十三話 少年と愛の劇場
次話投稿です。よろしくお願いいたします。
大分投稿が滞りましたが、生きています。
今回の街周辺の調査では多少の薬効植物と野生動物との触れ合い、それから美人メイドからの熱い視線という成果を得て日没間近での帰還となった。
くたびれ儲けという程では無かったものの、出来れば二度とごめんな経験である。
「さて、お主も無駄な追いかけっこで腹が減ったであろう。宿に帰る前に適当な酒場で夕飯を済ませようか」
「無駄な追いかけっこって」
まあ、結果的にはそうだった訳だが。
ニドはもう少し俺を労ってくれてもいい気がする。
ともあれ、確かに時間的にもお腹の虫的にも食事をするには丁度良い。
オレンジ色に染まった表通りを眺めれば、未だに人通りはあるものの朝の様な活気のある姿は鳴りを潜めていた。
その代わりとばかりに、現在俺達が向かっている酒場が軒を連ねる通りの方向に耳を傾ければ、昼間とは違った活気に溢れている事が伺い知れる。
ぷにるから降りて徒歩となったニドの先導に任せて、安っぽいアルコールと荒っぽい男達の喧騒に包まれた道を歩いて行く。
こんな場所でもある程度秩序が保たれているという事実が、この街の治安の良さを表している様に思えた。
適当にという先程の言葉の割にはニドの足取りは迷いが無く、まるで最初から決めていたかの様に通りの端っこにある小さな酒場へと辿り着いた。
「よし、ここにしようか」
そう言うと、ニドは何の躊躇いも無くその小さな酒場の扉を潜る。
一瞬本当にここで良いのだろうか? と疑問に思うが、特に反対する理由も無いのでその後に続いた。
入った店の内装はどこの街にでもある、ごく有り触れた酒場であった。
狭く年季の入った店内には四人掛けのテーブルが幾つかに一人用のカウンター席、多種多様な酒とグラスが並ぶカウンターの中には苦虫を嚙み潰したような顔立ちの店主が一人で酒を注いでいる。
店主は入って来た俺達を軽く一瞥すると、どっしりとした渋い声で一言来店を歓迎する言葉を掛けたきり自分の仕事に戻った。
どうやら空いている席に好きに座れば良いみたいだ。
周りに建ち並ぶ多くの客で賑わった他店に比べて、入っている常連と思わしき客も疎らで一見すると閑散としている様に見えるが、不思議とこの店はこれで正解なのだろうと思える雰囲気だった。
軽く店内を見回したニドは、空いているカウンター席に腰掛けると黙々と作業をしている店主へと注文を告げる。
それを待つ間は身長が足らず足が少し浮いてしまってる椅子の高さをむしろ楽しむ様に、ぶらぶらと揺すって遊んでいた。
「ふむ、中々悪くない店だな」
そう呟いたニドの横に座り、麦酒と酒場で定番の食事メニューを頼んで待っていた俺は、改めて疑問を投げかける事にした。
「さっきはこれから店を決める様な口ぶりだったけど、初めからここに決めてたのか?」
「む? この店を知ったのも入ったのも今回が初めてだぞ」
「そうなのか、その割には随分と迷いが無かったけど……」
俺の疑問を聞いて、ニドはなんだその事かと軽く笑う。
「強いて言うなら、ここに居ると感じたからだな」
「居る? 誰がだ?」
「私の大好きな物語の語り手。そしてやはりそれは間違いでは無かったようだ」
心底嬉しそうにそう言うと、木のコップになみなみと注がれた葡萄酒と麦酒を差し出して来た店主に向かって問い掛けた。
「店主よ、あの者は吟遊詩人であると見受けるがこの店の専属か? そうであれば一曲やってもらいたいのだが」
ちらりと視線を投げ、カウンターの隅でコップを舐める様にちびちびと酒を飲んでいる女性を指し示す。
緩くウェーブの掛かった茶色の髪を肩まで伸ばし、育ちの良さそうな上品な顔立ちをした妙齢の女性であるが、着ている服も上等品でこの小さな酒場に不釣り合いな印象を受ける。
一瞬、ニドの言葉を聞いた店主の渋顔が驚きに染まったが直ぐに元に戻った。
「何であいつが吟遊詩人だって分かったのか知らないが、専属でも何でもないただの客だ。歌が聴きたいなら自分で好きに頼んでくれ」
「そうか、ならば直接依頼するとしよう」
「……もう何年もあいつが歌っている所を見ない、断られても恨まないでくれよ」
やたらと良い声でそう告げ、上げた視線を落とした店主は自らの仕事を再開する。
その言葉はやや乱暴な物であったが、そこには呆れや諦観に紛れ多少の期待が含まれている様に感じた。
出された葡萄酒で少し唇を潤したニドが、すぐに件の女性の元へ足を運び交渉に入ったのを席から眺めていたが、どうやら旗色が悪いらしい。
始めはぼそぼそとやる気が無さ気なやり取りをしていた女性であったが、しつこく食い下がるニドに痺れを切らしたのか、少し離れたこちらにもはっきりと聞こえる大きさの声を出す。
「だから! 今はもう歌ってないって言ってるじゃない」
「ふむ、なんなら礼金の額を上げても良いぞ」
「……報酬の問題じゃないのよ」
「ならばどうすれば歌ってくれるのだ?」
「……ああもう! だから私は歌わないってば!」
どうやら相手には何か事情がある様だが、今日は珍しくニドが食い下がっている。
このまま騒いでいてはお店に迷惑になると思い、ニドを止めに入ろうと立ち上がるが、徐に店主が女性に声を掛けた。
「ロフィン、いつも手持ちが無いと言ってツケにしてるんだ、清算する良い機会じゃないか」
「え……それは、そうだけど……」
「別に俺は店での活動を禁止していない、もしそういう気遣いをしているなら不要だぞ」
「私は別に……」
今の会話から二人が親しい仲なのは理解できたが、何だろうこの居心地が悪い感じは。
「それに、俺も久しぶりにお前の歌が聞きたい」
「え?」
「言っていなかったか? 俺はお前の歌が好きだ、久しぶりにお前の歌が聞けるなら嬉しい」
「す、すす好きって突然何を言い出すのよセス!」
「? そのままの意味だが」
しばらくの間、妙齢の女性が思春期の少女の様に慌てている姿と、顔の皺を若干緩ませてそれを見つめる男性の図というのを見せられた。
何だこれは、俺は今一体何を見せられているんだ?
