四話 英雄の本質②
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よろしくお願いします。
「お帰りなさいませシグルズ様、無事に……とは言い難い恰好ですね」
組合支部で回された仕事の報告をしようと受付に向かうと、今回の英雄担当だという若く純朴な見た目の女の子から苦笑いを向けられた。
服や装備は破れたり壊れたりしていないが、確かに体中泥だらけでとても勝利の凱旋とは言い辛い格好だからな。
「依頼自体は蜥蜴一匹だったから簡単だったが、帰る途中にワーグの群れに出くわしてな」
「それは大変でした……と言うか、よく単身で生きて帰られましたね。さすが英雄の称号持ちです」
受付の女の子はお世辞では無く本心から感心している様子だ。
大抵こういう場合はご機嫌取りで大袈裟に持ち上げたりするのだが、この子はそういった下心が感じられない。
どうやらここの人事は俺の扱い方を分かっていて担当を選んだ様だ。
「それで、今回はどういった御用でしょうか。もしかしてワーグの毛皮を売られるんですか?」
「いや、依頼達成の報告と他に俺が出張る厄介事は無いかと思ってな」
そう言うと、受付の女の子は少し意外そうな顔をした後で慌てて色々と確認を取りだした。
一通り確認し終わるまで待っていようと、受付を離れる素振りを見せると呼び止められる。
「あ、こちらは確認は終わりましたので、依頼完了書の提出をお願いします」
これには驚いて思わず彼女の手元を確認したが、きっちり整えられた大量の書類の中で俺の名前がある物だけを抜き出して置いてある。
この短時間でどうやったのだろうかと不思議に思いはしたが、一支部とはいえ気難しい者が多い英雄の担当を任される程の職員だ、それくらいは熟せるのかもしれない。
俺が村長から報酬と共に受け取った依頼完了書を渡すと、さっと目を通して頷き代わりに先程抜き出した書類を渡して来た。
「確かに受け取りました。それから今お渡ししたのが英雄シグルズ・フランク様宛の書類になります、ご確認ください」
「ありがとう。それと、もうしばらくこの街に居るからこの支部で用事がある時は、君に声を掛ければ良いかな?」
「はい、精一杯担当を務めますのでお願い致します。……失礼なことを言う様ですが、少し意外でした」
「意外というと?」
思わず聞き返してしまったが大体予想は付く、彼女は俺がきちんと完了書を出した事を言っているのだろう。
元々この完了書は、正確な情報を得るのに役立つからという理由で導入されており、半ばお願いに近い物なので律儀に提出する者が少ないのだ。
「諸先輩方からは英雄の称号持ちの方々は皆さん気難しくて、まともに手続きを行ってくれないと聞いていましたので」
「確かに、あいつ等は依頼を終えても書類を提出どころか、真面に支部に顔を出さないからな」
組合への依頼の報酬は伝統的に直接本人に渡す事に成っている。
これが支部へお金を預ける形式であれば皆受け取りに訪れるのだろうが。
「今回もシグルズ様がこちらに来られたのは他の要件かと勘違いしておりました。申し訳ございません」
「いや、良いよ。俺も含めて英雄なんて名ばかりの連中の集まりだからな」
偶に英雄全員に会議や緊急事態などで招集が掛けられる事があるが、その時は本当に気疲れする。
まず全員が集まった試しが無いという所から始まり、突然英雄同士で大口の商談を始めたり交際が破綻して顔を合わせるのが嫌だから帰ると言い出す者や、中には些細な理由で本気の殺し合いを始める者も居た。
思い出すだけで頭が痛くなるが、これが現在八人ほど組合により認定されている英雄の現状である。
俺はその集団の中では新参者に位置するが、最初にその話しを聞かされ実際にその現場を目撃した時は随分と驚いたものだ。
なのでこの子の言い分も理解できるし、特に不満も無い。
渡された書類に軽く目を通してみたが、これと言って急ぎの要件が無かったので挨拶をして外に出ようとしていると、話しが終わるのを待っていたのか他の女性職員に呼び止められ支部長室に顔を出す様にお願いされた。
ここの支部長とは最初に訪れた時に顔を合わせているが、正直あまり積極的に会いたい人物では無い。
二階にある支部長室に案内されている最中どう逃げてやろうかと考えていたが、結局は流されるままに部屋の前まで来てしまった。
よく考えたら呼びに来てくれた職員さんにも悪いし、ここまで来て逃げたら後が面倒になると思い直し、軽く扉を叩いて返事を待ち中に入る。
すると中には眼鏡を掛けた大柄な男性が机の向かっており、高く積まれた書類に次々と何やら書き込みをしていた。
部屋に入った俺を一瞥すると、再び書類の山に目を向けながら話し掛けてくる。
「ようやく来たか。随分とのんびりしているな、全くこれだから横耳は」
そんな事を言いながらも男性が先程から動かしている手の速度は一切落ちていない。
呼び付けておいてその態度は無いだろうと、心の中で溜め息を吐きながら言葉を返す。
「俺はついさっき帰って来たばっかりですよ支部長」
「その格好を見ればそれぐらい分かる。こちらはもう少しでひと段落する、そんな所にいつまでも突っ立ってないで目の前の長椅子にでも座れ横耳の」
そういえば泥だらけの恰好だったなと思いながらも、勧められるまま部屋の中央に置いてある談話用の長椅子に腰かけたがあまり落ち着かない。
