一話 少年と異世界
書き溜めていた物の連続投稿です。
青く、どこまでも青く澄み渡る空に終わり無く続く緑の海原を思わせる平原。
頬を撫ぜる優しい風は春の陽気のそれと同一で、どこまでも心地良い。
こんな状況で無ければ、ランチバスケットとレジャーシートを持ってピクニックと洒落込みたい場所である。
しかし生憎とこの場にはそんな気の利いた物は存在せず、あるのは本日の昼食となる干し肉と少々中身が心許ない皮の水袋だけだ。
さて今の自分が置かれている状況の説明する前に、まずは自身の事を話しておく必要があるだろう。
俺の名前は宮地 司、年齢は16歳。
ちょっと前まで普通の両親と生意気な弟に囲まれ日本の片田舎でごく普通の高校生活を送っていた。
好物は某大手ハンバーガーショップのポテトと、将棋の駒の名前で有名な店の餃子だ。
俺の実家は田舎にしては珍しく、そういったチェーン店が軒を連ねる通りがあり放課後には数少ない友人と足しげく通ったものだ。
しばらく食べていない好物に思いをはせながら、俺は手にした干し肉に齧り付く。
うん、ハッキリ言って美味しくない。
日本のジャーキー等とは全く違い、臭みが強い上に塩気が強くて胸焼けがしそうになる。
これでも最初の方は別に美食家な訳でも好き嫌いが激しい訳でも無いのに加え、物珍しさも手伝い大した不満は無かったのだが、流石に野営の度に同じ物を食べていればうんざりだ。
その他にも野生動物や盗賊の警戒に天候の見極め等々、最近では野営でゆっくりと食事を楽しもうという気は全く失せ、腹を満たし次の日の活動に支障を出さない為の行為の一つという認識に落ち着けた。
なぜそんな人間の三大欲求の一つをドブに捨てる様な思考にならなければいけなくなったのか、それというのも現在俺は住み慣れた愛しい故郷から離れ、というか日本どころか地球ですら無い遥か異世界の地で宛ての無い旅の途中だからである。
「どうした? 普段から不景気な顔が更に大幅な下落を見せてた顔をしておるぞ?」
「うるせぇ、どんな顔だよ」
「ふむ、相変わらず酷い顔だ」
「お前は心配してるのか、バカにしてるのかどっちだ」
「8・2といった所だな」
「心配が8?」
「いや2」
めちゃくちゃバカにしてるじゃねーかこの野郎。
この凄く失礼なチビッ子はこの旅の仲間であり、この世界に俺を呼び寄せた張本人でもある。
名前はニド・メリクリウス。見た目は11~12歳くらいだが本人曰く「少なくともお前よりは年上」らしい。
中性的というよりこの年頃独特のどちらと言われてもまあ納得出来る感じの顔立ちで、美しい白髪をセミロング位に伸ばし丈の長めの質の良いワンピースを着ている。
とにかく、こいつと口喧嘩をしても勝てた試しが無い上に機嫌を損ねても良い事が無いので話を戻す。
「少し故郷の事を思い出していたんだ」
「なるほどな、確かツカサの故郷は二ホンとかいう国であったか」
「そう、で、その国でも庶民に親しまれ絶大な人気を誇り俺のソウルフードでもあるポテトと餃子が食べたいなと」
「ふむ、その様に素晴しい食べ物であれば、私も是非食べてみたいものだ」
「そうだな、餃子は難しいけどフライドポテトくらいならこの世界でも似た物が作れるかもしれない」
「ほう、それは良いな!」
こいつは態度がやたら尊大だし口を開けば色々と言ってくるが、俺の話す日本や地球の色々な話しには興味津々で見た目相応の顔を見せる。
話した内容もよく覚えているし、適度に相槌や質問をしてくるので話していて気分が良い。
こういうのを聞き上手と言うのだろう。
「主様、お話の途中に失礼します」
そんな風に俺の故郷の食事について花を咲かせていると、見慣れたメイド服に身を包んだ優し気な中年の女性が姿を現し見事な礼を披露しつつニドに報告を行う。
「おお、帰ったか」
