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第五十話「好きにさせないで、もう一度」


挿絵(By みてみん)


 その日の朝。


 目を覚ました時から、メイベルの様子が少しだけ変だった。


 悪い意味じゃない。


 具合が悪そうとか、また不安でいっぱいになってるとか、そういう感じでもない。


 むしろ逆で。


 妙に、考え込んでいる。


 床に敷いた毛布の上で起き上がってからも、しばらくぼんやり窓の方を見ていたし、顔を洗って戻ってきたあとも、何か言いたそうにしてはやめていた。


 朝ごはんを食べ始めてからなんて、もっとわかりやすい。


 箸を持ったまま止まる。


 一口食べる。


 また止まる。


 こっちを見る。


 目が合うと逸らす。


「……なに」


 さすがに気になって聞くと、メイベルの肩がびくっと跳ねた。


「えっ」


「朝からずっと考え事してるでしょ」


「……わかりますか」


「わかる」


「……」


「顔に出てる」


 そう言うと、メイベルは少しだけ困ったように笑った。


 前だったら。


 こういう時、この子は「なんでもないです」と言って終わらせていた気がする。


 心配をかけたくないから。


 面倒だと思われたくないから。


 自分の中で勝手に処理しようとして。


 それで処理しきれなくなって、最後に一気に崩れる。


 でも今日は。


「……昨日のこと、考えてました」


 ちゃんと口にした。


「昨日?」


「はい」


「どれ」


「……理由の話です」


 ああ。


 “どうして、わたしなんですか”。


 昨日、メイベルにそう聞かれた。


 あたしは結局、綺麗な答えを出せなかった。


 召喚してしまったから。


 放っておけなかったから。


 泣くと困るようになったから。


 笑うと嬉しくなったから。


 いなくなるのが嫌になったから。


 順番も理由もぐちゃぐちゃで。


 これが決定打です、なんて言えるものは一つもなかった。


 でも。


 それでいいんじゃないか、って話になった。


 理由なんて後から増えていく。


 その全部が積み重なって、今ここにいる。


「……まだ気になる?」


 あたしが聞くと、メイベルは首を横に振った。


「いえ」


「じゃあ何」


「むしろ」


「うん」


「少し、楽になりました」


「そっか」


「はい」


 そこで、また少し黙る。


 でも、どう見てもまだ続きがある。


「……で?」


「えっ」


「続きあるでしょ」


「……」


 メイベルは視線を落とした。


 味噌汁の表面を見ながら、少しだけ息を吸う。


「……わたし」


「うん」


「今までずっと」


「うん」


「依夜さんに、助けてもらうことばかり考えてました」


「……」


「守ってもらって」


「……」


「止めてもらって」


「……」


「迎えに来てもらって」


 ひとつずつ。


 確認するみたいに言う。


「怖い時は、そばにいてもらって」


「うん」


「わからない時は、決めてもらって」


「……」


「苦しくなったら、助けてもらって」


 一度、言葉が止まった。


「でも」


「うん」


「最近、少しだけ」


 メイベルが顔を上げる。


「それだけじゃ嫌だなって思うようになりました」


 あたしは少しだけ目を細めた。


「……嫌?」


「はい」


「助けられるのが?」


「違います」


 即答だった。


 そこはちゃんと強い。


「助けてもらえるのは、うれしいです」


「うん」


「すごく」


「うん」


「今でも、たぶんいっぱい助けてもらうと思います」


「まあ、それはそうだろうね」


「うぅ……」


「悪口じゃない」


「……はい」


 少しだけ頬を膨らませてから、メイベルは続ける。


「でも」


「うん」


「わたしも、依夜さんの隣で何かしたいです」


 その言葉が。


 思ったより、胸の奥に残った。


 役に立ちたい。


 そう言われるのとは、少し違う。


 前ならきっと、同じ意味で言っていたはずだ。


 自分には何かする価値が必要だから。


 そばにいる資格を作らないといけないから。


 でも。


 今の言い方は。


 ただ、一緒にやりたい。


 その方に聞こえた。


「……そっか」


「はい」


