二十話 ある吟遊詩人の旅の始まりと演奏会の終わり
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そこから化け物と仮面男の戦いは、いっそ哀れに思える程に一方的な物であった。
相手の化け物が膨大な魔力に任せて多彩な攻撃を仕掛けて来るが、そのどれもが一切当たらず徒労に終わっている。
仮面男はとにかく素早く的確で力強い。
奇をてらった攻撃にも即座に反応し対処して、隙を見ては少し小突いて離脱するを繰り返していた。
業を煮やした化け物が、逃げようとすれば即座に回り込み、周りの者を盾にしようとすれば瞬時に懐に入り込んで蹴り飛ばす。
仮面男と同化しているので辛うじて認識出来るが、お互いの体が止まっている間も休まず魔術の攻防が行われ時折視界の端が明滅している。
先程まで余裕の表情を浮かべその体に染み一つ無かった化け物は、見る間に痛々しい姿へと変えられ息も絶え絶えだった。
「お前ふざけるな! この僕を虚仮にしやがって! 何で神器を使わない!?」
突然攻撃の手を止めた化け物が、そんな事を叫びだす。
どうやらこの仮面男はこれでも手加減をしているらしい。
今も化け物が喚いている隙に攻め込める筈だが、手を後ろで組み優雅な立ち姿を披露している。
「我が主様のご意志を尊重しているまでです。本当ならば、貴方の様なこの世界の汚点は今すぐ消し去ってしまいたい」
「あの野郎が何だってんだ勝手な事を言いやがって! 生み出しておいて、与えておいて目障りになったら捨てるのか!」
何やら話がよく見えないが、どうやら主様とやらがあの化け物の生みの親なのだろう。
だとしたら文句の一つも言ってやりたい所だが、この仮面男の強さ考えそっと気持ちに蓋をした。
私は平和主義者なのだ。
「だからこうして最後に機会を与えているんです。自らの行いを、悔い改めなさい」
「そうしたら僕を見逃すって?」
「ありえませんね。ベルヴェルクを主様の手元に戻し、貴方には転生の輪の中に戻ってもらいます」
「ふざけるな……ふざけるなよ! その名は力は全て僕の物だ、今さら力を捨ててあの下等生物共と同じになれって言うのか? そんな事が出来る訳が無いだろ!」
仮面男の言葉を聞いた化け物は、激しい怒りの表情を浮かべると捲し立てた。
しかし、その表情には何か違和感を感じる。
確かに見た目には必死さが伝わって来るが、どこか気が反れているのだ。
「だとしたら、貴方には消滅しか道は残されていません」
「そうかい……だったら、お前が消えろ!」
そう叫ぶと、それまで動きを止めていた化け物が魔力の腕を大きく広げ、真正面から突っ込んで来る。
これまでの搦め手を使った攻撃からすると、随分直線的な動きだと不思議に思っていると、背後で急激に魔力が膨れ上がるのを感じた。
膨れ上がった魔力の塊が弾けると、無数に散らばった魔力の針が背後から仮面男に襲い掛かる。
どうやらあの化け物は、この前後からの挟撃で逃げ場を無くす為に先程の会話中からずっと準備していた様だ。
「お前の存在を消せなくても、その体が死ねば次が来るまで時間が掛かるはず。その間にこの国を消し飛ばして逃げてやる!」
勝ち誇った顔の化け物が、広げた腕をこちらに目掛けて薙ぎ払う。
確実に捉えると思われた一撃は、忽然と姿を消した仮面男を取り逃し虚しく空を切った。
まさか避けられると思っていなかったのか、棒立ちで辺りを見回していた化け物の背後から声が掛けられる。
「それが貴方の、我が主様の慈悲に対する返答ですか」
いつの間にか背後に立っていた仮面男の手には、先端が鉤型になった鎖が握られていた。
その瞬間は全く見えなかったが、相手の魔力の腕が片方吹き飛んでいるのでこの鎖で吹き飛ばし後ろに回り込んだのだろう。
「いいでしょう、これで心置きなく貴方を消滅させられる」
仮面男の手にした鎖が次々と伸びていき床に落ちる音が鳴り響くと、こちらへ振り向いた化け物の顔には深い絶望が浮かんでいた。
一見すると何の変哲も無い細めの鎖だが、少し目を凝らせばまるで生き物の様な生命力を宿している事が理解できる。
「我が主様の名において、哀れな咎人よ、その魂をあるべき場所へ導かん」
床に着いていた鎖の一部が独りでに仮面男の腕に絡みつくと、先端の鉤型が化け物に向かって襲い掛かった。
慌てて避けつつ振り払おうとするが、鉤型に触れた物は全て食い破られる様に消えていく。
激しく抵抗を続けるも徐々に追い詰められた化け物は、最後に鎖部分に捕らわれて呆気無くその姿を消した。
