十話 少年とならず者
次話投稿です。
よろしくお願いします。
再び若執事さんが連れて来たぷにるの中に、それなりの量となった箱を放り込むと今日は宿屋に帰る事になった。
本来はこの後もう少しこの辺りのお店を覗いて回る予定だったのだが、先ほど購入した玩具を色々と弄り回したくて仕方がないといった態度のニドに押し切られる形で宿屋へ向かっている。
「今日はとても良い買い物が出来たな!」
見るからに上機嫌といった様子でぷにるの上の人となったニドの手には、板状の物体が握られており振る毎に様々な色に変わる。
少しの間観察してみたが、変わる色は完全にランダムで用途がさっぱり分からない。
嬉々としてそれを購入したニドには、何か分かっているのか聞いてみたが
「これが何でどうやって使うのかじゃと? そんなものさっぱり分からん!」
分からないのかよ。
そこまではっきり言い切られると逆に清々しいくらいである。
しかし、だとしたら益々なぜ買ったのかが気になる所だ。
そう言えば、こいつがこの世界の事で「分からない」と言ったのを初めて聞いた。
「そう言えばニド、お前が分からないって言い切るのも珍しいよな」
「む? お主の世界の事については良く訊ねているだろう?」
「いや、それはある意味当たり前と言うか。お前にもこっちの世界の事で、分からない物があったんだなと思ってさ」
俺のその言葉を受けたニドは、しばらく何かを噛み締める様に目を瞑っていたが直ぐに嬉しそうに口を開いた。
「そうだな……本当にその通りだ。この世界について大抵の事は知っているつもりであるが、旅をしていると時折こうした全く未知の物に出会う事がある」
言いながらニドが手にした色の変わる板を振る。
「ツカサ、お主は先程これが何か分かるのかと尋ねたな」
「うん? そりゃあれだけ気前良く買ったんだから、当然分かってるのかと思って」
「私にとってはな、それが何でどう使うのか全て知っている物に興味は無いんだよ」
再び板を振り色を変えると、今度は持ち方を変えて振り色を変えだした。
要領を得ない表情の俺に、ニドは更に続ける。
「この世界で人々が手に取っている道具や物、それら全てが途方もない試行錯誤の上に成り立っている。そしてそれがどんな物であろうと、未知へと触れ新しい事を知るという事にこそ意味がありそれ自体が素晴らしい事なのだ」
「う、うん……なるほど……?」
「重要なのはその物自体ではなく、その物や出来事によって得られる新たな経験や知識なんだよ」
分かった様な分からない様な。
「えっと、つまりニドは新しい物好きのミーハーなんだな」
「……そのミーハーとやらの意味は分からんが、響きからしてあまり良い意味では無さそうだ。まあ、新しい物好きというのは否定せん」
そう言うと、ニドは手にした板状の物体へ意識を戻した。
宿に辿り着くと再びぷにるを厩舎へと繋ぐ仕事のある若執事さんと別れて、ニドと俺の二人で中に入り待つ事にした。
先に部屋の鍵を受け取っておこうと受付へ向かっていると、何やら騒ぎが起きている。
何事かと思い様子を窺ってみると、どうやら複数のならず者が何やら怒鳴り散らしている様だ。
「何だか、今朝も似た様な光景を見た気がする」
「私と合流する前に何かあったのか?」
そうか、あの時は合流前でニド達が居なかったんだよな。
居たら居たでまた面倒な事になりそうだったから良かったが。
「英雄の名前を使って詐欺をしようとして、その現場を本人に見られて逃げ出した馬鹿な奴が居たんだよ」
「ほう。それはまた何とも間の抜けた話だな」
騒いでいる男達をよく見れば、大剣は背負っていないが今朝の大男らしき姿もありどうやら報復でもしようとやって来たのだろう。
「ふむ……こんな人が多い場所にある店で、これだけ派手に騒げば放っておいても直ぐに衛兵か組合の傭兵が駆け付けるだろう。それまでしばらく待つとするか」
そう言うと、ニドは近くの椅子に腰を下ろし騒ぎが起きている受付をとても冷めた目で眺めだした。
てっきり何時もの気まぐれで、俺にあの騒ぎをどうにかしてこい! とでも言うかと思ったのだが。
意外に思っている俺の視線に気が付いたのかニドが口を開く。
「何か失礼な事を考えている様だが、まさか私があれに関わって来いとでも言うと思ったか?」
「いや、割と面倒事が好きな印象があったから」
それを聞いたニドは呆れ顔で溜め息を吐く。
「良いか? 先程も道すがら言ったが、私が好きなのは未知なる物や経験だ。あの様に粗暴な四流役者の茶番劇になど、まして結末が分かっている事に興味は無い」
言い終わると、懐から手の平サイズの箱を取り出して弄り出した。
それはぷにるを厩舎へ戻す前に、それまで遊んでいた光る板状の物体を納める代わりに幾つか取り出していた物の一つだが、確かその箱は……。
ワッハッハッハッハッ!
