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十八話 ある吟遊詩人の回顧⑨

次話投稿です。

今回は少し短めになりました。

 真っ暗で足場が悪く洞窟独特の湿っぽい空気の中を、光の魔術で光球を生み出しながら進んで行く。

 昔確認の為に何度か通った事があるが、当時とあまり変わって無いので安心した。


 この脱出路は天然の洞窟を利用しており、出入り口こそ狭いが奥は広い空間になっている。

 その空間を城の方へ進んで行くと、巧妙に隠された扉が存在しその先は人工の通路が続く。

 大人一人分の広さがある通路は城の地下倉庫へと繋がり、そこにある長い螺旋階段を登って行くと玉座の間へ辿り着く。


 隠し扉は初見では非常に分かり辛い上、その先は非常に狭くなっている。

 大人数で襲撃するのであれば、必ずこの広い洞窟内で行う筈だ。


 死角になっている所を警戒しながら進み、もう少しで隠し扉が見えるだろう場所まで来ると、何者かが争う音が聞こえて来た。

 素早く自分の光球を消し岩の陰に隠れて様子を伺うと、先程の見張りと似た格好の男達五人が剣を抜き何者かを囲んでいる。


 数の有利を生かす為なのか、大小複数の光球が浮かび辺りが非常に明るくなっている。

 どうやら囲まれているのは、この国の騎士二人とその後ろに護られた王子の様だ。

 久しぶりに姿を見たが、本当に昔の国王にそっくりに成長している。


 ただ一つ違うのは、当時の国王であれば腰の剣を抜き威嚇の一つでもしているだろうが、この王子は腰でも抜かしているのかその場に座り込んで動かない。

 当時の指南役である元騎士団長がこの場に居たら、敵よりも先に王子の尻を蹴り飛ばしていそうな光景だ。


 一方で二人の騎士は非常に動きが良く、時々隙を突いて王子を狙ってくる者も居るが上手に連携して相手の攻撃を凌いでいる。

 近くには囲んでいる男達と似た様な格好の者が既に三人程倒れており、この二人の練度の高さが伺えた。


 だが相手も慣れたもので、遠巻きに囲んだまま執拗に攻撃続けている。

 恐らくは二人が疲れ果てるのを待っているのだろう。

 このまま見ていれば、間違い無く先に体力が尽きた騎士達が倒れ王子も殺される。


 先を急いでいる身ではあるが、見捨てて行くのも寝覚めが悪い。

 何より目的の隠し扉は丁度彼らが争っている辺りにあり、大人しく通してはくれないだろう。


 色々と自分の中で折り合いをつけると、懐から口が細長く中に液体の入った瓶を取り出した。

 その瓶に巻き付けていた布を外して木の蓋を開けると、外した布に中身の液体を少量含ませる。

 布を瓶の口へ半分程度押し込むと、再び瓶に蓋をしてもう一つ同じ物を作り、外側に出ている布に火を点けた。


 燃える布が付いた瓶を二つとも手に持つと、未だに攻撃を続けている男達へ向かって間を置かずに投げつける。

 飛んで行った二つの瓶は片方が足元に落ち、もう片方が彼らの一人に当たって砕け散り中身の液体を浴びせ掛けた。


 突然飛んできて、大きな音を立てて割れた瓶に全員が驚いたと同時に、男の一人とその足元が突然燃え上がり悲鳴が上がる。


「呆けるな! 攻撃開始!」


 一時は騎士達もその光景に唖然としていたが、私が上げた声に即座に反応し、未だに混乱の最中にいる男達へ向かって襲い掛かる。

 私も見張りから取り上げた剣を構えると、一番近くで棒立ちになっていた一人を斬り倒し火だるまになって暴れている者を蹴り飛ばす。


 それまで劣勢を強いられていた騎士達は、まるで鬱憤を晴らすかの様に激しく攻め立て、瞬く間に残りの三人を斬り伏せてしまった。

 元騎士団長の真似をして声を上げてみたのだが、思いの外効果があったみたいだ。


 敵に増援が無い事を確認すると、騎士の一人で中年くらいの方が声を掛けて来た。


「賢人殿お久しぶりです! 来てくださり本当に助かりました!」


 どうやら彼は私の事を知っていたみたいだ。

 もう片方の若い騎士は、王子を助け起こしてこちらに来たが戸惑った顔をしている。


 それもそのはず、最近は私自身がこの国で何かする事がめっきり減り、街を歩いても声を掛けられる事が少なくなった。

 彼らくらいの若い世代の者には、単なる偉そうなおじさんでしかない。


 中年の騎士より脱出する前の城で一体何があったのか教えてもらい、軽く状況を確認する。

 どうやら国王は他の王族を全員逃がし、自らは城に残って事態の収拾に努める様だ。


 そして一番最初に脱出したのが王子だったが、どういう訳かその途中に待ち伏せに合い、それが先程の戦闘へと繋がるらしい。

 話を聞いてふと王子に目を遣ると、未だに怯えた様子で辺りを見回している。

 なるべく若い世代へは関わらないと決めていたが、その姿を見ていると何やら胸につっかえる物を感じて思わず王子へ声を掛けた。


「王子、貴方は先程どうされていましたか?」

「え? どうって……とても怖かったから」

「怖いのは皆一緒です」