化け物が居た場所に向かうと、柄に大きな宝石の付いた短剣が発光しながら転がっている。
近付くとまるで命乞いをするかの様に明滅し出した、これがあの化け物の本体で全ての元凶なのだろう。
仮面男が短剣の側で徐に手を掲げると、その中に真っ黒な大鎌が現れる。
その大鎌で先程よりも早く明滅している短剣を一薙ぎすると、傷一つ無い短剣が一度だけ強い光り放ち、徐々にその輝きを無くしていった。
こうして、殺人鬼の捕縛から始まった一連の騒動が終わりを迎え、城に平穏な時間が戻って来たのである。
その後、化け物を倒した仮面男は素早く短剣を拾い上げ懐に仕舞うと、何やら大規模な魔術を使用して消え去った。
元に戻った自分の体を確かめていると、玉座の間のそこかしこから驚きの声があがる。
何事かと思い見渡せばあれだけ居た負傷者全員の傷が癒え、気を失っていた者達が目を覚ましていた。
幸いな事に国王や王女も無事に目を覚まし、腹部を刺されて重傷だった宰相も一命をとりとめた。
後から聞いた話だが、宰相が痛みや息苦しさで意識を失いかけていると目の前に死んだはずの坊主が現れ、まだこちらに来るなと怒られたそうだ。
同様に、国王には前国王が王女には仲の良かった部屋付きの侍女が現れて説教をされたが、温かな光に包まれると同時に消えて行ったのだとか。
侵入した傭兵達の傷も癒えていたが、代わりとばかりに意識を失い、程なく全員が捕えられた。
城の地下牢に放り込まれ、それぞれの罪に応じた刑が科せられる事になるだろう。
傭兵達の身柄を巡って元締めの組合と揉めるかとも思われたが、今回の件に関して組合は一切関わりが無いとの事だ。
傭兵達を地下牢に放り込む際に、一番奥の目立たない場所に捕らわれていた王女の護身術教師が発見され救出された。
かなりの実力者らしいのだが、彼女は偶然にも宰相の計画に気付いてしまい城下街時代からの友人である宰相を諫めに行って、油断したと所を捕えられ牢に入れられたらしい。
宰相が操られていた事を話すと妙に納得し、今後も王女の教師や相談役として協力してくれる事になった。
避難していた王子も無事な事が確認され直ぐに城へと呼び戻された。
帰って来た王子の顔付きが以前よりも凛々しくなったそうで、今まで以上に勉強や訓練に真摯になったと評判になり将来に期待されている。
宰相は一時この度の騒動の首謀者として死罪になるかと思われたが、悪しき神器により操られていた事実やこれまで上げた多くの功績が考慮され、地位の剥奪と国の監視下に置かれる決定が下された。
国の管理する施設の維持管理を命じられ、老齢により引退した館長の代わりに城下街の図書館で働き、一日中本ばかり読んでいるのだとか。
あまり人の来ないその図書館には偶に下手くそな変装をした男が現れて、親し気にお喋りをして帰って行くのだと噂になっている。
結局あの生徒は何度となく指導しても変装が上達せず、抜け出す癖が直らなかったのが心残りではあるが、これから連合関連の仕事で多忙な毎日だろうからそのくらいの息抜きは良いだろう。
王女も今回の騒動で大きく変わった者の一人だ。
今では国王に代わり外交の場に赴く事もあり、知識や駆け引きは発展途上だが度胸や国を考える姿勢は大いに評価されている。
世間知らずなお嬢様で、その容姿だけを指して「国の至宝」と呼ばれていたが、そのうち能力も含めての呼び名になるだろう。
そして私は現在、自分の屋敷で全ての荷造りを終えて旅立とうとしていた。
昨日のうちに使用人や元宰相の我が弟子に挨拶は済ませ、坊主の墓参りも終えている。
この度の騒動の犠牲者は、貴賤に関係無く国の共同墓地へと手厚く埋葬された。
坊主の墓は身分の高い者が収められる様な立派な物が用意され、未だにその死を悼む者が訪れている。
私の屋敷や使用人はそのまま我が弟子に譲り渡し、持って行けない私物は処分しよう考えていたのだが、周りの者達からの強い反対で部屋も屋敷も全て私の名義で残る事になった。
我が愛すべき出戻り弟子曰く
「今の私のお給金などごく僅か。ですから未だにこの国から出続けている賢人様の年給を、この屋敷の維持費や使用人に使いましょう」
との事だ。
我が弟子よ、国王の一存で結構な額を貰っている上に貯えもある事を知っているぞ。
まあ……若い時に出来なかった分の贅沢や幸せを、今取り返してると思えば腹も立たない。
そのいつも身に着けているペンダントと一緒に屋敷や使用人も大事にしてくれ。
長い間随分と苦労を掛けたうちの使用人だが、最近例のご近所さん以外にもう一人正式に雇い入れ、教育を任せた。
