。
「王女様、ご無事ですか!?」
「え、ええ。騎士団長様もご無事で」
「救出が遅くなり申し訳ございません」
そう言うと彼は、油断無く周囲の警戒を行った。
騎士団長は才気に富み人柄も良く、年齢が二十代にして現職を任せられている傑物だ。
この国では珍しい綺麗な黒髪を短髪に切り揃え、嘘か真か竜の素材で出来たとされる蒼麟の鎧に身を包み稀代の名剣を振るう我が国一番の剣士である。
しかし、なぜか彼は本来は全身に纏っているはずの鎧は見当たらず代わりに鎖帷子と簡素な造りの剣を手にしていた。
「何処に敵が潜んでいるか分かりません、すぐにこの場を離れましょう」
「はい、ですがその前に彼女の治療を」
急場の危機が去り倒れ伏す侍女の元へ駆け寄ろうとするが、騎士団長は遠慮がちながらも強く手を取り部屋から連れ出してしまう。
「待ってください! あの部屋にはまだ侍女が!」
「王女様、残念ですがあの血の量では彼女は既に助かりません。冷たい様ですが置いて行きましょう」
「そんな、騎士団長様までそのような事を! 彼女は身を呈して私を守ろうと」
「でしたら!」
「!」
「……失礼しました。でしたら、自分が守ろうとした王女様が助かる事こそが、彼女の願いなのではないですか?」
「……」
「彼女の願いを、その意思をどうか無駄になさらぬ様に」
私の両肩に手を置いて真剣な表情を見せる騎士団長の言葉に、私は何も言い返す事が出来なかった。
状況は最悪だ。
誰が敵で誰が味方なのかすら分からず、唯一分かっているのはどうやら敵が王族の人間を狙っているのだという事のみ。
敵の正体も不明だが騒動と同時に手の者が部屋に現れた事から考えても、いつまでも留まって居るのは悪手だと理解出来る。
理解出来るが。
「情けない」
歩きながらも私の口からは、そんな言葉が自然と漏れ出た。
騎士団長は警戒した様子で歩きながら、これからの行動の説明を始める。
「これより玉座の間に向かいます。国王陛下や王妃殿下、それに弟君も近くの近衛と共に向かっておられるでしょう」
「あの何故でしょうか? それよりも外に逃げた方が」
「確かにその選択肢もあります、ですがここまで準備の良い敵ですそれも想定済みでしょう。もし城の中が危険だと不用意に飛び出せば、敵が弓兵を揃えていた場合よい的にされてしまいます」
「……確かに」
「『まずは先入観を捨てよ、事実のみを積み上げた先に真実はある』これは先代の言葉ですが、私も子どもの時から叩き込まれたものです」
それからも騎士団長は、何度かあった襲撃を撃退しつつ私に様々な事を語り教えてくれた。
私が不安にならない様に、王宮のそこかしこで響く剣戟の音や悲鳴に怒号……そんな色々なものの恐怖から私を守る様に。
私は今まで本当に何も知らなかったのだと、そう思い知らされた様な気持ちになる。
彼の教えてくれる事の全て、そして彼自身の事も。
「まったく、長期の任務後の久しぶりの休暇がとんでも無い事になりました」
「だから鎧が無く剣も普段とは違うのですね」
「これはお恥ずかしい。鎧も剣も昨日整備に出したばかりだったんですよ」
「そんな中で助けに来てくださったんですか」
「本当は朝から外出するつもりだったんですが、うっかり寝坊してしまいまして」
「あら、騎士団長様は案外だらしがないのですね」
「いやはや、これはお恥ずかしい」
騎士団長は私の体力に気を使い、細かな休憩を挟みながら玉座の間に向かう。
その間も彼は常に警戒を怠らず、私は安心して休むことが出来た。
本当に強く優しい人だ、この人と話していると不思議と不安な気持ちが小さくなる。
「本当は城下で母に送るものでも探そうかと思ってたんですが」
「あら騎士団長様のお母様、どんな方なのかしら」
「ここに……やはり恥ずかしいので見せません」
そう言って首から下げたペンダントを一瞬ちらりと私に見せるも、すぐに仕舞って恥ずかしそうにそっぽを向いた。
何故か私はそれを残念と思ってしまう。
「さて王女様、玉座の間までもうすぐです。この休憩が終わったら大変ですが一気に移動してしまいましょう」
「ええお気遣い感謝します、助けに来てくれたのが騎士団長で本当に良かったわ」
私は本心からの言葉を口にする。
「騎士団長様、今回の事が収まったらお礼も兼ねてお茶会にご招待いたします。また色々お話してください」
「ええ、王女様のお誘いでしたら喜んで」
「ふふ、楽しみにしています」
「これは責任重大ですね、何が何でも生き残らねば折角の誘いを無にしてしまう」
そんな場違いとも言える会話の後に一気に残りの道を走り抜け、玉座の間に辿り着くと他の近衛隊の者と先に到着していた国王や王妃、自力で避難して来たと思われる複数名の文官や宰相達が出迎えた。
近衛や宰相達と話し合っていた国王は、私達の姿を見て僅かに安心した様な顔を見せたが直ぐに表情を元の真剣なものに戻す。
国王である父は初老に差し掛かる年齢ながらをまるでそれを感じさせない美丈夫で、加齢により顔に刻まれた皺はむしろ威厳を感じさせる、国内外から賢王と呼び声が高い人物だ。
王族のそれも国王としは珍しく晩婚で、お母様との仲も良く私や弟の王子に愛情を注いでくれる。
「王女よ無事であったか」
「はい、お父様もご無事で安心致しました」
「まだ安心とまでは言えん状況だがな」
無事に合流が出来て多少の余裕が持てたとはいえ、予断を許さない事に変わりは無い。
集まった者達を見回しても皆一様に不安や疲れを見せた表情をしている。
……?
