第七話「転校生イベント、開始と同時に炎上しました」
「ねえ依夜、この子どこから来たの?」
来た。
あたしは一瞬だけ空を仰ぎたくなった。
でも現実逃避しても状況は変わらないし、むしろ余計に怪しまれるだけだ。
朝から予感はしていた。教室に入った瞬間から、みんなの視線がこっちに集まっていたし、その中心にいるのが、目立たないわけのない美少女なら、そりゃこうなる。
「……海外」
「またそれ?」
「便利なんだよ、その設定」
「設定って言っちゃってるじゃん」
「雑すぎない?」
クラスメイトの一人が吹き出す。
周りもつられて笑った。
いや、笑いごとじゃない。
こっちは割と綱渡りなんだけど。
「でもさ、名前もそれっぽいし、マジでハーフとか?」
「髪の色も変わってるしね」
「めっちゃかわいいし」
「肌も白いし、人形みたい」
視線が一斉にメイベルへ集まる。
「……」
固まってる。
完全にフリーズしてる。
CPU使用率100%って感じの顔してる。いや、たぶん100どころじゃない。処理落ちしてる。ファンが変な音立ててるタイプの固まり方だ。
教室の空気に飲まれてるな、これ。
「メイベル?」
小声で呼ぶ。
肩がびくっと揺れた。
「……はっ」
ワンテンポ遅れて戻ってきた。
目の焦点が合うまで、さらに半拍かかる。
「今はまだ大丈夫」
「えっ」
「正式なのはホームルームで。ここで全部やると先生の仕事なくなるから」
メイベルはぱちぱちと瞬きをして、それから小さく頷いた。
「……は、はい……」
「依夜」
後ろから、静かな声。
「はい」
反射で敬語になった。
南澄鈴。
こっちを見ている目が、なんかこう、全部わかってますみたいで嫌なんだけど、今この瞬間だけはありがたい。
「ホームルーム、遅れる」
「……あ」
助かった。
ちょうどそのタイミングで、担任が教室に入ってきた。
「席つけー」
いつも通りの気の抜けた声。
でも今日は妙にありがたかった。今なら先生にお礼言える。言わないけど。
クラスメイトたちも「はーい」とか言いながら席へ戻っていく。
メイベルはまだ少し硬いままだったけど、さっきよりは呼吸が落ち着いていた。
「……助かりました」
「まだ始まってない」
「言い方怖いな」
澄鈴はそれ以上何も言わず、自分の席へ戻った。
ほんと、この人、たまに何考えてるかわからない。
◇ ◇ ◇
「というわけで」
担任が教壇に立つ。
「今日から一人、転校生が来ている」
クラスがざわつく。
「さっきからバレてるけどな」
「知ってた」
「かわいい子だよね」
「先生より先に情報回ってる」
先生がため息をついた。
「静かにしろ。……じゃあ、自己紹介」
来た。
メイベルが、ゆっくり立ち上がる。
椅子の引く音がやけに大きく聞こえた。
足が震えてるのが見える。スカートの裾がかすかに揺れているのは、そのせいだろう。手も、さっきよりはましだけど、まだ落ち着いていない。
でも、逃げてはいない。
あたしは机の下で、こっそり拳を握った。
――いけ。
「メ、メイベル=ウエストパラストです……」
クラスが静かになる。
みんな、さっきみたいに茶化すでもなく、ちゃんと聞こうとしていた。
「えっと、その……」
詰まる。
まずい。
ここで真っ白になると、昨日の二の舞だ。
保健室直行ルートは避けたい。できれば今日一日は普通に終わってほしい。いや、もう普通じゃないけど、それでも限度ってものがある。
メイベルの視線が一瞬だけ泳いだ。
助けを求めるみたいに、ほんの少しだけこっちを見る。
あたしは小さく頷いた。
それを見て、メイベルは息を吸った。
「よろしくお願いします……!」
押し切った。
一拍おいて、拍手が起きる。
「おー」
「よろしくー」
「かわいい」
「ちゃんとしてるじゃん」
優しいクラスでよかった。
ほんとに。これで変に笑われたりしてたら、たぶん今ごろメイベルは消えてた。
