十一話 ならず者達の災難
次話投稿です。
よろしくお願いいたします。
「それで……素人に無様にのされた挙句、いけ好かねぇ組合や領主の犬どもにとっ捕まったと」
「は、はい」
「しかも、聞けばぽろっと大旦那の名前を漏らしちまったそうじゃねぇか」
「そ、その通りで……」
最悪だ、全くもって最悪だ。
今まで通り知らぬ存ぜぬを通してりゃあ今の領主とその犬共の事だ、勝手に大旦那と俺達の関係を勘ぐって軽い罰金か注意くらいで済んだものを。
今回の事ではっきりと関係に確信を持たれちまった。
「でもお頭! そのおかげで俺達こうして出て来られたんですぜ! 何かあったらまたあの方の名前を出しゃあ、向こうも引くって事じゃねぇですか!」
「はぁ……」
そうだそうだと元凶の馬鹿共が口々に喚き、俺が呆れて果てて黙っているのを誤解して笑っている奴まで居る。
こいつらは本当に救いようが無い。
近々大旦那の所に、今回の罰金やら調査許可を記した書類を手にした衛兵達が押し寄せるだろう。
前々から領主のねずみ共が嗅ぎまわっていたので、この拠点の事も知られただろうし、これを口実に無理やり調べに入られりゃあこれまでの諸々が表沙汰になって俺達は仲良くお終いだ。
こいつらを特にお咎め無く外に出したのも、領主からの伝言だろう。
お前ら小物に構ってられない、さっさと全員で何所かへ失せろってな。
いつもならこの馬鹿共を全員ぶん殴って体に教えてやるんだが、今日は全くそんな気分にならなかった。
今は少しでもこの楽天家の馬鹿共と同じ空気が吸いたくないと、地下の拠点から地上へと上がっていく。
元々、後ろ暗い取引や密談の為に使われていたというこの拠点には、脱出用の抜け道など複数の出入り口が造られている。
その中の一つで真上の倉庫に繋がる通路から外に出ると、大きく一つ溜め息を吐いた。
今の領主は前の腑抜けたぼんくら領主の子どもとは思えない利口な奴だ。
父親が病気だか何かで引退し、その後を継ぐと荒れ放題だった領地を開発し街の裏通りなんかを綺麗に掃除しちまった。
それだけでも俺達みたいな日陰者には居心地が悪くなったってのに、極め付けはお堅い組合の登場だ。
最初はそれまで以上に街の景気が良くなって商店の奴らが儲かればこっちの稼ぎも上がる、領地の開発も街の掃除も継いだ直後の一時的な人気取りだと気楽に考えていた。
ところがだ。
蓋をあけてみりゃあ俺達以外にもそれなりの数が居たならず者共が、下手を打った連中から順に容赦無く街から消えて行った。
商人達にしてもそれまで当たり前だった役人や衛兵への賄賂が利かなくなり、更には昔の不正まで調べ上げられ山ほど居た業突く商人や不良役人が全員捕まって、素っ裸で街から追い出された。
俺達が世話になってる大旦那も、前の領主時代から商売で身を立てこの街に店を構えた後は、裏で色々なあくどい事をして有力者へと上り詰めた口だ。
叩けばいくらでも埃が出る身だが、賄賂や俺達みたいなならず者を上手に使って地位を守って来た。
しかし……。
「大旦那にゃあ悪いが、この街もここらが潮時かもしれねぇな……」
そう呟きながら地下拠点の上に建っている大きな倉庫を眺める。
前は合法、非合法含め沢山の品で溢れかえっていた倉庫の中だが、今は学の無い俺達ですらだ容易に数えられる程の中身しか置かれていない。
合法な品は組合に客を取られ、非合法な品は取引していた連中が残らず街から消えた事であっという間にこの有様だ。
今も地下で騒いでいるだろう暴れるしか能の無い馬鹿共が二十人近く、一時期より大分数も減っちまったが、この大所帯を抱えたままではこの街ではやっていけないだろう。
何の因果かお頭なんて呼ばれちゃいるが、俺だって他に真っ当な仕事が出来る学があるわけじゃない。
大旦那も引き際くらい弁えているだろうし、俺も新しい領主と組合に綺麗に掃除される前に、あの馬鹿共を連れて別の国で山賊にでも鞍替えするか。
明日からでもこの街から出る為の準備を始めようと考えながら、今日はこのまま酒場にでも行くかと考えて歩き出した。
するとその直後、自分の出て来た倉庫から地下に繋がる扉が音を立ててゆっくり開くと、中から通路の松明に照らされた見るからに上等な使用人服に身を包んだ女が現れた。
その姿を目にした瞬間、俺は自分の首に何か冷たいモノが通り過ぎた様な感覚を覚えてひと撫でしたが、そこには慣れ親しんだ自分の首があるだけだ。
一体何だったのかと不思議に思いながらも、改めて女に目をやった。
灰色の髪を肩の上辺りで切り揃え、やや小さめで可愛らしい唇に白く艶やかな肌はここが娼館であればむしゃぶり付きたくなる色気を放っている。
しかし……何故か目元には可愛らしい犬を模した仮面が着けられており、異様な雰囲気を発していた。
「おや……こんな所にもいらっしゃったのですね」
その唇から幼い少女と大人の女が同居した様な可憐な声が発せられ、一瞬聞き惚れそうになるが気を取り直す。
「お嬢さん、ここはお前さんの様な若い娘がうろついて良い場所じゃない。悪い人に悪戯される前に早くお家へ帰りな」
