十九話 ある吟遊詩人の回顧⑩
次話投稿です。
今回は前回分も含め少々長めになりました。
辺りを見渡すと、倒れ伏した多くの兵士達や無残な瓦礫となった扉が目に入る。
どうやら、当分は安全だと思っていたこの玉座の間が襲撃を受けこの様な事になってしまったらしい。
しかし、特に頑強な造りになっていたこの部屋の扉が、開けられているというより吹き飛ばされている。
一体どんな力が働けば、こんな状態になるのであろうか。
突然地下倉庫に続く階段から現れた私に気付いた者達は、それぞれの顔に驚きや何故か納得した顔をしている者など様々だったが、特に咎められる事は無かった。
私とは離れた位置に居た国王は、他の者が制止する中でゆっくりと坊主を抱き締めている宰相に近付くと、何度か言葉を交わした後に肩を抱き立ち上がらせる。
国王は自らが羽織っていた上着を横たえた坊主の上に被せると、宰相を支えながら近衛や大臣達が集まっている場所へ歩いて行った。
それを皮切りに玉座の間に集まっていた衛兵や文官達が動き出し、倒れている者の救助や縄を掛け始める。
どうやら我が国の兵装をして倒れている者の殆どが、今回の襲撃に関わった者達だったらしい。
俄かに騒がしくなった玉座の間で、多くの者がまず最初に横たわった坊主の前で黙祷を捧げそれぞれの作業へ移っていく。
まだまだ頼りないと思っていたが、それなりに頑張って多くの者に慕われていたみたいだ。
横たわる坊主の元へ近付いて行くと、黙祷を捧げていた文官が道を開け声を掛けて来る。
顔を確かめると、坊主の乳兄弟でもあるご近所さんの息子で、出来事の一部始終を伝えてくれた。
私はそれを聞き終え話してくれた礼を言うと、改めて坊主へ向き直る。
ゆっくりと顔に手を添えて一撫ですると、多くの血を流したせいか既に冷たくなり始めていた。
考えてみれば終ぞ生きている間に、こうして撫でてやった事も抱き締めた事も無かったなと今更ながら思う。
「全く……これだから子どもには、一生関わり合いになりたく無かった」
そう口から溢し、もう一度だけ顔を撫で髪を梳いてやると立ち上がる。
倒れている者達がここを襲撃した全員であれば、彼らの持つ装備では到底この部屋の扉を破壊して瓦礫の山は作れないだろう。
ならばその力を持つ何者か、もしくは道具が存在するはずだ。
話してもらった内容からして、今回の騒動の原因はまず間違い無く殺人鬼が持っていたという短剣だろう。
現代で言う魔術というのは誰もが使えるごく有り触れた物なのだが、神話の時代の魔術というのは山を消し海を割って天候すら変えてしまったそうだ。
その頃に造られた様々な道具が現代まで残り、一部の王族に受け継がれたり遺跡に眠っているという話をよく聞くが、大抵はまがい物や効果を大袈裟に吹聴しているだけの物が多い。
だが中には本当に強大な力を秘めた物も存在し、それらは「神器」と呼ばれその所有権を廻って戦争が起こる事もあるのだとか。
世間では知られていないが、魔術研究の第一人者で狂気の実験を繰り返した研究者の男も、ある不思議な力を持つ本を所持しており死の間際まで決して手放さなかったそうだ。
こういった道具が引き起こす騒動は、私達ライフリンカーの間で頻繁に話題に上り情報を求める声が後を絶たない。
こうした話は歌として受けが良いだけでなく、戦火を逃れ旅の安全を確保する為に必要になるからだ。
直接そんな力を持つ者が居るとは考えられないので、神器の類が関わっていると見てまず間違い無いだろう。
(まさか私が直接、神代の遺物に関わる日が来るとはな)
短剣型の神器となると、以前旅の途中で聞いた話にそんな物があった。