「じゃあ、すればいいじゃん」


「……え」


 メイベルがきょとんとする。


「いや、難しく考えすぎ」


「で、でも」


「今までだって散々やってきたでしょ」


「何を、ですか」


「あたしが落ち込んだ時」


「……」


「あんた、普通に話聞いてたじゃん」


「……それは」


「兄のことでイライラしてた時も」


「……」


「妙に真っ直ぐ褒めてきたし」


「……!」


 思い出したのか、メイベルの顔が一気に赤くなる。


「そ、そんな」


「事実でしょ」


「……はい」


「あと、あたしが一人で抱え込みそうな時」


「……」


「あんたに言われて気づいたこともあったし」


「……!」


「それも十分、隣で何かしてるよ」


 メイベルはしばらく何も言わなかった。


 多分。


 自分がしてきたことを、“誰かの役に立った証拠”じゃなくて。


 “隣にいた時間”として考えるのに、まだ慣れてない。


 でも。


「……そう、なんですね」


「そうだよ」


「わたし」


「うん」


「もう、してたんですね」


「結構前からね」


 そう返すと。


 メイベルの表情が、ほんの少しだけ明るくなった。


 ◇ ◇ ◇


 学校へ向かう途中。


 今日は少し風が強かった。


 メイベルは何度か髪を押さえながら、あたしの隣を歩いている。


 前みたいに、ずっと袖を掴んではいない。


 でも完全に離れているわけでもない。


 自然に。


 ちゃんと隣。


「……依夜さん」


「なに」


「今日の目標」


「自分で決めた?」


「……はい」


「聞かせて」


 メイベルは少しだけ緊張した顔になった。


「助けてもらうだけにしない、です」


 あたしは少しだけ笑う。


「また難易度高いの選んだね」


「だ、だめですか」


「だめじゃない」


「……」


「でも」


 横目で見る。


「“何か役に立たなきゃ”になったら止めるから」


「……!」


 ぴくっとする。


 わかりやすすぎる。


「今ちょっと考えたでしょ」


「……少しだけ」


「やっぱり」


「すみません……」


「謝らなくていい」


「……はい」


 ほんと、この子はすぐ“役に立つ”へ戻る。


 染みついてるんだろう。


 何かできる自分じゃないと。


 誰かの負担を減らせる自分じゃないと。


 そこにいてはいけない。


 そういう考えが。


 でも。


 前と違うのは。


 それに自分でも気づき始めてることだ。


「いい?」


「はい」


「今日は」


「……」


「“役に立つ”じゃなくて」


「……」


「“一緒にやる”」


「……一緒に」


「そっち」


 メイベルは少しだけ考える。


「誰かが困ってたら」


「うん」


「助けてもいいんですよね」


「もちろん」


「でも」


「うん」


「助けられたから、わたしに価値がある」


「それはなし」


「……」


「逆に助けられなくても」


「……」


「だからって価値がなくなるわけじゃない」


「……はい」


「難しい?」


「かなり……」


「だろうね」


「でも」


 メイベルが少しだけ笑う。


「今日、一日だけなら」


「うん」


「意識してみます」


「それでいい」


 その返事は。


 少し前より、ずっとちゃんとしていた。


 ◇ ◇ ◇


 昼休み。


 事件というほどでもないことが起きた。


「……まずい」


 弁当を食べ終わったあと。


 澄鈴が珍しく、机の上を見ながら眉を寄せていた。


「何が」


「委員会の提出物」


「忘れた?」


「違う」


「じゃあ」


「量が多い」


 見ると、澄鈴の机の上には大量のプリントが積まれていた。


 何十枚あるんだろう。


 種類もばらばらで。


 見てるだけで嫌になる。


「先生に今日中に仕分けろって」


「委員長って大変だね」


「他人事」


「だってあたし委員長じゃないし」


「手伝って」


「やっぱりそうなる?」


「当然」


「横暴だなあ」


 そのやり取りの横で。


「……あの」


 メイベルが小さく手を挙げた。


「わたしも、やります」


 澄鈴が少しだけ目を丸くする。


「いいの?」


「はい」


「無理しなくていい」


「……」


 一瞬。


 メイベルの顔が固まる。


 その言葉に。