「でも、生き伸びるのが王族の勤めだってお父様が」


 どうやら国王は、このお坊ちゃんに王族として大事な事をまだ教えていない様だ。

 今は教育する立場にないが、その姿でそんな事を言われたら自らの過失に思えて仕方ない。

 ここは一つ私の自己満足に付き合ってもらうとしよう。


「では聞き方を変えましょうか。王族でしかも次期国王たる貴方は、自らの騎士が命を賭して戦っている間に何をされていましたか?」

「……何も、していませんでした」

「そうですね。貴方はただ怯えて何もせず、見ているだけでした」

「……」


 私は片膝をつき、改めて王子と視線を合わせると語り掛けた。

 こんな子どもには酷な話だ、それは分かっている。


 だがそれでも。


「王子、確かに生き伸びるのは王族の勤めです。臆病者と謗りを受けても、負け戦から生きて帰らねばならない時もあります」


「ですがそれはより多くの命を護る為、民の命をその生活を生き延びて護り抜く為です」


「断じて怖いから、自分の命が惜しいからではありません。そうであってはなりません」


 旅の中で様々な国を見た。

 栄えている国や寂れている国、善政を布く国や悪政に苦しむ国、疫病に滅ぼされた国もあれば、たった一人の英雄によって救われた国もある。

 どの国も風土や習慣、食べる物や飲む酒など似ている所があったとしても、全てが同じでは無かった。


 だが結局は、最後に国を左右するのは国王であり、王族だというのはどの国も同じであった。


「確かに国王が死ねば国は動きません。ですが、民無くして国は成り立たない」


「貴方が死に怯え何もしない間に、沢山の民が死ぬかもかもしれない。先ほど貴方を護ろうと戦った、この者達も死んでいたかもしれません」


「そんな事を繰り返していては、何れこの国は誰も居なくなる。誰も居なくなった国の玉座に国王がただ一人座っている、そんな物は笑い話にもなりません」


 外敵に対して国王が、王族が我先にと逃げ出した国は悲惨なものだ。

 皆が奪われ囚われ犯されて、そして最後は死んでいく。

 それは相手が人で無く飢餓や病でも同じ事、真っ先に死ぬのは力の無い民である。


「なぜ国王様が貴方を先に逃がしたかお分かりですか?」

「それは……お父様が僕を大事にしてくれるから」

「そうですね、確かにそれもあるでしょう。ですが国王様は貴方を逃がす前、何か言っていませんでしたか?」

「『生き伸びて王族の勤めを果たせ』って、だから僕は……!」


 そこで王子は何かに気付いた顔をした。


 中々どうして、ただ臆病なだけのお坊ちゃんでは無いみたいだ。

 それに自信なさげな所は相変わらずだったが、視線だけは最後まで反らさなかった。

 流石はあの前国王の孫で現国王の子どもだ、後は言わずとも理解するだろう。


「はい、結構です。その言葉を深く心に刻んで、決して忘れないでください」


 そこで話を切り上げると立ち上がり、静かに待っていてくれた騎士二人にお礼言った。

 若い方の騎士は何やら複雑な表情をしていたので、中年の騎士に何か言われでもしたのだろう。


 ふと見れば、二人の剣は刃こぼれが酷く今にも折れてしまいそうだったので、念の為に私が持っていた剣を両方渡しておいた。

 大分時間を食ってしまった、先を急がねばと思い隠し扉に手を掛けた所で王子に声を掛けられる。


「賢人様、私は立派な王族に……国王になれるでしょうか?」

「それはこれからの貴方次第です」


 そう言うと、今度こそ隠し扉を開けてその中へ進む。

 扉を閉める間際に見た王子の顔は、それまでよりも随分とましな物であった事だけは確かであった。




 隠し扉の通路を抜けた先にある城の地下倉庫に辿り着くと、取り敢えずこちら側から通路への入り口の仕掛けを元に戻す。

 意外と複雑な手順が必要なのでこれで万が一洞窟側から侵入者が来ても、多少の時間稼ぎくらいになるだろう。


 倉庫を出てすぐの螺旋階段を登っていく。

 通路を通っている時から何度か強く感じる事があった不快感が、今では実体を持って迫るかの様な圧迫感まで感じる程だ。


 大分時間が掛かってしまったがあの中年騎士の言う事が正しければ、今頃は皆玉座の間に集まっているだろう。

 このまま行けば黙っていても国王や、今回の事態の鍵を握るであろう宰相と合流出来る。


 玉座の間は有事の際に王族を護る最後の砦として造られており、現国王の王位継承時に行われた大規模な城の補修でも、特に入念に補強された場所だ。

 あそこに居る限り、余程の事が無ければ安全が保障される筈である。


 辿り着いて一息付けたら、宰相の異変についてじっくりと調べねば。


 そんな事を考えながら長い階段を登り切り、玉座の間へ辿り着いた私の目に飛び込んで来たのは、集まった者達に見守られながら血塗れで宰相に抱き締められている坊主の姿であった。

お読みいただきありがとうございます。

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