確か、ある国が財政難で宝物庫の中身を盛大に売り払った際に、厳重に封印していた筈の什宝の短剣が誤って流出してしまったそうだ。
それに気付いた国の者が慌てて買い取った商人を捜索したのだが、忽然と姿を消していたのだとか。
その国に残っていた伝承を調べた者によると
『その短剣は一振りで城門を吹き飛ばせる力を秘めていたが、例外無く使用者を狂わせ悪逆の限りを尽くした為に、多くの犠牲を出しながら最後は英雄によって封印された』
とあるそうだ。
そんな物をそのままにしておけない、早く回収しなければ際限なく被害が広がってしまう。
そう考えた矢先に宰相の叫び声が響き、国王と共に二人で歩いて行った先が騒がしくなる。
慌てて目を向けるとそこには、衛兵が手にした短剣によって腹部を刺された宰相の姿があった。
その後ろには尻もちをついた王女の姿があり、どうやら彼女を庇って刺された様だ。
以前から少しぼんやりした所がある王女だと噂では聞いていたが、まさかここでとは……。
それまで作業をしていた者達の手も止まり、皆が騒然とする中で国王が怒声を発する。
聞こえてくる会話の内容や短剣を手にしている衛兵からは、明確に人以外の気配を感じ戦慄してしまった。
(あれが神器に狂わされた者の姿か。ーーなんと、おぞましい)
玉座の間にの高笑いが響き渡り、取り押さえようとした者達が吹き飛ばされた。
どうやら奴は自分の有り余る魔力を具現化させて、それを操っている様だ。
凄まじい力だが、どうやら本調子では無いらしくしきりに首を傾げている。
(まだ本調子で無いのなら、こちらにも打つ手があるはずだ)
幸い瓦礫がそこら中に散乱しているので、投げ付ける物には事欠かない。
投擲用の紐を取り出して手元の短剣を狙って小ぶりな瓦礫を打ち出すも、見えない壁に阻まれてしまう。
それならばと懐から武器を取り出そうとするも、こちらを見もせずに振るわれた魔力の塊に吹き飛ばされてしまった。
どうやら奴は何故か王女にご執心で、私程度の雑魚には興味が無いみたいだ。
軋む体に鞭を打ち何とか立ち上がるが、既に王女の目の前には怪しく光を放つ短剣が掲げられ、何やら語り掛けている。
あれは魔術で洗脳し、自の意志で体を明け渡す様に誘導しているのだろう。
何か意識の有る無しで違いがあるのかもしれない。
先程までの王女の様子では、とてもあの力に抗えるとは思えない。
そう思っていたのだが。
「私はーースカジ王国第一王女! お父様と宰相様が築き上げ、騎士団長様が護り抜いて来た誇り高きこの国の王女です! 王女である私が許可します少しでも良心があるのなら今すぐそこで自害なさい!」
強い眼差しで言い放ち、見事に魔術を振り切ってみせる。
なるほどあの子も間違いなく、この国を治めるに値する王族の血筋であった。
王女の言葉を受けて、奴はうわ言を繰り返していたが唐突に部屋の中央に歩み出すと、操っている衛兵の肉体を飲み込んで黒い球体へと変化する。
球体が徐々に小さくなるにつれて不気味な音を響かせるが、それ以上に異様だったのは、内包している魔力の量が爆発的に増えている事だ。
(どういう事だ? どこにあれだけの魔力を溜め込んでいた)
どう考えてもあの魔力は、人一人が保持できるものを超えている。
確かにこの辺りの魔力も節操無く吸収しているみたいだが、それでもあんな量には届かないだろう。
そこでふと、あの短剣に斬りつけられて未だに私の屋敷で眠り続けている彼女の存在を思い出した。
大した外傷が見当たらないにも関わらず、まるで生気を奪われた様なあの状態。
(まさか……あの短剣は、斬り付けた相手の魔力を奪って利用しているのか)
そう考えれば、あの魔力量も元騎士団長の容態も説明がつく。