新人の飲み込みが遅いのだと愚痴を溢していたが、その顔は生き生きとしていたので多分上手くやってくれるだろう。
忘れている物が無いかもう一度確認をして屋敷を出発する。
見慣れた道、見慣れた城下街を通り抜けて街の門へと辿り着き、最後にもう一度だけ城に目をやると初めて登城した時の事を思い出した。
今ではすっかり癖になった決まりの動作で服装を正し、改めて門を潜ろうと歩き出すと
「やあ賢人殿! 随分と遅かったでは無いか! 待ちかねて迎えに行こうかと思っていた所だ!」
やっぱりこうなったかと、頭を抱えたくなるのを我慢した。
彼女はあれから直ぐに目覚め、うちの使用人が止めるのも聞かずに城へ走って現れた。
坊主の事を伝えてしばらくは目を疑う程にしおらしかったが、今ではすっかり元通りだ。
しかし、今でも時折坊主に貰ったという剣を寂し気に撫でているのを見た事がある。
「遅かったって……私は約束した覚えはありませんが」
「そうだな! 某も約束はしていない!」
この人は本当に相変わらずだ。
おまけに見た目も相変わらずなので、以前気になって聞いてみた事がある。
どうやら祖先にとても長命の種族がいたらしく、彼女にはそれが遺伝で現れたらしい。
何とも羨ましい事だ。
「一往聞きますが、貴女はここへ何をしに来られたのですか」
「そんな事決まっているだろう! お前と旅をする為だ!」
「そうですか」
「そうなのだ!」
以前の様に何とか言い包められないか考えを巡らしたが、彼女の方は万全に支度を整えている。
どうやら今回は思い付きで無く、本気で共に行く気みたいだ。
彼女の頑固さは良く知っているので、今さら突っぱねた所で無駄だろう。
「もうここには帰りませんし、どこかに定住する事も出来ません。しばらく滞在などは出来ますが、一生旅を続ける事になります……それでも共に行きますか?」
「そんな覚悟はとうの昔に出来ている!」
私が仮面男と交わした制約は『ヴァーヴズ』の名を冠するというものだ。
これはライフリンカーがその生涯を神に捧げ、祝福を得た者にのみ名乗る事が許される尊き名である。
老化抑制や健康維持など様々な加護が得られるだけでなく、その名に対して身分を保証している国まであるが、生涯旅を続ける事を義務付けられる。
吟遊詩人にとっての大いなる祝福は、安寧を望む者にとっては呪いなのだ。
「分かりました、では役割を決めましょう。少しは貴女にも炊事をしてもらいます」
「そ、それは少し考えさせてくれ。某にも得て不得手という物が……」
確かにこの旅に終わりは無いが、目的だけははっきりとしている。
今から旅立つこの国で起こった様々な事を、歌にして少しでも多くの人々に知ってもらうという目的が。
幸い時間や回るべき国は数多ある。
少しずつでも歌い広めて行こう。
この奇跡の様な国の出来事を。
この奇跡の様な日々の出来事を。
「……ツカサ、これツカサ」
「え? えっと、ここは」
気付けば俺は、演奏会が行われている酒場の二階へ戻って来ていた。
舞台の上を見れば、歌い終わったルノンが可愛らしくお辞儀をしながら観客の喝采に答えている。
「やけに静かに聞いていると思っていたら、まさか居眠りしておったのか?」
「い、いやそんな筈は無いんだが……」
これまで随分と長い間、他の誰かの人生を覗いていた気がする。
まさか今までのは全部夢だったのだろうか。
それにしては色々と気になる事が多すぎる。
「なあニド、少し聞きたい事があるんだけど」
「ん? なんだ?」
「前に見せてくれた短剣ってさ、もしかして『神器』って呼ばれる物なのか?」
それまで舞台に向かいしきりに拍手をしていたニドの手が止まり、こちらに顔を向ける。
その顔は普段の余裕がある物ではなく、心底驚いた物であった。
「……その話を一体どこで聞いたのだ?」
「どこっていうか、さっきの歌で知ったんだけど」
俺の言葉を聞いて、ニドが考え込んでしまう。
もしかして何か拙い事でも聞いてしまったのだろうか。
助けを求める様に老執事さんに目を向けるが、微笑むばかりで何も言って来ない。
面倒な事になる前に先に謝ってしまおうかと思っていると、今度はニドの方から質問をして来た。
「ツカサよ、まさか今の歌の最中にどこか別の場所に行った様な感覚を覚えたか?」
「あ、ああ。気付いたら何だか聞いた事の無い国に居て、知らない誰かになっていたよ」
「そうか、だとしたらそれはーー」
ニドがそこまで言った所で、一階の舞台の上から声を掛けられた。
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