その小さな箱から出ているとは思えない程の大きく、豪快なおっさんの笑い声が宿屋のフロアに響く。
やっぱり、あれは「おっさんの笑い声に似た不快音を出す箱」だ。
「ほれツカサ、今のを聞いたか? 一体何がどうなっているのだろうな!」
まさかここまでクオリティの高いおっさん声で、尚且つ不快な物とは思わなかった。
恐るべしノトラ道具店の技術力である。
ご機嫌な様子ではしゃぐニドと半ば現実逃避をしている俺を他所に、突然響き渡った笑い声に対する反応は当然ある訳で。
「よお小僧共、随分楽しそうに笑ってるがそんなに俺達が面白いか?」
さっきまで受付で怒鳴っていた男の一人が、こちらに来て睨んで来た。
「ん? ああ、気分を害したならすまないな。とは言え、そちらも宿の営業と他の客に迷惑を掛けているのだ、それくらいの些事は流して然るべきだろう」
「なんだと?」
ああニドさんあなたにその意図は無いのでしょうが、それは挑発以外の何物でもありません。
見てください、その証拠に目の前のならず者の表情が見る間に険しくなっていきます。
「てめぇ……俺達がいつ人様に迷惑かけたってんだ? ふざけた事抜かすなよこの餓鬼共が!」
「ぎゃんぎゃんと五月蠅い奴だ。その様な大声を上げている時点で、他人の迷惑だというのに気付かんのか」
もうそのくらいにしてください、今にも殴り掛かって来そうではありませんか。
そんな言い争いをしていると、これまた当然の如く痺れを切らした他のならず者達が受付から離れこちらに寄って来た。
ならず者B、ならず者Cが現れた! と俺の中でログが流れた気がする。
「さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言ってくれたな」
「舐めた口を利く餓鬼共には、ちっと教育をしてやろうか」
正面の二人は剣を腰に差しており、これ見よがしに柄に手を掛けて脅して来ている。
一応は宿の職員さんが止めに入ろうとしているが、今朝の大男に邪魔されているみたいだ。
「ふむ……威勢の良い事を言っているな。だが見た所、お主ら全員このツカサにすら勝てない程度だろう」
ちょっとニドさん! 何てこと言ってくれてるんですか! ほら、男達のヘイトが見事私に向いてくれましたよこんちくしょう!