「ただいま戻りました。お待たせして申し訳ございません」
「ふむ、良い。それよりも街道は見つかったか?」
「はい。ここから北に半日ほど行った場所に比較的大きな街へ繋がる物を発見致しました」
「それは重畳! これでこの様な一面何も無い場所ともお別れだな」
このメイドさんはニドの四人の従者の内の一人で、呆れるほどに何も出来ない我が召喚主様の身の回りの世話を交代で行っている。
彼女ら従者全員が素人の俺から見ても優秀なのだが、何故か全員が目元を隠す仮面を着けていて最初は驚いてしまった。
ちなみにこの中年メイドさんは可愛らしい鳥の形の仮面だ。
「ではツカサ、お前の話しの続きも捨てがたいが早く街道に戻ろうではないか」
「はいよ」
「まったく……景色としては悪くないが、こう何も無くては気が滅入ってしまう」
元はと言えばこいつの気まぐれで、わざわざ街道から外れて二日も彷徨ったのだが。
そんな事を思いつつ何時もの事なので気にしたら負けだと自分に言い聞かせ、残りの干し肉と水袋を自身のバッグにしまい込み俺達は街道に向け歩きだした。
『これからお前には私と共にこの世界を旅してもらう』
それが召喚主であるニドが俺に最初に掛けて来た言葉だ。
召喚される直前の俺は退屈な一日の授業を終えやっとの思いで家に帰り着き、制服からラフな部屋着に着替えさあ今から日課のサイト巡回と基本無料のブラウザゲーのマラソンをしようと思った矢先、突如としてこの世界に呼び出されたのだ。
当然の様に始めは酷く混乱し、目の前で意味の分からない事を言う得体の知れない存在に恐怖した。
しばらく取り乱していた俺だが、相手がこちらに危害を加えてくる様子が無い事や言葉が通じる事が理解出来ると次第に冷静さを取り戻し、何とか目の前の人物から話を聞ける程度には回復する。
近くのイスに座る様に促され、俺は始めて周りを見回す。
どうやらここは木で出来た建物の部屋の中で、床には子どもの落書きの様な模様が描かれている。
後で聞いた話だが、あの模様がどうやら俺を呼び出す際に使用した魔法陣の様なものだったらしい。
近くに置いてあったイスの一つに座ると、差し出されたコップ入りの水を飲みながらテーブル越しの対面に座ったニドから様々な話を聞く事になった。
曰く、この世界の名は『ユーミル』であり俺の世界とは異なる世界である事。
曰く、この世界には「魔術」が存在しその力をもって俺を呼び寄せたという事。
曰く、この世界を旅する上でその道連れが欲しくなり召喚の魔術を使ったが俺が呼び出されたのは全くの偶然である事。
そしてニドは最後に、何か大きな使命や義務・運命によって呼び出したのでは無いので、望むのであれば元の世界の元の時間に戻す事も可能であると教えてくれた。
多少平静さを取り戻していた俺は、それがニドという人物なりの誠意であると思えた。
許可無く強制的に呼び出しておいて、ろくな説明も確認もなく奴隷の様に扱われる。
そんな相手で無くて心底良かったと後になれば思う。
本音を言えばニドから話を聞いたこの時の俺は、先ほどまでの混乱や恐怖の事をさっぱりと忘れて「魔術」が存在する「異世界」に召喚されたという事実に大きな興奮を覚えていた。
代り映えしない退屈な毎日から逃げ出せる。
後になって考えれば別の選択肢もあったのではないか……そう思えるが、あの時の俺は先程とは別の意味で冷静さを欠いていたのだろう。
そうして俺は、大した覚悟も無くニドの誘いに乗りこの世界を旅する事となるのである。
因みに、その時のニドは確かに「戻す事も可能」とは言ったもののすぐさまその場で帰す事は不可能であり、送還にもそれなりの準備と時間が必要だというのを後から知りニドと喧嘩になった。
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