二話 少年と傭兵
次話投稿です。
前回に引き続き説明回になっています。
受付の一角で紙の内容を読み上げていた男性職員に近付くと、どうやら何かの合格発表をしている様であった。
今は説明が終わったらしく、次々に合格者であろう名前を読み上げて行く。
最後まで読み終わった所で参加者を見てみたが、その様子から察するに約二割ほどしか合格しなかったらしい。
中には涙を流す者や男性職員に食って掛かり、側で待機していた屈強な職員につまみ出されている者もいた。
「一体あれは何の名前が読まれていたんだ?」
そんな風に隣で参加者を眺めていたニドに問い掛けると、何やらしたり顔で答えを返してくる。
「ふむ、今回は多い方だな。……さて、先程のが何かだったな」
「見た所何かの合格発表みたいだったけど」
「如何にも。あれはこの組合に加入する為の、組合員試験の合格発表だ」
この組合に入る為には試験を受け、それに合格しなければいけないらしい。
しかも、さっきの合格者数でもニドは多いと言っていたので、どうやらかなり難しい試験の様だ。
そうこうしていると、合格者達が職員に連れられて二階へと上がって行った。
恐らく何かの式みたいな事をするのかもしれない。
「どうだ、お主も試しに受けてみるか? もし合格して正規組合員になればかっこいい銅札を貰える上、様々な利点があるぞ」
あの合格率からして、勉強が苦手な俺が突破出来るとはとても思えないがどんな内容なのか気になる。
銅札というのは職員さん達が皆首から下げている、タグの様な物の事だろう。
かっこいいかはさておき、あれが組合員の証になるのか。
世の中には記念受験という言葉もあるくらいだ、一回くらい受けてみても良いかもしれない。
「因みに利点ってのはどんな物があるんだ?」
「まずは組合が運営している様々な施設の一部が、無料または格安で利用出来る」
「それは凄いな」
以前聞いた話に、組合が運営する訓練施設や休憩所などがあると言っていたので、そこで優遇されるのかもしれない。
「何より組合で売り買いする際の手数料が要らなくなるのが一番大きい利点だ」
「え? 手数料取られるのか?」
「掲示板に張り出されている値段も、手数料が計算に入っていない物だな」
「なるほど……」
「元々組合員の為の組織であり施設だからな、ある程度扱いの違いはある。それに手数料といっても、物の値段の一割程度が売り買いの時に掛かるだけだ、元々気にしない者も多いよ」
確かに一割程度なら十分元が取れるから気にしない人も多いだろう。
しかし一口に一割といっても大量に売り買いしている人、商人などにとっては馬鹿にならない数字だ。
あの試験を受けていた人達の殆どが商人という事になるのだろうが、とてもそうは見えない人も居たな。
「それからこれは付随的な物ではあるが、各地の街や国の公的な場所であの銅札が身分証の代わりとして扱われる場合もある」
「国にまで影響力を持ってるのか」
「倉庫の所でも言ったと思うが、大陸一の経済力を持ち商工業のほぼ全てを握っている組織だからな、いかな大国でも敵にしようとは思うまい」
「そりゃそうだ」
「余談ではあるが組合の総資産を金額に直すと、この大陸を三度ほど買える額になるのだとか」
規模が大き過ぎてまったく実感できない話しだが、とにかく莫大なお金を持った途轍もない組織だという事は分かった。
となると、やはりそれを狙った犯罪者なども多いのではないだろうか。
国相手なら利く影響力も、盗賊などにとっては関係無いだろう。
「そうなると泥棒に入られたら大変だな。この支部だけでも色々高価な物があるだろうから」
「ふむ……確かにその通りだが、そんな命知らずは早々居ないだろうな」
「命知らず? また随分と物騒な言い方だけど、そんな恐ろしい事があるのか?」
そう言うと、ニドが先程騒いだ不合格者を摘まみだした職員の方に目を向けた。
今は何やら後片づけをしているが、よく見れば顔や腕には無数の傷が刻まれており、とても書類仕事だけをして来た様には見えない姿をしている。
「あの者は恐らく正規組合員の傭兵であろう。先の対応を見る限りかなり場数も踏んでいる」
言い方からして単に警備の為に雇われているのでは無い様だ。
その証拠に、よく見ればその首にはしっかりと組合員の証である銅札が掛けられている。
「現在「傭兵」と呼ばれる国に属さない武力のほぼ全てが、この組合に所属して仕事をしている。大小様々な傭兵団や個人で活動している総数が数万人とも言われている戦闘の専門家を、全て敵に回す事になる真似など少し考えれば割に合わないと理解出来るだろう」
確かにそれは考えるだけで恐ろしいな。
だがそれよりも気になる事を言っていたので、それについて訊ねてみる。
「ほぼ全ての傭兵が組合に所属って事は、傭兵ってのは全員さっきの試験を合格しているって事なのか?」
だとしたらとんでもないエリート集団という事だ。
何だか俺の中で傭兵のイメージが荒くれ者の集団から、メガネを掛けた学者の集まりに変わりつつある。
「そんな訳無かろうが、奴らの殆どは戦う事が専門の者達ばかりだ」
「でも組合に所属してるんだろ」