店主が少し待つように言って店の奥に引っ込むと、すぐにクラシックギターによく似た楽器を持って現れた。
「これ……捨てたはずの私のリュラーじゃない」
「いつかまた絶対に必要になると思ってな。少々手入れの方法を覚えるのに苦労したが、問題無いだろうか」
初めは戸惑いながらも店主に渡された楽器を受け取った女性であったが、手にしたギターに似た弦楽器をしっかり確かめる様に鳴らすと柔らかく澄んだ音色が響く。
「ええ……不器用な貴方がやったとは思えないくらい、しっかり手入れしてある」
「そうか、良かった」
「歌わなくなってもう何年も経つのに、もう一度私が歌うのをずっと待っててくれたの?」
「言っただろ、俺はお前の歌が好きなんだ。それに、もう十年以上お前を待っている今更数年くらい何でもない」
「え? それって……」
もう一度になるが、俺は一体何を見せられているんだ?
見るからに甘い雰囲気を漂わせる二人と、口々に祝福の言葉を告げる常連客達という店内の様子に俺は混乱していた。
あ、ありのまま今起こった事を話すぜ! 俺は今口論を止めようと思っていたら、いつの間にかラブコメのワンシーンを目撃していた! 何を言っているのかわからねーと思うが以下略。
「それでご両人、二人が仲が良いのは分かったが結局歌ってくれるのか?」
「え? ああ、ごめんなさいそうだったわね」
ニドの言葉を受けて、店主と見つめ合っていた女性は慌てた様子で居住まいを正した。
「セスがそこまで言うならしょうがないわね! 今日は特別に歌姫ロフィン様の復活演奏会よ!」
舞台は狭いしお客の数は少ないけどね、とロフィンと名乗った女性がお道化て言うと、常連客達は盛り上がり店主は益々顔の皺を消して微笑み、ニドは我が意を得たりと何度も頷いていた。
もしかしてこの場で空気を読めていないのは俺だけなのだろうか。
一つ自分の中の常識がこの世界に壊された気がした。
「記念すべき復活後の初演奏だけど、長い間新しい曲を仕入れていなかったのよね。だから、ちょっと古いけど私の一番得意な曲にするわ」
大事そうに楽器を抱えた女性は、この小さな酒場の机や椅子を全員で動かし急遽作り上げたステージの椅子にとても優雅に座り、自分の喉の調子や旋律の確認を行っている。
その姿は、何年も演奏から離れていたというのを感じさせない物であり、自然と意識が吸い寄せられる不思議な魅力があった。
「どうだツカサ、私がすぐに違いに気づいた理由が分かったであろう?」
即席の観客席で俺の隣に座り、既に二杯目となる葡萄酒を手にしているニドから声を掛けられた。
おそらく偽物だと言われた派手なパフォーマンスの青年の事を指して言っているのだろう。
「そうだな、あまり意識していなかったけど今ならはっきり分かるよ」
そういえば以前招待されて聞きに行った吟遊詩人の姉妹の演奏も、演出や趣向も素晴らしかったが何より引き付けられる何かがあった。
あの青年の演奏に俺が違和感を覚えたのも、そこの所が影響してるのかもしれない。
「折角交渉の末に勝ち取った演奏だ、今は目の前の歌に集中しようではないか」
俺もそのニドの言葉でそれまでの思考を一端切り上げ前を向く。
机をどかしてスペースを作り、比較的きれいな椅子を置いただけの小さな舞台では今まさに演奏が始まろうとしていた。
舞台を照らす為に照明が集められ少し薄暗くなった店内で、たった一人照明の光を浴びて楽器を構える女性は、その容姿も相まってまるで星空にぽっかりと浮かぶ月の様に輝いて見える。
そして、美しい弦楽器の音色に合わせて紡がれるその歌も、その姿に負けない透き通った輝きを持っていた。
「今夜皆様にお聞かせしますは 歌い古された英雄譚 不滅の剣を携えて巨大な竜と対峙する
そんな無謀な男の物語 何度傷つき倒れようとも その背に負うた民の為 男は決して諦めない
自らの体一つで竜の顎を逃れ 木々を薙ぐ腕を掻い潜る どれだけ血に塗れても
その強き眼は塞げない 手に持つ剣と同様に折れず曲がらず立ち向かう そんな無謀で勇敢な
一人の男の英雄譚 「竜殺しの英雄」の その軌跡をお聴きあれーー」
お読みいただきありがとうございます。
過去がどうであれ、好き合う幼馴染はみんな幸せになるべきだと私は強く思います。




