十七話 ある吟遊詩人の回顧⑧
次話投稿です。
「父ちゃん! 帰ってたのか」
「ん? ああ坊主お前か。お前こそ国王に着いて行ってたんじゃないのか」
「いい加減坊主は止めてくれよ。俺はもう騎士団長やってんだ」
「そっちこそ私の呼び方を変えないじゃないか」
「今さら賢人様なんて呼べないよ」
こいつはどうやら何とも無いみたいで少し安心した。
今回は帰国して立て続けに知り合いが異変に巻き込まれていたので、これ以上の問題は願い下げだ。
「で、坊主お前はいつこっちに戻ったんだ」
「ああ、丁度今朝方だよ。予定より随分早く戻ったから、城の方も準備が間に合わなかったみたいだ」
「だから国王の帰国を祝う催しが無かったのか」
「国王様の強い希望で、凄く急いだから。一刻も早く吉報を国に伝えねば! って具合に」
余程今回の連合入りが嬉しかったのか、子どもの頃からせっかちな所は変わらないな。
少し懐かしい気持ちになったが、今はそれどころでは無いと気を取り直す。
「それより坊主、お前は何か感じないか」
そう問いかけるとそれまで緩んでいた頬が引き締まり、武人のそれへと変化する。
「やっぱり父ちゃんも感じてるのか、この纏わり付く様な感覚」
「理解するまで少し掛かったがな」
「俺の周りでも感じれる奴が殆ど居なかったから、それだけで大したものだよ」
「生意気な事言うな坊主。土産をやらんぞ」
そう言うと、父ちゃんは相変わらずだと笑いながら謝って来た。
流石にもうただの土産では効果が薄いか、今度は何で釣ろうか考えておこう。
「私も色々と怪しい所を当たっているのだが、どうも情報に乏しくてな」
「俺も気になって、いつもの装備を整備に出すついでに街を調べていたんだ」
「……慣れた装備品が手元に無くて大丈夫なのか?」
「消耗部分の劣化が激しかったし、せっかく父ちゃんに貰った物だから大事にしたいからね」
ふむ、物を大事にするのは良い事だ。
「そうか、ならお守り代りにこれをやろう」
「何これ? 小さな瓶だけど、薬?」
「飲み薬だ。吟遊詩人が愛用している痛み止めと、傷の治りを早くする占術が掛かった代物だ」
「何だよそれ、凄い胡散臭いな」
「お守り代りと言っただろ。効果は保証するがあくまでも応急処置だからな」
使う事態が訪れない事が一番なのだが、多分そうも言ってられないだろう。
何かを仕掛ける機会があるとすれば、今日か明日か明後日か……。
とにかく備えておいて間違いは無いはずだ。
「坊主、明日はどうするつもりだ」
「明日まで非番だから、今日みたいに街に出て買い物ついでに色々と調べるつもりだけど」
「悪いがしばらくは城に居て、調査と警戒をしてくれないか。どうやら私は中に入れないらしくてな」
「……城内で何かあるって事か?」
「分からないから念の為だ」
坊主は少しの間真剣な表情で考え事をした後、了解の意志を伝えてきた。
「父ちゃんがそう言うなら何かあるのかもな。分かった、しばらく中で色々と調べて見るよ」
「頼んだ、今は少しでも打てる手が欲しい」
坊主はまだまだ頼りないが、あれでも騎士団長に任命され国一番の剣士などと呼ばれている。
取り敢えず何かあった時の対処くらい出来るだろう。
その後しばらく街を調べて回ったが、最近街が物騒になったという情報以外は得られなかった。
帰りに無理を言って聞き出した買い物を済ませ、元騎士団長の家のご近所さんの所へ挨拶へ訪れる。
先日のお礼を兼ねてちょっとしたお願いをする為だ。
このご近所さんは坊主と同じくらいの息子が居て、あいつがまだ赤子の頃は母乳を分けて貰っていた。
その息子さんは今では城で文官として立派に働いており、坊主と今でも仲良くしてくれている。
特に口利きなどをした覚えは無いのだが、息子さんが城で働ける事になった時は大層喜んでお礼を言われた。
昨日の事も家に居る所を見られたのが、この人だったからこそ直ぐに話が進んだのだろう。
お隣さんの家を訪ねて軽い世間話をしつつ本題を切り出した。
お願いと言っても、うちの屋敷で昼間の決まった時間で働いてくれないかという内容だ。
ご近所さんも息子さんから手が離れ、旦那も昼間は仕事で居ない。
そんなに堅苦しい物では無く、家事の合間に出来る範囲で構わないと伝えると喜んで頷いてくれた。
これで少しはうちの使用人に楽をさせてやれるだろう。
明日の昼頃からお願いしますと伝えると、今日は一旦切り上げて帰路につく。
今日中に信用できる医者も手配出来れば良かったのだが、街の正確な状況が分かるまでは控えた方が良いだろう。
屋敷に帰り、明日には新しい人が手伝いに来てくれると使用人に伝えると大層喜ばれた。
元騎士団長の方も発作がすっかり無くなって、どことなく顔色も良いらしい。
このまま全てが良い方向に向かってくれれば良いのだが……。
今日調べた限りでは、やはり宰相の身に何か異変があったというのが妥当な所だ。
明日は朝一番で城に出向いてみる事にしよう。
坊主に接触して城内を調べてもらっている、何か変化があるかもしれない。
(まったく、この度の帰国で楽隠居を決め込もうという計画が台無しだ。貴女も無理に出張ったりせず、趣味の料理でもしていれば良かったんですよ……)
未だに眠り続けている元騎士団長の、少しだけ乱れた髪を梳きながら一人愚痴を溢した。
大きな異変があったのは次の日の朝であった。
城内へと続く跳ね橋の前に大勢の人が集まり、城壁の上に立っている兵士へ向かって懸命に何かを叫んでいる。
近くの者に聞けば、いつもの時間になっても跳ね橋が下りず、朝に搬入するはずだった物資や通っている使用人達が中に入れないのだとか。
(どういう事だ、城の内部で何かあったのか?)