 “無理しなくていい”が。


 “やらなくていい”。


 “あなたはいなくてもいい”。


 そう聞こえそうになったんだと思う。


 前なら。


 ここであたしがすぐ口を挟んでいた。


 違うよ。


 澄鈴はそういう意味じゃないよ。


 そうやって代わりに解釈していた。


 でも。


 今日は何も言わない。


 メイベル自身が決めるところだから。


 少しだけ長い沈黙。


 メイベルは目を伏せて。


 それから澄鈴を見る。


「……無理じゃないです」


「うん」


「やりたいです」


 澄鈴は数秒だけメイベルを見る。


 そして。


「じゃあお願い」


「……はい!」


 声が少しだけ明るくなる。


 あたしも当然手伝う流れになって。


 三人で机を寄せる。


「はい、これは進路」


「これは?」


「保健」


「こっちは?」


「数学」


「全部同じ紙に見える」


「依夜、ちゃんと読んで」


「量多いと読む気なくなるんだよね」


「役に立たない」


「人呼んどいてそれ言う?」


 向かいで。


 メイベルがくすっと笑った。


「……楽しそう」


「何が」


「お二人」


「そう?」


「はい」


 澄鈴が淡々と答える。


「依夜が適当だから」


「あんたも結構言うね」


「事実」


「それ便利に使いすぎじゃない?」


 その時。


 メイベルが一枚のプリントを持ち上げる。


「これは……保健、でしょうか」


「どれ」


 あたしが覗き込む。


「あ、それ家庭科」


「……家庭科」


「惜しい」


「全然惜しくない」


 澄鈴が即座に言う。


「厳しいな」


「分類間違えたら困るから」


「それはそう」


 メイベルが、またくすっと笑う。


 その笑い方が。


 自然だった。


 少し前まで。


 こういう普通の作業ですら、メイベルは間違えることを怖がっていた。


 間違えたら迷惑になる。


 迷惑をかけたら嫌われる。


 だから、何度も確認して。


 それでも自信がなくて。


 結局、動けなくなる。


 でも今は。


 間違えて。


 訂正されて。


 笑われて。


 それでも、そこにいる。


 何事もなかったみたいに、次の紙を手に取る。


 それだけのことが。


 なんだかすごく大きく見えた。


 ◇ ◇ ◇


 作業が半分くらい終わったところで。


「……依夜さん」


 メイベルがあたしを呼ぶ。


「なに」


「これ」


 一束のプリントを差し出す。


「終わりました」


「早」


「ちゃんと確認しました」


「ほんと?」


「はい」


 澄鈴が受け取って、一枚ずつ確認していく。


 数秒。


「合ってる」


 短く言う。


 メイベルの顔が、ぱっと明るくなる。


「……ほんとですか」


「うん」


「よかった……」


 その表情を見て。


 あたしは。


 ちょっとだけ嫌な予感がした。


 案の定。


「……わたし」


 メイベルが続ける。


「ちゃんと役に立て――」


「ストップ」


「……!」


 即止める。


 メイベルが固まった。


「今なんて言おうとした」


「……」


「はい」


「……役に、立てたって」


「言ったよね朝」


「……はい」


「今日は何」


「……一緒に、やる」


「そう」


 メイベルが少しだけしょんぼりする。


「できたこと喜ぶのはいい」


「……」


「助かったって言われて嬉しいのもいい」


「……はい」


「でも、そこで」


 一拍置く。


「“役に立てたから、ここにいていい”に繋げない」


「……」


「それは別」


「……はい」


 メイベルが小さく頷いた。


 その横で。


 澄鈴が何でもないことみたいに言う。


「今日は普通に助かった」


「……!」


「でも」


「……」


「助からなくても友達ではある」


 さらっと。


 本当にさらっと言った。


 メイベルが固まる。


 あたしも一瞬、澄鈴を見る。


「……あんた」


「なに」


「今めっちゃいいこと言った」


「事実」


「またそれ」


「だって事実」


 メイベルには。


 かなり刺さったらしい。


「……澄鈴さん」


「なに」


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


