三話 英雄の本質①
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【 ヨルガント大陸北部ヴィーザル帝国・某所 】
「さすがは竜殺しの英雄様! これでこの村は救われます!」
「英雄様は凄い! ありがとうございます!」
「英雄様!」
「竜殺しの英雄様万歳!」
大陸の北部一帯を領土とするヴィーザル帝国の中でも、大森林近くの山間にある小さな村の入り口で、俺はこの村の住人ほぼ全てに囲まれて称賛の言葉を受けていた。
その原因は、こうしている今も村の入り口付近に転がしている大きな蜥蜴を狩って来たからだ。
こいつは「スモークリザード」という雑食の生き物で、とにかく何でも良く食べて大きくなる。
臆病な性格で、体が小さい間は虫や茸を食べ他の生き物に出会うと一目散に逃げるのだが、それだけに生存率がとても高く大きく成長してしまう。
体が大きくなると雑食な事が災いし、辺りの野生動物や植物を食い荒らしてしまい、食べ物が無くなると近くの村や人里まで現れて食べ物を漁りだすのだ。
大きな獲物を狙う時や自身に危険が迫ると、体の中で作り出した毒液を霧状にして振り撒くのがその名前の由来なのだが、この毒液が大きい個体程強力で直接吸ってしまうと即死の危険性すらある。
その被害は家畜や作物だけに止まらず、時には子どもや老人が襲われる事もある為、見付けたら一般人でも対処できる小さいうちに狩ってしまわなければいけない。
しかし時には今回の個体の様に、ひっそりと大きくなり気付いた時には手が付けられなくなっている場合もあり、そういう時は俺みたいな傭兵の出番である。
口々に賞賛の言葉を俺に送る村人達をかき分けて、狩りに出る前に話しを聞いたこの村の村長が現れた。
「やはり組合にお願いして良かった、まさかこれほど早く退治してくださるとは。これも英雄殿のお力あっての事でしょうな!」
「いえ、この程度なら組合の者なら誰でも……」
「またまたご謙遜を! この様な巨大な化け物は竜殺しの英雄殿しか倒せませんよ!」
「……」
その後も村長は次々に俺を持ち上げる言葉を掛け続ける。
俺が名乗った時から怪しかったが、これはそういう事だろう。
散々に村人達の前で俺を褒めちぎった村長は、頃合いを見て皆を解散させ報酬の話を切り出して来る。
表情は変わらないがその顔には、先程までの媚びた笑顔では無く、こちらをどうやって言い包めてやろうかという雰囲気がありありと滲み出ていた。
「それで英雄殿、この様な偉業を成し遂げてくださった貴方様に言うのは非常に心苦しいのですが……我が村もあの化け物によって甚大な被害を受けておりまして、お渡し出来るお礼もあまり多くなく……」
まあ多少は被害を受けたであろうが、甚大なというのは嘘であろう。
要するに報酬の出し渋りをしているのだ。
「そうですか、それは大変ですね。ですがこちらも仕事で行っているので、最初にお話した通りに」
「うっ……しかし見れば英雄殿は……」
知らない者が見ればあまり気持ちの良い光景では無いだろうが、実は組合を通して紹介を受けた仕事ではこういった事前・事後の交渉はむしろ推奨されている。
組合は元々が商人達の集まりで出来た組織の為、少しでも利益に繋がりそうな事柄に関して規制するのを極端に嫌う傾向にあるのだ。
その結果問題が起こったとしてもそれは当人の才覚の問題であるとし、組合は極力介入を避けあくまでも仲介役であるという立場を崩さない。
明らかな契約違反や組合に対する不正、脅迫や暴力などの犯罪行為に関しては徹底的に戦う姿勢を見せるのだが、今回の様な額面に関しての交渉はむしろ行わない方が非常識という認識である。
村長との話し合いを終え無事に満額の報酬を得た俺は、今回の依頼を押し付けて来た組合支部のある街へ向けて街道を歩いていた。
最初は中々引き下がらなかった村長だが、仕方無くといった雰囲気を出しながら今回の獲物を譲ると言うと、笑顔で頷き報酬を用意してくれた。
何とも現金な物である。
「しかしシグルズ、本当に良かったのか? さっきの蜥蜴は中々の大きさだったけど、あの業突く爺にくれてやって」
村から十分に離れ、辺りから完全に人の気配が無くなった所で腰付近から声が聞こえて来た。
「良かったも何も、今回は街まで結構距離がある場所だったからな。あれを担いで帰るより、元々の報酬を満額貰った方が楽で良いだろ」
そう聞こえて来た声に答えると腰にぶら下げていた少し小ぶりの酒瓶が光り出し、小柄な人物が現れて俺の隣を歩き出した。
「そんなもんかね。君ならあれくらい運べるだろうに……っと」
そう言いながら、俺の腰にある酒瓶を掻っ攫うと直接瓶に口を付けて豪快に飲み始める。
小柄で華奢な見た目からは想像もつかない姿であるが、まるで何十年も同じことを繰り返して来たかの様な貫禄があった。
小さな瓶と体のどこにそれだけ入っているのか、相当な量を飲んだ後だというのに、白い顔色を少しも変化させずに言葉を続ける。
「君の所属する組合だったっけ? の流儀というのは、いつ見ても奇妙だよね。皆自分達で対処出来ないから頼っているにも関わらず、二言目には払う報酬を安くしろだなんて」
「向こうも生活が掛かってるからな、俺達にとっては一回分の依頼報酬でもあんな小さな村にとっては結構な額だ」