今ほんの一瞬、何か違和感の様な物を感じたのだが。
それの正体が何なのか分からないまま、国王の言葉で意識を引き戻される。
「とにかく上手く避難出来た者はこれで全ての様だな」
「お父様、弟の姿が見えない様ですが」
「案ずるな、あれはもしもの時の為に先に避難させておる。別の避難ルートの準備も既に整っている故、王妃らと共に近衛の一部を連れて脱出してもらう事になるだろう」
そういえば先ほど移動中に騎士団長から教えられた事に玉座の間の秘密もあった、一部の者にしか知らされていない王族用の脱出ルートの一つを使ったのであろう。
一通りの確認を終えた国王は私との会話を一度切り上げ、側に控えていた騎士団長へ向き直る。
「騎士団長よそなたが無事であった事、そして合流出来た事を誠に嬉しく思う。そして、ここまでの王女の護衛大儀であった」
「は! 陛下よりの過分なお言葉、身に余る光栄に存じます」
騎士団長は非常時からか略式の礼をとると、すぐに王と共に他の近衛や宰相達と状況の確認と対策に乗り出した。
「敵にはどうやら城の内部に詳しい者をが居ると思われます。数自体はそう多く無い様ですが同時に複数個所が襲撃され、こちらも何とか応戦しておりますが城内に混乱が広がっております」
「ふむ、手際から考えて何者かの手引きであろうな」
「はい。しかし襲撃者の多くは軍装こそ我が国の者ですが、おそらく軍の者では無いでしょう」
どうやら敵は雇い入れた傭兵か何かに兵士の姿をさせ手駒としているのだろう。
当時は混乱し気付かなかったが確かにあの乱暴な動きや態度・言葉遣いは、訓練で磨かれたものというより『暴力』を日常としている者のそれであった。
「そうなると、おそらく跳ね橋は抑えられているだろうな」
「残念ですが、ここまで周到な敵がそこを見落としているというのは考え辛いかと」
「外からの援軍が期待出来ないとなると、やはり非戦闘員を早急に避難させた上で要所を奪還に向かい少しでもこちらの戦力をーー」
避難した多くの者が真剣に王や騎士団長の話を聞いている中、私はどうにも先程の違和感が強くなっているのを感じ必死に頭を働かせていた。
(ここまで周到な相手がこのまま終わるとは思えない。そもそも敵の目的は? 私の部屋に乗り込んで来た者達は何と言っていた?)
どうにも思考が纏まらない中、ふと騎士団長の言った言葉を思い出していた。
(まずは先入観を捨てよ、か)
私は胸に手をあて、一つ大きく深呼吸をすると霧が掛かっていた様な思考が妙にスッキリするのを感じる。
(敵は私を……いえ王族を捕えようとしていた。人質? だとしたらそれは目的では無く手段という事。城の要所を複数襲えるほどの人員を手引きする、そんな事身分の低い者には不可能。我が国で一番と言われる騎士団長が休暇の日に行われた襲撃。偶然にしては出来過ぎている)
まるでそれまで何かに抑えられていたのが解放されたかの様に、急激に色々なものが繋がるのを感じる。
(城の内部に詳しく、それなりの人数が潜める荷物なりを検査も無しに運び込める。近衛の内情を知りそれをある程度自由に出来る人物……宰相様……くらいしか)
宰相は特に国王である父の信任が厚い女性で、父が王太子の頃から側で支え国政に関する一切を取り仕切りその辣腕を振るってきた忠臣である。
彼女は過去の経験から子どもが出来ない体になってしまったらしいが、その分私達姉弟を本当の子どもの様に愛してくださっている。
それに彼女のこれまでの功績や言動を考えても、この国に害を成す様な事を仕出かす人物にはとても思えないのだが。
(そういえば、護身術の講師も宰相様が連れて来てくださったのよね。昨日来られなかったのは今日の事に何か関係が? あれ、宰相様何か手に持っている? 大きな宝石の付いた短剣? さっきまであんな物持っていなかったのに)
よく見れば宰相は、その手に不気味な光りを発する大きな宝石が取り付けられた抜き身の短剣を手にしていた。
何か靄の様なモノに覆われてぼやけて見えるが、どうやら一度しっかりと認識すれば見えなくなる事は無い様だ。
護身用にしてもなぜわざわざ今この場所で鞘から抜き放って手にしているのか、それに対して周りの者は注意するどころか短剣の存在にすら気付いていない様子である。
「いつのまに短剣なんて」
思わずそう呟いた私と驚愕した様な表情で振り向いた宰相の目が合う。
手にした短剣を私がしっかりと認識しているという事実を知り焦りを覚えたのか、突然その短剣を国王に向け突き立てようとする。
だが、何故か周りの者達はどこかぼんやりとした様子でそれに気付いた素振りが無い。
「宰相様ダメ! お父様!」
「っ!」
その言葉に即座に反応したのは、国王を挟んで逆側に居た騎士団長だけだった。
彼はまるで居眠りから飛び起きた様な表情をした後、宰相が短剣を国王に向けているのを確認するとすぐさま国王の服を掴み他の近衛達の集まる場所へ投げ飛ばす。
「お父様しっかりしてください!」
「俺は……私は一体何を?」
どこかまだ意識がはっきりとしない様子だが、駆け寄った私や近衛の手を借りて立ち上がった国王は辺りを見渡して何とか事態を把握しようとする。
すると先ほどまで自らが居た場所では不気味な光を発する宝石の付いた短剣を突き出している宰相と、お腹を突き刺され苦悶の表情を浮かべる騎士団長が居た。
お読みいただきありがとうございます。




