八話 少年と道具店
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よろしくお願いいたします。
「偽者って、あの人が?」
「私も初めは半信半疑であったが……。実際に確認した上でお主の様子からも確信を得たよ」
俺の様子から、というのもそうだが今はそれよりも気になる事がある。
「そもそも、吟遊詩人に本物とか偽者とは何を基準にしてるんだ? もしかして免許書みたいな物があったりするのか?」
「ふむ……」
ニドはここで何かを思案するかの様に間を置くと、改めて話し出した。
「あの者が演奏中に口にしていた様な国や人物は、有史上に存在せんのだ」
「ん? それがあの人が偽者かどうかに関係あるのか?」
「……そうか、これはツカサの世界では通用しない常識なのだな」
そう言うと、ニドが少し意外そうな表情になる。
こいつだったら歴史上存在した国や、それに関わった人物くらい全て覚えていても不思議じゃない。
問題は、存在しない国が舞台だから偽者だと分かったという点だ。
俺の中では「物語」はあくまでも創作物であり、元になった話がある物もある……という程度の認識である。
「その表情からしてお主の世界では違う様だが、この世界で吟遊詩人達が語る物語は全て実際にあった出来事を歌にしているのだ」
「全て実際にって……そりゃまた……」
「そして彼らはどんなに古い物語であろうと地名や国名、人の名前等を間違えたり変えたりする事を極端に嫌う。そんな事をすれば正確に知識や情報が伝わらなくなるから、とな」
そうすると、これまで俺が思っていた吟遊詩人のイメージと大分違ってくるな。
今までは大道芸人の一種の様に考えていたが、どうやら実態は新聞やテレビのニュースの方が近いのかもしれない。
となると、新しい歌としていうのは元の世界で言う所の速報的な物なのだろう。
「……だとしたら、どうしてあの人はあんなに吟遊詩人として人気なんだ? ニドみたいに気付く人も居るだろうに」
そう言いながら演奏が行われていた方へ目を向けると、今も沢山の客に囲まれ酒や料理を振舞われている彼の姿が目に入った。
耳を澄ませば他の客達も、口々に先程の演奏の素晴らしさについて語り合っている。
「確かに、中にはお主の様に違和感を覚える者も居るだろう。そして、その歌が適当な創作であると気付く者もな」
「だったら」
「ふむ、先程の様な事実は一般にはあまり知られておらん。知っている者も一々口外せんしな」
「知られてないって、広めたりしないのか?」
「広く民衆に知らせた所で大して意味が無いというのが大きな理由だな。為政者や情報に重きを置く商人は重宝するだろうが、奴らは当然その事実を知っている。対して、日々を生きるのに必死な民にとって自分達に影響の無い、遠い国で起こった出来事の正確な情報などさして重要ではない」
確かに畑を耕して生活している人達にとって、大陸の反対側で起こった政治の事など知った所であまり意味は無いかもしれない。
全く無意味という事は無いだろうが、大半の人は興味を持たないだろう。
「一般の人々が吟遊詩人に求めているのは、正確な情報では無く娯楽だ。そうなると、あの者の様に楽器の音色や歌声が美しく、派手で目立つ演奏の方が好まれる」
「なるほどな、だからあの人が人気な訳だ」
あの大袈裟なまでの身振り手振りや演出も、多くの目を引き付けるという意味では大きな効果があったのだろう。
「うむ……先程は騙りや偽者と言いはしたが、民衆に娯楽を提供し楽しませているという点においてあの者は良い腕をしている。ちゃんと弟子入りして歌や心得を授かれば、良い吟遊詩人になれるだろうに惜しい事だ」
そう言うと、少し寂しそうな顔で注がれたワインを飲むのを再開した。
俺はそこまで思い入れがある訳では無いが、好きな者にとっては何か大きな意味があるのだろう。
あの人がどういう考えで吟遊詩人の真似事をしているのかは知らないが、あまり良い気分では無いなと一人考えていた。
昼食を終えて店を出た俺達は、先日の狩りで使った物を補充する為に泊まっている宿の近くにある商店通りにやって来ていた。
この辺り一帯の交易拠点であり、あれだけ大きな組合支部を抱える街なだけあり実に多彩な店が並んでいる。
ここならば十分に装備を整える事が出来るだろう。
組合へ素材を運搬する役目の終わったぷにるを宿にある厩舎に戻してくるという若執事さんと一度別れ、今はニドと俺だけで買い物をしている。
すぐに目的の物は見付かり消耗品の補充という目的は達成したが、決められた時間も特に無いので一通り巡って歩いていたが、色々立ち並ぶ店の中にあって異様な雰囲気の店を見付けてしまった。
商店通りの端っこに隠れる様に立っているその怪しげな店は、一見するとお化け屋敷の様である。
建物自体の造りは周りと同じ二階建ての民家を改造した物なのだが、全体を蔓性の植物が覆っており扉の部分は人が出入り出来る様に整えられているが、窓は恐らく真面に開かないだろう。