「生活が掛かっているのはこちらも同じでしょ」
「だから交渉するんだよ」
こいつは業突張りと言っていたが、さっきの村長はまだ良心的な部類だ。
中には難癖をつけて報酬を極端に減額したり、組合の幹部に知り合いが居る等と言って賄賂を要求してくる者までいる。
俺も最初はそういった連中相手に悪戦苦闘したものだが、「英雄」の称号を得てからはもっぱら先程の村の様に、褒めちぎって良い気分にさせ気が大きくなった所で交渉するといった場合が増えた。
これは、昔とある腕の良い英雄が仕事をして称賛される度に報酬を無料にしていた事で「英雄はおだてに弱い」という噂が広がった結果らしい。
さすがに他の者達への影響もあり、また実際に苦情が殺到した事から組合が仲介した仕事を無料で行うのを禁止した事で事態は終息した。
しかし「英雄は誉めてから交渉すると良い」という伝聞だけが各地に伝わった結果が、先程の英雄様よいしょ大会の実態である。
「まあ、僕はこのお酒さえあればどこで何してても別に良いけどね」
そう言うと、俺の隣を歩きながら大事そうに手に持った酒瓶を一度俺に見せ付けてから中身を飲む。
本当にこの酒瓶の中身どうなってるんだろうか。
補充している様子も覚えも無いが、中身が無くなった所を見た事が無い。
「……それの中身は無くなったりしないのか?」
「なんだいシグルズ、やっぱり君もこの美酒を味わいたいの? 良いよ中身はいくらでもあるからね、さあ飲みなよ」
そう言って酒瓶を俺の方に突き出して来た。
こいつは大事そうにしている割にはやたらとこの酒を飲む様に進めてくる。
確かにこの酒瓶からは良い匂いがするらしいが、俺はこれを一滴も飲んだ事が無い。
「いや……良いよ……うえっぷ。やっぱりその強い臭いだけで気分が悪くなる」
「君の酒嫌いも相当だな。この極上の匂いを嗅いでそんな事を言う奴は君が初めてだ」
「酒嫌いなんじゃなくて、凄く弱いだけだよ。味は分からないけど好きだと思う……多分」
「同じ事でしょ。大の男が酒もろくに飲めないなんて、こっちが情けなくなってくるよ」
そんな事言ったってしょうがない、こっちは好きで弱い訳じゃ無いんだからな。
どれくらい弱いかと言うと、前に場末の酒場で出された水で薄めた麦酒を一口飲んだだけで倒れてしまった程である。
こいつの持っている酒瓶から漂ってくる匂いだけで倒れそうなのに、一滴でも飲んだら死ぬんじゃないだろうか。
「まったく、シグルズみたいな奴が居るとは予想外だったよ。よく確かめてから契約するんだった」
「今から破棄したって別に俺は構わないぞ」
「君が良くても僕が構うの! 契約に則って存在してるんだから、破棄したら消えちゃうじゃないか!」
別に俺が頼んで契約した訳じゃ無いからな。
それに契約していると言っても、暇な時の話し相手になるくらいで今の所は特に何か大きな恩恵を受けている訳でも無い。
こいつときたら日がな一日何もせず、今も手に持っている酒瓶で酒を飲んでは俺のやる事に文句を言い、人前では姿を消して出てこない。
うん、やっぱりこいつとの契約とやらは即刻破棄した方が良いな。
「今なんだか物凄く嫌な感情が僕の方に流れて来たんだけど」
「いやなに、一体どうやったらお前が勝手に俺と結んだ契約を破棄して、その臭いだけで役に立たない酒瓶を谷底に捨てられるかなと思ってな」
それを聞いてしばらく口を魚の様にぱくぱくしていたが、ややあって溜め息をつくと説明を始める。
「いい? 最初に会った時も今までも何度も説明したけど、この酒瓶はこの世にたった一つしかない凄く貴重な物なんだ」
「ああ、何度も聞いたな」
「これの中身は一口飲めば如何なる者も魅了し、寝食を忘れて飲み続けると言われる天上の美酒だ。しかもそれが尽きる事無く湧いてくる、それはもう何物にも代えられないすっごいお宝なんだよ」
「なるほど、なるほど」
「だから……本来は僕を見付けた時点で飛びついて、中から漂う香りだけで自分から契約してくれって言うはずが」
「それは凄いな」
「……ねえ、ちゃんと聞いてる?」
「本当に素晴らしいな」
「はぁ……本当にどうして僕はちゃんと確認しなかったんだろう」
何やら静かになったので目をやると、先程よりも気落ちした様子で項垂れながら、それでも酒を飲んでいるのでまあ問題無いだろう。
案外こいつも図太いなと思いつつ街への道を急いでいたのだが、街道の脇から何やら複数の生き物が移動する気配を感じた。
どうやら今日はこのまますんなり街へは帰れないらしい。
「おい、飲んだくれ。囲まれてる、多分俺が狩った奴に住処を追われた連中だ。ひとっ走りするから飲むのを止めて酒瓶に」
「もう戻ってるよ、あの程度なら簡単に撒けるだろ英雄さん」
こいつ、こういう時だけは行動が早いな。
最初から手を借りようとは思っていなかったが、こうも簡単に丸投げされるのは少し腹が立つな。
途中でこの酒瓶捨ててやろうか……まあ、契約の力とかで勝手に戻って来るのだが。
結局その日は人里近くに辿り着き、相手が諦めるまで散々に野生動物との追い駆けっこを楽しむ事になってしまった。
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