不審に思い城壁の上に立っている兵士達に目を遣ると、その中の一人が突然弓を構え人だかりの中に放ってきた。
矢が真っすぐにこちらを目指して飛んで来たので、大きく横に倒れ込む様にして何とか避ける事に成功するが、その際に隣に居た少女を巻き込んでしまった。
これも不可抗力というやつなので許してもらいたい。
兵士の突然の凶行に、その場に集まっていた人々が恐怖に駆られ次々に逃げだし始めた。
逃げまどう人々を避けながら矢が飛んで来た方を警戒していたが、どうやら向こうにとっても想定外だったらしく、城壁の上から怒鳴り声が響いたかと思うとすぐに静かになった。
(あれは間違いなく我が国の兵士では無いな、あの早打ちと精度は狩人を生業とする者の技術だ)
という事は、あそこに並んでいるのはどこぞの傭兵団なのだろう。
だとしたら正規の衛兵や兵士はどこへ行ったのだろうか。
そんな事を考えていると、不意に城の内部から強い魔力の波が広がったのを感じ、それを意識すると一瞬立っているのも辛い程の不快感を覚えた。
その魔力の波を感じた直後、私の体は考えるよりも先に動いていた。
長い間旅をして来たが、これまで感じた事が無い程の嫌な予感というやつが体を突き抜ける。
どうやら事は一刻を争うらしい。
城の跳ね橋付近から即座に走り去ると、城から少し離れた林の先にある、王族のみが知る脱出路の出口へと向かう。
なぜ私がそんな物を私が知っているのか、という話になる訳だが。
過去に生意気な王族の子どもが、女遊びをする為に頻繁に使っていたからだーーとでも言っておこう。
林の奥に巧妙に隠されている筈の洞窟の前には、見張りの為だろうか武装した男が二人ほど立っている。
かなり急いで走って来たが、運よく向こうに気付かれる前に木の陰に隠れる事が出来た。
よく見れば彼らの顔は、昨日街中で見掛けた覚えがある。
この時期にこの場所に居て、まさか城の件と無関係ではあるまい。
どうやら街をうろついていた柄の悪い連中は、今回の騒動の為に集められた傭兵だったらしい。
(ここを知っているという事は、王族に近い身分の者が手引きした可能性が高いな)
時間があれば他の方法もあるかもしれないが、城から感じる嫌な気配が更に強くなっている。
警戒の仕事をしている彼らには申し訳ないが、あそこを通る事にしよう。
見張りの二人は長い間そこに居るのか、殆ど緊張感は無くお喋りに興じている。
軽く周りを確認したが伏兵の可能性も少なく、彼らの会話の内容から交代なども特に行われていない事が分かった。
随分と杜撰な体制だが、こちらとしてはありがたい。
木の陰より少し離れた位置に移動すると、懐から布と投擲用の紐を取り出した。
布で鼻と口を覆うと、見張りの位置と風の向きを確認する。
投擲用の紐に陶器で作られた特別製の玉を乗せると、見張りの一人を目掛けて投げ放つ。
勢いよく飛んで行った陶器の玉は、余所見をしていた見張りの顔面へ直撃し砕けると、中に入っていた粉末状の薬品を周囲に撒き散らした。
陶器とはいえ投擲用に硬く作った玉が直撃した方の見張りは、倒れ伏して動かなくなる。
一方で無事だった方の見張りの男は、即座に剣を抜き警戒の姿勢を見せたが、すぐに唸り声を上げながら喉を押さえうずくまってしまう。
どうやら大声を上げようとして、風に流され漂って来た薬品を諸に吸い込んでしまった様だ。
この薬品は大陸中央の大森林に自生する、数種類の毒性が強い花を乾燥させ粉末にした物である。
生き物が顔の粘膜から吸収すると、数日間は激しい痛みに襲われ最悪は死に至るという代物だ。
本来は旅の途中で大型の獣などに襲われた際に使用する物で、決して人に使用して良い類の薬品では無いのだが、まあ今は些細な問題だろう。
薬品の効果が現れると同時に走り出した私は、風の魔術を使って辺りの薬品を吹き流すと、未だにうずくまって苦しんでいる男の顎を蹴り上げ昏倒させた。
最初の投擲が巧く一人に当たったのが幸運だった、おかげで労力が少なくて済む。
身に着けていた口布を外しながら、昏倒している見張りの二人から剣などの武器を取り上げる。
本来なら念のために縛り上げたい所だが、一人では必要以上に時間が掛かってしまう。
面倒だから、いっそ始末するか……。
そんな考えが一瞬過り取り上げた剣を握り直すが、すぐに冷静になり思い止まる。
自覚が無かったが、今回の騒動に私は相当腹を立てているみたいだ。
先程使った薬品も、わざわざ相手が死ぬ可能性の高い物で無くても良かったはず。
(どうやら……私にとってこの国は、自分が思っていた以上に大切な物になっている様だな)
命を奪わないまでも、目を覚ました時に抵抗されても面倒なので、彼らの両足の腱を斬り放置する事にした。
取り敢えず分かりやすい武器も手に入ったが、恐らくこの脱出路の奥には王族が来るのを待ち構えている連中もいる筈だ。
本当に面倒ではあるが、城内に急ぐ為にはここを通らなければならない。
私は服の裾を軽く手で払い乱れを直すと、改めて通路の先へ進んで行った。
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