その原因は恐らく、この部屋があまりにも飾り気が無いからだろう。
以前訪れた時もそうだったが、この部屋には仕事に必要な机や椅子以外の備品が一切置いていないのだ。
そんな部屋の中で大柄な男性が、ひたすら書類に書き込みをしている様子は不気味さすら感じる。
「どうした、さっきから子どもの様に落着きが無いぞ横耳の。そんなにこの部屋が気に入らないか」
声の方へ目を向けると、丁度支部長が自分の座っている長椅子の向かい側に座る所であった。
こちらに近付く気配が無かったのにも驚くが、見れば先程まで書類の山が半分程度になっている。
本当に優秀な人なんだなと思うのだが。
「いえ……というか支部長、そろそろその横耳って呼び方止めてくださいよ」
「ふん、見た通りを口にしているだけだ。それが嫌なら、お前もわしの様な立派な獣耳を生やすのだな」
そんな事を言いながら、自分の頭の上にある毛に覆われた耳をぴくぴくと動かして誇らしげに一撫でする。
確かによく整えられた立派な耳ではあるが、俺にはあまり理解出来ない趣向だ。
この支部長は組合でも有名な獣耳好きで、あからさまに差別している訳では無いが、どちらかと言えばこの支部の職員は獣耳の割合が大きい。
実際に俺の担当の女の子も丸みのある可愛らしい獣耳であったし、案内してくれた職員はすらりとした細長い獣耳であった。
これで仕事が出来なければ自分の趣味の為に職権乱用する、ただの変態おやじだなと呆れ気味に思っていると、先程案内してくれた職員さんがお茶を淹れて来てくれた。
お礼を言いつつ飲もうとしていると、支部長がだらしない顔でもう一つお茶を置こうとしていた職員さんの耳に触れようと手を伸ばし、思いっきり平手打ちをされている。
本当にこの酷い獣耳好きさえ無ければ優秀な人なのだが。
「さて俺も忙しい身だ、余計な話はここまでにしようか」
怒って出て行ってしまった職員さんを見送ると、急に真面目な顔になった支部長が何事も無かったかの様に話を始めた。
切り替えが早いのは良いが、支部長の頬には思いっきり手の形が付いているので全然締まらないな。
「最近街道が物騒になって来ているのは知っているか」
「ああ……何となくだがな。この度の依頼の帰りにもワーグの群れに襲われた」
「確か、ここからそう遠く離れていない村での依頼だったか。あいつらがこんな近くに居るのは妙だな」
そう言って支部長はずれた眼鏡を直しながら考え込む仕草をする。
本来ワーグというのは人里離れた森の中で集団生活をするとても賢い狼型の獣で、人に狩られる危険性の高い街道付近にはあまり好んで姿を現さない。
今回街道で囲まれた時も最初は他の獣だとばかり思っていたが、飛び掛かって来る時にその姿を見て随分と驚いた。
命を奪うつもりで戦えば何十匹でも相手に出来る自信はあるが、間引きが必要な状態でも無ければ森の番人である彼らの数を減らす事には抵抗感がある。
その結果が今の泥まみれの恰好という訳なのだが、やはり考える程に不可解な点が出て来てしまう。
「この近辺で、普段とは生息域が全く異なる動物達が街道に出たという報告が、最近頻繁に上がってきている。この様な規模で縄張り替えが起こったとも考え辛く、また時期で見ても場所で見てもおかしな所だらけだ」
「つまり、この近辺の特に森の奥の方で何か異変が起こっているせいで、動物達が大移動しているという事か」
もう一度支部長が眼鏡の位置を直しながらお茶を飲み、改めて俺の顔を見て話を続ける。
「横耳の、お前の今の話を聞いて確信した。ワーグは本来その知能と数でこの辺りの森の頂点に立つ存在だ。それが縄張りを追われるなど、余程の異変が起こっているという事だ」
「つまり今回の俺を呼び出したのは、その余程の異変とやらの調査依頼の為という訳だな」
俺の言葉を聞いて支部長は一度深くうなずくと一枚の紙を取り出した。
どうやら今回の件の依頼書の様だが、組合が依頼人となりその報酬額は中々のものなので、如何に組合が事態を重く見ているか窺える。
「こちらもなるべく守銭奴どもの尻を叩いて、街道の護衛に関する仲介数を増やして対応する。名を売りたがってる脳みそまで筋肉の連中も喜んで出張るだろうから、そちらの心配は必要無い」
「そうですか、では数日中にも何度か潜ってみましょう」
他に話も無い様なので残ったお茶を飲み干して部屋を出ようとすると、支部長に背中から声を掛けられた。
「分かっていると思うが、まだ調査の段階であまり外部に情報を漏らすな。もしこれに国が関わっていれば本部案件になる。俺はあの堅物共があまり好きじゃないからな」
部屋の扉を潜りながらその言葉に軽く手を上げて答えると、支部長は鼻を鳴らしそれ以上は何も言わなかった。
支部長室を出て、久々の大仕事に気を引き締めて掛かるかと考えていると、お茶を持って来た職員さんが軽く会釈してからすれ違い部屋に入って行った。
どうやら片付けに向かった様だが、その少し後に廊下にまで響く平手打ちの音が聞こえて来たので、恐らく支部長が懲りずに耳を触ろうとしたのだろう。
折角引き締めた気が萎えていく感覚と必死で戦いながら、あれさえなければ優秀な人なんだが……と一人愚痴を溢した。
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