十六話 ある吟遊詩人の回顧⑦
次話投稿です。
最後になるだろう約半年の旅を終え、国の城下街に戻った私が最初に感じたのは違和感であった。
目に見えた違いというよりもどことなく雰囲気が張り詰め、一瞬頭にも霞がかった感覚を覚えたが、その感覚もすぐに消えてしまう。
馴染みの雑貨屋に顔を出し何かあったのかと尋ねても、特に変わった事は無かったという答えと、いつも通りの対応が返って来る。
その後も違和感の正体を確かめる為に店を何軒か回ってみたのだが、何やら大きな捕り物があったという話以外にはいつもと変わらないという事だ。
大きな捕り物というのは、以前の帰国時に宰相が言っていた殺人鬼関連の話しだろう。
犯人の若い男はとうの昔に捕まって、城下の広場で衆目の前に晒されながら処刑が行われたそうだ。
執行を前に読み上げられたその罪の数々は聞くだけで眉を顰める様な内容であり、一時は犯人に対して罵声や石が投げられた。
しかし、あまりにもその犯人の表情や動きに生気が無く、罵声を浴びせようと石が当たろうと一切無反応なその姿に広場に集まった人々が皆黙り込んでしまったとか。
死を目前に犯人は一言も喋らずあまりにも粛々と行われたその処刑に、集まった者達は皆首を傾げたそうだ。
その殺人鬼に関しては、確か騎士団長……今は元騎士団長が捕縛に協力をしていたはずだ、彼女ならば詳しい内容を知っているだろう。
そう思い、いつもの道を通って家に辿り着き、声を掛けたのだが一向に中から返事が無い。
騎士団長になった坊主は城の敷地内の寮に移ったが、一人になった今も彼女はこの家に住んでいるはずだ。
確かいつもならこの時間は家に居て、日課の鍛錬か趣味に興じている筈なのだが。
不思議に思い扉に手を掛けると、玄関には鍵すら掛かっておらず中に入る事が出来た。
何度も訪れてある程度の構造や何があるかは把握しているが、明らかに以前よりも物が少ない上に家具などもしばらく使用した跡が無い。
空き巣や強盗の可能性も考えたが、それにしては綺麗過ぎるし何より家主はあの元騎士団長だ。
空き巣はともかく、強盗だった場合相手の方に同情してしまう。
引っ越しにしては家財道具が多いので、いよいよ不思議に思っていると外から声が聞こえて来た。
どうやらこの家に入り込んだ人影を、不審に思ったお隣さんが声を掛けてくれた様だ。
このお隣さんの所には坊主の悪事を何度か謝りに出向いているので、顔見知り程度にはなっている。
騒がせた事を詫びに外に出ると、私の顔を見たお隣さんが慌てて声を掛けて来た。
一旦落ち着いてもらい話を聞くと、ある日突然どこかの使用人の女性が現れて中にある家具の一部を持って行ったのだそうだ。
去り際にその女性は、ここの家主に用事のある人は「賢人様の屋敷」に来る様に伝えて欲しいと言い残したとか。
私の屋敷を指定する使用人の女性と言えば、私の屋敷のおばちゃん……今はおばあちゃんと言った年齢だが、あの人くらいだ。
お隣さんには丁寧にお礼を言って別れると、私は足早に屋敷への道を急ぐ。
あの家を元騎士団長はとても大切にしていた。
実は彼女には坊主の独り立ちを機に、私の屋敷に住まないかと何度か誘っている。
その方が行き来の手間が省けるし、うちの使用人が少し寂しそうにしていたのが気になったからだ。
だが結局は首を縦に振らず、理由を聞けば「帰る家だから」と言っていた。
それが突然どういった事情だろうか。
屋敷へと続く道を進み城下街を抜けると、霞がかっていた思考が突然晴れた感覚を覚える。
どうやら街に対して何らかの力が働いているみたいだ。
(これは……本格的に何かあるな)
この不可思議な街の状況も気になるが、今は屋敷へと急ぐ事にする。
場合によっては国王や宰相に直接会い、何らかの対策を取らないといけない。
屋敷に戻るといつもであれば人好きする笑顔で出迎えてくれる筈の使用人が、疲れ切った表情で玄関へ迎えに現れた。
律儀に荷物を受け取り、食事の用意をしようとしているが全て断る。
現在の詳しい状況を聞きたいのは山々だが、見るからに無理をしている者にこれ以上仕事をさせられない。
元騎士団長が客間に居るという事だけを聞き出すと、今日はもう休むよう言いつけ下がらせた。