気付けば既に奴は変化を終え、まるで自分が絶対者であると言わんばかりに太々しく佇んでいる。
その姿は一見すると美しいと言えなくもないが、その整い過ぎた体躯と溢れる魔力で不気味さが際立っていた。
純然たる化け物。
それが最初にその姿を見た私の感想である。
その化け物は今も好き勝手な事を捲し立てながら、何やら途轍も無く強い魔術を行使しようとしていた。
重度の魔力濃度障害の症状に加えて、何らかの行動を阻害する魔術も使用しているのを感じる。
あの強力な魔術がどんな効果で、どれだけの範囲に及ぶのか詳しい事は分からない。
分からないが、放たれればそれだけでこの国くらいは簡単に吹き飛んでしまうだろう。
そんな絶望的な感覚が一瞬で心を支配し、全てを諦めてしまいたくなる。
玉座の間に濃密な魔力が充満し、全ての者がその影響で苦し気に俯いている。
そんな中、王女だけがただ一人立ち上がりその手に剣を握り締めていた。
王女は覚束ない足取りで化け物に近付くと、手にした剣に振り回されながら懸命に振るう。
その剣は虚しく空を斬り馬鹿にされるが、王女は決して諦めずに化け物目掛けて剣を振り続ける。
その光景を目にした私に沸き上がって来たのは、これまでに経験した事の無い激しい感情であった。
(何故だ!? 何故私の体は動かない!)
ここで動かなければ、一体何の為に生きて来たのか分からない。
ライフリンカーなどと言う特別な力があっても、賢人などと呼ばれても、今までずっと大切な者の肝心な時に側に居て力になってやれなかった。
そして今も、その命を賭して大切な何かを護ろうとしている少女を見殺しにしようとしている。
ならばそんな力に、そんな名に、そんな生に一体どんな意味があると言うのだろうか。
相変わらず体は指一本動かない。
あの化け物を何とかするにはどうすれば良い。
見れば化け物がこれまでと比べ物にならない程の膨大な魔力の塊を、王女に向かって振るおうとしている。
(誰でも良い、何でも良い、私にあの化け物を打倒する方法を教えてくれ!)
強く願いながら、ライフリンカーの力を使う。
情けないが、今の私にはこれくらいしか出来そうに無い。
この力を使っている最中は、自覚は無いが体が発光していると教えられた事がある。
例えそれで化け物が私に襲い掛かって来ようとも、少しでも時間稼ぎが出来るなら十分だ。
そう考えた次の瞬間ーー私は何故か元騎士団長の家の台所に立っていた。
いきなりの事に私が狼狽していると、いつの間にか食卓の椅子に座り本を読んでいた男に声を掛けられる。
「やっと能力を使用してくれましたね。このまま終わるんじゃないかと心配しましたよ」
そう言うと、男は読んでいた本を閉じ立ち上がった。
年齢は二十代前半ぐらいだろうか、仕立ての良い執事服を着て顔には何故か可愛らしい犬の仮面を着けている。
色々と聞きたい事はあるが、経験上こういった輩は不都合な事は絶対に答えない。
なので出来るだけ手短に問いかける。
「あんたは誰で、ここはどこだ?」
「良いですね、非常に明快な質問でこちらも答え易い」
そう言う割には答えになって無いのだが、黙って次の言葉を待つとしよう。
「先ずは私が誰か、でしたね。簡単に言うと私は神の使いです」
「……は?」
「そしてここは神の領域。貴方達の言う所の神域ですね」
頭が痛くなって来た。
目の前のふざけた仮面男は、よりにもよって神の使いと名乗ったのだ。
私を瞬時にこんな所まで連れて来たのだから、失われた魔術を蘇らせた天才研究者、とでも言われた方がまだ現実味がある。
「信じていただかなくて結構ですよ、今回は確認を取るだけですから」
「確認?」
「はい、長々と説明するのも面倒ですし率直に言います」