「うむ。組合員になる方法は何も試験を受けて合格するだけでは無い。組合が有能な者を直接勧誘する場合もあるが正規組合員が長となった組織、傭兵団や商会に所属する事でも同じ様に扱われる」
それはつまり組合員の部下になれば良いという事か。
しかし組合側は大丈夫なのだろうか、それでは厳しい試験をする意味があまり無い気がするが。
「もちろん同じに扱われると言っても、試験を突破した正規組合員と同格では無い。そういう者達は準組合員と言って銅札も持たず、精々組合の施設の訓練場や資料室が無料で利用出来るくらいだな」
「確かに組合に入れば色々便利そうだけど、難しい試験をわざわざ突破したり誰かの下に付くくらいなら自分で好き勝手に動くって人も居そうだよな」
「大陸一の組織が身元を保証するんだ、これほど確かな物はあるまい。それに組合の名が後ろ盾になっていれば、賊の類はもとより厄介な権力者への牽制にもなる」
なるほど、実際の利益がどうとか言うよりも入っているという事が重要なんだな。
それにしても……商会を作るくらいの人なら分かるけど、傭兵団を作るにも試験に合格しないといけないとは、何という脳筋殺しだろうか。
「つまり賢くないと商売だけじゃなくて傭兵団も作れないって事か」
「組織の長が不勉強では色々な所に迷惑が掛かり兼ねないからな。まあ中には自分では無理だからと部下の知恵が回る者に試験を受けさせて、名義だけ長に据えている何て者も居る」
何だか元の世界でも聞いた事がある様な話だな。
案外どこも似た物なのかもしれない。
「もっとも、それは珍しい例だがな。大抵は大きな商会の私兵という形で所属する事が殆どだ」
「まあそれが一番無難だよな」
丁度目の前を歩いていた優しそうな職員さんを捕まえて、気になっていた組合員試験の事について聞いたのだが、受けるだけでも結構な額の試験料を払わないといけないらしい。
しかも不合格になって試験料を丸損という事になれば、確かに文句の一つも言いたくなるかもしれない。
それでも受けに来る者が沢山居るという事は、それだけ正規組合員が魅力的だという事だろう。
その後は一通り組合の建物の中を歩き回り、各受付で行える事や中の施設についての説明をニドから聞いた後、ぷにるを連れて素材を売りに行った若執事さんの元に向かう事になった。
動物等の素材買い取りを行っている倉庫は事務所から少し離れた所に立っているらしく、ニドの体力に合わせてゆっくりと向かう事にした。
その最中に、ふと宿屋での事を思い出しニドに訊ねてみる事にした。
「そういえば、宿屋で言ってた「英雄」ってのは何なんだ? 何か凄そうな人だってのは言葉で分かるんだけど、何か特別な人なのか?」
その言葉を聞いたニドは一瞬驚いた顔で俺を見た後、すぐに何か思い立った様な顔付きになる。
「そう言えば以前の説明の時も、英雄の話をしていなかったな。いや、これはうっかりしていた」
照れた表情で少し耳の裏を掻くと、軽く咳払いをして話し出す。
「「英雄」というのは、所属している傭兵達の中でも特に優れた力を持つ者に、組合が独自に与える称号の事だ」
「組合が称号を与える?」
「うむ。その基準ははっきりしておらんが、組合への貢献度が大きい者や偉業を成し遂げた者に与えられる事が多いな」
貢献度が大きいのは分かるが、偉業というのは一体何を指しているのであろうか。
「偉業ってのは何の事を指すんだ? まさか竜でも倒したとか言うんじゃ」
「うむ、そのまさかだ。竜殺しの偉業を成して英雄になった者も居るぞ」
「それは……凄いな」
何よりも、本当に竜が居るって事実に一番驚いた。
この世界の竜が俺の知る通りの存在だとして、従者さん達が居ない間に襲われでもしたら数分も持たない気がする。
「その凄い傭兵が我々の泊っている宿屋に居るという話を、ここに来る前にしていたではないか」
「ああ……そんな話をしていた様な、していなかった様な……」
おい止めろ、その話を蒸し返さないでくれ。
俺は竜を倒すような奴と稽古だとしても戦うのはごめんだ。
何とかニドの興味を他に移せる様に話を振らなければ。
「ほ、他の英雄がやったの偉業にはどんなのがあるんだ? 凄い興味がある!」
少し強引な話題の変え方だったか?
「やはりお主も男だな、英雄の冒険譚に興味があるのか? よし丁度私が知っている吟遊詩人の歌にもなった話があってだな……」
うん、何とかニドの興味を反らす事に成功したみたいだ。
後は適当にこいつの話しに相槌を打っておけば、目的の倉庫に着くまで持つだろう。
結局その目論みは成功したのだが、敷地のほぼ端っこにある倉庫に辿り着くまで延々と英雄の偉業についての話しを聞かされた。
内容はあまり覚えていないが、三百人の傭兵団で十万の軍隊を撃退したとか、双頭の巨大な狂犬を退治したとか、中身の酒が尽きない酒瓶を遺跡から持ち帰ったとか、とにかく眉唾な物ばかりであった事だけは覚えている。
この分だと竜殺しの話しも本当かどうか怪しい物だ……と、そんな事を考えながら目的地に着いた俺達は、若執事さんと相変わらず不細工なロバと無事合流を果たした。
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