何があったかはまだ分から無いが、明日にでも事情を話してもらおう。
私は急いで客間へと向かい扉を軽く叩くが、中からの返事は無い。
少し躊躇したが返事を待たずに部屋に入る。
普段の彼女ならば不作法を咎め、拳の一つでも振り回しながら追い掛けられるかもしれないが、どうやら現在はその心配は無い。
何故なら彼女はその整った顔を蒼白にして部屋の寝具に横たわり、静かな呼吸を繰り返しているからだ。
服装や髪はしっかりと調えられているのは、うちの使用人が常に気に掛けてくれていたからだろう。
彼女の自慢だった年齢の割に若々しく力強い身体も、何かに奪われたかの様に衰えてしまっている。
その日、私は一日彼女の世話をして過ごしたが、一向に目を覚ます様子が無い。
時折何かに憑かれたかの様に激しく暴れるので、怪我をしない為に抑え付けていたが、色々と試すうちに抱き締めて声を掛ける方が効果的だと気付いた。
そのたびに服装を整え、乱れた髪を梳いてやる。
(本当にこの人には昔から苦労させられる、目を覚ましたら色々と言ってやらねば)
そんな事を考えながら何度も繰り返していると夜が明け、その頃には最初頻繁に起こっていた発作も殆ど無くなっていた。
夜が明けてからしばらくして、顔色が大分良くなった使用人が現れる。
昨日のお礼と謝罪をしてきたが、念の為にもう一日休むか聞くと丁寧に断られた。
目の前の寝坊助の事を心配しているみたいなので、今は大分発作も収まった事を伝えると随分と驚いていた。
何でも突然ここに担ぎ込まれて以来、昼夜問わずうなされ暴れだすので目が離せなかったのだとか。
最初の頃は、騎士団の元部下達が頻繁に訪れて手伝ってくれていたらしいのだが、今ではそれも無くなってしまったそうだ。
とりあえず一旦話を切り上げこの場を使用人に任せると、台所で軽い朝食を作って客間に戻って来る。
それを二人で食べ終え一息つくと、使用人の表情も前より幾分柔らかい物になっていた。
聞けばまともに腰を落ち着けての食事は久しぶりらしく、随分と苦労を掛けたみたいだ。
食後のお茶を私が淹れ様とすると、それは自分がやると言い張ったがあまり無理はしないでほしい。
淹れてくれたお茶を飲みながら、彼女の知る限りの事を教えてもらった。
人伝に聞いた事も多かった為に曖昧な部分も多々あったが、全く何も分からないよりは良い。
何でも、事の起こりは約一ヵ月ほど前になるのだそうだ。
城に出仕する宰相からしばらくは城に泊まり込みだという事と、不要な外出は避ける様に伝えられた。
これまでも忙しい時期などは城に泊まる事も多く、外出も買い物以外は殆ど屋敷で過ごしていたので、その時は特に気にしてなかったのだとか。
宰相が城に泊まり込みだしてしばらくしたある日、夜中に騎士団員を名乗る者がこの屋敷を訪ねて来た。
随分と焦っている様子で、見れば背中には気を失った女性を背負っている。
最初は不審に思ったがよく確認するとどちらも見覚えがあり、全身に怪我を負っていた。
とにかく治療をしなければと客間に通し、二人の手当を行ったが寝具に寝かせた女性の方は一向に目覚める気配がない。
少し落ち着いた所で女性を背負っていた者に話を聞くと、感謝の言葉と共に事情を説明したそうだ。
自分がこの国の騎士団員で、この女性は元騎士団長で賢人殿とは親しい仲である。
我々は最近世間を騒がしている殺人鬼を捕まえる任務を受け、今日も宰相様も交えてその捜査をしていたが運良く犯人に出くわした。
相手は一人であったが途轍もなく強く、大分苦戦したが彼女らの活躍で何とか捕縛に成功する。
それまで手際よく支持を飛ばしていた宰相様が、弾き飛ばされた犯人の凶器を確認しようと手に取ると途端に項垂れて黙りこくり、心配して近付いた元騎士団長を斬りつけた。
その時は素早く反応し、浅く傷つける程度に留まった筈だが何故か倒れてしまったそうだ。
あまりの事態に周りの者が動けない中で、宰相が元騎士団長に近付いたが何かを見て慌てた様子を見せた。
凶器の短剣を懐に仕舞い込むと、周りの者に「反逆罪でこの女を始末しておけ」と言い残し足早に城へ帰って行った。
幾ら命令とは言え突然の暴挙と無茶な命令に不信感を覚え、皆で匿おうと結論付け怪我の事もあり自分が任されたのだが、診療所に行けば宰相に情報が流れるかもしれない。