そんな俺の心の叫びも虚しく、相手の男達はすっかりやる気の様だ。
訓練や狩りで自分より体格の良い相手には成れているが、さすがに複数は骨が折れる。
「この餓鬼が俺らより強いとはまた大きく出たな、だったら表で遊んでやるよ」
「店の迷惑になるからな、ほら、さっさと行け」
そう言うと、男の一人が徐に歩き出すと俺達の横を通り過ぎ外に歩いて行く。
俺がその言葉に促され、これは逃げられそうに無いなと思いながら男の後を追って外に歩き出すと、すぐに後ろから声が聞こえた。
「間抜けが、死んどけや餓鬼が!」
そんな大声と共に、俺が完全に後ろを向いた瞬間を狙って静かに剣を抜いたもう一人の男が突然斬り掛かって来る。
表に出るという言葉と、実際に一人が通り過ぎる時に何もしない事で油断を誘う方法なのかもしれない。
動きに迷いが無いので、恐らくこの男達は何度もこの手を使っているのだろう。
すると、あの大男は体格を生かした足止めと奇襲の補助という訳か、なるほど中々考えられている。
だけど……
「だけど、ばれてたら意味無いよね」
俺は相手が剣を振り上げた瞬間を狙って後ろの男の側面に回り込み、腰に下げているナイフの柄で踏み込みの為に前に出している足の脛部分を思い切り打ち抜いた。
まさか避けられ反撃されるとは思ってもいなかったのか、体重を掛けていた所に脛を強打された男は響いた鈍い音と共に痛みに悲鳴を上げ崩れ落ちる。
いつもの訓練通りなら、ここで更に相手の急所を狙ってナイフをグサッと行くのだが、まさか殺す訳にもいかないのでこのまま放置するとしよう。
「な!? てめぇいきなり何しやがる!」
「いや、それはこっちの台詞だよ。いきなり剣で斬り掛かっておいてそれは無いだろ」
宿の職員さんの邪魔をしていた大男が、そんな見当違いな事を言いながら懐からナイフと取り出しこちらに向かって来る。
構えからしてどうやらあれが大男本来の得物らしい、だとしたら今朝の大剣はこけ脅しか何かだったのだろう。
外に出るフリをして歩いていた男は、背中を向けていた事もあり状況をまだ掴めておらず、棒立ちになっているので後回しで良い。
勢いよく向かって来たとはいえ流石に警戒しているのか、突っ込んで来なかったのでその隙に近くに落ちている男の剣をナイフを持っている逆の手で拾い相手に突き付けて牽制する。
突然の事態に周りの客が騒ぎ始めるが、問題無いというかむしろこちらとしては好都合だ。
その分早く衛兵か組合が駆け付けるだろう。
しかし……手にして改めて思ったが酷い鈍剣だ。
所々錆だらけだし、柄にもガタがきているのでこれでは剣の形をした鉄の棒である。
見る目が無いと自覚している俺でも、流石にこんな物を得意げにぶら下げようとは思わない。
気を取り直したのか入り口に近い男がさっきから機会を窺っている様子だが、足を抱え転がっている男を挟んでいるので容易に飛び掛かれないでいる。
そんな風にしばらく睨み合いが続けていると、同一の軽装の鎧で身を包んだ男達が現れた。
彼らの側にならず者達に絡まれていた職員さんと同じ制服を着た人が立っているので、恐らくこの街の衛兵なのだろう。
あっという間に俺達を取り囲むと、武器を捨てろと言われたのでバレない様にナイフを素早く腰に戻し手にした鈍剣を喜んで放り捨てる。
反対の手に目立つ剣を持ち、わざと派手に放り投げたので何とかナイフの事は誤魔化せたみたいだ。
未だに抵抗を続ける男達と一緒に詰所に連れて行かれそうになったが、一部始終を見ていた他の客や職員さんの証言により軽い尋問程度で解放してもらえる事となった。
「ふむ……前より若干ではあるが動ける様になったな」
「いや、あいつ等を煽るだけ煽って隠れてた奴が何言ってんだよ」
いつ間にか、離れた安全な場所に移動していたニドがそんな事を言ってくる。
あんな事があったにも関わらず、その手には相変わらず箱が握られており揺すったり叩いたりして遊んでいた。
「興味が無いとか言っていた割には随分と突っ掛かってたじゃないか」
「そんなもの、あ奴らが私の知的好奇心の探求を邪魔して来たのが悪いのだ。それに……」
ニドが箱から視線を外し、改めて俺の方を向く。
「お主も良い腕試しになったであろう? 獣の相手や訓練ばかりでは経験が詰めないからな」
「……もしそれで俺が負けてたらどうしたんだよ」
「その時はその時だ、現にお主はこうしている」
そう言って笑うニドに呆れと多少の恐怖を感じてしまった。
こちらの世界に来た当初は無かったが、最近こういう俺を試す様な事が多くなった気がする。
「いつか本当に死んでしまいそうだな……」
そんな俺の呟きは、誰にも聞かれる事無く消えていった。
お読みいただきありがとうございます。
ツカサ君は毎回厳しい訓練や狩り、旅で鍛えられているので実は意外と戦えます。
私の大好きな某銀の魂の漫画で言うと、今の所は例の眼鏡くらいの実力はあります。