看板も長年雨風に晒されて半分朽ちかけており、そこに書かれている文字の中で唯一読める『道具店』という文字を頼りにどういった店なのか判断した。
俺は絶対に入りたくないと主張したが、昼間の一件で見せていた寂しそうな表情を一変させ満面の笑みで「絶対に入る!」と言うニドに押し負ける形で中を覗いてみる事になった。
扉は意外とすんなり開いたが中は昼間だと言うのに薄暗く、よく見えないが商品であろう品々も陳列しているというより無造作に置いてあるという風だ。
奥にあるカウンターと思わしき場所にも店員は居らず、黒い塊が置いてありこの場の不気味さを際立たせている。
「誰も居ないみたいだぞ。見た目も中もこんなだし、もしかして空き家なんじゃないか?」
「ふむ……奥に居るのかもしれんな、呼びかけてみるか。すまんが! 誰か居らんか!」
ニドがその良く響く声で呼び掛けてしばらくしても、奥から誰かが出て来る気配は無い。
いよいよこれは怪しい何か事件なのではないかと警戒していると、誰も居ないはずのカウンターから『ゴソッ ゴトン』という物音がした。
何事かと思い音のした方へ目を向けると、先程まで置いてあった黒い塊が床に転がっている。
俺達以外誰も居らず、まさかあの様な重量の有りそうな物体が風で動いたという事も無いだろう。
すぐさま腰に差したナイフに手を掛けてニドを庇える位置に立つと、黒い塊を注視する。
その黒い塊は、ゆっくりとその大きさを縦に伸ばしてこちらに近付いて来た。
「なあニド、あれ何だか分かるか?」
「さてな……流石にこう暗く姿がはっきりしなくては判断のしようが無い」
そんな会話をしている最中にも黒い塊は徐々に迫っているが、下手に動いて刺激しては不味いと俺達は動けないでいた。
元々そこまで広い店内では無かったので、すぐに三歩程度まで近付いた黒い塊は不意に動きを止める。
これ以上近付いて来た場合は腰のナイフを抜こうと思っていたが、他に動きが無いので不審に思っていると、何やら黒い塊から微かに何かが聞こえて来た。
「……コソ……ン……ッ……スカ」
ぼそぼそと何かが聞こえて来ていたが、全く聞き取れる大きさで無かったので不気味さが増している。
「……イ……デ……ハ……ン……」
やはり何かを微かに発しながら今度はこちらに近付いて来る。
これは、いよいよ戦わなければいけないかと身構えていると、今度は店の扉が勢いよく開かれた。
「ただいま帰りました! ノトラさんしっかり店番出来てましたか?」
そんな言葉と共に突然現れた、大きな紙袋を抱えた十代前半くらいの女の子がこちらに近付いて来た。
「あ、お客さんいらっしゃってたんですね。もう! 駄目じゃないですか、ちゃん窓を開けてお店を明るくしないと!」
そう言うと女の子は窓に近付くと、勢い良くに窓を開け放った。
「え、あれ? その窓開くの?」
蔓に覆われてとても開きそうに無かった窓が、いとも簡単に開けられた事に俺が驚いていると、女の子が苦笑しつつ答えてくれた。
「ああ、この窓に絡み付いている植物は本物に見えますけど全部絵なんです。凄いでしょ? 全部ノトラさん……ここの店主が一人で描いたんですよ」
そう思ってよく見ると、確かに窓ガラスに描かれている絵であった。
元の世界でもだまし絵とかトリックアートと呼ばれる芸術は有ったが、それらに負けていない精巧な出来である。
窓が開いた事で店内が一気に明るくなり、内装や置いてある物がはっきりと分かる様になると先程の不気味さが一気に無くなり、そこにはただの散らかった道具屋が現れた。
そうなると気になるのは目の前の黒い塊の事だが。
「全く……わざわざこんな物まで被って、どうせ店番の最中に居眠りしてたんでしょ!」
女の子は全ての窓を開け終わるとこちらにやって来て、無造作に黒い塊を鷲掴み放り投げた。
「うわぁぁぁ! 目が! 目がぁ!」
「目がぁ、じゃないですよ! 真っ暗な店内で黒い毛布を頭から被って接客する店がどこにあるんですか!」
そう言って女の子は、剥ぎ取った毛布を綺麗に畳むと中から出て来て未だに目を擦っている女性に説教を始めた。
明るくなった時点で何となく分かっていたが、どうやらあの黒い塊の中身は人だったらしい。
しばらく呆気に取られていた俺をしり目に、いち早く順応したニドは店内に置かれた品を手に取っては興味深そうに眺めていた。
本当に神経が太い奴だ。
目の前では未だに女の子のお説教が続いており、標的の女性は魂が抜けかけていたので助け船を出す意味でも思い切って声を掛ける。
「あの、ここは道具屋で間違い無いんだよね?」
その言葉を聞いた女の子は、弾かれた様にこちらに向き直り可愛らしいお辞儀をして答えてくれた。
「あら! 私ったら大事なお客様をほったらかしで大変失礼しました……。いらっしゃいませ、ようこそノトラ道具店へ! 本日のご用件はお買い物ですか? それとも作成依頼ですか? 何なりとお申し付けください!」
お読みいただきありがとうございます。
個人的に凄く魅力的な女性が登場しました。
嫁にしたいです。