「……」


 メイベルの目が、少しだけ潤む。


 澄鈴がそれを見て言う。


「泣く?」


「……少しだけ」


「仕事終わってからにして」


「き、厳しいです……」


「紙が濡れる」


「理由そこ?」


 思わず笑う。


 メイベルも、目元を拭きながら笑った。


 泣いて。


 笑って。


 そのまま作業に戻る。


 それがなんだか。


 すごく普通だった。


 ◇ ◇ ◇


 放課後。


 ミラベルが、珍しくあたしたちの机の横まで来た。


「楽しそうだったわね」


「見てたの?」


「見える位置にいたもの」


「監視?」


「観察」


「同じようなものじゃん」


「違うわよ」


 相変わらずだ。


 ミラベルはあたしとのやり取りを軽く流してから。


 メイベルを見る。


「メイベル」


「は、はい」


「今日は?」


「え」


「何を選んだの」


 メイベルは少しだけ考える。


 そして。


「……一緒に、やることです」


「へえ」


「……」


「誰かに守ってもらうだけじゃなくて?」


 少し意地悪な聞き方。


 でも。


 メイベルは今日は崩れなかった。


「はい」


 一度頷いて。


「でも」


「なに?」


「守ってもらうのも、やめません」


 あたしは思わずメイベルを見る。


 ミラベルも少しだけ目を細めた。


「……へえ」


「わたし」


 メイベルは続ける。


「一人で全部できません」


「……」


「まだ、怖くなることもあります」


「……」


「わからなくなることもあります」


「……」


「だから」


 一度、深呼吸する。


「助けてもらう時は、助けてもらいます」


「……」


「でも」


 メイベルの声が。


 少しだけ強くなる。


「できる時は」


「……」


「わたしも、一緒にやります」


 ミラベルはしばらく黙っていた。


 試すみたいにメイベルを見て。


 でも。


 最後には。


「悪くないわ」


 短く言った。


 メイベルの顔が、少しだけ明るくなる。


「でも」


 ミラベルが続ける。


「それ、忘れないでね」


「……はい」


「また全部、依夜ちゃんに預けたくなる日も来る」


「……」


「あたしは“依夜ちゃん”じゃない」


 反射的に口を挟む。


「あら、ごめんなさい」


「絶対わざとでしょ」


「東さん、あなたのお兄さんの呼び方、うつっただけ」


「やめて。あれあんた専用にしないで」


「ふふ」


 腹立つ。


 でも。


 こういう軽口を挟める空気になったこと自体。


 少し前なら考えられなかった。


 ミラベルはまたメイベルを見る。


「依存するな、とは言わない」


「……え」


 メイベルが驚く。


「あら、意外?」


「……はい」


「人は誰かに寄るものよ」


 淡々とした声。


「一人で立てる人間なんて、そういないわ」


「……」


「問題は」


 一拍。


「寄りかかったまま、自分で歩くのをやめること」


 メイベルが静かに聞いている。


「だから」


「……」


「寄っていい」


「……」


「支えてもらっていい」


「……」


「でも」


 少しだけ。


 ミラベルの目がやわらかくなる。


「自分の足も使いなさい」


「……」


「誰かに歩かせてもらうんじゃなくて」


「……」


「隣で歩きなさい」


 その言葉に。


 メイベルがゆっくり頷いた。


「……はい」


 声は小さい。


 でも。


 前みたいに怯えた返事じゃなかった。


 ◇ ◇ ◇


 帰り道。


 夕焼けが街を薄く染めていた。


 風は朝より弱くなっている。


 メイベルはあたしの少し横。


 手を伸ばせば届く距離を歩いている。


「……依夜さん」


「なに」


「覚えてますか」


「何を」


「前に」


 メイベルが少しだけ恥ずかしそうに言う。


「“好きにさせないでください”って」


 ああ。


 覚えてる。


 自分が。


 “できないなら全部だめ”。


 “迷惑をかけたなら全部だめ”。


 “役に立てないならここにいちゃだめ”。


 そうやって勝手に落ちていかないように。


 あたしに止めてほしい。


 そう言った。


「覚えてるよ」


「……」


「結構印象残ってる」


「すみません……」