「席は……」
先生が教室を見回してから、こっちを指した。
「東の隣でいいな」
「えっ」
声がかぶった。
あたしとメイベルで。
先生が少し眉を上げる。
「何か問題あるか?」
「……いえ」
「だ、大丈夫です……!」
メイベルが慌てて答える。
いや、その反応のほうが怪しいんだけど。
クラスの何人かがにやにやしてるのが見えた。
やめろ、その顔。
メイベルがあたしの隣まで来て、そっと座る。
椅子を引く動きまで遠慮がちだ。どれだけ気を遣うんだこの子は。
「よろしく」
「は、はい……!」
小さく返事して、前を向く。
でも耳が赤い。緊張と恥ずかしさが混ざってる顔だ。
「……大丈夫?」
「な、なんとか……」
「今のは上出来」
「ほ、ほんとですか……?」
「うん。ちゃんと最後まで言えたし」
「……よかった……」
少しだけ、顔が緩んだ。
よし。第一段階クリア。
あとはこのまま大人しく午前中を乗り切れば――
――と思ったのが甘かった。
◇ ◇ ◇
休み時間。
「ねえねえメイベルちゃん!」
囲まれた。
秒速だった。
チャイムが鳴って先生が出ていった瞬間、待ってましたとばかりに女子たちが集まってきた。男子も遠巻きに見てる。公開観察会か。
「どこ出身?」
「好きな食べ物は?」
「趣味とかある?」
「彼氏いる?」
「日本の学校どう?」
「緊張してる?」
質問ラッシュ。
容赦がない。悪気がないのが余計に強い。
メイベルの処理能力を明らかに超えている。
「えっ、えっ……」
目がぐるぐるしてる。
今にも“情報量が多すぎます”って表示が出そうだ。
やばい。
「ちょっと待って」
あたしは椅子を引いて立ち上がり、メイベルの前に半歩出た。
「一気に聞きすぎ」
「えー」
「気になるじゃん」
「転校生だよ?」
「依夜、保護者みたい」
最後の一言は無視する。
「順番」
「はーい」
「じゃあ、私が代表で聞くね」
素直なのはありがたい。
一斉に来られるとメイベルが死ぬ。
一人が元気よく手を挙げた。
「じゃあ、好きな食べ物!」
「え、えっと……」
メイベルが考える。
考える。
長い。
教室の空気が、じわじわ“待ち”に変わっていく。みんな悪くはないけど、こうして視線を向けられるだけで十分プレッシャーだ。
「……」
「……」
メイベルのまつ毛がふるふるしている。
必死に何か答えを探しているのがわかる。
そして。
「……依夜さんが作ってくれたものが、好きです……」
「「「おお〜〜〜!」」」
変な盛り上がり方した。
「なにそれ」
「もう仲いいじゃん」
「依夜、やるなあ」
「胃袋掴んでる」
「違う意味で保護者じゃん」
「違うから」
否定したけど、全然聞いてない。
メイベルは真っ赤になっていた。言った本人が一番恥ずかしがってどうする。
「つ、次……!」
「逃げた」
「いいから次!」
流れを変えるように促す。
「じゃあ次! 趣味は?」
「しゅ、趣味……」
メイベルがまた考える。
これはまずい。
この子、趣味らしい趣味がない。というか、昨日までの様子を見る限り、“生きるので精一杯系”だ。優雅に趣味を楽しむ余裕なんて、たぶんなかったはずだ。
「……」
嫌な予感しかしない。
そして。
「……泣くことです……」
空気が止まった。
「いやそれ趣味!?」
「特技じゃなくて!?」
「なんで自覚あるの!?」
「そんな悲しいことある!?」
ツッコミが一斉に飛ぶ。
教室がどっと笑いに包まれた。
メイベルは本気で困っていた。
「え、えっと……」
「ちょっと待って」
私は額を押さえた。
なんでよりによってそれを出す。
「それは言わなくていいやつ」
「す、すみません……!」
「謝らない」
「は、はい……!」
条件忘れるな。
まあ、この状況で冷静に思い出せっていうのも無理か。
でも――
クラスの空気は、悪くない。
笑ってる。