考えた末に自分が以前助けてもらった賢人殿を頼ろうと、街の外れにあるこの屋敷に来たのだと語っていたそうだ。
今もこうして無事だから良かったものの、よりによってその宰相が住んでいるこの屋敷に連れて来るとは、聞いた事が真実だとしたら一歩間違えば二人とも殺されていたぞ。
まあ結果的に無事だから間違っていなかったのか。
そんな事を思いながら、話しの続きを促す。
その話を聞いて、真相を確かめ命を懸けてでも咎めねばと宰相の帰りを待っていたが、宰相は未だに屋敷に帰っていないそうだ。
最初の頃は非番だという騎士達が、護衛を兼ねて様子を見に来てくれていたので、一向に目を覚まさない元騎士団長の衣類などをまとめて屋敷に運び込んだのもこの時期だとか。
この頃から街に柄の悪い連中が多くなり、住民との間で問題を起こし出したらしい。
そして、ある時突然その騎士達が来なくなった。
最後に訪れたのは真面目そうな女性騎士だったが、帰る時に確かに「明日も別の者が来る」と言っていたので、城で何かあったのではと心配していたそうだ。
以前お喋りな男性騎士が雑談の中で「城勤めの者が次々体調を崩している。騎士団にも調子の悪い者が多い」とは言っていたが、何か関係があるのだろうかと。
念の為にと日持ちする物を多めに買っておき、それが幸いして今までやって来れた。
だがこのままでは何れ……。
そう思っていた所に私が帰って来たらしく、今までの色々な疲れが出てあの様な顔をしてしまったのだとか。
本当にこの人には昔から世話になりっぱなしだ。
元騎士団長がここに運び込まれた時も、自分の身を護る為に断る事も出来たはず。
だが私の知り合いだからと、これまで献身的に面倒を見てくれた。
何故だかは分からないが元騎士団長の発作も殆ど無くなったし、今日の内に色々と動いて彼女の負担を少しでも減らそう。
ついでだからと今日の買い物を聞き出すと、早速街に出掛ける事にした。
先程の話しを聞いた限りでは、明らかに街の様子はおかしかったはずだ。
帰って来た当初、私はどうしてそれに気付けなかったのか……。
その確認もしないといけないが、宰相の事も気になる。
しかし、今出向いた所で果たしてまともに取り合ってくれるかどうか。
街に続く道を歩き、丁度外れと民家が立ち並ぶ栄えた場所の境に差し掛かった辺りで、また例の頭に霞がかった様な感覚に襲われた。
(この粘つく感覚に不快感、これは……魔力濃度障害に似ている。この辺りでこれが出るという事は、何らかの魔術の影響か)
しかし、おとぎ話に出てくる様な強力な魔術でもなければ、こんな規模はあり得ないだろう。
今でもお祭りなどで大勢の人が集まって、儀式の為に全員で魔術を使うと起こりえるが、そんな事をしている様子も無い。
今はまだ情報が少ないので何とも言えないが、元騎士団長の症状やこの感覚から判断して、得体の知れない何かがこの国に紛れ込んだみたいだ。
この程度の魔力濃度なら、気を張っていれば大丈夫だと取り敢えず街の確認に戻ったが、なるほど確かに柄の悪い連中が街の中に入り込んでいる。
(あの大の悪人嫌いが、この状況に何も手を打っていないのは違和感があるな)
宰相は為政者としても優秀だが、犯罪者に対して苛烈な事でも有名だ。
何もしていなければ放っておくが、今街にいる連中はどうやらそこかしこで問題を起こしている。
今までの宰相ならば徹底排除の対象であるが、そういった様子も無い。
やはり宰相の身に何かあったのだろうか。
聞いた話では殺人鬼の捕り物からおかしくなったそうだが、ここはやはり本人に直接聞いてみよう。
そう思い城を訪れたのだが、城へ内部へ続く跳ね橋を管理している兵士達が、残らず私の知らない者へ変わっていた。
しかも全員が兵士の装備を身に着けているものの、どちらかと言えば傭兵といった風体の者達である。
とりあえず城内へ取り次ぐように話すが「お前みたいな奴が来る所じゃない」と、取り付く島も無く追い返された。
街の通りを歩きながら、これは本格的に城に何かあるなと考えていると、後ろから声を掛けられた。
お読みいただきありがとうございます。