「だから謝らなくていい」


「……はい」


 メイベルは少しだけ黙った。


 歩幅が一瞬だけ遅くなる。


 それから。


「……もう一回」


「うん」


「言ってもいいですか」


 あたしはメイベルを見る。


 その顔は。


 前とは違った。


 怯えていない。


 少し緊張している。


 でも。


 ちゃんと自分で立ってる。


「いいよ」


 メイベルはゆっくり息を吸う。


「……依夜さん」


「うん」


「好きにさせないでください」


 同じ言葉。


 でも。


 今度は。


 その言葉の響きが、少し違う。


「わたしが」


「……」


「また勝手に」


「……」


「“全部だめ”って決めそうになったら」


「うん」


「止めてください」


「うん」


「でも」


 一歩。


 メイベルが、あたしの隣に並ぶ。


「今度は」


「……」


「止めてもらうだけじゃなくて」


 顔を上げる。


「わたしも、一緒に止めます」


 あたしは少しだけ笑った。


「何それ」


「……変ですか」


「いや」


 首を横に振る。


「いいじゃん」


「……!」


「前より全然いい」


 メイベルが、ほっとしたように笑う。


 あたしは少しだけ考えて。


「じゃあ」


「……」


「あんたの“全部だめ”が暴れたら」


「はい」


「あたしが止める」


「……はい」


「で」


「……」


「あたしがまた」


 一拍。


「全部、自分で背負おうとしたら」


 メイベルを見る。


「あんたが止めて」


 メイベルの目が、大きくなる。


「……わたしが?」


「うん」


「依夜さんを?」


「そう」


「……」


「何その顔」


「だ、だって」


「うん」


「わたしに、できますか」


「知らない」


「えっ」


「でも」


 あたしは少しだけ笑う。


「やってみなよ」


「……」


「一緒にやるんでしょ」


 その言葉に。


 メイベルが、ゆっくり笑った。


「……はい」


 小さい。


 でも。


 前よりずっと強い返事だった。


 好きにさせないで。


 前に聞いた時は。


 助けを求める言葉だった。


 あたしがいないと。


 自分では止まれないから。


 だからお願い。


 そんな言葉だった。


 でも。


 今は違う。


 これは。


 あたしたち二人で。


 あたしたち自身の中にある、面倒なものと戦うための約束だ。


 メイベルの。


 全部だめだと思ってしまう癖。


 あたしの。


 全部自分で背負おうとする癖。


 どっちも。


 明日いきなり消えるわけじゃない。


 多分。


 何度も繰り返す。


 また失敗する。


 また怖くなる。


 また抱え込む。


 また。


 同じ言葉が必要になる日も来る。


 それでも。


「……依夜さん」


「なに」


「これからも、お願いします」


「うん」


「でも」


「……」


「わたしにも」


 一度息を吸って。


「任せてください」


 あたしは少しだけ驚いた。


 前なら。


 絶対に言わなかった言葉だ。


 あたしを頼るんじゃなく。


 自分を頼ってほしい。


 それを。


 今のメイベルが言っている。


 あたしは少しだけ笑った。


「……じゃあ」


 一歩、前へ出る。


「頼んだ」


「……はい」


 メイベルも歩き出す。


 すぐ。


 その隣に並ぶ。


 守る側と。


 守られる側。


 それだけじゃない。


 助ける日もある。


 助けられる日もある。


 何もできずに並んでいるだけの日だって。


 多分ある。


 完全じゃなくても。


 まだ危なっかしくても。


 それでも。


 同じ方向へ歩いていけるなら。


 きっと、それでいい。


 夕方の道を。


 あたしたちは並んで歩く。


 袖を掴まなくても。


 手を引かなくても。


 ちゃんと同じ速さで。


 たぶん。


 今やっと。


 あたしたちは。


 本当の意味で。


 並び始めたんだと思う。

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

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