いつもなら、こんな所に無防備に迷い込んだ若い娘など良い獲物でしかないのだが、何故かこの犬面の女には安易に近付こうという気にならなかった。
大旦那の使いというのも考えはしたが、こんな場所に若い娘を寄越すとも思えない。
探りを入れる意味でもわざと挑発する様な物言いをしたのだが、目の前の犬面の女は怯えも怒りもせずにこちらを観察していた。
「……どうやら、貴方は他の方よりは多少会話が出来るみたいですね」
そう言うと、貴族の使用人がする様な畏まった礼をして言葉を続ける。
「私はとある方の従者をしている者でございます。訳あって主様の名も私の名も語れませんが、ご容赦ください」
つまりは名前を出せな様な後ろ暗い事情があるという事だろう。
別に俺達みたいな裏社会の人間には珍しい事では無いが、それと同時に信用が大事な世界でもある。
突然目の前に現れて偽名すら名乗らないというのは、一種の敵対行動と取られてもおかしくは無い。
俺はいつでも腰の剣を抜ける体勢を取りながら訪ねる。
「それで、お嬢さんは一体何の用事でここへ来たんだ? まさかこんな所に菓子を作りに来た訳じゃねぇだろ。それにその扉から出て来たって事は下を通ったんだろ、下に居た連中はどうした?」
嫌な緊張もあり少し早口で一気に言ってしまったが、犬面の女は事も無げに話し出した。
「ここへはある事を訊ねに参りました。地下の方々にもお聞きしたのですがご存じ無い様でしたので、そろそろお暇しようかと思っておりました」
「……」
何でも無いかの様に言ってはいるが、連中がふらりと現れたこんな上玉を黙って帰すとは思えない。
しかし現にこの犬面の女は俺の目の前に居る、だとすると。
「……下に生きてる奴は居るか?」
「ええ、皆さん生きておられます。あの程度なら処分するまでもありませんので」
ああ、これははったりの類じゃ無いな。
頭では無く直観が俺に強く告げている。
こいつに逆らうな、と。
「そうか、そいつは良かった」
「それでは……今度は私から質問させていただきますが、よろしいですか?」
この犬面の女が現れて少しの時間しか経っていないが、俺の中では随分と長い間この得体の知れない存在と向き合っている気がしている。
早くその質問とやらに答えて自由になりたい。
俺の頭の中はそんな気持ちで一杯になっていた。
「それは良いが出来るだけ簡単に頼む。俺は学がある方じゃねぇし、今すぐにでも街で一杯やりたい気分なんだ」
これは嘘や冗談では無く紛れも無い本心だ。
目の前の犬面の女が現れなければ今頃は今後の事を無い頭で考えながら、酒場で給仕女の尻でも撫でてただろう。
そう思うと、馴染みの酒場に居る特に器量が良い訳でも無い女が急に恋しくなった。
「そうですね、では率直にお伺いします。貴方は『神器』について何かご存じですか?」
いつもであれば、下らない与太話だと鼻で笑う類の内容である。
しかし、目の前の犬面の女の雰囲気がそれを許さないと告げていた。
「『神器』? ……悪いがおとぎ話の類ならお門違いだ、主神教の教会にでも行くんだな」
俺は内心で冷や汗をかきながら、出来るだけ平静を装いそう言う。
その言葉を聞いた犬面の女は、しばらく何かを探る様にこちらを観察していたが、突然こちらに興味を失ったのか雰囲気を和らげ口を開く。
「本日は夜分遅くにお騒がせして申し訳ありません。どうやら、本当にご存じで無い様ですね」
「だからそう言ってるじゃねぇか。……もし本気でその『神器』とやらを探しているのなら、組合にでも行って依頼を出すんだな」
「そうですね、そちらの方が可能性は高そうです」
そう言うと、犬面の女は出会った時と同様に優雅に礼をして立ち去る素振りを見せたが、ふと何かを思い出したかの様にもう一度こちらに視線を向けて来た。
「そうでした、私とした事が大事な事を忘れておりました」
ようやく得体の知れない存在から解放された、そう思っていた矢先にそんな事を言いだした犬面の女の行動に、ややうんざりしながら内容を聞く事にする。
「今度は一体何なんだ、俺も暇じゃねえんだ。一応聞くだけ聞いてやるから早くしてくれ」
「はい、確かに大事ではありますがお手間は取らせません。すぐに済む事でございます」
言い終わると、犬面の女が仮面の奥に笑顔を浮かべる。
その言葉と笑顔に不信感を覚えたが、こちらが身構える前にその姿が忽然と消え失せ真後ろから声が響く。
「本当に直ぐに終わりますよ。我らが従者の敬愛する主様を侮辱した罪を、貴方達全員にその身で償っていただくだけですので」
その言葉と共に鋭い殺気をすぐ後ろから感じ、急いで剣を抜きながら振り向こうとした。
しかし、その時には既に目の前まで棒状の何かが迫っており、その何かを避ける間もなく意識が刈り取られる。
最後の一瞬、完全に意識を失う前に美しい毛並みの獣の幻を見たが、それが何だったのか俺には確かめる事も出来なかった。
お読みいただきありがとうございます。
関係無いかもしれませんが、声優の悠木碧さんって本当に凄いですよね。