変な子認定はされてるかもしれないけど、引いてる感じではない。むしろ話しやすい相手として受け入れられつつある気がする。
「面白い子だね」
「確かに」
「なんか守りたくなる」
「でも依夜がついてないと普通に危なそう」
メイベルはまだおろおろしている。
でもさっきみたいな、今にも泣きそうな顔ではない。困ってはいるけど、教室の空気そのものを怖がってはいないように見えた。
「依夜」
「なに」
後ろから澄鈴の声。
「今のところ、問題なし」
「評価システムやめて」
「事実」
「監査役か何か?」
「必要ならそうする」
いや怖いな、それはそれで。
ちらっとメイベルを見る。
まだ不安そうだけど、逃げてはいない。質問にも、ちゃんと答えようとしている。失敗しても、その場に立ち尽くさず、次に行けている。
――昨日より、確実に前に進んでる。
それが少し、嬉しかった。
「……まあ、いいか」
小さく呟く。
完全にうまくいってるわけじゃない。むしろ、かなり危なっかしい。見てるこっちがハラハラする場面ばっかりだ。
でも。
「……依夜さん」
「なに」
メイベルが、おそるおそるこっちを見た。
さっきまで緊張で固まっていた顔が、ほんの少しだけやわらいでいる。
「たのしい、かもしれません……」
そう言って、メイベルは少しだけ笑った。
ぎこちない。
まだ自信がないのが丸わかりの笑い方だ。けど、ちゃんと“楽しい”って顔だった。
それを見た瞬間、胸の奥の固いところが少しだけほどける。
そっか。
なら、よかった。
今はまだ、綱渡りだ。
この先どうなるかなんて全然わからないし、学校生活に馴染める保証もない。下手すれば明日にでも何かやらかすかもしれない。
それでも、今日この瞬間。
この子が“怖い”だけじゃなくて、“楽しい”と思えたなら。
――今は、これでいい。
そう思えた。
ただし。
「次、体育だから着替えな」
「……え?」
メイベルが固まる。
「体育?」
「うん」
「……たい、いく……?」
「そう。運動する授業」
「う、うんどう……」
顔色が消えた。
さっきまでほんのり赤かった頬が、すっと青ざめていく。
目だけが見開かれて、口がわずかに震えている。
……あ。
これ、まずいやつだ。
「どうしたの」
「え、あの、その……」
「走るの苦手?」
「そ、そういう問題では……」
「まさか球技壊滅?」
「依夜さん……」
メイベルが、半泣きの顔でこっちを見る。
「わたし、羽をしまったまま走る練習……したこと、ありません……」
「はい?」
一瞬、空気が止まった。
「羽?」
「え、どういう意味?」
しまった、と思うより先に口が動いた。
「比喩だから」
「比喩?」
「身体の使い方に慣れてないって意味」
「そんな言い方する?」
「海外文化」
「便利だな海外」
「だからその設定強いんだよ」
なんとか笑いに流れた。
……気がする。たぶん。おそらく。
でもメイベルの顔は全然笑っていなかった。
むしろ、ここに来て今日一番深刻そうだ。
「依夜さん……」
「なに」
「たいいくって……その……」
「うん」
「服、着替えるんですよね……?」
「そうだけど」
「……無理かもしれません……」
絞り出すような声だった。
私は数秒、黙る。
体育。着替え。更衣室。集団行動。
……なるほど。
これは次の地雷とかいうレベルじゃない。
地雷原のど真ん中だ。
「……あー」
思わず遠い目になる。
教室の窓の外は、びっくりするくらい穏やかに晴れていた。
こんな日に限って、なんでそう次から次へと問題が発生するんだろう。
でも、メイベルは本気で困っている。
しかもたぶん、これまでで一番切実に。
あたしは小さく息を吐いた。
「……わかった。なんとかする」
「ほ、ほんとですか……?」
「今から考える」
「すみませ……」
「だから謝るな」
「……はい」
その返事は、さっきよりずっと弱かった。
――次の地雷、確定。
しかも今度は、かなりでかい。