男はそれまでのどこか飄々とした雰囲気を引っ込めて、真剣な眼差しを送って来た。
「私は今貴方が直面している事態を治める事が出来ますが、その為には貴方の同意が必要です」
「……それは本当か?」
「ええ、我が敬愛する主様に誓って」
それが本当に可能なら望通りなのだが。
「今私の同意が必要だと言ったな」
「はい、間違い無く」
「だったら条件があるはずだ、それを話せ」
上手い話には裏がある、それはいつの時代も変わらない。
あの化け物の様に無理やり乗っ取ったり、無条件で力をやろうと言わない辺りまだましな部類なのかもしれないが。
「なに、特に影響はありませんよ。少しの間身体をお借りするのと、生き方に制約が付くだけです」
「身体を借りる? 制約?」
「身体をお借りするのは事態の収束までですから直ぐに返します、制約も貴方からすれば大した事ではありません」
「その内容を教えてくれ」
この際こいつが何者なのか、そんな事はどうでも良い。
この身体が欲しければくれてやるし、生き延びなければ今後の生き方など関係無い。
「貴方には『ヴァーヴズ』の名を冠してもらいます」
「っ! それは……私には死ぬまで安住の地は無いという事か?」
「はい、死ぬまで放浪者として旅を続けていただきます」
そうか……その名を知り与えるという事は、こいつは本当に神の使いなのだろう。
だがそれで大切なものが守れるというなら、安いものだ。
「分かった、その話に同意しよう」
「……提案しておいて何ですが、良いのですか? 貴方の本当の望みは」
「構わない、所詮はしがない三流詩人の戯言だ」
そう、もはや私が望んだ未来は手に入らない。
だとしたら、未来ある者達を護ってやるのが大人の役目だ。
「分かりました、貴方の同意を受け取ります」
「ああ、その代わり必ずあの化け物を止めてくれ」
そこまで話すと、意識が徐々に何かに溶け込んでいく感覚に襲われる。
「姿かたちが変わり人格の主導権は私になりますが、貴方の意識は残ります」
「つまりどういう事だ?」
「特等席で化け物退治が見れますよ」
それは良い。
自身の力じゃ無いとは言え、この手で敵が討てるなら今回の騒動で一番の朗報だ。
安心した所で一つ気になっている事を、まだ喋れる間に聞いておこう。
「なあ神の使いとやら、ここは神域なんだろう」
「そうですね、本来は形も何も無い空間です」
「だとしたら何故、今はこの部屋の形をしているんだ?」
仮面男は顎に手を当てて、ほんのひと時考える素振りをした後に答えた。
「この神域で人と会話や交渉する時はなるべく冷静になってもらう為、その人が一番落ち着ける、若しくは楽な気分になれる場所が投影されるんですよ」
「なるほど、分かった。もう十分だ」
これは完全に必要無い情報だった。
そんな事を考えていると、意識が完全に溶け合って私が仮面男の姿に変わっていた。
周りの景色も徐々に薄れあるべき所へ帰って行く感覚を覚える。
眩い光に包まれて意識だけの私が気付いた時には、目の前にあの化け物が繰り出した巨大な魔力の塊が迫っていた。
「あなたのその魂は、我が主の御側に侍るに値する」
その言葉と共に、仮面男が腕を伸ばし魔力の塊を防いでしまう。
意識があるのに身体が勝手に喋り動くというのは、何とも奇妙な感覚だ。
即座に化け物を蹴り飛ばし王女を抱えて安全な場所へ連れ行くと、何やら鼻の頭がむず痒くなる様な言葉を連発していた。
止めてくれ、確かに今はお前の姿だが本来は私の身体だ。
ともあれ、これで私もやっと安心して見物出来る。
後はこの神の使いを自称する仮面男のお手並み拝見といこう。
お読みいただきありがとうございます。




